Ex-Japanese Military Rifles and Submachine Guns in WWI & II


◇History and Comments◇
  As the Gun and Sword Restriction Law doesn't allow civlian people to have any real handguns or rifles for defense purposes (though they can have only hunting rifles if they have a hunting-gun license), Japan hasn't had many original handguns or rifles after the second world war. But there once existed very fine volt action military rifles and submachine guns during the world war. Such models were Type 38 Rifle, Type 38 Carbine, Type 44 Carbine, Type 97 Sniper Rifle, Type 99 Rifle, Type 99 Short Rifile, Type 99 Sniper Rifle, Type 2 Paratrooper Rifle and Type 100 Submachine Gun etc. Although they are often called Arisaka Rifles in the United States, they were not designed by Coronel Arisaka at the Tokyo Miliary Factory, but actually they were designed by Nanbu Kijiro, who designed the famous Type 14 handguns. Therefore the models shown here are not accompanied with the "Arisaka" name.
  The system of naming these models is unique, mainly based on the year of the Japanese imperial history. Type 38 and Type 44 were named so because they were officially assigned as military rifles in the 38th(1906) and 44th(1912) year of the Meiji Emperor period. The other ones, Type 97, Type 99, Type 100, and Type 2, were named so because they were officially assigned in the 2597th(1937), 2599th(1939), 2600th(1940), and 2602nd(1942) year of the Imperial History, which, according to the imperial historical document, is believed to have started in B.C. 660.
  Modelguns of those Japanese rifles and submachine gun were made mainly by Tanaka Works from the mid 1980s to the mid 1990s. Miroku Seiki, known as a real rifle maker, also produced a Type 38 Rifle modelgun from iron in the 1970s. Tanaka also released Type 99 Sporter Rifle and Type 2 Sporter Rifle modelguns, which did not really exist as original real rifles but possibly were based on some custom models assembled with the original mechanism and a new woodstock after World War II. Craft Apple Works, known as CAW, reporduced the Tanaka Type 100 modelgun in 2008 and they also released the Prototype III Model in 2009 and Paratrooper Model in 2011 as variations of the Type 100 modelgun.
  These modelguns are well made and look like real ones. However, they are really rare ones, therefore they are usually very expensive even if you want to buy them as secondhand, and it is almost impossible to get them as new ones.
  A big news came in April of 2009! You can get a brand new Type 99 Short Rifle because Tanaka actually started reproducing it in May, and they started reproducing their products of ex-Japanese rifles and carbines so that you can get those models as a brand new one now. In 2011 Tanaka also started producing "Vintage Blue Finish" series of them, which look like old used models with metal-color plate.


