German Small Arms in World War I & II


◇History and Comments◇
  There were many kinds of guns used in World War II. They were hand guns, carbines, rifles and machine guns. As for the rifles and submachine guns of the Germany military, they used the 98 carbines and rifles, the MP series submachine guns. Those small arms can be seen in many war movies and in some TV dramas like Combat!
  Modelguns of WWII German small arms have been made by several makers. They are mostly made from zinc alloy or iron. Rokken once made MP18. MGC used to make MP40, but they stopped making it in 1977. CMC used to make Kar98k, Gew33/40 Mountain Trooper, and Tanaka, who got the CMC molds of those models, remade the CMC models. Marushin once made a zinc alloy MP40 and 41, but they are making an ABS MP40 now, which works very well. Shoei released FG42 Type I & II, G43 Sniper Rifle, Mkb42(H), and MP44. Craft Apple makes MP18 and recently reproduced Tanaka/CMC Kar98k. and newly started making Gew98b rifle.
  Among these modelguns, those which were made only before 1977 are thought to be 'rare' because selling and buying them is illeagal(by the Gun and Sword Restriction Law) now. So even if they were found somewhere, they would cost you more than \100,000(US$900) though you should understand you might be arrested because of the illegal purchase. I once owned the MGC MP40 but I sold it out in 1978.
 

Mauser Gew98b (Tanaka/CAW, limited production, zinc alloy/iron, cap firing, 3,910g)  モーゼルのライフルというと、1935年にドイツ軍に制式化されたKar98k(Karabiner98Kurz=98短騎兵銃))がすぐに思い浮かぶが、その名前に付けられている数字からわかるとおり、元になった銃は1898年に制式化されたGew98(Gewehr98=98小銃)であった。Gew98は第1次世界大戦で活躍したのち引退して倉庫にしまわれていたが、第2次世界大戦で武器が不足したことから、そのうちの多くが若干の改良が加えられてKar98bとして再利用されたことが知られている。
 CAWは2007年にCMCからタナカに渡った金型を利用してKar98kと98スポーターを再販したが、同年末には過去に一度もモデル化されたことのなかった98ライフルを150挺限定で発売した。今回のモデルも、前2モデルと同様に基本的にはタナカから部品供給を受けてCAWで組み立てるという方法で生産されたが、Kar98kにはなかった部品(ボルト・ハンドル、フロント&ミドル・バンド・ロック、スリング・フック、撃針分解器)はCAWがスチール削り出しで製作したものが組み込まれた。また、エキストラクターとバット・プレートはロストワックス製法によるスチール製である。木製ストックはモーゼル系モデルとしては初めてウォールナットが用いられ、新規製作の限定モデルにふさわしい高級感が演出されている。なお、長いバレルのことはふれられていないので、それはスポーターのものを流用したのかもしれない。
 刻印は、Kar98kとは異なった独自のものが、チェンバー上部及び左右に新たに施されている。ちなみに、「Zn」は製造会社のコード名(会社名不明。部品製造メーカーか?)、「SPANDAU」は4つの国営工場のうちの1つがあったベルリンの地名、「1917」はGew98として製造された年号、「26」は改修された年号を表すものと思われる。なお、タナカ製Kar98kのバンド、ボルト・ハンドル、マガジン・フロアー・プレートに入れられている小さな刻印類はない。
 ただし、実銃のGew98とはリア・サイトの形状やミドル・バンドのスリング取り付け位置が異なっており(モデルガンではKar98kのものが流用されている)、あくまでもKar98kのバリエーションという域は出ていないようである。このあたりはCAWも承知しているようで、名前が「Gew98」ではなく「マウザー98bライフル」となっているところにそれが表れていると推察される。なお、CAWは「マウザー98bライフルは、1919年から1933年までの戦時期ドイツの政治体制期ヴァイマル国軍時に使用されたモデルです」と説明している。
Mauser Kar98k, Model of 1942 (CMC, late production, zinc alloy/iron, cap firing, 3,640g with the sling)

