Ex-Japanese Military Rifles and Submachine Guns in WWI & II
◇History and Comments◇
As the Gun and Sword Restriction Law doesn't allow civlian people to
have any real handguns or rifles for defense purposes (though they can
have only hunting rifles if they have a hunting-gun license), Japan hasn't
had many original handguns or rifles after the second world war. But there
once existed very fine volt action military rifles and submachine guns
during the world war. Such models were Type 38 Rifle, Type 38 Carbine, Type 44 Carbine, Type 97 Sniper Rifle,
Type 99 Rifle, Type 99 Short Rifile, Type 99 Sniper Rifle, Type 2 Paratrooper
Rifle and Type 100 Submachine Gun etc. Although they are often called Arisaka Rifles in the United States, they were not designed by Coronel Arisaka at the
Tokyo Miliary Factory, but actually they were designed by Nanbu Kijiro,
who designed the famous Type 14 handguns. Therefore the models shown here
are not accompanied with the "Arisaka" name.
The system of naming these models is unique, mainly based on the year
of the Japanese imperial history. Type 38 and Type 44 were named so because they were officially assigned as military rifles
in the 38th(1906) and 44th(1912) year of the Meiji Emperor period. The other ones, Type 97, Type 99, Type 100, and Type 2, were named so because they were officially assigned in the 2597th(1937), 2599th(1939), 2600th(1940), and 2602nd(1942) year of the Imperial History, which, according to the imperial
historical document, is believed to have started in B.C. 660.
Modelguns of those Japanese rifles and submachine gun were made mainly
by Tanaka Works from the mid 1980s to the mid 1990s. Miroku Seiki, known
as a real rifle maker, also produced a Type 38 Rifle modelgun from iron
in the 1970s. Tanaka also released Type 99 Sporter Rifle and Type 2 Sporter
Rifle modelguns, which did not really exist as original real rifles but
possibly were based on some custom models assembled with the original mechanism
and a new woodstock after World War II. Craft Apple Works, known as CAW,
reporduced the Tanaka Type 100 modelgun in 2008 and they also released
the Prototype III Model in 2009 and Paratrooper Model in 2011 as variations
of the Type 100 modelgun.
These modelguns are well made and look like real ones. However, they
are really rare ones, therefore they are usually very expensive even if
you want to buy them as secondhand, and it is almost impossible to get