三八式歩兵銃 後期型 Sanpachi-shiki Hoheiju Koki-gata: Type 38 Infantry Rifle Cal. 6.5mm M1905 Late Model (Tanaka, early production, zinc alloy/iron, cap firing, 3,295g)  実銃の三八式小銃は、日露戦争中に国家の存亡を賭けて開発されたモデルで、第一次世界大戦、日中戦争、太平洋戦争を生き抜き、名称の元になった明治38年に制式採用後、35年間にわたって340万挺余り(歩兵銃:約298万挺、騎兵銃:約43万挺)が生産された。そして、20世紀初頭に開発されたどの国のボルト・アクション・ライフルと比べても、単純で強固な機関部の構造、精度、仕上げ等において、世界最高の性能と品質を誇っていたと言われている。口径は有効射程の精度、人命尊重(?)、実包携行数の確保の観点から6.5oとされた。三八式小銃は、細かな構造変更と製造所のちがいによって、初期型(明治39年〜大正12年)、中期型(大正13年〜昭和10年)、後期型(昭和11年〜昭和16年)に分けられるが、外観や機能に大きな変更はない。
 モデルガンの三八式小銃は、すでに1970年代に六研より全鉄製のものが限定発売されていたが、価格が当時としては桁外れに高かったので、一部のお金持ちマニア以外は手に入れられなかった。また、その後も実銃メーカーとして有名なミロク精機より発売されたことがあったが、これも一部のマニアにしかアピールしないものであった。それに対して、より手頃な値段で量産品が出されたのはタナカが1985年に発売したのが最初であった。このモデルは、すでに九九式、二式、四四式等を同社が発売していたので、それらの開発技術の粋を集めて設計された一方で、部品の流用などのマイナス面もあった。なお、発売当初は遊底覆や負革も付属して58,000円であったが、93年に再販された時には単品で70,000円となり、95年頃には鬼胡桃銃床がついたデラックス・モデル(82,000円)が追加された。また、2009年には十数年振りに標準モデルが再販され(88,000円)、さらに2011年にはビンテージ・ブルー・フィニッシュ(100,000円)も追加された。
 上のモデルは85年に発売された初期生産品の歩兵銃である。それは尾筒(レシーバー)上部左側に「8509」という刻印があることからわかる。タナカの製品はこの部分にモデルガンのシリアル・ナンバーが入れられていたり、製造時期が入れられたりしているが、このモデルのものは番号から判断して後者であろう。
 タナカの三八式歩兵銃は、基本的に実銃の中・後期型をモデル化している。照星(フロント・サイト)に照星座(カバー)がついていることからそれがわかるが、中期型と後期型の区別については部品に混在が見られ、判断しにくい部分もある。例えば、安全子(セイフティー)に出っぱりがあるのは中期型の特徴であるが、遊底(ボルト)が黒染めであること、照門(リア・サイト)がビープ型であること、床尾板(バット・プレート)がカップ型であることなどは後期型の特徴である。しかし、ほとんどの部品が後期型を再現していると考えて、ここでは「後期型」とした。また、照尺(倒立型リア・サイト)は実銃通りに2,400mまで刻まれており、また実銃同様に可動するようになっている。なお、資料によっては実銃の後期型のそれは2,200mまでしか刻まれていないという記述もあり、タナカの試作モデルのものもそうであった(Gun誌1985年7月号)。あと、本モデルには発売時に付属していた遊底覆が付いている。なお、中古で手に入れた時点で元箱が無かったので、K.T.W.のエア・ガンの箱を手に入れ、自作の表示紙を貼ってある。
 下のモデルは95年に追加発売された歩兵銃のデラックス・モデルである。定価はスタンダード・モデルより12,000円高い82,000円であった。
 スタンダード・モデルとのちがいは木製銃床の材質で、スタンダード・モデルではブナ材が用いられていたのに対して、デラックス・モデルでは鬼胡桃(ウォールナット)が用いられた。その木質感のちがいは歴然としており、デラックス・モデルのそれはとてもきめ細かい木目となっており、見た目にも硬質感が増しているように感じられる。なお、タナカ製の鬼胡桃銃床はたいてい下の三八式騎銃のもののように明るい色に仕上げられているものが多いが、本品に限っては暗い色のオイルで仕上げられている。また、アップしてしばらくしてから気づいたことであるが、本モデルでは床尾板が前期型に見られる穏やかな曲線を描く板状のものに変更されていたので、後に「前期型」と名前を変更した。
 また、これは細かいことであるが、写真でもわかるとおり、ダミーのクリーニング・ロッドの長さが初期生産品と本品では異なっていることが判明した。おそらく、再販される際に何らかの理由によって設計変更がなされたためであろう。
 なお、デラックス・モデルの箱にはそれとわかるシールが貼られている。
三八式歩兵銃 前期型 Sanpachi-shiki Hoheiju Zenki-gata: Type 38 Infantry Rifle Cal. 6.5mm M1905 Early Model, Delux Type with the walnut stock (Tanaka, late limited production, zinc alloy/iron, cap firing, 3,140g)
さく杖の比較
上段:初期生産品
下段:再販品   
三八式騎銃 前期型 Sanpachi-shiki Kiju Zenki-gata: Type 38 Carbine Cal. 6.5mm M1905 Early Model, Delux Type with the walnut stock (Tanaka, limited production, zinc alloy/iron, cap firing, 2,785g)  騎兵銃(「騎銃」と呼ばれることも多い)は、兵士が馬に乗ったままでも使用しやすいように、通常は歩兵銃よりも全長が短く設計されることが多い。旧日本軍の三八式騎兵銃も、そうした理由から基本的には三八式歩兵銃を切り詰めたものとして製作された。そして、第2次世界大戦が終了するまでに約43万挺が生産された。
 モデルガンの三八式騎銃は、93年の歩兵銃再販時に追加発売(70,000円)され、また発売時期は不明だが、歩兵銃と同様に鬼胡桃銃床付きのデラックス・モデル(82,000円?)も若干数発売された。
 ここで紹介するモデルは、三八式騎銃(タナカでは「騎兵銃」と呼ばない)のデラックス・モデルである。
 最初に目に付く特徴は、歩兵銃よりも31pも短い(1,275o→965o)その短小な姿である。そして、上の歩兵銃のそれとは一線を画す銃床(木製ストック)の美しさである。和クルミ(鬼胡桃)製のストックは、木目が細かく硬質感のある外観で、色合いも明るくて美しい。実銃も軍用銃とは思えない仕上げ(例えば、前期型の銃床は漆塗りであった)を誇っていたが、それに負けないだけの高級感がある。そこで、今回はその木製銃床の美しさを重点的に紹介できる写真構成としてみた。
 また、金属部品の仕上げも初期販売品の頃のものと比べると進歩している。特に、四四式では「自然崩壊する」と悪名の高かった下帯(ローワー・バンド)は亜鉛合金製から鉄製に変更され(歩兵銃も)、剛性感が格段に向上した。その他、照星(フロント・サイト)、表尺(リア・サイト)、尾筒(レシーバー)、遊底(ボルト)、安全子(セリフティー)等の部品も大変良くできている。特に、表尺は2,000mまで刻まれたものが歩兵銃同様に倒立でき、しかも可動式となっている。なお、初期生産品は後期型を元にしていたようであるが、再販品では床尾板(バット・プレート)が前期型の特徴を表すゆるやかな曲線の板状のものに変更されているので、ここでは「前期型」ということにする。
 元箱は初期の九九式短小銃以来続いている統一のデザインである。ただし、本品にはデラックス・モデルを表すシールが貼られている。
 なお、本モデルは93年の再販後長らく絶版状態が続いていたので、中古がプレミアム価格で取り引きされていたが、2009年に久々に再販された(81,000円)。そして、2011年3月には金属部品が使い込まれたような色合いに仕上げられ、ストックも使い古されたやや暗い色に仕上げられたビンテージ・ブルー・フィニッシュが追加発売された(93,000円)。
三十年式銃剣 Sanjunen-shiki Juken: Type 30 (M1897) Bayonet for the Type 38, 44, 97, 99, 2 rifles and the Type 100 submachine gun (K.T.W., ABS/zinc alloy, 245g)

