◇History and Comments◇
There were many kinds of guns used in World War II. They were hand guns,
carbines, rifles and machine guns. As for the rifles and submachine guns
of the Germany military, they used the 98 carbines and rifles, the MP series
submachine guns. Those small arms can be seen in many war movies and in
some TV dramas like Combat!
Modelguns of WWII German small arms have been made by several makers.
They are mostly made from zinc alloy or iron. Rokken once made MP18. MGC
used to make MP40, but they stopped making it in 1977. CMC used to make
Kar98k, Gew33/40 Mountain Trooper, and Tanaka, who got the CMC molds of
those models, remade the CMC models. Marushin once made a zinc alloy MP40
and 41, but they are making an ABS MP40 now, which works very well. Shoei
released FG42 Type I & II, G43 Sniper Rifle, Mkb42(H), and MP44. Craft
Apple makes MP18 and recently reproduced Tanaka/CMC Kar98k. and newly started
making Gew98b rifle.
Among these modelguns, those which were made only before 1977 are thought
to be 'rare' because selling and buying them is illeagal(by the Gun and
Sword Restriction Law) now. So even if they were found somewhere, they
would cost you more than \100,000(US$900) though you should understand
you might be arrested because of the illegal purchase. I once owned the
MGC MP40 but I sold it out in 1978.
| Mauser Gew98b (Tanaka/CAW, limited production, zinc alloy/iron, cap firing, 3,910g) | モーゼルのライフルというと、1935年にドイツ軍に制式化されたKar98k(Karabiner98Kurz=98短騎兵銃))がすぐに思い浮かぶが、その名前に付けられている数字からわかるとおり、元になった銃は1898年に制式化されたGew98(Gewehr98=98小銃)であった。Gew98は第1次世界大戦で活躍したのち引退して倉庫にしまわれていたが、第2次世界大戦で武器が不足したことから、そのうちの多くが若干の改良が加えられてKar98bとして再利用されたことが知られている。 CAWは2007年にCMCからタナカに渡った金型を利用してKar98kと98スポーターを再販したが、同年末には過去に一度もモデル化されたことのなかった98ライフルを150挺限定で発売した。今回のモデルも、前2モデルと同様に基本的にはタナカから部品供給を受けてCAWで組み立てるという方法で生産されたが、Kar98kにはなかった部品(ボルト・ハンドル、フロント&ミドル・バンド・ロック、スリング・フック、撃針分解器)はCAWがスチール削り出しで製作したものが組み込まれた。また、エキストラクターとバット・プレートはロストワックス製法によるスチール製である。木製ストックはモーゼル系モデルとしては初めてウォールナットが用いられ、新規製作の限定モデルにふさわしい高級感が演出されている。なお、長いバレルのことはふれられていないので、それはスポーターのものを流用したのかもしれない。 刻印は、Kar98kとは異なった独自のものが、チェンバー上部及び左右に新たに施されている。ちなみに、「Zn」は製造会社のコード名(会社名不明。部品製造メーカーか?)、「SPANDAU」は4つの国営工場のうちの1つがあったベルリンの地名、「1917」はGew98として製造された年号、「26」は改修された年号を表すものと思われる。なお、タナカ製Kar98kのバンド、ボルト・ハンドル、マガジン・フロアー・プレートに入れられている小さな刻印類はない。 ただし、実銃のGew98とはリア・サイトの形状やミドル・バンドのスリング取り付け位置が異なっており(モデルガンではKar98kのものが流用されている)、あくまでもKar98kのバリエーションという域は出ていないようである。このあたりはCAWも承知しているようで、名前が「Gew98」ではなく「マウザー98bライフル」となっているところにそれが表れていると推察される。なお、CAWは「マウザー98bライフルは、1919年から1933年までの戦時期ドイツの政治体制期ヴァイマル国軍時に使用されたモデルです」と説明している。 |