 本モデルの元になった実銃のモーゼル98は、1898年にドイツ軍に正式採用されたライフルであり、第1次・第2次の両大戦で活躍した、ドイツが世界に誇るボルト・アクション・ライフルである。バリエーションとしては、Gew(=Gewehr、ゲベール)98という歩兵銃をはじめ、Kar98(=Karabiner、カラビナー)という騎兵銃がある。また、Kar98にもKar98a、Kar98bなどがあり、本銃のKar98kもその1つである。kは「短い」を意味するkurzという語の略で、karabiner(=carbine)が短小銃を表す騎兵銃の意味を持っているので、Kar98kは「98短騎兵銃」または「98短々小銃」とでも訳されよう。Kar98kは1935年から1945年までの間に数百万丁生産され、また世界各国でもライセンス生産された。さらに、アメリカのスプリングフィールドM1903や日本の三八式、九九式も基本的にはモーゼルを手本として設計されたものであり、今日のボルト・アクション・ライフルにも何らかの影響を与えていると言われている。
 モデルガンのKar98kは、1970年代半ばに六研より発売された。そして、数年後にその金型を受け継いだ東京CMCから再販された。実銃に限りなく近い外観とメカの再現を売り物にしていた六研/CMC製品であるので、実弾を発射できないようにさせる安全設計のためのデフォルメを除けば、ほぼすべてが実銃どおりに再現された。金属部品は基本的には亜鉛合金製であるが、トリガー・ガード&マガジンやバット・プレートなどの一部の部品やバネ類、ネジ等は鉄製である。また、木製ストックは発売時期によって木質や仕上げに多少の差があるが、本品のものはおおむね良好な質感である。
 刻印はレシーバー上部に ナチスの鷲のマークと "byf" 及び "1942" が入れられているが、これは前者がモーゼル社で生産されたこと、後者が1942年製であることを示している(ただし、実銃の刻印は「42」と下二桁だったはずであるが…)。その他には、レシーバー上部左側に "Mod. 98 CMC"、ストック右側後端近くに鷲のマークと "WaA79" が入れられている。なお、六研の金型を受け継いだことから、初期のCMC製品のバット・プレートには Rokken の刻印があったが、再販品からは鷲のマークと "CMC" の刻印になった。
 カートリッジは2ピース・タイプで、インナーを押すとデトネーターに接触して発火するタイプである。CMC製は全体が真鍮色であるが、中古で手に入れた時点で付属していなかったので、写真には弾頭部分が銅色になっているタナカ製Kar98k用を別途購入したものを載せてある。
 オプション品としては、狙撃銃を意識したスコープ・マウント及びスコープが用意されていた。スリングは発売時期によって付属品として付いていたときもあればオプションだったときもある。また、バリエーション・モデルとして、マウンテン・トルーパーやスポーター・モデルもあった。

Mauser Kar98k, Model of 1943 (Tanaka, zinc alloy/iron, cap firing, 3,380g)

 2007年にCAWがタナカのKar98kをリバイバル生産したが、その元となったのが本モデルである。もっとも、本モデルもCMC製を元にしてはいるものの、CMC製よりはるかに実銃に忠実な刻印が入れられていたことで、発売当時は「Kar98kの決定版」と呼ばれていた。
 刻印の素晴らしさは先にアップした下のCAW製と基本的に同じなので、その説明を参照してもらいたい。CAW製とちがうのは、チェンバー上部左側にもアムト・マークが入れられていること、モデルガンのシリアル・ナンバー(4桁)が入れられていること、バット・ストック右側にCMC製同様のアムト・マークが入れられていること(ただし、つぶれてしまっていてほとんど見えない…)、バット・プレートにCMC刻印があること(CAW製の第1ロット品にはあった)である。
 しかし、タナカ製の最も素晴らしい点は木製ストックの美しさであろう。材質はおそらくブナ材であろうが、その明るい基調と木目のきめ細かさはCMC製では望むべくもなく、2007年にタナカが部品供給したCAW製と互角の仕上がりである。これは同時期に再販されていたM1カービンにも言えることであり、元々木工屋であったタナカの真骨頂が最も発揮されていた時期の製品である。
 カートリッジは弾頭部分が銅色に塗られた発火式のもので、CMC製品との互換性もある。また、取説は基本的にCMC製のものをそのまま使っている。なお、写真の純正スリングは付属品か別売かは不明である。
 本製品が発売されたのはCMCがモデルガン製造から撤退した90年代初頭で、MGCやマルシンなどが盛んにHW製品やSRH製品等を出すなど、モデルガンの巻き返しに躍起になっていた時期とも重なる。しかし、エアーガン人気が益々上がっている時代でもあり、高価な長物モデルガンを購入しようという若者はほとんどいなくなっていた。かつてのモデルガン・ファンも大人になってコレクションからは遠ざかっており、本製品も結果的にはほとんど数が出なかったものと思われる。そのせいもあって今では本家のCMC製品よりも希少価値があるとされており、CAW製が再販されるまでは中古がプレミアム価格で取り引きされていた。

Mauser Kar98k, Model of 1943 (Tanaka/CAW, limited production, zinc alloy/iron, cap firing, 3,485g)

 以前から噂のあったCMC/タナカの「モーゼル Kar98k」が、ついに2007年2月にCAWより再販された。これはCAWの社長がタナカの社長と懇意であったことから実現したものである。亜鉛合金製や木製等の本体部品のほとんどはタナカが供給し、一部の鉄製プレス部品はCAWが作って、CAWで組み立てられたものである。当初は60挺限定販売のはずであったが、人気が予想以上に高かったので、2ヶ月後さらに60挺追加生産された。価格も68,000円(税抜き)に抑えられ、物価の上昇分と生産数の少なさから考えれば、妥当な価格と言えるであろう。
 全体の作りはとてもしっかりしており、タナカがCMC製品を再販した当時の質感が再現された。木製ストックの質の良さは言うまでもないが、本体のあちこちに入れられている刻印がきちんと入れられているのが嬉しい。ただし、タナカ製では入れられていたレシーバー前部左上のシリアル・ナンバー(モデルガン用の4桁のもの)とストック右側のアムト・マークは省略された。カートリッジはCMC以来の2ピース製のものであるが、タナカ製では弾頭部分が同色にされていたのに対して、今回のものはCMC製と同じ単色のものに戻された。
 第1ロット製品には、特典として、本モデルを最初に開発した六研のカラーカタログのコピー、CMCの取説のコピー、CAW社長が書いた「Kar98k開発面白エピソード」が付いていたが、商標権問題でクレームがついたのか、第2次ロット製品には「CMC」の名前が消された取説のコピーしかついていなかった。また、第1ロット製品には入れられていたバットプレートの「CMC」刻印も第2次ロット製品では削られていた。ちなみに、ここで紹介するのは第2次ロットのものである。
 なお、CAWでは「98シリーズ」という言い方をしているので、今後のバリエーション展開に期待したいものである。