 ここで紹介する銃剣は、明治30年に「三十年式小銃」と共に開発された「三十年式銃剣」である。以降、第2次世界大戦が終了するまでの約半世紀の間に開発されたどの小銃でも使われたので、総生産量は約840万挺と単一型銃剣としては世界最大数であった。実銃の小銃は一般の日本人が所持することはできないが、銃剣は刃先を折ってしまえば所持することができ、今でも実物を手に入れることができる。その実物は、作成時期によって@鍔(つば)の形、A柄(つか)の止め方、B剣身の色のちがいの組み合わせで8種類があり、また生産した工廠の刻印のちがいなどを含めればかなりのバリエーションとなる。
 ここで紹介するものは、K.T.W.が同社のガスガンである三八式歩兵銃用に2007年に発売した物である。もちろん、銃刀法にかからないように刃先はABS製(アルミ粉入り)となっているが、鍔と柄は亜鉛合金製で、柄木はくるみ材が使用されている。K.T.W.がモデル化したのは、最も美しいスタイルとされている、鍔が曲がっていて、ネジ止めのタイプである。

遊底覆(被) Yutei-oi: Dust Covers for the real Type 38, 44, 97, 99, 2 Rifles: Early and Late Types (Tokyo Military Factory, steel, 61g/57g) with Tanaka Dust Cover for Tanaka rifles (Late Type, steel, 60g)  三八式小銃や九九式小銃には遊底(ボルト)を泥や埃保護する遊底被(ダスト・カバー)が用意されていたが、ここで紹介する遊底覆は実銃用の実物である(この部品は一般の日本人が所有していても何の問題もない)。したがって、当然ながら鉄製である。
 実銃用の遊底覆は厚さ0.3oの軟鋼を半月型に曲げて制作されているが、槓桿の出る穴の形により2種類がある。1つは全長153oから156oで、穴が対称になっており、三八式にしか使えなかった。もう1つは全長が150o〜153oで、穴が対称ではなく後方に大きくなっており、三八式、九九式の両方に使えた。一般的に前者が「前期型」、後者が「後期型」と呼ばれている。また、内側に鉤(かぎ)が付いているものと付いていないものとがあった。縁の部分にはシリアル・ナンバーが入れられている。
 ここで紹介するものは、前期型(写真大の上)と後期型(同下)である。元々はかなり状態が悪かったと思われるが、表面のサビが落とされ、リブルーされている。なお、これらはタナカ製モデルガンにはややサイズが小さくて使えない(ただし、曲がりを拡げれば使えるであろう)。
 参考までにタナカ製遊底覆も紹介するが、こちらは槓桿の出る穴の形から後期型をモデル化したものと思われる(写真右下の一番下)。また、写真にはないが、実物前期型にあるような鉤も溶接されている。ただし、縁のシリアル・ナンバーは再現されていない。