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| Mauser Kar98k, Model of 1942 (CMC, late production, zinc alloy/iron, cap firing, 3,640g with the sling) |
本モデルの元になった実銃のモーゼル98は、1898年にドイツ軍に正式採用されたライフルであり、第1次・第2次の両大戦で活躍した、ドイツが世界に誇るボルト・アクション・ライフルである。バリエーションとしては、Gew(=Gewehr、ゲベール)98という歩兵銃をはじめ、Kar98(=Karabiner、カラビナー)という騎兵銃がある。また、Kar98にもKar98a、Kar98bなどがあり、本銃のKar98kもその1つである。kは「短い」を意味するkurzという語の略で、karabiner(=carbine)が短小銃を表す騎兵銃の意味を持っているので、Kar98kは「98短騎兵銃」または「98短々小銃」とでも訳されよう。Kar98kは1935年から1945年までの間に数百万丁生産され、また世界各国でもライセンス生産された。さらに、アメリカのスプリングフィールドM1903や日本の三八式、九九式も基本的にはモーゼルを手本として設計されたものであり、今日のボルト・アクション・ライフルにも何らかの影響を与えていると言われている。 |
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| Mauser Kar98k, Model of 1943 (Tanaka, zinc alloy/iron, cap firing, 3,380g) |
2007年にCAWがタナカのKar98kをリバイバル生産したが、その元となったのが本モデルである。もっとも、本モデルもCMC製を元にしてはいるものの、CMC製よりはるかに実銃に忠実な刻印が入れられていたことで、発売当時は「Kar98kの決定版」と呼ばれていた。 |
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| Mauser Kar98k, Model of 1943 (Tanaka/CAW, limited production, zinc alloy/iron, cap firing, 3,485g) |
以前から噂のあったCMC/タナカの「モーゼル Kar98k」が、ついに2007年2月にCAWより再販された。これはCAWの社長がタナカの社長と懇意であったことから実現したものである。亜鉛合金製や木製等の本体部品のほとんどはタナカが供給し、一部の鉄製プレス部品はCAWが作って、CAWで組み立てられたものである。当初は60挺限定販売のはずであったが、人気が予想以上に高かったので、2ヶ月後さらに60挺追加生産された。価格も68,000円(税抜き)に抑えられ、物価の上昇分と生産数の少なさから考えれば、妥当な価格と言えるであろう。 |
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| Mauser Gew33/40 Mountain Troops, Model of 1941 (CMC, zinc alloy/iron, cap firing, g) |
本モデルは、K98kのバリエーションとして1984年にCMCから発売されたモデルである。同社では、本モデルのことを "Gewehr
33/40 Mountain Troops Model" としており、商品名としては「G33/40マウンテン・トループ」(最近発売されたタナカのガスガンは「マウンテン・トルーパー」)としていたが、実銃の表記には「マウンテン・トループ」にあたる英語もそのドイツ語訳も存在しない。おそらく、CMCがK98kに比べててあまり認知度のない本モデルを印象的にしようとして独自に名付けたものなのであろう。実銃は、ドイツ語では"Gebirgsjagerkarabiner
33/40"とも呼ばれるが、"gebirg"は「山岳」、"jager"は猟兵、"karabiner"は「騎銃」を意味することから、日本では「山岳猟兵騎銃33/40」と紹介されており、山岳地帯で戦闘を行う兵士が携行・仕様しやすくするために、G98より短いK98kをさらに短くしたものであることがわかる。また、「G33/40」という名前は、K98kの不足を補うために、同じ98系システムで生産されていたチェコスロバキア製のKarabiner
Modell 16/33 (Cz16/33) を1940年にドイツ軍が改良して採用したことによるもので、この時に Gewehr 33/40 という名前が与えられた。 |
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| Bergmann MP18 Post-WWI Model Blowback Type (CAW, special limited production, CP blowback, 3,495g) | 実銃は「世界初のサブマシン・ガン」として知られているモデルである。Theodor Bergmann Abt Waffenbau Suhl で生産されたので、普通は
