ここでは忍者とはなにか、忍者の歴史などを説明する。 忍者とは
忍者といえば伊賀や甲賀が有名であるが、その他にも様々な流派があったようだ。なかでも京に近い伊賀、甲賀の忍術が良く用いられていたようだ。
古書をひもとくと、古くは「日本書紀」に「しのび」に関する記述があり、また聖徳太子が「しのび」を使ったとか、天武天皇が「しのび」を使ったという記録もあるらしい。しかしこの頃の「しのび」はいわゆる物見・斥候程度であったらしい。さらには「正忍記」に源義経が「しのび」を使ったとある。これがいわゆる伊賀の国の山賊であったらしい。彼らはさまざまな武具を持っていたらしく、またそれらを自ら作っていたらしく、いわゆる職能山賊集団である。
これらを調べていくと以外と古くから活躍していたことがわかる。それは「変化の時」がおおく、全盛期はやはり戦国時代であろう。
戦国期の忍者諸流派
伊賀忍者/もとは六角氏に仕えた。どちらかというと個人プレイが多かったらしい。
甲賀忍者/同じく六角氏に仕えた。甲賀53家と言われるように、集団プレイが多かったらしい。
上杉坦猿(のきざる)/上杉謙信の使ったしのび。
武田素波(すっぱ)/有名な武田信玄が用いた忍者集団。
雑賀忍者/一向宗と結ぶ傭兵集団
根来忍者/根来寺の僧兵で、いち早く鉄砲を取り入れた。
風魔忍者/相模の国・北条氏の乱波(らっぱ)として活躍。風魔小太郎が有名
飯綱忍者/茶吉尼天の飯綱神を使って忍術を使うと言われた集団で、狐を使ったらしい。
などなど。まだまだいろいろあるらしいが、割愛させていただく。古書をひもといて調べるのもおもしろいが、やっぱり忍者はあまりわからない方が魅力的だ。戦国期の武将たちの活躍の裏では、彼ら忍者の活動があったのだろう。かくいう雲霧家も甲賀53家のひとつ、杉谷家の下忍として活躍をした。では雲霧虹衛門とはどんなやつだろう?