ギリシャの部屋 2


2000年9月、ギリシャ・イタリアに行った。

  



翌日はアテネ市内観光だ。
観光のスケジュールには入っていないものの、個人的にぜひみたいと思っていたのが『ゼウス神殿』だった。ガイドさんに聞くと、丁度その脇を通るとのことで目を凝らしていたら、何のことはない、われわれが泊まったホテルのすぐ近く。それなら昨日のうちに探検しておくんだった、と思っても後の祭り。もうわれわれはここには戻っては来ないのだ。


この『ゼウス神殿』は、かの三島由紀夫氏がギリシャ滞在時代、『非対称の美』と讃えたもの。氏の記述を読んで、とても興味を持ってきた。神殿は対をなしてなく、日本ならさしづめ龍安寺の石庭といったところか。
遠くからなのでその大きさはよくつかめなかったが、事前に調べた資料によれば柱の基部でさえ人の背よりも高いという巨大なものだ。バスの窓越しにそれは一瞬のことだったが、それでも見ることはできたのだから、とりあえずはとしよう。

次に訪れたのは、1896年に第1回の近代オリンピックが開催されたというアテネオリンピック・スタジアム。ここに42.195kmを走り抜いた最初のランナーが駆け込んだのだ。5万人収容するという大理石の観客席だが、トラックの半周分しか観客席はない。
(ちなみに、よくオリンピックの度にニュースでやる聖火採取の場所はここではない)

町中を走っていくと、随所に素晴らしい建築物が目に入る。今は市役所だとか、だそうだが、遺産級のものがそちこちにある。ちょうどローマの町のように。
しかし首都の中心部でもいたって静か。現在はEUに加盟したギリシャだが、その経済状態はあまり芳しくない。
そしてバスはアクロポリスの丘の下に着いた。いよいよパルテノン神殿だ。丘に上がる道はここもみな大理石でできており、何千年に渡って踏まれたであろう石は丸みを帯びて滑りやすいことおびただしい。そして脇には何頭ものが堕眠をむさぼっていた。神殿の現代の主は、このらしい。


坂の途中でギリシャ国軍兵士の行進に出会った。まだ紅顔の若者の緊張した面もちが眩しく感じられる。所詮、紅顔厚顔では勝負にもならん……か。
丘の途中から、現在も使われているというイロド・アティコス音楽堂が見下ろせる。1万2千人収容するというこの音楽堂では、毎年アテネ・フェスティバルが開かれるのだそうな。
パルテノン神殿の入り口はブーレーの門。朝からもうたくさんの青い目の旅行者で賑わっていた。
そしてここもたいへん滑りやすい。

やっと上り詰めたところが、写真でお馴染みのパルテノン神殿。やっぱり工事中だった。クレーンと一緒では写真も映えやしない。それにしても紀元前に建てられたこの建築が、柱の太さを変えたり、傾斜させて安定感を出したり、床にも傾斜がつけられているなど工夫が凝らされていることに感心する。一部残った破風もまたみごとなもので、まさに感心の一語に尽きる。
そしてこれまたみごとなイオニア様式のエレクティオン神殿は、実はレプリカ。本物は5体がアクロポリス博物館にあるが、一体は例によってイギリスにあるという。大英博物館、またかよ……

時間があったので、神殿下の博物館にも入ってみた。上部の神殿の喧噪に較べると、こちらはとても静か。人も少なく静かな折れたり、欠けたりして原型を留めていない展示物がここには多いが、いずれもほんとうに素晴らしいものばかり。このホンの一部を展示しても、日本ならデパートの『大ギリシャ展』になるだろう。


丘の上からゼウス神殿がはるかに見えた。『うん、なるほど非対称の美だ』と、あらためて納得。

丘を降りて見上げると、アテネの町ではどこからもこのアクロポリスの丘がうかがえる。アクロポリスはまさにアテネ象徴だ。
ツァーお決まりのお土産ショッピングの時間を耐えると、次はいよいよギリシャ神話宣託の地デルフィへと向かう。

バスは狭い道をどんどん高度を稼ぎ、やがて山間のデルフィへと着いた。『こんな所に神殿があるの?』というような、そこは辺鄙な所だった。

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