呉氏開門八極拳の歴史・系譜・伝承!

呉氏開門八極拳の歴史  
 

『滄県誌』民国21年(1932)と『河北省孟村鎮呉氏八極拳術秘訣之譜』(五世 呉会清著)の資料による。

1712年(康煕51年) 呉鐘(字:弘声 1712-1802)は孟村鎮に生まれ、15歳より武術をはじめる。
1727年(雍正5年) 一人の南方云游高人(癩)と出会い、その武術のすごさによりそれを習う。3年の月日の間修行し、雍正8年に(癩)は立ち去った。
1732年(雍正10年) (癖)と称する者が呉鐘を訪れ、拳術と武器術で試合し敗れる。(癖)は(癩)の弟子であり、拳術と大槍の奥義(極意)を呉鐘に伝授した。
1735年(雍正13年) 8月、浙江少林寺を尋ね、その実力をこの歌がある如く、「神槍呉鐘は天下無双、拳術、擒拿は康大力 提柳刀単刀は李章、武林三傑の名が天下に知れ渡る。」天下に轟かせた。
1736年(乾隆元年) 康煕皇帝の14皇子は、武技を競うため燕京に呉鍾を招き、槍にて試合をして、呉鍾の神槍に敬服し、師と仰ぐ。この事により、神槍呉鍾の名は天下に知れ渡り、 生徒も150人余になる。
1776年(乾隆40年) 呉鍾は故郷に帰り道場を設け、呉鍾は後世に武術を伝えるため「呉氏開門八極拳」を創立した。
1802年(嘉慶7年) 10月15日に享年90歳で世を去る。


呉氏開門八極拳系譜による伝承の流れ


《拳譜》 《家譜》
呉作栄 
(一世)
呉賓賢
(五世)
漢族→回族
一世
(南方雲遊高人)
二世
(癩の弟子)
呉鐘 
(1712~1802)
三世 呉鐘毓
(
呉氏前院)
呉濚 
(族侄
 
呉氏後院
)
呉栄
 
(長女)
呉濚 
(十三世)
四世 呉梅 王長錫 張克明 李大中 呉凱 
(1845?)
五世 呉世科 曹井田 黄四海 張景星 李貴章 呉麟書 呉会清
(
18691958)
呉会清 
(十七世)
六世 馬英図 強瑞清 李書文 張玉衡 李万成 ’’ 呉秀峰
(1907
1976)
呉秀峰 
(十八世)
七世 浩泉 何福生 強毓章 霍殿閣 李樹森 呉連枝
(1947
)
呉連枝 
(十九世)
《中央国術館》 《馬系》 《強系》 《長春系》 《羅タン 《孟村呉氏》 《孟村呉家》

呉氏開門八極拳の伝承(套路・理論と変化)

   呉鐘(伝)

徒手套路 老架子(小架二路)/単打(八極拳)/対打/四朗寛/四朗提/行劈拳/六肘頭/六大開拳。
武器套路 提柳刀/六合大槍/六合洪槍/春秋大刀/行者棒など。

   娘呉栄(伝)

徒手套路 飛虎拳/黒虎拳/華拳/太祖拳/桃花散/太宗拳など。

   呉会清(伝)套路(変化)

徒手套路 八極老小架(一、二路、三路)八極小虎抱/飛虎拳/黒虎拳/劈掛門より劈掛拳(抹面拳)
武器套路 九宮純陽剣/六合刀/四門刀/双刀/行鈎/刀進槍三節棍進槍/棍対槍/剣対剣 /八棍頭対/双刀
帯進槍など。

   呉秀峰(伝)套路

徒手套路A 少林拳・太極拳・劈掛拳~羅漢拳(功)/青龍剣/劈掛拳(抹面拳)/四封四閉/八棍頭/短棍八路/など。
連手拳/開拳など。
桃花散を変化させて扶手一路~四路を作る。
八極老小架を理論に基づき、一路~十二路に増やす。
行劈拳二路~四路に増やす。
武器套路 短棍(乞?棍)/五十四棍
理論 六字訣/六不輸/十大勁別/六十四手論など。

    呉連枝老師

内功法の整理と研究/その他整理  八極拳内功五法/その他(海外普及や書籍出版など)

※ このように伝承と共に継承者による研究、工夫が成されていき、呉連枝老師(呉氏開門八極拳嫡傅七世)と受け継がれている。

 《参考文献》

             河北省孟村鎮呉氏八極拳術秘訣之譜』(五世 呉会清著)
             「呉氏開門八極拳」ベースボール・マガジン社 呉 連枝:著者/七堂 利幸:編者
             「続・呉氏開門八極拳」ベースボール・マガジン社 呉 連枝:著者/七堂 利幸:編者


TOP