【刻印の説明】 ※写真を参照
・4段目右…バット・プレート(再販第1ロットは“CMC”刻印有り)
・5段目左…レシーバー前部上(“bnz”はオーストリアのステアー(シュタイアー)社のコード。ということは本モデルはオーストリア製か?)
・5段目中…レシーバー前部上(1943年製を意味する)
・5段目右…レシーバー中央左(モデル名)
・6段目左…ボルト・ハンドルの根元上部(8611はアッセンブリーaH)
・6段目中…フロント・バンド右側(鷲のマーク及びWaAはドイツ軍の兵器検査機関である"Waffenamt"のこと。WaAの後ろの数字は検査工場または検査官を表すと思われる)
・6段目右…マガジン・フロアー・プレート(1814はアッセンブリーaH)

Mauser Gew33/40 Mountain Troops, Model of 1941 (CMC, zinc alloy/iron, cap firing, g)

 本モデルは、K98kのバリエーションとして1984年にCMCから発売されたモデルである。同社では、本モデルのことを "Gewehr 33/40 Mountain Troops Model" としており、商品名としては「G33/40マウンテン・トループ」(最近発売されたタナカのガスガンは「マウンテン・トルーパー」)としていたが、実銃の表記には「マウンテン・トループ」にあたる英語もそのドイツ語訳も存在しない。おそらく、CMCがK98kに比べててあまり認知度のない本モデルを印象的にしようとして独自に名付けたものなのであろう。実銃は、ドイツ語では"Gebirgsjagerkarabiner 33/40"とも呼ばれるが、"gebirg"は「山岳」、"jager"は猟兵、"karabiner"は「騎銃」を意味することから、日本では「山岳猟兵騎銃33/40」と紹介されており、山岳地帯で戦闘を行う兵士が携行・仕様しやすくするために、G98より短いK98kをさらに短くしたものであることがわかる。また、「G33/40」という名前は、K98kの不足を補うために、同じ98系システムで生産されていたチェコスロバキア製のKarabiner Modell 16/33 (Cz16/33) を1940年にドイツ軍が改良して採用したことによるもので、この時に Gewehr 33/40 という名前が与えられた。
 さて、CMCのモデルガンは、実銃のスタイルが充実に再現されている。例えば、バレル長が110o短くされて492oになっていること、バット・プレート最後尾の左側には、一目で本モデルであることがわかる特徴的なパットがあること、タンジェント・タイプのリア・サイトがK98kのようにレシーバー上にむき出しであるのではなく木製のハンド・ガードをくり抜くように取り付けられていること等である。また、レシーバー上部にある刻印"dot"はWaffenwerke Brunnというチェコスロバキアにあった工場のコード番号、"1941"は製造年を表しており、それらも正確に再現されている。カートリッジはK98kと共通の発火式真鍮製のものが5発1クリップ分付属し、箱は専用の大きさ及び上蓋記述のものが付属している。なお、写真に写っているスリングはオプション設定の別売り品である。
 発売当初は人気が無くてあまり売れず、おそらく1ロット生産されただけで絶版になってしまったものと思われる(そのため、CMCのカタログには一度も載ったことがない)。また、タナカやCAWからもリバイバル生産されていない。しかし、かえってそのことで今では元になったK98kより希少価値が高く、中古市場では大変高値で取り引きされている。