"Bergmann MP18/I" と呼ばれている。開発したのはあのヒューゴ・シュマイザーである。後に改良されたMP28は日本で「べ式機関短銃」として制式採用されたり(百式機関短銃のモデルにもなった)、MP34は第2次大戦で敵国となるデンマーク等で制式採用されたりし、その後にMP38やMP40へと発展していく基礎となったモデルである。 第1次世界大戦で塹壕戦が繰り返されるようになると、ドイツ軍はそれに対処するための新しい小火器の開発を進めた。そこで採用されたのがピストル弾をフルオートで撃つ"Maschinen Pistole(MP)"という考え方であった。これは、ピストル弾(9oパラベラム)なら射程は短くとも塹壕戦ではそう影響はなく、むしろ個々の兵士が短時間で大量の弾幕を張れるという点に着目したものであった。さらに、ピストル弾はライフル弾より発射時の反動が遙かに小さいので、フルオートでもコントロールしやすく、本体も小さくシンプルな構造でできるという利点もあった。できあがったモデルは、オープン・ボルト方式の筒型レシーバーを持つ、フルオート・オンリーのモデルで、ルガーP.08に使われていたスネイル・マガジンをやや後方に曲げられたマガジン・ハウジングに差し込んで使うものであった。実戦投入されたのが第1次大戦が終了する間際だったので、生産数はそれほど多くなく、敗戦国であったドイツではそれ以上のサブマシン・ガン開発は禁止されてしまった。ただし、戦場から戻ってきたMP18はマガジン・ハウジングを直角に直して20発または32(40?)発のボックス・マガジンを装着する警察用モデルとしてしばらく活躍した。 モデルガンのMP18は、1970年代半ばに六研から全鉄製モデルとして限定発売されたことがあった(1975のMGCのビジェールにも載っている)。CAWはその六研製MP18を参考にしながらも、実銃の取材を徹底的に行い、CAD(Computer Aided Design)を用いて設計図を描き、ほとんどの部品を削り出しで製作することで、全く新しいモデルガンを2002年に誕生させた。CAWがモデル化したのは、そのマガジン・ハウジングの形から第1次大戦後の警察仕様のものと思われる。おそらくその理由は、スネイル・マガジンの製作がコスト上の問題で難しいと判断したからであろう。部品を金型で作らないことから、当初から200挺限定で発売され、最初は否発火仕様(128,000円)だけであったが、後にそのうちの約50挺が発火(ブローバック)仕様(148,000円)に変更されて発売された。また、通常の付属品は40連マガジンであるが、極少量だけ20連マガジン(9,800円)がオプション販売されたことがあった。なお、CAW直販で購入すると、レシーバーに "Theodor Bergmann Abt Waffenbau Suhl" の刻印が入れられ、木製ストックがウォールナットになる特別限定仕様のものが手に入れられた(後から刻印してもらうことは不可)。 さて、ここで紹介するモデルは一般販売仕様(ブナ材ストック)のブローバック・モデルである。ほとんどの部品を削り出しで作ったというだけあって、確かに主な部品の仕上がりはおもちゃの域をはるかに超えている。例えば、一部にツール・マークも残るレシーバーやバレル・ジャケットはエッジも見事に立っているし(金属部は気をつけて持たないと手を切ってしまうほど)、穴の開き具合や表面の仕上がりも金型から射出された部品とは一線を画す作りとなっている。スチール削り出し部品を部品名がわかるものだけでも列挙すると、フロント・サイト、バレル・ジャケット、フロント・スウィベル、ボルト・ハンドル、リア・サイト、トリガー・ガード、テイク・ダウン・ラッチ等で、各種ピン類もスチール製である。もちろん、マガジンはプレス製法のスチール製であり、おそらくエキストラクター、エジェクター、バット・プレートはロストワックス製法のスチール製であろう。単純な作りのモデルであるという存在感と価格との関係で、ごく一部のマニアから「値段が高すぎる」という声が上がっているが、部品の質や製作工程を理解し、その仕上がりを自分の目で見て触れれば、そのような声も引っ込んでしまうはずだ。ただ、ここまで力を入れて作られたモデルであるだけに、本来木製ストック下部に付いているはずのリア・スウィベルが省略されてしまっていることだけは惜しく(マウントのみあり)、これからでも製作して購入者に無償配布してもらいたいものである。 カートリッジは否発火仕様にはダミー・カートリッジが5発付属し、発火仕様にはMGCの9oルガーCP−HWカートリッジにそっくりな(弾頭部分のRの線が若干ちがう)CPカートリッジが10発付いている。ダミー・カートリッジの別売りはないが、発火カートリッジは追加で購入することもできた。取説はごく簡単な部品図があるだけであるが(しかも部品名もない)、メーカー自身も渾身の力を込めて作ったと言っている高額モデルであるので、分解手順や実銃の歴史等の冊子タイプが欲しかった。 2008年冬現在、CAW本社及び全国各地のショップでも売りきれとなっており、オークションやショップで根気よく中古を探すか、運良くショップの棚や倉庫に眠っている新品が売り出されるのを待つかしか手に入れる方法はない(自分は後者で手に入れた)。 |