them as new ones.
A big news came in April of 2009! You can get a brand new Type 99 Short
Rifle because Tanaka actually started reproducing it in May, and they started
reproducing their products of ex-Japanese rifles and carbines so that you
can get those models as a brand new one now. In 2011 Tanaka also started
producing "Vintage Blue Finish" series of them, which look like
old used models with metal-color plate.
| 三八式歩兵銃 後期型 Sanpachi-shiki Hoheiju Koki-gata: Type 38 Infantry Rifle Cal. 6.5mm M1905 Late Model (Tanaka, early production, zinc alloy/iron, cap firing, 3,295g) | 実銃の三八式小銃は、日露戦争中に国家の存亡を賭けて開発されたモデルで、第一次世界大戦、日中戦争、太平洋戦争を生き抜き、名称の元になった明治38年に制式採用後、35年間にわたって340万挺余り(歩兵銃:約298万挺、騎兵銃:約43万挺)が生産された。そして、20世紀初頭に開発されたどの国のボルト・アクション・ライフルと比べても、単純で強固な機関部の構造、精度、仕上げ等において、世界最高の性能と品質を誇っていたと言われている。口径は有効射程の精度、人命尊重(?)、実包携行数の確保の観点から6.5oとされた。三八式小銃は、細かな構造変更と製造所のちがいによって、初期型(明治39年〜大正12年)、中期型(大正13年〜昭和10年)、後期型(昭和11年〜昭和16年)に分けられるが、外観や機能に大きな変更はない。 モデルガンの三八式小銃は、すでに1970年代に六研より全鉄製のものが限定発売されていたが、価格が当時としては桁外れに高かったので、一部のお金持ちマニア以外は手に入れられなかった。また、その後も実銃メーカーとして有名なミロク精機より発売されたことがあったが、これも一部のマニアにしかアピールしないものであった。それに対して、より手頃な値段で量産品が出されたのはタナカが1985年に発売したのが最初であった。このモデルは、すでに九九式、二式、四四式等を同社が発売していたので、それらの開発技術の粋を集めて設計された一方で、部品の流用などのマイナス面もあった。なお、発売当初は遊底覆や負革も付属して58,000円であったが、93年に再販された時には単品で70,000円となり、95年頃には鬼胡桃銃床がついたデラックス・モデル(82,000円)が追加された。また、2009年には十数年振りに標準モデルが再販され(88,000円)、さらに2011年にはビンテージ・ブルー・フィニッシュ(100,000円)も追加された。 上のモデルは85年に発売された初期生産品の歩兵銃である。それは尾筒(レシーバー)上部左側に「8509」という刻印があることからわかる。タナカの製品はこの部分にモデルガンのシリアル・ナンバーが入れられていたり、製造時期が入れられたりしているが、このモデルのものは番号から判断して後者であろう。 タナカの三八式歩兵銃は、基本的に実銃の中・後期型をモデル化している。照星(フロント・サイト)に照星座(カバー)がついていることからそれがわかるが、中期型と後期型の区別については部品に混在が見られ、判断しにくい部分もある。例えば、安全子(セイフティー)に出っぱりがあるのは中期型の特徴であるが、遊底(ボルト)が黒染めであること、照門(リア・サイト)がビープ型であること、床尾板(バット・プレート)がカップ型であることなどは後期型の特徴である。しかし、ほとんどの部品が後期型を再現していると考えて、ここでは「後期型」とした。また、照尺(倒立型リア・サイト)は実銃通りに2,400mまで刻まれており、また実銃同様に可動するようになっている。なお、資料によっては実銃の後期型のそれは2,200mまでしか刻まれていないという記述もあり、タナカの試作モデルのものもそうであった(Gun誌1985年7月号)。あと、本モデルには発売時に付属していた遊底覆が付いている。なお、中古で手に入れた時点で元箱が無かったので、K.T.W.のエア・ガンの箱を手に入れ、自作の表示紙を貼ってある。 下のモデルは95年に追加発売された歩兵銃のデラックス・モデルである。定価はスタンダード・モデルより12,000円高い82,000円であった。 スタンダード・モデルとのちがいは木製銃床の材質で、スタンダード・モデルではブナ材が用いられていたのに対して、デラックス・モデルでは鬼胡桃(ウォールナット)が用いられた。その木質感のちがいは歴然としており、デラックス・モデルのそれはとてもきめ細かい木目となっており、見た目にも硬質感が増しているように感じられる。なお、タナカ製の鬼胡桃銃床はたいてい下の三八式騎銃のもののように明るい色に仕上げられているものが多いが、本品に限っては暗い色のオイルで仕上げられている。また、アップしてしばらくしてから気づいたことであるが、本モデルでは床尾板が前期型に見られる穏やかな曲線を描く板状のものに変更されていたので、後に「前期型」と名前を変更した。 また、これは細かいことであるが、写真でもわかるとおり、ダミーのクリーニング・ロッドの長さが初期生産品と本品では異なっていることが判明した。おそらく、再販される際に何らかの理由によって設計変更がなされたためであろう。 なお、デラックス・モデルの箱にはそれとわかるシールが貼られている。 |
