7.海に沈んだ駅
神奈川県小田原市の根府川海岸沖100mほどの海中に駅のプラットホームが沈んでいます。
でも、実物を見ただけでは、ただの大きな直方体のコンクリート塊で、駅のホームなどとはわかりません。写真7-1〜7-4がそれです。撮影当日は海のうねりが大きく透明度も悪かったため、余計に何がなんだか分からない状況ですが、正真正銘、駅のホームです。
でも、なぜ、駅が沈んでいる?
古くなった駅をそのまま海洋投棄したわけではありません。今から約80年前の1923年9月1日に発生した関東大震災に起因する土石流によって、旧国鉄東海道線の根府川駅が丸ごと海中まで押し流されたのです。駅だけではなく、たまたまその時根府川駅にいた機関車と客車も海中に押し流され、100人以上(300人という資料もある。白糸川流域全体の被害との区別が明確でない。)の方が亡くなりました。関東大震災に伴う最大の鉄道惨事だそうです。写真7-5は駅を押し流した土石流に混じっていた岩石です。
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写真7-1 |
写真7-2 |
写真7-3 |
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写真7-4 |
写真7-5 |
ここで、関東大震災のことを振り返ってみようと思います。マグニチュード7.9、地震後に発生した火災がより被害を大きなものとし、死者、負傷者ともに約10万人、行方不明者約4万人、全壊家屋、半壊家屋ともに約13万戸の大惨事でした。
震源地は諸説ありますが、現在の茅ヶ崎市〜平塚市〜大磯町〜二宮町〜小田原市にかけての沖合数十kmである点では一致しています。つまり、この根府川海岸は震源地の近傍であったわけです。被害が東京都〜横浜市にかけて大きかったことから、関東大震災は東京直下型であったとの誤解も多いようです。
地震と失火後の惨状は、当時の記録写真や、芥川龍之介の小説の記述などから推しはかれますが、今となっては当時の様子を目の当たりにできるものはほとんど残っていません。この海中に眠る根府川駅は、現存する当時の貴重な記録の一つでしょう。
写真7-6〜写真7-7は現在の根府川駅です。今でも木造建築でなかなか趣があります。そもそもの開業は1922年12月11日(大正11年)ですので、開業後1年することなく海中に没したことになります。駅構内には、亡くなられた方々を弔う慰霊碑もありました(写真7-8)。
写真7-9は、駅正面から山側を見上げたもの。写真7-10は波打ち際から現在の駅方向を見上げたものです。あれ、この斜面が崩れたの?とはじめは思ったんですが、よく考えると、崖崩れではなく土石流。ということで、この斜面が崩れたのではなく、写真7-11に写っている白糸川鉄橋の下を流れる白糸川の上流から流れてきた土石流が、海岸から見て川の右側にある駅をも押し流してしまったのです。現在は、川から駅までの距離はおよそ3〜4百mです。写真7-10(岡の上に僅かに駅の跨線橋が見える)と写真7-11は同じ立ち位置からの撮影です。
この土石流は箱根東部斜面から発生し、白糸川を流れ下ってきたもので、目撃証言から推測すると、秒速27m(時速100km弱)というものすごい流速であったそうです。次のWebには、箱根・湘南地域の状況も含め当時の記録写真が多数収められています(http://research.kahaku.go.jp/rikou/namazu/03kanto/syounan/syounan.html)。
なお、機関車と客車は、第二次世界大戦中、貴重な鉄資源として引き揚げられ、今はその一部が残っているだけだそうです。今回の潜水では、カジメが生い茂り見つけられませんでした(言い訳が多くてすみません)。
今、駅の真下の海岸線はキャンプ場になっています。写真7-12の左手にある林がキャンプ場、右手の沖100m程のところに、駅はひっそりと眠っています。
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写真7-6 |
写真7-7 |
写真7-8 |
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写真7-9 |
写真7-10 |
写真7-11 |
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写真7-12 |
現在の小田原〜三島もかつてと同様に、東海道線は入り組んだ断崖を鉄橋とトンネルで縫うように走り、車窓から見る海はとてもきれいです。写真7-11に写っている赤い白糸川陸橋は、かつては鉄道写真マニアにとっての絶好の撮影ポイントだったそうです。現在は落下防止壁が設置されていて美観を損ねていますが。東海道線と平行して陸側を走る新幹線はほとんどがトンネルの中です。
大規模地震に再度襲われれば、両線とも同様の被災になることは十分考えられますが、残念ながら、僅かばかりの平野に発達した都市間を結ぶ交通路が多い日本では、陸路を使う限り避けて通る現実的な術はないようです。
日本の地域計画、都市計画、ひいては治水対策まで、この地形に大きく制約され、それに関連して考慮すべき環境問題もそれぞれに特徴を持ちます。開発に伴う森林伐採、埋立処分場の確保(干潟の埋立)、ダムや河口堰建設などなど。限られた土地のなかで自然との共生を迫られている日本では、自然災害の防止と併せて環境保全の道を探らなければならないという課題を突きつけられています。
参考文献
土石流災害 池谷浩 岩波新書 1999.10.20