Upper: Early Type, Lower: Late Type

Front: Early Type

Early Type

Late Type

Lowest: Tanaka's
四四式騎銃 後期型 Yonyon-shiki Kiju Koki-gata: Type 44 Carbine Cal. 6.5mm M1911 Late Model (Tanaka, early production, zinc alloy/iron, cap firing, 3,545g)  実銃の四四式騎(兵)銃は、三八式歩兵銃をベースに銃身と前床を短くしたもので、名前どおりに騎兵用に作られたものである。三八式にも騎(兵)銃が存在するが、それとは外観的にまったく異なる印象を与えるモデルである。四四式の最大の特徴は、断面が三角形の折りたたみ式銃剣を装備していることであり、このスタイルは他の旧日本軍ライフルにはまったく見られないものである。なお、四四式の名前は三八式と同様に制式化された年号(明治44年)から来ている。
 さて、タナカのモデルガンはすでに出されていた九九式短小銃をベースにして1984年に発売された。したがって、本来なら6.5o弾が付属するはずであるが、九九式と同じ7.7o弾カートリッジが流用されて使われている。発売当初の値段は55,000円であったが、90年代に再販されたときは85,000円に値上がりしていた。
 このモデルの最大の特徴である折りたたみ式銃剣は留め具部分(上帯)を含めてとてもよくできている。実銃と同じようにロックをはずして起剣したり、収納したりというアクションが楽しめるのである。また、銃床はタナカの真骨頂が発揮されている部分で、木質、仕上げとも申し分のないものとなっている。さらに、メカニズムもファイアリング・ピンがないことを除けば、ほぼ実銃どおりと言ってよく、ボルト・アクション独特のフィーリングを堪能することができる。ただ、さく杖を収納する床尾の機能がモデルガンでは省略されてしまっていることや、亜鉛合金製の小部品が経年劣化ですぐに破損してしまうこと等は残念である。
 上のモデルは初期生産品である。発売当時はよくぞこのようなモデルガンを製品化したものだと関係各誌で絶賛された。しかし、このモデルには大きな問題点があった。それは亜鉛合金製部品の強度不足で、特に外装部品である下帯、表尺、銃剣接合部はほぼ全品において「自然崩壊した」というクレームが相次いだ。これは亜鉛合金の材料配合不良によるものだとされた。本品でも下帯は割れてしまっており、接着して取り付けてもその部品をうっかり握ったりするとすぐに他の部分が割れてしまうということが起こっている。ただ、表尺と銃剣着剣部はかろうじてその難を免れている。また、これは個体差であろうが、本品では合わせ銃床の合わせ部分にかなり大きな隙間がある。その隙間にニスがしっかりと入り込んでいるところを見ると、経年変化で反りが生じてできたものではなく、製造時からあったものと思われる。
 下のモデルは再販品である。そう判断したのはレシーバー左側にあるシリアル・ナンバーと箱のデザインである。シリアル・ナンバーは初期生産品では4桁の数字だけであるが、再販品では「F○○○○」となっている。これはおそらく、再販品については他の機種と最初のアルファベットが連記号になるようにしたためであろう。また、箱は表書きこそまったく同じであるが、箱の深さが初期生産品より再販品の方がかなり深くなっている。初期生産品はボルトを装填した状態では箱に入れられないが(したがって、おそらくボルトを抜き取った状態で売られていただろう)、再販品はボルトを装填した状態でも収納することができるようになっている。また、件のクレームを受けて初期生産品の後に発売された三八式等では下帯がスチール製に変えられたが、四四式のものはそのままであった。しかし、本品の下帯は幸運にもまったく無傷であるので、もしかしたら亜鉛合金の材料配合は改善されているのかもしれない。なお、一緒に写っている別部品の下帯(写真下段中央のもの)はオークションで手に入れた真鍮削りだしの個人カスタム品で、いつか訪れるかもしれない自然崩壊に備えて本体と一緒に保管しているものである。
 なお、2009年には十数年ぶりに再々販され(98,000円)、件の下帯については材質改善されているそうである(おそらくスチール製になった)。
 ところで、本モデルについては、こちらで詳しく紹介されているので、そちらも参照していただきたい。
四四式騎銃 後期型 Yonyon-shiki Kiju Koki-gata: Type 44 Carbine Cal. 6.5mm M1911 Late Model (Tanaka, late production, zinc alloy/iron, cap firing, 3,550g)
八九式重擲弾筒 後期型 Hachikyu-shiki Jutekidanto Koki-gata: Type 89 Grenade Discharger (Portable Mortar) Late Model Cal. 50mm M1929 (CAW, ABS/zinc alloy/iron, gas gun, 2,265g)