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| 三八式歩兵銃 前期型 Sanpachi-shiki Hoheiju Zenki-gata: Type 38 Infantry Rifle Cal. 6.5mm M1905 Early Model, Delux Type with the walnut stock (Tanaka, late limited production, zinc alloy/iron, cap firing, 3,140g) | |||
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さく杖の比較![]() 上段:初期生産品 下段:再販品 |
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| 三八式騎銃 前期型 Sanpachi-shiki Kiju Zenki-gata: Type 38 Carbine Cal. 6.5mm M1905 Early Model, Delux Type with the walnut stock (Tanaka, limited production, zinc alloy/iron, cap firing, 2,785g) | 騎兵銃(「騎銃」と呼ばれることも多い)は、兵士が馬に乗ったままでも使用しやすいように、通常は歩兵銃よりも全長が短く設計されることが多い。旧日本軍の三八式騎兵銃も、そうした理由から基本的には三八式歩兵銃を切り詰めたものとして製作された。そして、第2次世界大戦が終了するまでに約43万挺が生産された。 モデルガンの三八式騎銃は、93年の歩兵銃再販時に追加発売(70,000円)され、また発売時期は不明だが、歩兵銃と同様に鬼胡桃銃床付きのデラックス・モデル(82,000円?)も若干数発売された。 ここで紹介するモデルは、三八式騎銃(タナカでは「騎兵銃」と呼ばない)のデラックス・モデルである。 最初に目に付く特徴は、歩兵銃よりも31pも短い(1,275o→965o)その短小な姿である。そして、上の歩兵銃のそれとは一線を画す銃床(木製ストック)の美しさである。和クルミ(鬼胡桃)製のストックは、木目が細かく硬質感のある外観で、色合いも明るくて美しい。実銃も軍用銃とは思えない仕上げ(例えば、前期型の銃床は漆塗りであった)を誇っていたが、それに負けないだけの高級感がある。そこで、今回はその木製銃床の美しさを重点的に紹介できる写真構成としてみた。 また、金属部品の仕上げも初期販売品の頃のものと比べると進歩している。特に、四四式では「自然崩壊する」と悪名の高かった下帯(ローワー・バンド)は亜鉛合金製から鉄製に変更され(歩兵銃も)、剛性感が格段に向上した。その他、照星(フロント・サイト)、表尺(リア・サイト)、尾筒(レシーバー)、遊底(ボルト)、安全子(セリフティー)等の部品も大変良くできている。特に、表尺は2,000mまで刻まれたものが歩兵銃同様に倒立でき、しかも可動式となっている。なお、初期生産品は後期型を元にしていたようであるが、再販品では床尾板(バット・プレート)が前期型の特徴を表すゆるやかな曲線の板状のものに変更されているので、ここでは「前期型」ということにする。 元箱は初期の九九式短小銃以来続いている統一のデザインである。ただし、本品にはデラックス・モデルを表すシールが貼られている。 なお、本モデルは93年の再販後長らく絶版状態が続いていたので、中古がプレミアム価格で取り引きされていたが、2009年に久々に再販された(81,000円)。そして、2011年3月には金属部品が使い込まれたような色合いに仕上げられ、ストックも使い古されたやや暗い色に仕上げられたビンテージ・ブルー・フィニッシュが追加発売された(93,000円)。 |
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| 三十年式銃剣 Sanjunen-shiki Juken: Type 30 (M1897) Bayonet for the Type 38, 44, 97, 99, 2 rifles and the Type 100 submachine gun (K.T.W., ABS/zinc alloy, 245g) |
ここで紹介する銃剣は、明治30年に「三十年式小銃」と共に開発された「三十年式銃剣」である。以降、第2次世界大戦が終了するまでの約半世紀の間に開発されたどの小銃でも使われたので、総生産量は約840万挺と単一型銃剣としては世界最大数であった。実銃の小銃は一般の日本人が所持することはできないが、銃剣は刃先を折ってしまえば所持することができ、今でも実物を手に入れることができる。その実物は、作成時期によって@鍔(つば)の形、A柄(つか)の止め方、B剣身の色のちがいの組み合わせで8種類があり、また生産した工廠の刻印のちがいなどを含めればかなりのバリエーションとなる。 |