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| ERMA MP40 (MGC, late production, iron/zinc alloy, paper powder blowback, 3,410g) | モデルガンにおいてオートマチック製モデルの自動装填・廃莢は草創期には夢の作動方式であり、それに代わる方式としてのスライド・アクション(「タニオ・アクション」)がオートマチック・ハンドガンでは一般的であった。その夢の作動方式である「ブローバック」を開発者としての執念で実らせたのがMGCで当時開発部長を務めていた小林太三氏であった。氏はステージガンなどで使われていたチョークド・パワー・シールド方式よりはるかに小さな力でブローバックする「デトネーター方式」を開発し、1968年にその第1弾としてシュマイザーMP40を発売した。同モデルは当時テレビ番組「コンバット!」で毎回のように撃ちまくられるシーンが目に焼き付いていた男たちに大人気となり、紙火薬4〜5粒程度で快調にブローバックするモデルとして人気を博した。しかし、71年の銃刀法改正は乗り切ったものの、77年の改正では素材(スチール製)と構造(バレルが分離できる)がひっかかってしまい、生産が打ち切られてしまった。 自分は本モデルを中学校2年生であった75年に手に入れて遊んだ覚えがある。確かに紙火薬4〜5粒で快調にブローバックしたが、それも10発くらいまでで、それ以降はデトネーターに燃えかすがたまってジャムを起こしたり、発火ガスの逃げ場が無くて爆発的な発火をしてしまったように記憶している。そうなったときは、カートは発火の熱と圧力でふくらんでしまい、二度と使えなくなってしまった。また、カートリッジは一度発火すると掃除しなければ二度目は使えず(当時のブローバック・モデルはほとんどそうであったが)、一日に何度も発火を楽しむということはできなかった。さらに、レシーバーやマガジンをサビから守るために、発火の度にすべて分解して丁寧に掃除しなければならなかった。 さて、ここで紹介するモデルはその当時から持っているものではなく、親しい友人から久しぶりに借りた「留学生」モデルである。Gun紙などの記事によると、本モデルには初期生産品と後期生産品にはいつくかのちがいがあるそうで、ここで紹介するモデルは後期生産品のようである。そう判断する一番の理由はレシーバーの色が赤茶色をしていることで、初期の製品は黒色であった。また、マガジン・ハウジングをレシーバーに止めるためのスチール製ベルトが実物のような溶接品になっているのも後期製品の証であるという。マルシンのABS製とHW製モデルに慣れていた身からすると、スチール製モデルがこんなにも重かったかと思うほどの重量感があり、かつまた40年以上も前に設計されたモデルとは思えない実銃に忠実な外観が再現されていることに改めて驚いた。本品は未発火でスチール部品にサビはなく、亜鉛合金製部品のブルーもよく残っており、製造された年代を考えると保存状態は「新品同様」と言っていいくらいである。友人はCP用のカスタム・デトネーターに付け替え、P220用CP−HWカートリッジで快調なブローバックを楽しむ計画を立てているが、自分であればもったいなくて未発火のままコレクションしていくであろう。なお、一番下右の写真は部れる・ナットをゆるめるレンチに入れられている刻印である。 |
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| ERMA MP40 (Marushin, 2nd model, zinc alloy/iron, paper powder blowback, 4,540g) |
MPとは maschinen pistole(マシーネン・ピストーレ)の頭文字で、つまりマシン・ピストル(機関銃)のことである。ドイツ製のサブ・マシンガンはほとんどこの名前が付いている。私にとってMP40はマシンガンの中でもっとも格好いいモデルである。実は、実銃の設計者はシュマイザー(Schmeiser)ではないが、いつのまにかそう呼ばれるようになってしまったそうである。ちなみに、製造会社はERMA(Erfuter
Werkezeug und Maschinenfabrik)社である。 |
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| ERMA MP40 (Marushin, 3rd model, 2002 production, ABS, PFC blowback, kit model, 2,420g) |
本モデルは、マルシンが84年に発売したABSキットモデルである。当初はキットのみであったが、後に一時期だけ完成品(マット・ブラック塗装)が発売されたことがあった。 |
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| ERMA MP40 (Marushin, 3rd model, 2008 production, HW, PFC blowback, 2,690g) |
マルシンのニューMP40は、キットモデルであっても実に快調なフル・オート・ブローバックが楽しめるモデルとして、国内は元より海外のモデルガン・ファンにも大人気であるが、完成品は80年代にごく一時期発売されたのを除くと20年以上生産されていなかった。しかし、キットモデルが毎年再販されるほど人気があったので、2008年に完成品も再販された。しかも、今回は材質が過去に発売されたことのなかったHWであった。 |