Bergmann MP18 Post-WWI Model Blowback Type (CAW, special limited production, CP blowback, 3,495g)  実銃は「世界初のサブマシン・ガン」として知られているモデルである。Theodor Bergmann Abt Waffenbau Suhl で生産されたので、普通は "Bergmann MP18/I" と呼ばれている。開発したのはあのヒューゴ・シュマイザーである。後に改良されたMP28は日本で「べ式機関短銃」として制式採用されたり(百式機関短銃のモデルにもなった)、MP34は第2次大戦で敵国となるデンマーク等で制式採用されたりし、その後にMP38やMP40へと発展していく基礎となったモデルである。
 第1次世界大戦で塹壕戦が繰り返されるようになると、ドイツ軍はそれに対処するための新しい小火器の開発を進めた。そこで採用されたのがピストル弾をフルオートで撃つ"Maschinen Pistole(MP)"という考え方であった。これは、ピストル弾(9oパラベラム)なら射程は短くとも塹壕戦ではそう影響はなく、むしろ個々の兵士が短時間で大量の弾幕を張れるという点に着目したものであった。さらに、ピストル弾はライフル弾より発射時の反動が遙かに小さいので、フルオートでもコントロールしやすく、本体も小さくシンプルな構造でできるという利点もあった。できあがったモデルは、オープン・ボルト方式の筒型レシーバーを持つ、フルオート・オンリーのモデルで、ルガーP.08に使われていたスネイル・マガジンをやや後方に曲げられたマガジン・ハウジングに差し込んで使うものであった。実戦投入されたのが第1次大戦が終了する間際だったので、生産数はそれほど多くなく、敗戦国であったドイツではそれ以上のサブマシン・ガン開発は禁止されてしまった。ただし、戦場から戻ってきたMP18はマガジン・ハウジングを直角に直して20発または32(40?)発のボックス・マガジンを装着する警察用モデルとしてしばらく活躍した。
 モデルガンのMP18は、1970年代半ばに六研から全鉄製モデルとして限定発売されたことがあった(1975のMGCのビジェールにも載っている)。CAWはその六研製MP18を参考にしながらも、実銃の取材を徹底的に行い、CAD(Computer Aided Design)を用いて設計図を描き、ほとんどの部品を削り出しで製作することで、全く新しいモデルガンを2002年に誕生させた。CAWがモデル化したのは、そのマガジン・ハウジングの形から第1次大戦後の警察仕様のものと思われる。おそらくその理由は、スネイル・マガジンの製作がコスト上の問題で難しいと判断したからであろう。部品を金型で作らないことから、当初から200挺限定で発売され、最初は否発火仕様(128,000円)だけであったが、後にそのうちの約50挺が発火(ブローバック)仕様(148,000円)に変更されて発売された。また、通常の付属品は40連マガジンであるが、極少量だけ20連マガジン(9,800円)がオプション販売されたことがあった。なお、CAW直販で購入すると、レシーバーに "Theodor Bergmann Abt Waffenbau Suhl" の刻印が入れられ、木製ストックがウォールナットになる特別限定仕様のものが手に入れられた(後から刻印してもらうことは不可)。
 さて、ここで紹介するモデルは一般販売仕様(ブナ材ストック)のブローバック・モデルである。ほとんどの部品を削り出しで作ったというだけあって、確かに主な部品の仕上がりはおもちゃの域をはるかに超えている。例えば、一部にツール・マークも残るレシーバーやバレル・ジャケットはエッジも見事に立っているし(金属部は気をつけて持たないと手を切ってしまうほど)、穴の開き具合や表面の仕上がりも金型から射出された部品とは一線を画す作りとなっている。スチール削り出し部品を部品名がわかるものだけでも列挙すると、フロント・サイト、バレル・ジャケット、フロント・スウィベル、ボルト・ハンドル、リア・サイト、トリガー・ガード、テイク・ダウン・ラッチ等で、各種ピン類もスチール製である。もちろん、マガジンはプレス製法のスチール製であり、おそらくエキストラクター、エジェクター、バット・プレートはロストワックス製法のスチール製であろう。単純な作りのモデルであるという存在感と価格との関係で、ごく一部のマニアから「値段が高すぎる」という声が上がっているが、部品の質や製作工程を理解し、その仕上がりを自分の目で見て触れれば、そのような声も引っ込んでしまうはずだ。ただ、ここまで力を入れて作られたモデルであるだけに、本来木製ストック下部に付いているはずのリア・スウィベルが省略されてしまっていることだけは惜しく(マウントのみあり)、これからでも製作して購入者に無償配布してもらいたいものである。
 カートリッジは否発火仕様にはダミー・カートリッジが5発付属し、発火仕様にはMGCの9oルガーCP−HWカートリッジにそっくりな(弾頭部分のRの線が若干ちがう)CPカートリッジが10発付いている。ダミー・カートリッジの別売りはないが、発火カートリッジは追加で購入することもできた。取説はごく簡単な部品図があるだけであるが(しかも部品名もない)、メーカー自身も渾身の力を込めて作ったと言っている高額モデルであるので、分解手順や実銃の歴史等の冊子タイプが欲しかった。
 2008年冬現在、CAW本社及び全国各地のショップでも売りきれとなっており、オークションやショップで根気よく中古を探すか、運良くショップの棚や倉庫に眠っている新品が売り出されるのを待つかしか手に入れる方法はない(自分は後者で手に入れた)。
ERMA MP40 (MGC, late production, iron/zinc alloy, paper powder blowback, 3,410g)  モデルガンにおいてオートマチック製モデルの自動装填・廃莢は草創期には夢の作動方式であり、それに代わる方式としてのスライド・アクション(「タニオ・アクション」)がオートマチック・ハンドガンでは一般的であった。その夢の作動方式である「ブローバック」を開発者としての執念で実らせたのがMGCで当時開発部長を務めていた小林太三氏であった。氏はステージガンなどで使われていたチョークド・パワー・シールド方式よりはるかに小さな力でブローバックする「デトネーター方式」を開発し、1968年にその第1弾としてシュマイザーMP40を発売した。同モデルは当時テレビ番組「コンバット!」で毎回のように撃ちまくられるシーンが目に焼き付いていた男たちに大人気となり、紙火薬4〜5粒程度で快調にブローバックするモデルとして人気を博した。しかし、71年の銃刀法改正は乗り切ったものの、77年の改正では素材(スチール製)と構造(バレルが分離できる)がひっかかってしまい、生産が打ち切られてしまった。
 自分は本モデルを中学校2年生であった75年に手に入れて遊んだ覚えがある。確かに紙火薬4〜5粒で快調にブローバックしたが、それも10発くらいまでで、それ以降はデトネーターに燃えかすがたまってジャムを起こしたり、発火ガスの逃げ場が無くて爆発的な発火をしてしまったように記憶している。そうなったときは、カートは発火の熱と圧力でふくらんでしまい、二度と使えなくなってしまった。また、カートリッジは一度発火すると掃除しなければ二度目は使えず(当時のブローバック・モデルはほとんどそうであったが)、一日に何度も発火を楽しむということはできなかった。さらに、レシーバーやマガジンをサビから守るために、発火の度にすべて分解して丁寧に掃除しなければならなかった。
 さて、ここで紹介するモデルはその当時から持っているものではなく、親しい友人から久しぶりに借りた「留学生」モデルである。Gun紙などの記事によると、本モデルには初期生産品と後期生産品にはいつくかのちがいがあるそうで、ここで紹介するモデルは後期生産品のようである。そう判断する一番の理由はレシーバーの色が赤茶色をしていることで、初期の製品は黒色であった。また、マガジン・ハウジングをレシーバーに止めるためのスチール製ベルトが実物のような溶接品になっているのも後期製品の証であるという。マルシンのABS製とHW製モデルに慣れていた身からすると、スチール製モデルがこんなにも重かったかと思うほどの重量感があり、かつまた40年以上も前に設計されたモデルとは思えない実銃に忠実な外観が再現されていることに改めて驚いた。本品は未発火でスチール部品にサビはなく、亜鉛合金製部品のブルーもよく残っており、製造された年代を考えると保存状態は「新品同様」と言っていいくらいである。友人はCP用のカスタム・デトネーターに付け替え、P220用CP−HWカートリッジで快調なブローバックを楽しむ計画を立てているが、自分であればもったいなくて未発火のままコレクションしていくであろう。なお、一番下右の写真は部れる・ナットをゆるめるレンチに入れられている刻印である。
ERMA MP40 (Marushin, 2nd model, zinc alloy/iron, paper powder blowback, 4,540g)

