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敬語とは?

アイコン 敬語はなんのためにあるのだろう?
 
  • 明治以前の日本社会は固定した身分制で、生まれたときの身分を変更することは、原則としてできませんでした。にもかかわらず、日本の歴史上で、革命やクーデターはほとんど起こらなかったのです。
  • この時代の人々は、上位者にお願いや申し開きをするとき、敬語を使ってきました。敬語を使えば、相手より身分が下であることを言語的に明らかにすることになります。

アイコン 敬語が平和な歴史をもたらした。
 
  • 明治以前の上位者は、コミニュケーションのたびに、神の地位にまつりあげられることになって、寛容にならざるをえず、下位者の言うことを聞き入れたために、上下の理性的な交流が可能になりました。
  • 敬語がなければ、この固定された身分・階級の上下の人々は、互いに意志疎通することができません。敬語を使って交流したからこそ、日本人は互いのことをよく知り合い、平和な歴史を歩むことができたのです。
  • 上下の人間関係において、下から上に使う敬語を「階級遵守語」といいます。この用法は日本独特で外国には見られません。
  • 日本人が現在でも、自分の要求を通そうとするとき本能的に下になろうとするのは、敬語を使う下位者になって相手を上位者にまつりあげてしまうと、相手はその願いを聞き入れざるを得ない心理になることを、歴史的に知っているからにほかなりません。
  • 日本人は目の前で頭を下げている相手を糾弾することはできないともいえますね。
  • 逆に言うと、日本社会において、頭を下げるのが嫌いな人は、多くの要求を受け入れざるを得ないと覚悟したほうがいいかもしれません。

アイコン 敬語が日本の未来を救う。
 
  • 明治以後、上下の身分秩序が崩れ、敬語を使っても上位者に要求を聞き入れてもらえなくなりました。そしてまた、前近代には決して頭を下げることがなかった上位者(社会的地位の高い人)が、いとも簡単にマスコミの前で国民に向かって頭を下げるようになってしまいました。
  • これでは、だれが上でだれが下なのかわかりません。上位者の役目は責任をとることですが、頭を下げて下位者になって謝れば、それですむと思っているのではないでしょうか。
  • 前近代の下位者(家来)は、殿様に反対したり抗議したりするとき敬語を何重にも使って丁寧に、ときには命がけで、あるいは涙ながらにお願いしました。殿様はたいていの場合それを聞き入れたので、自浄作用がはたらいて、組織(幕府・藩) 全体が崩壊するような事態を避けることができました。
  • しかし、現代の上位者は、ふだんは部下の忠言を聞かずに犯罪行為に走り、組織ぐるみの隠蔽を指示しておきながら、いざとなると卑屈に頭を下げて責任を逃れようとします。外部の人間に社内の情報をもらすことは背信行為ですが、その危険を冒さないと内部告発はできません。そして告発者はたいていの場合、職を失うことを余儀なくされています。「長いものには巻かれるしかない」というのが、現代の閉塞感・無力感の正体です。
  • ヨーロッパ社会には、日本のような上下の間で使う敬語は存在しませんでしたが、対等の人間関係で使うエチケットとしての敬語(礼儀語)が発達しました。現在の欧米の成熟した市民社会と民主主義は、この礼儀語が支えています。激しい議論を展開するときでさえ、決して汚い言葉でののしったりせず、比喩や婉曲表現を多用して、相手を尊重しながらコミュニケーションするのが礼儀語なのです。
  • 伝統的な日本社会では、ウチの関係は親しいから敬語を使わず、親しくない相手はヨソだから物体同様に無視し、敬語を使うのは上位者にお願いする階級遵守語だけでした。そこで、あまり親しくない対等な人間どうしで使う礼儀語が遅れることになりました。これが殺伐とした世相の原因です。
  • 私たちが上役に敬語(階級遵守語)を使って反論や申し開きをすれば、上役は上位者意識を呼び覚まされ、その意見を寛容に聞き入れようという心理になります。必要なのは、上役の間違いや不正を発見したら、勇気をもって丁重に諫言し、翻意してもらうことです。そうすれば、組織の信頼関係をこわすことなく自浄作用を働かせることができ、永続的に発展させていくことが可能になるでしょう。
  • 特に、家庭内や学校においては、親や教師が子供の上位者として模範となること、信賞必罰で責任をとることを、身をもって見せることが何よりも大切です。これは友だちのような親しい口をきく関係では決して築けません。親や教師は自信をもって子供の上位者になってください。
  • 一方、隣人とは、互いに対等な市民として敬語(礼儀語)を使うことによって、思いやりにあふれた潤いある社会を築いていくことができるのです。



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