 本モデルはガスガンであり、本来ならここに登場すべきモデルではないが、CAW製ガスガンにはメカニズム的にはモデルガンと言ってよいものがあり(BB弾を発射するのはグレネード部分であるから)、本モデルもそのような構造なので、貴重な旧日本軍小火器としてここに紹介することにした。
 実銃の八九式重擲弾筒は、兵士が携帯・操作し、爆発物をより遠くへ、より正確に投擲できる兵器として開発されたもので、皇紀1589年(1929年、昭和4年)に制式採用されたことからその名が付けられた。八九式の前には大正10年に制式採用された「十年式擲弾筒」があったが、それを大型化・強力化した八九式ができてからは、前者を「軽擲弾筒」、後者を「重擲弾筒」として区別していた。八九式重擲弾筒は、ブースター付き手榴弾と専用の八八式榴弾を発射でき、その飛距離は前者が約190m、後者が約650mであったとのことである。また、八九式重擲弾筒には前期型と後期型があり、1943年(昭和18年)以降に生産された後期型は筒身舞照準線と照準器が前期型と異なっている。
 CAWの八九式重擲弾筒は後期型をモデルとしており、安全性を確保できる材質(筒身はABS、柄は亜鉛合金、駐板は鉄)を使いながら、実銃の外観とメカニズムが限りなく忠実に再現されている。例えば、筒身内には傾斜4度8条のライフリングが切られており、飛距離を調整する整度器や柄の中央に設けられた溝を引鉄部が上下に移動する操作及び目盛りなども実銃どおりである。また、BB弾を発射するモスカートを榴弾に見立て、安全装置のところにあるくさびを抜き差しすることで、グレネード・ランチャーのようにも迫撃砲のようにも楽しめるように工夫がなされている(ただし、実銃の筒身内径が50oであったのに対して、CAW製のものはモスカートが使えるように40oとなっている)。そして、刻印にも気が配られており、飛距離を調整する目盛りはもちろんのこと、シリアル・ナンバー(計4箇所)も実銃に忠実なものが入れられている。さらに、本体を収める箱には深緑色の布が敷かれており、ミリタリー・グッズであることを盛り上げている。
 なお、CAWはハリウッドからの依頼で製作した映画用のプロップ・ガンである「ハリウッド仕様」(筒身がアルミ削り出し、定価98,000円)も若干ながら国内販売しており、こちらには生ガスを吹き出す八八式榴弾のモスカート・プロップ(実弾にそっくりなデザイン)2個が付属している。