 MPとは maschinen pistole(マシーネン・ピストーレ)の頭文字で、つまりマシン・ピストル(機関銃)のことである。ドイツ製のサブ・マシンガンはほとんどこの名前が付いている。私にとってMP40はマシンガンの中でもっとも格好いいモデルである。実は、実銃の設計者はシュマイザー(Schmeiser)ではないが、いつのまにかそう呼ばれるようになってしまったそうである。ちなみに、製造会社はERMA(Erfuter Werkezeug und Maschinenfabrik)社である。
 モデルガンのMP40は、77年の銃刀法改正までマルシンを含む数社から鉄製モデルが出されていたが、同法が鉄製モデルを禁止したために生産ができなくなり、すべて姿を消してしまった。
 さて、上のモデルは、それに対して、79年にマルシンから亜鉛合金製モデルとして発売されたものであり(78年12月製造の刻印有り)、今でも売買が可能な「smG」製品である。本モデルの特徴は、マガジンやストックといったような発火メカニズムに関係のない部分を除く主要外装部品を亜鉛合金製としていることである。例えば、本来であればスチール・プレス製であるレシーバーも亜鉛合金の鋳型でできている。ただし、そのせいで、実銃では軽量化のために薄くできているこの部分を、強度の問題から厚みを持たせなければならなくなり、結果として実銃よりはるかに重いモデルになってしまった。バレルは分解できるが、完全に銃口が埋められた(というか最初から穴が開けられていない)部品となっている。発火はデトネーター式の紙火薬ブローバックである。その他の部分についても省略(ボルト・ハンドル・セイフティー等)やデフォルメ(刻印等)が目立つが、現在でも合法的に手に入れられる金属製MP−40であることから、現在では大変希少なモデルとして高額で取り引きされているモデルである。
 なお、本モデルは紙火薬ブローバック仕様であるが、80年にはPFC仕様に変更された。また、その際にバリエーションとして、木製ストックが付いたMP−41もごく短期間発売された。 

ERMA MP40 (Marushin, 3rd model, 2002 production, ABS, PFC blowback, kit model, 2,420g)