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| 遊底覆(被) Yutei-oi: Dust Covers for the real Type 38, 44, 97, 99, 2 Rifles: Early and Late Types (Tokyo Military Factory, steel, 61g/57g) with Tanaka Dust Cover for Tanaka rifles (Late Type, steel, 60g) | 三八式小銃や九九式小銃には遊底(ボルト)を泥や埃保護する遊底被(ダスト・カバー)が用意されていたが、ここで紹介する遊底覆は実銃用の実物である(この部品は一般の日本人が所有していても何の問題もない)。したがって、当然ながら鉄製である。 実銃用の遊底覆は厚さ0.3oの軟鋼を半月型に曲げて制作されているが、槓桿の出る穴の形により2種類がある。1つは全長153oから156oで、穴が対称になっており、三八式にしか使えなかった。もう1つは全長が150o〜153oで、穴が対称ではなく後方に大きくなっており、三八式、九九式の両方に使えた。一般的に前者が「前期型」、後者が「後期型」と呼ばれている。また、内側に鉤(かぎ)が付いているものと付いていないものとがあった。縁の部分にはシリアル・ナンバーが入れられている。 ここで紹介するものは、前期型(写真大の上)と後期型(同下)である。元々はかなり状態が悪かったと思われるが、表面のサビが落とされ、リブルーされている。なお、これらはタナカ製モデルガンにはややサイズが小さくて使えない(ただし、曲がりを拡げれば使えるであろう)。 参考までにタナカ製遊底覆も紹介するが、こちらは槓桿の出る穴の形から後期型をモデル化したものと思われる(写真右下の一番下)。また、写真にはないが、実物前期型にあるような鉤も溶接されている。ただし、縁のシリアル・ナンバーは再現されていない。 |
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![]() Upper: Early Type, Lower: Late Type |
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![]() Front: Early Type |
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![]() Early Type |
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| 四四式騎銃 後期型 Yonyon-shiki Kiju Koki-gata: Type 44 Carbine Cal. 6.5mm M1911 Late Model (Tanaka, early production, zinc alloy/iron, cap firing, 3,545g) | 実銃の四四式騎(兵)銃は、三八式歩兵銃をベースに銃身と前床を短くしたもので、名前どおりに騎兵用に作られたものである。三八式にも騎(兵)銃が存在するが、それとは外観的にまったく異なる印象を与えるモデルである。四四式の最大の特徴は、断面が三角形の折りたたみ式銃剣を装備していることであり、このスタイルは他の旧日本軍ライフルにはまったく見られないものである。なお、四四式の名前は三八式と同様に制式化された年号(明治44年)から来ている。 さて、タナカのモデルガンはすでに出されていた九九式短小銃をベースにして1984年に発売された。したがって、本来なら6.5o弾が付属するはずであるが、九九式と同じ7.7o弾カートリッジが流用されて使われている。発売当初の値段は55,000円であったが、90年代に再販されたときは85,000円に値上がりしていた。 このモデルの最大の特徴である折りたたみ式銃剣は留め具部分(上帯)を含めてとてもよくできている。実銃と同じようにロックをはずして起剣したり、収納したりというアクションが楽しめるのである。また、銃床はタナカの真骨頂が発揮されている部分で、木質、仕上げとも申し分のないものとなっている。さらに、メカニズムもファイアリング・ピンがないことを除けば、ほぼ実銃どおりと言ってよく、ボルト・アクション独特のフィーリングを堪能することができる。ただ、さく杖を収納する床尾の機能がモデルガンでは省略されてしまっていることや、亜鉛合金製の小部品が経年劣化ですぐに破損してしまうこと等は残念である。 上のモデルは初期生産品である。発売当時はよくぞこのようなモデルガンを製品化したものだと関係各誌で絶賛された。しかし、このモデルには大きな問題点があった。それは亜鉛合金製部品の強度不足で、特に外装部品である下帯、表尺、銃剣接合部はほぼ全品において「自然崩壊した」というクレームが相次いだ。これは亜鉛合金の材料配合不良によるものだとされた。本品でも下帯は割れてしまっており、接着して取り付けてもその部品をうっかり握ったりするとすぐに他の部分が割れてしまうということが起こっている。ただ、表尺と銃剣着剣部はかろうじてその難を免れている。また、これは個体差であろうが、本品では合わせ銃床の合わせ部分にかなり大きな隙間がある。その隙間にニスがしっかりと入り込んでいるところを見ると、経年変化で反りが生じてできたものではなく、製造時からあったものと思われる。 下のモデルは再販品である。そう判断したのはレシーバー左側にあるシリアル・ナンバーと箱のデザインである。シリアル・ナンバーは初期生産品では4桁の数字だけであるが、再販品では「F○○○○」となっている。これはおそらく、再販品については他の機種と最初のアルファベットが連記号になるようにしたためであろう。