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| ERMA MP41 (Marushin, 2nd model, zinc alloy/iron, PFC blowback, 3,860g) |
ドイツ軍が誇るMP40は、プレス成型のスチールとプラスチックでできたフル・オート・オンリーの手軽なサブマシン・ガンであったが、ストック部を木製にして、セミ/フル・オートのセレクティブ・タイプのカービン的要素を加えたのがMP41であった。MP40のバリエーションであったとはいえ、木製ストック付きの“マシーネン・ピストール”(サブマシン・ガン)はMP40よりも20年以上前にMP18として完成されていたので、ほぼそのスタイルを踏襲する形でデザインされた。MP18と大きくちがうのは、セレクターが設けられたこととマガジンが縦になったことであろう。 |
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| Rheinmetall-Borsig/Krieghoff FG42 Type I (Shoei, late limited production, zinc alloy/iron, dummy cartridge, 4,575g) | 実銃は、第2次世界大戦中にドイツ軍の要請を受けたラインメタル・ボージック社が空軍降下部隊(空挺部隊)専用に開発した自動小銃で、正式には "Fallschirmjager
Gewehr 42"(降下猟兵小銃42) と呼ばれているモデルである。セミ/フル・オート射撃が可能な自動小銃であるが、その重厚なスタイルと存在感は、自動小銃というより軽機関銃といった方がいいのではないであろうか。ただし、そこは空挺部隊用に開発されたモデルであるので、上から見ると横からの重厚なスタイルからは想像できないほどスマートにできており、実銃の重量も約4.5sに抑えられている。生産された時期により、前期型と後期型に大きく分けられ、戦後はそれぞれ「FG42/T」「FG42/U」と呼ばれるようになった。 モデルガンは、ドイツ軍の大型自動小銃であること、MP40(いわゆる「シュマイザー」)やKar98kライフルほどポピュラーなモデルではないことから、商品化されるとは誰も思っていなかったモデルであったが、「それならば自分で作ってしまえ!」という意気込みで、埼玉県川口市(マルシン工業のある場所。鋳物工場がいっぱいある町)にある松栄製作所という会社が、1994年にモデルガンを発売した。同社はそれまでCMCの製品をOEM生産していた会社であり、KSCがMGCの廃業でメーカーとして名乗り出たのと同様に、CMCのモデルガン生産撤退を機に自社ブランドのモデルガンを製作することにし、その第1弾に選んだモデルが「FG42タイプT」であった。 当初はいわゆる「タイプT」のダミー・カート・モデル(96,000円)だけであったが、まもなくそのブローバック・モデル(96,000円)が追加され、2000年には「スコープ付きタイプT」(ダミー・カート・モデル、13,800円)が再販され、2001年には「タイプU」(ダミー・カート・モデル、128,000円)が新たに追加された。なお、ダミー・カート・モデルをブローバック・モデルに替えるためのブローバック・キット(35,000円)や専用のスコープ・セット(35,000円)、グレネード・ランチャー・セット(33,000円)が発売されたこともあった。 それにしても、このモデルガンはとてもよくできている。ショウエイからは他にもMP44、Mkb42(H)、G43が発売されているが、いずれも本物と見まごうばかりの外観とリアルなメカニズムで作られている。特に、後発のFG42タイプUはその作りの良さが認められ、なんとベルギーの首都ブリュッセルにある王立軍事歴史博物館に国の資産として収蔵されたそうである。ただし、実銃のメカニズムをできるだけ忠実に再現しようとしたことから、モデルガンとしてキャップ火薬でブローバックさせるにはかなり無理があり、発売当時はアームズ・マガジン誌やサイト誌(同人誌)などでチューンナップ方法が紹介されていたが、それでも快調なブローバックは期待できなかった。メーカーとしてもその点はわかっていたようで、タイプTの再販モデルは観賞用コレクションを目的としたダミー・カート仕様とされた(タイプUは最初からダミー・カート仕様)。 ショウエイによると、G43とMKb42(H)は「完全限定品」として生産を終了しているが、FG42については再販される見込みが残っている(2010年にタイプTがごく少量再販された)。 なお、本モデルについてはこちらでさらに詳しく紹介している。 |
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| Krieghoff FG42 Type II (Shoei, limited production, zinc alloy/iron, dummy cartridge, 4,915g) | |||