 本モデルは、マルシンが84年に発売したABSキットモデルである。当初はキットのみであったが、後に一時期だけ完成品(マット・ブラック塗装)が発売されたことがあった。
 本モデルは細部まで本当によくできていて、組み立てるのがとても楽しかった。例えば、上の亜鉛合金製モデルでは省略されているボルト・ハンドルのセーフティーやボルト・スプリングをカバーする三段式パイプ等のメカニズムも忠実に再現されている。まだ未発火であるが、プラグ・ファイヤー・カートリッジ方式によるその作動性能の良さに関しては、デビュー当時のGun誌84年10月号で「1,000発以上撃って不発は10発未満だった」と紹介されていたことからもわかるであろう。このモデルは海外でもとても人気があるらしく、輸出用のお裾分けとして(?)、2002年以降、2009年まで毎年再販されていた。なお、本モデルをMP41にするための木製ストックがCAWから発売されたことがあった。

ERMA MP40 (Marushin, 3rd model, 2008 production, HW, PFC blowback, 2,690g)

 マルシンのニューMP40は、キットモデルであっても実に快調なフル・オート・ブローバックが楽しめるモデルとして、国内は元より海外のモデルガン・ファンにも大人気であるが、完成品は80年代にごく一時期発売されたのを除くと20年以上生産されていなかった。しかし、キットモデルが毎年再販されるほど人気があったので、2008年に完成品も再販された。しかも、今回は材質が過去に発売されたことのなかったHWであった。
 HW製完成品モデルの最大の特徴は、やはりABS製に比べると格段に重くなった重量感である。もちろん、元々亜鉛合金製やスチール製の部品も多く使われているので、数値上の重量増はそれほどでもないが(270g)、実際に手にしてみると数値以上の重みを感じることができる。次に、HW製部品のややざらついた感じを上手に利用してマット・ブラックに仕上げられた外観も重量感を演出していてよい。なお、レシーバー後端上部にある「ayf」という刻印は"Waffenfabrik Erma"、つまりエルマ社工場のコード・ネームである。
 外観や質感が格段によくなった本モデルであるが、実銃なみに薄く作られたレシーバー部が発火の衝撃に耐えられるかどうか心配であるので、発火派はより安価で丈夫なABS製キット・モデルを選択する方がよいであろう。なお、2010年にはHW製キット・モデルも発売された。

ERMA MP41 (Marushin, 2nd model, zinc alloy/iron, PFC blowback, 3,860g)

 ドイツ軍が誇るMP40は、プレス成型のスチールとプラスチックでできたフル・オート・オンリーの手軽なサブマシン・ガンであったが、ストック部を木製にして、セミ/フル・オートのセレクティブ・タイプのカービン的要素を加えたのがMP41であった。MP40のバリエーションであったとはいえ、木製ストック付きの“マシーネン・ピストール”(サブマシン・ガン)はMP40よりも20年以上前にMP18として完成されていたので、ほぼそのスタイルを踏襲する形でデザインされた。MP18と大きくちがうのは、セレクターが設けられたこととマガジンが縦になったことであろう。
 マルシンは、1977年の銃刀法改正に合わせた亜鉛合金製のMP40を79年に発売したが、81年にそのバリエーションとしてMP41を追加した(レシーバーに「12.80」の刻印あり)。
 全体の作りはすでに発売されていたMP40と同じであったので、後に発売された同社のニューMP40にはかなわないが、外観や機能は実銃のそれらが忠実に再現された。例えば、最大の特徴である木製ストックは実銃の形状が忠実に再現されている。また、MP40とは異なるバレル・ロック・ナットやテイク・ダウン・ラッチの形状の再現も怠りがない。さらに、メカニズム上の最大の相違点であるセミ/フル・オートの切替機能もきちんとある。これらの相違点により、MP40とは異なるMP41専用の部品は細かいものまで含めると28点にも及んだ。ただし、レシーバーとストックを切り離すテイク・ダウン・ラッチは実銃のようには機能せず、分解する際にはストック下部のスクリューを取り外す必要がある。なお、初期生産品のMP40のマガジンはシングル・カラムであったが、PFCで発火性能の向上が認められたためか、本モデルのものはダブル・カラムになっている。
 MP40の初期生産品は紙火薬ブローバック仕様であったが、MP41が発売された頃にはプラグ・ファイヤー・カートリッジ(PFC)が開発されていたので、本モデルもPFC仕様となっている(同時に、亜鉛合金製MP40もPFC仕様に変更された)。