また、箱は表書きこそまったく同じであるが、箱の深さが初期生産品より再販品の方がかなり深くなっている。初期生産品はボルトを装填した状態では箱に入れられないが(したがって、おそらくボルトを抜き取った状態で売られていただろう)、再販品はボルトを装填した状態でも収納することができるようになっている。また、件のクレームを受けて初期生産品の後に発売された三八式等では下帯がスチール製に変えられたが、四四式のものはそのままであった。しかし、本品の下帯は幸運にもまったく無傷であるので、もしかしたら亜鉛合金の材料配合は改善されているのかもしれない。なお、一緒に写っている別部品の下帯(写真下段中央のもの)はオークションで手に入れた真鍮削りだしの個人カスタム品で、いつか訪れるかもしれない自然崩壊に備えて本体と一緒に保管しているものである。 なお、2009年には十数年ぶりに再々販され(98,000円)、件の下帯については材質改善されているそうである(おそらくスチール製になった)。 ところで、本モデルについては、こちらで詳しく紹介されているので、そちらも参照していただきたい。 |
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| 四四式騎銃 後期型 Yonyon-shiki Kiju Koki-gata: Type 44 Carbine Cal. 6.5mm M1911 Late Model (Tanaka, late production, zinc alloy/iron, cap firing, 3,550g) | |||
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| 八九式重擲弾筒 後期型 Hachikyu-shiki Jutekidanto Koki-gata: Type 89 Grenade Discharger (Portable Mortar) Late Model Cal. 50mm M1929 (CAW, ABS/zinc alloy/iron, gas gun, 2,265g) |
本モデルはガスガンであり、本来ならここに登場すべきモデルではないが、CAW製ガスガンにはメカニズム的にはモデルガンと言ってよいものがあり(BB弾を発射するのはグレネード部分であるから)、本モデルもそのような構造なので、貴重な旧日本軍小火器としてここに紹介することにした。 |
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| 九七式狙撃銃 中期型 Kyunana-shiki Sogekiju Chuki-gata: Type 97 Sniper Rifle Cal. 6.5mm M1937 Middle Model (Tanaka, early production, zinc alloy/iron, cap firing, 3,665g) | 実銃は、満州事変において敵の狙撃兵に悩まされた日本軍が、自国軍にも優秀な狙撃銃が必要であるという判断から開発されたものである。当初は三八式歩兵銃の中から特に命中精度の高い個体を選出し、それに照準眼鏡を装着して狙撃を行うということが行われたが、この銃を明確に分類する型式番号は与えられなかった。昭和11年に2.5倍率の照準眼鏡が完成すると、翌12年(1937年、皇紀2597年)に三八式歩兵銃をベースとした狙撃銃が制式採用され、これが九七式狙撃銃となった。その後3年間で計約22,500挺(小倉工廠8,000、名古屋工廠14,500)生産された。仕様はほとんど三八式歩兵銃と同じであるが、槓桿の長さが12o延長されて途中から40度下方に曲げられている。これは槓桿を操作した際に左にオフセットされた照準眼鏡に右手が当たらないようにするためである。また、三八式とは下帯の形と取り付け方が異なり、小倉製のものを中心に単脚が付けられたものもある。また、表尺が2,200mまでしか刻まれていないものもある(三八式歩兵銃は2,400m)。2.5倍率の照準眼鏡は工廠だけでは生産が間に合わず、日本工学(現ニコン)、高千穂製作所(現オリンパス)、東京芝浦電気(現東芝)、榎本光学精機(現富士ゼロックス)など7つの民間会社も動員された。 モデルガンの九七式狙撃銃は、1986年に三八式歩兵銃に続いて発売された(当時の価格は63,000円)。モデルガンも基本的には三八式歩兵銃をベースとしながら、実銃の特徴がほぼ忠実に再現されていた。照準眼鏡の取り付け方は実銃と同じであり、尾筒左に設けられた台座にあるバーを押しながら結合部分に滑り込ませ、レバーを「脱」から「装」の方向に回転させて固定する。ただし、レンズ内のレティクルは単に縦横の直線が引かれているだけのものであった。また、単脚が付いている点では前期型を模しているようであるが、楕円形のカップ型床尾板や環穴型の照門が付いている点では中・後期型を模しているようである。 なお、他のタナカの旧日本軍ライフルはほとんどが90年代半ばに再販されたが、九七式狙撃銃だけは再販されず、それ故の希少性から最近まで中古がプレミアム価格で取り引きされていた。ところが、2008年からガスガンの発売に並行してモデルガンも次々に再販されるようになり、2010年には九七式狙撃銃も再販された。そして、この時はレンズ内のレティクルが実銃と同じものが再現されるという改良を受けた(ただし、そのせいで価格が128,000円に大幅値上げされた)ほか、床尾板は前期型の板状のものが採用された。さらに、2011年には同社が新たに始めた「ビンテージ・ブルー・フィニッシュ」版(142,000円)も若干数が限定発売された。 ここで紹介するモデルは、箱の上蓋の表示からもわかるとおり初期生産品である。再販品ではアルミ製になってしまったバレルがスチール製であることや木製ストックの色が実銃の使い古されたものに近いなどの魅力があり、所有する喜びを与えてくれるモデルである。 |
