妻沼の「福石」と小鹿野の信濃石 Yanase 2002/08/22 (木) 17:02 No.56
「埼玉県に言ひ伝へられてゐる石・岩石」といふ資料集を、アンケート協力のお返しに東京学芸大学の本間久英教授から送っていただきました。
秩父郡小鹿野町の八剣神社の「信濃石」についての記述の要旨 大きさ一丈四一尺程の巨石で、真ん中に二尺四方の穴があり、この穴に耳を当てると人の声が聞えるといふ。左右一対で「福石」ともいふ。 信濃へ往復してゐた馬子があり、馬の荷物の左右のバランスを保つため石を使用した。その石を小鹿野へ帰って道に捨てたものが、大きく成長して一丈四尺になった、といふものらしい。石成長伝説である。
妻沼町大字妻沼の大我井神社に字森下から合祀されたといふ「福石神社」の「福石」と関係があるかもしれません。
Re: 妻沼の「福石」と小鹿野の信濃石 玄松子 2002/08/22 (木) 19:23 No.57
> 妻沼町大字妻沼の大我井神社に字森下から合祀されたといふ「福石神社」の「福石」と関係があるかもしれません。
大我井神社境内に、よくわからないものが2つあるんですが。 社務所横の垣の中の石、社殿左の塚。 石の方は、垣内に碑がありましたがわかりませんでした。 塚の上には「冨士・・大神」とありましたが読めませんでした。 この2つに関して、なにか参考になる書・情報などありませんか。
Re^2: 妻沼の「福石」と小鹿野の信濃石 Yanase 2002/08/22 (木) 22:43 No.58
> (妻沼町)大我井神社境内に、よくわからないものが2つ > 社務所横の垣の中の石、垣内に碑 私の記憶では、社務所南に庭があり、その東の垣根に接して小枝に隠れるように芭蕉の句を刻んだ碑がありました。「文学遺跡辞典」(東京堂)によると、その句は 春の夜は桜に明けてしまひけり です。 > 社殿左の塚。「冨士・・大神」 大里郡神社誌(昭和五年)には境内社として記載はありませんが、平成祭データの境内社に「富士浅間神社、8月27日 鎮火祭 [通称]火祭」とあります。 塚と石璽だけでも境内社とするわけですが、楡山神社の妙見様も石の亀の上に角柱を載せた形になってゐます。 妻沼町HPの観光案内に何かあるかもしれません。
Re^3: 妻沼の「福石」と小鹿野の信濃石 玄松子 2002/08/23 (金) 00:04 No.59
社務所横の石は注連縄で祀られていて、横に碑があるのですが、句碑かどうかはわかりませんが。
> > 社殿左の塚。「冨士・・大神」 > 平成祭データの境内社に「富士浅間神社、8月27日 鎮火祭 [通称]火祭」とあります。
これに関しては、写真をよく見ると浅間と読めるようです。塚というより3mほどの円錐形の盛土なので、冨士を模したものかもしれませんね。ありがとうございました。
Re^4: 妻沼の「福石」と小鹿野の信濃石 Yanase 2002/08/23 (金) 10:22 No.60
> 社務所横の石は注連縄で祀られていて、横に碑がある 注連縄があるのでは、句碑ではありませんね。 境内配置図を見ると、大我井神社(南面)の参道を(北に)進むと社務所の北にやはり「福石」とあり、その北隣に参道側に向いて由来碑があるようです。由来碑の内容は読んだことがないので、近々確認してみます。
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