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| Haenel MKb42(H) (Shoei, late limited production, zinc alloy/iron, dummy cartridge, 4,345g) | 実銃は、「突撃銃」(Sturm Gewehr)の元祖と呼ばれるMP44(StG43)のさらに始祖的なモデルであり、すべての突撃銃の出発点となったものである。第2次世界大戦中、ドイツ軍はサブマシンガンより強力で、フル・オートが可能な火器の開発の必要性を認識し、銃器メーカーに以下のような条件で開発を指示した。 ○寒冷地、砂漠地帯で支障なく使えること ○砂やほこりに対して十分な耐久、抵抗力をもつこと ○構造が単純なこと ○重量がK98kを超えないこと ○全長がK98kより短いこと ○弾道性はK98kの7.92o×57と約600mまでほぼ同じなこと ○400mまでセミ・オートマチック射撃で命中精度が期待できること ○400mまでフル・オートマチック射撃でコントロールされた威力があること ○フル・オートマチック射撃は350〜450発/分の連射速度であること ○フル・オートマチック射撃中コントロールできること ○マズル部にライフル・グレネード発射器を装着可能なこと しかし、これらの条件があまりにも厳しかったので、試作品を作れたのはヒューゴ・シュマイザーを開発主任とするハーネル社だけであった。その後、それを聞きつけたワルサー社も何とか開発に参加し、両者の試作品はそれぞれMkb42(H)(Maschinenkarabiner 42 Haenel)、Mkb42(W)(Maschinenkarabiner 42 Walther)としてテストもそこそこに実戦投入された。結果的に量産に失敗したワルサー社のモデルはすぐに姿を消してしまうことになるが、ハーネル社のモデルに対抗する最大の特徴であったクローズド・ボルト方式はMP43(MP44、StG44)で花開くことになる。ただし、1年後にMP43が登場したことからもわかるとおり、Mkb42(H)はわずか1年間しか生産されず、フル・モデル・チェンジされることになった。 モデルガンのMkb42(H)は、FG42タイプT、FG42タイプU、MP44に続くショウエイの旧ドイツ軍小火器シリーズの第4弾として1996年に発売された。当初は300挺限定生産の予定であったが、200挺が生産されたところで一端生産が打ち切られた。しかし、海外からの再生産の要望が強かったこともあり、2004年に50挺、2006年に数十挺(50挺未満)が再生産された。以前ショウエイに直接確認した情報によると、「当初の生産計画を達成したので、今後の再生産はない」とのことである。 ショウエイのMkb42(H)は、当初からダミー・カート仕様のみであった。それは、それまでに発売した3丁のブローバック仕様とダミー・カート仕様を比較して、より実銃に近い再現性を目指すことに開発の主眼が置かれたからと思われる。したがって、他のショウエイ製モデルと同様かそれ以上に、内部メカニズムは限りなく実銃に近いものとなっている。また、外観もほとんどの主要な金属部品が亜鉛合金製の鋳物で作られていながら、実銃の複雑なスチール・プレス成形による形状が余すところなく再現されている。同社のFG42の2丁もそうであるが、このMkb42(H)もMP44の後に製作されていながら後者の部品が流用されるなどということはない。すべての部品が実銃のそれとそっくりに作られているため、後者と異なっている部分はすべて新規製作である。価格は初版の発売時から128,000円と高額であったが、その作りの良さと存在感の素晴らしさを考えれば納得できる価格である。 なお、先述のとおりすでに完全絶版であることがメーカー・サイドの情報として入ってきているので、中古で見つけた場合はぜひとも抑えておくことをお勧めする一品である。 |
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| Haenel MP44 (Shoei, late limited production, zinc alloy/iron, dummy cartridge, 4,755g) |
実銃は、「突撃銃」(StG=Sturm Gewehr)の元祖と呼ばれる銃で、小銃(Gewehr)とサブマシンガン(Maschinen Pistole)の中間的な位置づけのものである。第2次世界大戦末期に開発されたものであるが、その基本構造は大戦後に登場したソ連のAK47やアメリカのM16に多大なる影響を与えた。この銃の元になったのは、ハーネル社が開発したMKb42(H)(Maschinen
Karabiner 42 Haenel)で、それをシュマイザーがクローズド・ボルトに改良したのがMP42(HS)(Maschinen Pistole
42 Haenel-Schmeiser)と呼ばれ、やがて1943年に生産されたそのモデルがMP43と呼ばれるようになった。そして、1944年にそのまま量産されたのがMP44である。さらに、同年中に従来のサブマシンガンと区別するためにStG44(Sturm
Gewehr 44)とも呼ばれるようになった。したがって、MP43、MP44、StG44は刻印レベルの細かい外観上のちがいを除けばまったく同じモデルであると言っても過言ではない。 |
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| G43 Sniper Rifle (Shoei, limited production, zinc alloy/iron, dummy cartridge, g) | Wanted! | ||
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