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| 九九式小銃 Kyukyu-shiki Shoju: Type 99 Long Rifle Cal. 7.7mm M1939 (Tanaka, early limited production, zinc alloy/iron, cap firing, 2,870g) | 実銃の九九式小銃は、太平洋戦争に突入した日本軍が、三八式の6.5o弾では威力不足であるという認識から、これを7.7o弾にすべく開発したモデルである。したがって、外観は三八式とそっくりである。ただし、強力になった弾丸を有効に当てるために、鉄製の短脚(モノ・ポッド)が付けられた。これは、同時に三八式と見分ける際に一番目に付く点でもある。その他にも、兵士の大動員による低身長化に対応して全長を15o短くしたり、弾丸の威力増大への対処のために各所を厚く、太くしたり、整備をし易くするために構造を簡素化したりという改良が行われている。なお、「九九式」の名前は、皇紀2599年(昭和14年、1939年)に制式化されたことから来ている。九九式小銃は、当初は三八式歩兵銃とほぼ同じ長さの「長小銃」としてスタートしたが、わずか4万丁弱で生産が打ち切られ、三八式騎兵銃のような長さの「短小銃」に変更され、こちらは大戦終了までに230万挺余りが生産された。 モデルガンの九九式小銃は、いわゆる「短小銃」が最初に発売されたが、ここで紹介するモデルは、タナカ製としては最後発のものとして93年に発売された「長小銃」であり、実銃と同じくごく短期間しか生産されなかった希少なモデルである(価格は85,000円)。一見しただけでは三八式歩兵銃のように見えるが、先述したモノ・ポッドの存在に気づけばそのちがいを見分けられる。また、九九式の特徴である高射表尺付リア・サイト(正面からの4×4拡大写真有り)も付いており、雰囲気を盛り上げてくれている。もちろん、その他にもストックの形状や細かい金属部品(凹みタイプの安全子を含む)も実銃通りに再現されている。カートリッジは7oキャップの発火タイプであるが、鉄製の銃身は貫通しておらず、発火しても煙は銃口からは抜け出てこない。なお、その銃口には実銃通りに4条のライフリングが再現されている。 なお、一度しか生産されなかったこのモデルも、2010年に久しぶりに再販された(93,000円)。 |
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| 九九式短小銃 前期型 Kyukyu-shiki Tan-shoju Zenki-gata: Type 99 Short Rifle Cal. 7.7mm M1939 Early Model (Tanaka, 2009 production, zinc alloy/iron/ABS, cap firing, 3,065g) |
モデルガンの九九式短小銃は、中田商店の開発部長であった六人部登氏が設計し、タナカが生産してナカタ(中田商店)・ブランドで発売されていたが、後にタナカ・ブランドで再販されるようになった。本モデルは、モデルガン初の旧日本軍ボルト・アクション・ライフルということで注目を集め、数年の間にに九九式狙撃銃(同スポーター、同長小銃)、二式小銃(同スポーター)、四四式騎銃、三八式歩兵銃(同騎銃)、九七式狙撃銃の発売へと展開されていった。しかし、モデルガン人気の低迷によって、90年代前半に再販されたのを最後に、絶版モデルとなってしまった。 |
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| 九九式狙撃銃 後期型 Kyukyu-shiki Sogekiju Koki-gata: Type 99 Sniper Rifle Cal. 7.7mm M1939 Late Model (Tanaka, 3rd production, zinc alloy/iron, cap firing, 3,420g) |
実銃の九九式狙撃銃は、九九式短小銃(ごく一部に長小銃)に照準眼鏡(スコープ)を取り付けて狙撃銃にしたものである。資料によっては「結局は制式採用されることはなかった」という記述が見られるが、実際に約1万丁が小倉工廠(前期型、約1,000挺)と名古屋工廠(後期型、約9,000挺)で生産されて実戦配備されたので、その記述は正確とは言えない。おそらくその記述の根拠となったのは、三八式歩兵銃の狙撃銃である九七式狙撃銃が皇紀2597年(昭和12年)に制式化されたことを意味する名前になっているのに対して、九九式狙撃銃が実際に生産が開始された皇紀2603年(昭和18年)にちなんだ名前(つまり「三式」)になっていないことと思われる。なお、外観上の一番の特徴でもある照準眼鏡は、円筒(レシーバー)左側に取り付けられた台座に滑り込ませ、「装」「脱」レバーを後方に180度回転させることで固定させるという簡単なものであった。ただ、政府直轄の工廠だけでは眼鏡の生産が間に合わず、7つの民間会社(現在の「ニコン」「オリンパス」「富士ゼロックス」の前身にあたる会社など)にも委託されたが、それでも大戦末期の物資不足と人手不足から生産が追いつかず、それが理由で1万丁余りしか生産されなかったそうである。 |