Rheinmetall-Borsig/Krieghoff FG42 Type I (Shoei, late limited production, zinc alloy/iron, dummy cartridge, 4,575g)  実銃は、第2次世界大戦中にドイツ軍の要請を受けたラインメタル・ボージック社が空軍降下部隊(空挺部隊)専用に開発した自動小銃で、正式には "Fallschirmjager Gewehr 42"(降下猟兵小銃42) と呼ばれているモデルである。セミ/フル・オート射撃が可能な自動小銃であるが、その重厚なスタイルと存在感は、自動小銃というより軽機関銃といった方がいいのではないであろうか。ただし、そこは空挺部隊用に開発されたモデルであるので、上から見ると横からの重厚なスタイルからは想像できないほどスマートにできており、実銃の重量も約4.5sに抑えられている。生産された時期により、前期型と後期型に大きく分けられ、戦後はそれぞれ「FG42/T」「FG42/U」と呼ばれるようになった。
 モデルガンは、ドイツ軍の大型自動小銃であること、MP40(いわゆる「シュマイザー」)やKar98kライフルほどポピュラーなモデルではないことから、商品化されるとは誰も思っていなかったモデルであったが、「それならば自分で作ってしまえ!」という意気込みで、埼玉県川口市(マルシン工業のある場所。鋳物工場がいっぱいある町)にある松栄製作所という会社が、1994年にモデルガンを発売した。同社はそれまでCMCの製品をOEM生産していた会社であり、KSCがMGCの廃業でメーカーとして名乗り出たのと同様に、CMCのモデルガン生産撤退を機に自社ブランドのモデルガンを製作することにし、その第1弾に選んだモデルが「FG42タイプT」であった。
 当初はいわゆる「タイプT」のダミー・カート・モデル(96,000円)だけであったが、まもなくそのブローバック・モデル(96,000円)が追加され、2000年には「スコープ付きタイプT」(ダミー・カート・モデル、13,800円)が再販され、2001年には「タイプU」(ダミー・カート・モデル、128,000円)が新たに追加された。なお、ダミー・カート・モデルをブローバック・モデルに替えるためのブローバック・キット(35,000円)や専用のスコープ・セット(35,000円)、グレネード・ランチャー・セット(33,000円)が発売されたこともあった。
 それにしても、このモデルガンはとてもよくできている。ショウエイからは他にもMP44、Mkb42(H)、G43が発売されているが、いずれも本物と見まごうばかりの外観とリアルなメカニズムで作られている。特に、後発のFG42タイプUはその作りの良さが認められ、なんとベルギーの首都ブリュッセルにある王立軍事歴史博物館に国の資産として収蔵されたそうである。ただし、実銃のメカニズムをできるだけ忠実に再現しようとしたことから、モデルガンとしてキャップ火薬でブローバックさせるにはかなり無理があり、発売当時はアームズ・マガジン誌やサイト誌(同人誌)などでチューンナップ方法が紹介されていたが、それでも快調なブローバックは期待できなかった。メーカーとしてもその点はわかっていたようで、タイプTの再販モデルは観賞用コレクションを目的としたダミー・カート仕様とされた(タイプUは最初からダミー・カート仕様)。
 ショウエイによると、G43とMKb42(H)は「完全限定品」として生産を終了しているが、FG42については再販される見込みが残っている(2010年にタイプTがごく少量再販された)。
 なお、本モデルについてはこちらでさらに詳しく紹介している。
Krieghoff FG42 Type II (Shoei, limited production, zinc alloy/iron, dummy cartridge, 4,915g)
Haenel MKb42(H) (Shoei, late limited production, zinc alloy/iron, dummy cartridge, 4,345g)  実銃は、「突撃銃」(Sturm Gewehr)の元祖と呼ばれるMP44(StG43)のさらに始祖的なモデルであり、すべての突撃銃の出発点となったものである。第2次世界大戦中、ドイツ軍はサブマシンガンより強力で、フル・オートが可能な火器の開発の必要性を認識し、銃器メーカーに以下のような条件で開発を指示した。
○寒冷地、砂漠地帯で支障なく使えること
○砂やほこりに対して十分な耐久、抵抗力をもつこと
○構造が単純なこと
○重量がK98kを超えないこと
○全長がK98kより短いこと
○弾道性はK98kの7.92o×57と約600mまでほぼ同じなこと
○400mまでセミ・オートマチック射撃で命中精度が期待できること
○400mまでフル・オートマチック射撃でコントロールされた威力があること
○フル・オートマチック射撃は350〜450発/分の連射速度であること
○フル・オートマチック射撃中コントロールできること
○マズル部にライフル・グレネード発射器を装着可能なこと
 しかし、これらの条件があまりにも厳しかったので、試作品を作れたのはヒューゴ・シュマイザーを開発主任とするハーネル社だけであった。その後、それを聞きつけたワルサー社も何とか開発に参加し、両者の試作品はそれぞれMkb42(H)(Maschinenkarabiner 42 Haenel)、Mkb42(W)(Maschinenkarabiner 42 Walther)としてテストもそこそこに実戦投入された。結果的に量産に失敗したワルサー社のモデルはすぐに姿を消してしまうことになるが、ハーネル社のモデルに対抗する最大の特徴であったクローズド・ボルト方式はMP43(MP44、StG44)で花開くことになる。ただし、1年後にMP43が登場したことからもわかるとおり、Mkb42(H)はわずか1年間しか生産されず、フル・モデル・チェンジされることになった。
 モデルガンのMkb42(H)は、FG42タイプT、FG42タイプU、MP44に続くショウエイの旧ドイツ軍小火器シリーズの第4弾として1996年に発売された。当初は300挺限定生産の予定であったが、200挺が生産されたところで一端生産が打ち切られた。しかし、海外からの再生産の要望が強かったこともあり、2004年に50挺、2006年に数十挺(50挺未満)が再生産された。以前ショウエイに直接確認した情報によると、「当初の生産計画を達成したので、今後の再生産はない」とのことである。
 ショウエイのMkb42(H)は、当初からダミー・カート仕様のみであった。それは、それまでに発売した3丁のブローバック仕様とダミー・カート仕様を比較して、より実銃に近い再現性を目指すことに開発の主眼が置かれたからと思われる。したがって、他のショウエイ製モデルと同様かそれ以上に、内部メカニズムは限りなく実銃に近いものとなっている。また、外観もほとんどの主要な金属部品が亜鉛合金製の鋳物で作られていながら、実銃の複雑なスチール・プレス成形による形状が余すところなく再現されている。同社のFG42の2丁もそうであるが、このMkb42(H)もMP44の後に製作されていながら後者の部品が流用されるなどということはない。すべての部品が実銃のそれとそっくりに作られているため、後者と異なっている部分はすべて新規製作である。価格は初版の発売時から128,000円と高額であったが、その作りの良さと存在感の素晴らしさを考えれば納得できる価格である。
 なお、先述のとおりすでに完全絶版であることがメーカー・サイドの情報として入ってきているので、中古で見つけた場合はぜひとも抑えておくことをお勧めする一品である。 
Haenel MP44 (Shoei, late limited production, zinc alloy/iron, dummy cartridge, 4,755g)

