私とパソコンとの出会いは1985年頃であった。3歳下の弟が家電製品の大手チェーン店の広告を見て、NECのPC6001mkUを買ってきた.安売りなので当然ブームの去った後だった。それを私も触り始め、遊び始めた。雑誌のプログラムを一生懸命打ち込んで喜んでいたものだった。ただ、私にとってはあくまでも借り物。そのうち部活(器械体操)に精を出すようになり、一時期パソコンからは離れてしまった。
1988年(確かソウルオリンピックの頃)大学に入った。そこで知り合った男がまたパソコンに詳しい奴だった。私は彼の家へ行ってはかの「三国志」でゲームにはまった。彼の家にはPC9800が置いてあった。その頃はまだMS−DOSしかなく、ようやくwindows3が出始めた頃だった。
彼は大学を8年掛けて卒業した。私は何とか4年で卒業した。彼の家はお金持ちだったのだ。’92年に就職した。職場でも当然のようにパソコンは使用されていた。その頃はまだ、486の機械が主流であった。私はその頃、アマチュア無線をやり始めた。交信が増えるにつれログの管理が難しくなり、パソコンで管理したいなと思っていたところ、いい按配で彼からお古を譲ってもらった。私のように感じる方は多いようで、すでにフリーソフトでターボハムログなるものが存在していた。まだ通信環境が整っていない私に無線で知り合った人達にソフトをもらった。しばらくそいつを使用していたのだが、もうすでに世はwindows時代であった。それでもお金のない私は古いパソコンを使いつづけた。
1995年、私は結婚した。古いパソコンを持って。翌年、例の彼は大学を卒業して、大垣の会社に就職した。彼はさらにもう一台ゲートウェイを購入した。また、私はお古を譲ってもらい喜んでいた。PC9821であった。ちょっと古いのだが、カラーだし、windowsも動いていた。早速使い始めたが、すでにその頃にはwindows95が出ており、世はwin95三昧だった。それでも我慢して約一年使いつづけた。
だが、ついにその日がきた。97年春、とある書籍に出会った。PC自作を勧める本だった。影響を受けやすい私は、すぐに自作を思い立った。