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| 100式機関短銃 前期型 Hyaku-shiki Kikan-tanju Zenki-gata: Type 100 Submachine Gun Cal. 8mm M1940 Early Model (Tanaka, late production, zinc alloy/iron, dummy cartridge, 3,820g) | 旧日本軍は第1次世界大戦を経験していないためか、サブマシン・ガンの開発にあまり関心がなかった。そこで、ドイツで開発されたM28マシーネン・ピストーレを輸入して「ベ式機関短銃」(「ベ」はM28の元になった「M18ベルグマン」の頭文字)として採用していた。しかし、基本的に軍用銃を国産していた日本軍もようやくサブマシン・ガンの開発を進めるようになり、1940年(昭和15年)にベ式を手本として100式機関短銃を作ったのである。 モデルガンはタナカ・ワークスが1985年に発売したもので、当初は52,000円だったが、93年に再生産されたときには85,000円になっていた。発火方式は、初期生産品はブローバック・モデルであったが、再販品(最終生産品)はダミーカートリッジ式になった。また、オプションとして、革製スリングと二式銃剣も売られていた。ここで紹介するモデルは最終生産品である。 本体の作りは他のタナカ製モデルガン同様にとてもよくできている。亜鉛合金製(一部鉄製)の機関部分は外観・メカ共にほぼ実銃どおりであり、美しい木目と仕上げの木製ストックはかつて木工屋であったタナカの真骨頂が発揮されている。 旧日本軍のサブマシン・ガンとしては唯一のモデルガンであり、当時の日本の技術力を知る資料としても大変貴重なモデルである。なお、実銃とまったく同じサイズであるので、三十年式銃剣(実物/レプリカ)も取り付けることができる。 なお、本モデルについては、こちらで詳しく紹介されている。 |
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| 100式機関短銃 前期型 落下傘部隊用 Hyaku-shiki Kikan-tanju Zenki-gata Rakkasanbutai-yo: Type 100 Submachine Gun Cal. 8mm M1940 Early Model for Paratroopers (CAW/Tanaka, limited production, zinc alloy/iron, dummy cartridge, 3,600g) | 実銃は百式機関短銃前期型のバリエーションとして生産されたもので、その名のとおりに落下傘部隊(空挺部隊)用に折り畳み銃床が付いたものであった。昭和17(1942)年7月頃から名古屋工廠と南部製作所(中央工業)によって計約2,000挺が生産されたと推定されている。前期型の多くがこの折り畳み銃床タイプであり、現存する実銃も圧倒的にこちらが多い。銃口制御器(マズル・ブレーキ)は付いておらず、銃床も合わせ板ではなく一枚板であった。(以上は須川薫雄著「日本の軍用銃」より) CAWは、タナカの百式機関短銃前期型をリバイバル生産した後、その原型とも言うべき改修三型をバリエーションとして2009年に生産したが、その頃から落下傘部隊用の生産も視野に入れていた。CAWはモデルガン設計の神様とも言うべき六人部登氏が以前に製作した同モデルの試作品を所有しており、それを量産品としてリリースすることを考えたのである。しかし、六人部氏が「おそらく量産は無理」と語っていた蝶番の生産にやはり戸惑ってしまい、実際の生産は製作発表(2010年10月)から1年以上も経った2011年11月になった。なお、製作発表時は約80挺の生産予定であったが、残っている機関部の部品の関係で発売時には約50挺に減らされた。また、CAWによれば金型をタナカより引き継ぎ、それに手直しを加えて製造した部品も今回で無くなってしまうそうで、新規金型による製作は考えられないので、これが最後の百式機関短銃になるとのことである。 モデルガンは実銃のその造りが忠実に再現されている。すなわち、件の蝶番部分は強度を考えたロスト・ワックス製法のスチール製とされているほか、外観をまったく考えていない機能一点張りの継ぎ目の部分も材質こそちがうものもあるが実銃のものと見分けがつかないくらいよくできている。ただし、実銃のバレルは簡単に抜き取ることができる構造になっているが、モデルガンのそれは法律の関係で接続部の外観のみの再現となっている。銃床には同社が以前から温存していた最高級の東北産鬼胡桃材が使われており、やや暗めの色合いで仕上げられたそのきめ細かな木目によって極上の質感が演出されている。ところが、面白いことに総重量は上のタナカ製スタンダード・モデルや下のCAW製改修三型より約200gも軽い。金属製部品はこちらの方が多いのに軽いというのは、おそらく木製ストックの重さの差であろう。なお、ストック前方下部は改修三型と同じようにサイドが削り込まれているが、実銃のものもそうなっており、二脚がないのに改修三型の形状が引き継がれたようである。 ところで、直販の事前予約者には特典として同社地元香取市の酒造メーカーが作った4合瓶の日本酒(「東薫」)と菊の紋章が入った木製の半合枡が同包されていた。その日本酒の瓶には白地の和紙に菊の紋章と本モデルの試作品を設計した故六人部登氏が当のモデルを前に置いてあぐらをかきながら件の枡で酒を飲んでいるイラストが描かれており、「本郷め、ついに造り上げたか…」の吹き出しと「百短の折曲銃床目の前に 呑む佐原の酒 また格別かな… 六人部登」という歌が書かれている。これは同社の本郷社長がこのモデルをいかに苦労して造り上げたかということを物語っているものであるとともに、本郷氏が本モデルの完成をこれを手にしたマニアと祝いたいという気持ちを伝えたかったものではないかと思われる。 |