 実銃は、「突撃銃」(StG=Sturm Gewehr)の元祖と呼ばれる銃で、小銃(Gewehr)とサブマシンガン(Maschinen Pistole)の中間的な位置づけのものである。第2次世界大戦末期に開発されたものであるが、その基本構造は大戦後に登場したソ連のAK47やアメリカのM16に多大なる影響を与えた。この銃の元になったのは、ハーネル社が開発したMKb42(H)(Maschinen Karabiner 42 Haenel)で、それをシュマイザーがクローズド・ボルトに改良したのがMP42(HS)(Maschinen Pistole 42 Haenel-Schmeiser)と呼ばれ、やがて1943年に生産されたそのモデルがMP43と呼ばれるようになった。そして、1944年にそのまま量産されたのがMP44である。さらに、同年中に従来のサブマシンガンと区別するためにStG44(Sturm Gewehr 44)とも呼ばれるようになった。したがって、MP43、MP44、StG44は刻印レベルの細かい外観上のちがいを除けばまったく同じモデルであると言っても過言ではない。
 その複雑なメカニズムとサブマシンガンとは思えない大柄なスタイルから、モデルガンとして出されるとは誰も予想していなかったが、すでにFG42タイプTを発売していたショウエイから1995年に発売されたのが本モデルである。最初はブローバック仕様(96,000円)であったが、すぐにダミー・カート仕様(96,000円)も追加されて、並行販売された。ただ、2005年に再販されたときにはダミー・カート仕様(120,000円)のみであった。
 実際に手にとって間近に見てみると、その作りの良さに圧倒される。実銃のフレームは複雑な形状をプレスで作成しているが、それを亜鉛合金製の鋳型でまるでスチール製のプレスでできているかのように正確に表現できている。また、ハンドガードやマガジンなどの作動に関わらない一部の部品は実銃と同じスチール製でできている(ただし、マガジンは実銃に使えないようやや大きめにできている)。さらに、ストックは実銃と同じ板状のもので、メンテナンス・キットをしまう場所も実銃と同じように機能するよう再現されている。その他にも素晴らしい部分がいっぱいがあるが、すべてを説明することはできないので、あとは通常より多めに準備した写真を見て確認してもらいたい。
 内部のメカニズムも、実弾を発射できないということを除けば、ほぼ実銃どおりの構成となっている。もちろん、セミ/フル・オート切替のセレクターやマニュアル・セイフティーもきちんと機能するようになっており、手動で作動させてもセミ/フルのちがいを確認することができる。また、ボルトは実銃のそれと同じように機能するようにできており、コッキング・ハンドルを引くとエジェクション・ポートからその作動の様子を見ることができる。
 刻印は実銃のそれがすべて再現されているわけではないが、モデル名に関わるものだけがレシーバー左右とマガジン側面に入れられている。
 カートリッジは、本モデル用に開発されたライフル弾とピストル弾の中間的なサイズのものがダミー・カートリッジとして10発(5発+クリップが2箱)付属している。
 取説は厚紙に2色刷されたものが付属している。FG42タイプTに付属しているような詳細な分解・組立の手順まで記されたものではないのが残念であるが、実銃に限りなく近い部品構成であることが部品図から知ることができ、これをながめているだけでも飽きない。
 なお、2011年には約90挺が再販されたが(価格は128,000円)、その際に過去のモデルにはない細かな刻印が入れられた。また。バリエーションとしてMP43/1とStG44が同額で各30挺ずつ限定販売された。さらに、これらのうちの若干数はZF4スコープ付き(200,000円)またはZF4スコープ・レール付き(148,000円)モデルとして発売された。

G43 Sniper Rifle (Shoei, limited production, zinc alloy/iron, dummy cartridge, g) Wanted!


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