エジプトの部屋 1


1997年9月、エジプトに行った。

  

およそ古代というものに関心を持つ者ならば、必ずや一度は訪問してみたいところ。それがこのエジプトであるに違いない。誰しもが少年少女の時に教科書で読み、そしてはるか4000年も前の古代文明に思いを巡らせたことだろう。

これまでわれわれが目にしたおおかたの解釈では、『ピラミッドは王の墓』であり、そして『ギザの大ピラミッドはクフ王のもの』というものだった。しかし事前にいろいろと最近のものを調べると、どうもこのあたりにも疑問が投げ掛けられているようだ。
そうしたいくつかの疑問と、それを実際に目にすることのできる期待、それからワインの小瓶とを胸に、われわれはエジプト航空機へと乗り込んだ。
イスラム経の戒律アルコール禁止のエジプト航空は、日本人のために搭乗前にワインの小瓶を一人2本ずつくれるのだ。


1.午後、成田からエジプト航空で空路カイロへ。
  機内泊 
2.未明:カイロ着。
  着後、バスにてギザの3大ピラミッドとスフィンクス見学。
  午後、エジプト考古学博物館等、カイロ市内観光。
  カイロ泊 
3.早朝、国内便にて空路ルクソールへ
  午前、カルナック神殿、ルクソール神殿等ナイル河東岸観光。
  午後、王家の谷、ハトシェプスト女王葬祭殿等ナイル河西岸観光。
  ルクソール泊
4.バスにて長駆アスワンへ
  ホルス神殿、コムオンボ神殿等見学。
  アスワンのスーク(市場)探訪
  アスワン泊
5.国内便にて空路アブシンベルへ
  午前、アブシンベル神殿観光。
  午後、再び国内便にてアスワンへ
  アスワン・ハイダム見学、アスワン市内観光
  夕方、国内便にて空路カイロへ
  カイロ泊
6.午前、メンフィス、サッカラ観光。
  午後、ダハシュール、メイドームのピラミッド観光。
  夕方、ナイル河ディナー・クルーズ
  カイロ泊
7.午前、カイロ市内のモハメド・アリ・モスク見学。
  午後、エジプト航空機にて帰国の途へ。
  機内泊
8.午後、成田に帰着。


19時間近くにも及ぶフライトを終え、翌未明にカイロ空港へと到着した。
観光に出発する前に、今夜宿泊するナイル河沿いのホテルで着替えをさせてくれることになった。しかしホテルが用意してくれた部屋は、宿泊客が出たままで取り散らかった乱雑な部屋。EXクラスの一流ホテルという触れ込みだったが、『なんだかなあ……』というのが正直な感想だった。しかしこの第一印象が後で重要なことになるとは、この時まだ思いが及ばないことだった。

着替えと荷物の整理を終え、バスでいよいよ期待のギザ大ピラミッドへと向かう。バスの中で、ゴミゴミした建物の陰から、子供の頃からのあこがれ大ピラミッドの上部が見えた時には感動を覚えた。
実際に大ピラミッドの前に立つと、その巨大さ スケールの大きさに圧倒される。高さ146メートル。総計230万個にも及ぶ石の一つの大きさが大人の胸近くまでもある。


本来四角錐の稜線は、表面の化粧石が剥がれてギザギザだ。だからギザピラミッドと言うの!?
洪水を警戒し、高い位置に設けられた本来の入り口はしかし現在塞がれている。われわれが入るのはアルマムーン盗掘口からだ。
せり出し構造を以って重力を分散した大回廊を上り、クフ王の玄室と言われる部屋に入る。
そこには荒削りで粗末な石棺とおぼしきものが一つあるだけ。ツタンカーメンとは較べるべくもない、とうていこれが大クフ王とは言い難いものだ。
アメリカ人(とおぼしき)のカップルがふざけてに入ろうとする。途端に傍らの警備員制止したが、青年がなにがしかの小銭を握らせると、なんとOKだ。カップルはの中でふざけ放題。とうてい日本人には考えられない光景を見せられた。

カフラー王ピラミッドメンカウラー王ピラミッドは外から見学した。
周囲には名物の観光ラクダ。うまく乗るにはコツず要る。結構気性の荒いものもいて、当たり外れがある?
現地ガイドのマイケル君は地元カイロ大学主席で卒業とか。実に博学で日本語も堪能。数々の疑問にも明快に答えてくれる頼もしい青年だった。ガラベーヤ(現地服)が決まってる。


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