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| 100式機関短銃 改修三型 Hyaku-shiki Kikan-tanju Kaishu Sangata: Prototype III Model for Type 100 Submachine Gun Cal. 8mm M1940, Delux Type with the Light-color Walnut Stock (CAW/Tanaka, special limited production, zinc alloy/iron, dummy cartridge, 3,825g) |
本モデルは、2009年初頭にCAWがタナカの金型を用いつつ、いくつかの部品を新たに作成して作り上げた、百式機関短銃のバリエーション・モデルである。モデルガンが売れない時代の、さらに不況の嵐が吹いているこの時期に、スプリングフィールドM1903A3に続いて登場した、大変貴重なモデルと言えるであろう。 |
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| 二式(テラ)小銃 Ni-shiki "Tera" Shoju : Type 2 Paratrooper Rifle Cal. 7.7mm M1942 (Tanaka, early production, zinc alloy/iron, cap firing, 3,330g) |
旧日本軍は戦争の長期化をにらんで、空挺部隊による相手陣地の急襲・制圧を可能にする小火器の開発を進めていた。その1つが分割携行できる小銃で、1939年(昭和14年)には試作品ができあがり、それは「試製百式小銃」と呼ばれた。しかし、この小銃は精密な機会加工が必要で生産コストがかさんだため、翌1940年(昭和15年)に100式機関短銃の折りたたみストックを使った「試製一式小銃」が作られた。しかし、これも折りたたみストックの蝶番に問題が生じて実際に生産されることはなかった。そして、これらの問題点を解決したモデルとして開発されたのが二式小銃であった。 |
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| 二式(テラ)小銃 Ni-shiki "Tera" Shoju : Type 2 Paratrooper Rifle Cal. 7.7mm M1942 (Tanaka, late production, zinc alloy/iron, cap firing, 3,380g) | |||
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| 二式銃剣 Ni-shiki Juken: Type 2 Bayonet M1942 (Windlass, made in India, brass/zinc alloy/wood, 360g, 480g with the sheath, 575g with the leather belt) |
二式銃剣は、その名のとおりに皇紀2602年(昭和17年、1942年)に制式採用された銃剣である。それまでは三十年式銃剣が長年使われていたが、同銃剣は全長がとても長く(512o、剣長398o)、白兵戦では威力を発揮したものの、携行及び取り回しがし易いとはいいがたいものであった。それに加えて、落下傘降下部隊を想定した百式機関短銃が昭和15年(1940年)に制式採用されたこともあり、より取り回しの良い短い銃剣の開発が求められ、三十年式の全長を323oに、刃渡りを198oに短くした二式銃剣が制式採用され、豊田自動織機製作所で約25,000振が生産された。なお、本剣の前には同じような短剣として一式銃剣が名古屋工廠で約5,000振、本剣の後には四式銃剣が奉天工廠で約16,200振生産された。 |
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| 二式擲弾器 Ni-shiki Tekidanki : Type 2 Anti-Tank Rifle Grenade Launcher M1942 (Tanaka, limited production, zinc alloy, 640g) |
旧日本軍は、戦闘に必要な装備をできるだけ個人の兵士に運ばせるという戦法を重視していた。小銃と銃剣による白兵戦もそうであるが、その延長線上として小銃に擲弾器をつけて攻撃するという戦法があった。擲弾器は小銃の銃口に装着し、手榴弾や専用弾などの爆発物や発煙弾を、できるだけ遠くへ正確に飛ばすための仕組みであった。ここで紹介する二式擲弾器もその1つであり、対戦車攻撃用のものであった。ただし、これはドイツ製のもののコピーであり、日独協定に基づいて昭和17年(1942年、つまり皇紀2602年)にドイツから技術がもたらされ、それを日本の小銃に合うように改良したものである。 |
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![]() 取付部を開いて銃身を差し込む |
![]() ハンドルを回して締め付ける |
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