US History

Members  2009年7月現在
 Jos Wernars

すべての楽器、ボーカル

 Marijke Wernars ボーカル
 (Ernest Wernars) ・・・お休み中
 (Peter de Frankrijker)  ・・・お休み中
 (Paul van Velzen) ・・・お休み中
 



To Whom it Comcerns / Saga の内ジャケ
こちらにもあります)


History

 1975年頃、Jos(リードギター)、Ernest(ベース)、Paul(ドラム)の3人は、Steely Dan、Eagles、Peter Frampton、Moody Blues などのコピーをしていたが、やがて自分達の音楽の興味が、シンフォニックロックにあると気づき、自らで曲を作るようになっていく。Saga というバンド名に決めたのも、この頃だった。
 Jos の曲作りの才能はこの頃から際立っていて、欠けていたキーボードに Guido を加えた後、Paul のリードボーカルで、79年、Crossroad Studio にてアルバム "To Whom it Concerns" が録音された。やがてライブでのボーカルとして Tom de Jong を受け入れると、彼らは魅惑的なステージをいくつもこなした。
 しかしそれは長く続かず、80年代の初めに Tom と Guido が脱退したので、バンドはまた以前と同じ、キーボード奏者のいない状態に戻ってしまう。そこで、Ernest が猛レッスンの後、キーボードに移行。かわって Jos がベース担当となった。
 Jos のダイナミックなベース、Paul の完璧でちょっと変わったドラム、Ernest のメロディアスなキーボードの円熟した組み合わせに、リードギターの Nico Bakker、ボーカルに Ton van Kesteren が加わった Saga は、よいコンサートを行うが、やがて Nico も Ton もバンドを離れていった。
 1983年、Saga はついに解散する。Paul はいくつかほかのバンドでドラムを続けていたけれど、Jos と Ernest はすべての楽器、機材を手離し、長い長い間、演奏はしなかった。

 そして、1998年の夏。休暇でフランスにいた Ernest は、Genesis を聴いていて刺激を受け、ちょうど Paul が今でもドラムを楽しみながら続けていることを聞くに及んで、"うずうず"する。時をおかず、Ernest はシンセサイザーを買い、レッスンを始める。
 当初、Jos はバンドの再結成にあまり興味を示していなかったが、一年ほどたったある日突然 Jos はベースと12絃アコ−スティックギターを持って現れ、その瞬間からすべての金曜日の夜が確保された・・・ US のために。
 Jos は次々に新しい曲を作り、毎金曜日にそれらを仕上げていく。出来上がった曲は、Jos の自宅居間で録音され(ドラムはスタジオで後取り)"The Wizard of US" と名づけられたデモCDが作られた。この中の数曲を再録音していく過程で、エレクトリックギターの必要性を感じた彼らは Peter に依頼。Peter はほどなく US に正式加入する。
 こうして "A Sorrow in our Hearts" はリリースされた。(6曲中5曲は Jos がリードボーカルをとり、1曲は Paul である。Ernest がリードボーカルのパートもあるが、声が Jos にあまりにもそっくりなため、気をつけて聴いていないとわからない) ほどなく、次のアルバム作りに取り掛かった彼らは毎回スタジオを借りるのは面倒だからと、自分たちのスタジオを作ることにした。Paul 宅のガレージを改装して作られたスタジオは、小さいながらも充実していて、"The B'SUS"(Blood, Sweat and US)と命名された。
 新しいアルバムの録音の前に、Jos がベースとギターに専念できるようにと、Stephan がボーカルとしてUSに参加。"Eamon's Day" は2003年前半期に録音、リリースされた。
 "Eamon's Day" はあらゆる国で評価が高く、売り上げは伸び続けた。そんな中、US は2003年11月に、オランダ北部の Progfarm のフェスティバルに出演し、満員の聴衆の前で満足のいくライブを行った。彼らはステージでの演奏を十分楽しんだ。
 Jos は次のアルバムのための曲を着実に作り続けており、US は2004年2月、3枚目のアルバム作りに入ったところである。