九七式狙撃銃 中期型 Kyunana-shiki Sogekiju Chuki-gata: Type 97 Sniper Rifle Cal. 6.5mm M1937 Middle Model (Tanaka, early production, zinc alloy/iron, cap firing, 3,665g)  実銃は、満州事変において敵の狙撃兵に悩まされた日本軍が、自国軍にも優秀な狙撃銃が必要であるという判断から開発されたものである。当初は三八式歩兵銃の中から特に命中精度の高い個体を選出し、それに照準眼鏡を装着して狙撃を行うということが行われたが、この銃を明確に分類する型式番号は与えられなかった。昭和11年に2.5倍率の照準眼鏡が完成すると、翌12年(1937年、皇紀2597年)に三八式歩兵銃をベースとした狙撃銃が制式採用され、これが九七式狙撃銃となった。その後3年間で計約22,500挺(小倉工廠8,000、名古屋工廠14,500)生産された。仕様はほとんど三八式歩兵銃と同じであるが、槓桿の長さが12o延長されて途中から40度下方に曲げられている。これは槓桿を操作した際に左にオフセットされた照準眼鏡に右手が当たらないようにするためである。また、三八式とは下帯の形と取り付け方が異なり、小倉製のものを中心に単脚が付けられたものもある。また、表尺が2,200mまでしか刻まれていないものもある(三八式歩兵銃は2,400m)。2.5倍率の照準眼鏡は工廠だけでは生産が間に合わず、日本工学(現ニコン)、高千穂製作所(現オリンパス)、東京芝浦電気(現東芝)、榎本光学精機(現富士ゼロックス)など7つの民間会社も動員された。
 モデルガンの九七式狙撃銃は、1986年に三八式歩兵銃に続いて発売された(当時の価格は63,000円)。モデルガンも基本的には三八式歩兵銃をベースとしながら、実銃の特徴がほぼ忠実に再現されていた。照準眼鏡の取り付け方は実銃と同じであり、尾筒左に設けられた台座にあるバーを押しながら結合部分に滑り込ませ、レバーを「脱」から「装」の方向に回転させて固定する。ただし、レンズ内のレティクルは単に縦横の直線が引かれているだけのものであった。また、単脚が付いている点では前期型を模しているようであるが、楕円形のカップ型床尾板や環穴型の照門が付いている点では中・後期型を模しているようである。
 なお、他のタナカの旧日本軍ライフルはほとんどが90年代半ばに再販されたが、九七式狙撃銃だけは再販されず、それ故の希少性から最近まで中古がプレミアム価格で取り引きされていた。ところが、2008年からガスガンの発売に並行してモデルガンも次々に再販されるようになり、2010年には九七式狙撃銃も再販された。そして、この時はレンズ内のレティクルが実銃と同じものが再現されるという改良を受けた(ただし、そのせいで価格が128,000円に大幅値上げされた)ほか、床尾板は前期型の板状のものが採用された。さらに、2011年には同社が新たに始めた「ビンテージ・ブルー・フィニッシュ」版(142,000円)も若干数が限定発売された。
 ここで紹介するモデルは、箱の上蓋の表示からもわかるとおり初期生産品である。再販品ではアルミ製になってしまったバレルがスチール製であることや木製ストックの色が実銃の使い古されたものに近いなどの魅力があり、所有する喜びを与えてくれるモデルである。 
九九式小銃 Kyukyu-shiki Shoju: Type 99 Long Rifle Cal. 7.7mm M1939 (Tanaka, early limited production, zinc alloy/iron, cap firing, 2,870g)  実銃の九九式小銃は、太平洋戦争に突入した日本軍が、三八式の6.5o弾では威力不足であるという認識から、これを7.7o弾にすべく開発したモデルである。したがって、外観は三八式とそっくりである。ただし、強力になった弾丸を有効に当てるために、鉄製の短脚(モノ・ポッド)が付けられた。これは、同時に三八式と見分ける際に一番目に付く点でもある。その他にも、兵士の大動員による低身長化に対応して全長を15o短くしたり、弾丸の威力増大への対処のために各所を厚く、太くしたり、整備をし易くするために構造を簡素化したりという改良が行われている。なお、「九九式」の名前は、皇紀2599年(昭和14年、1939年)に制式化されたことから来ている。九九式小銃は、当初は三八式歩兵銃とほぼ同じ長さの「長小銃」としてスタートしたが、わずか4万丁弱で生産が打ち切られ、三八式騎兵銃のような長さの「短小銃」に変更され、こちらは大戦終了までに230万挺余りが生産された。
 モデルガンの九九式小銃は、いわゆる「短小銃」が最初に発売されたが、ここで紹介するモデルは、タナカ製としては最後発のものとして93年に発売された「長小銃」であり、実銃と同じくごく短期間しか生産されなかった希少なモデルである(価格は85,000円)。一見しただけでは三八式歩兵銃のように見えるが、先述したモノ・ポッドの存在に気づけばそのちがいを見分けられる。また、九九式の特徴である高射表尺付リア・サイト(正面からの4×4拡大写真有り)も付いており、雰囲気を盛り上げてくれている。もちろん、その他にもストックの形状や細かい金属部品(凹みタイプの安全子を含む)も実銃通りに再現されている。カートリッジは7oキャップの発火タイプであるが、鉄製の銃身は貫通しておらず、発火しても煙は銃口からは抜け出てこない。なお、その銃口には実銃通りに4条のライフリングが再現されている。
 なお、一度しか生産されなかったこのモデルも、2010年に久しぶりに再販された(93,000円)。
九九式短小銃 前期型 Kyukyu-shiki Tan-shoju Zenki-gata: Type 99 Short Rifle Cal. 7.7mm M1939 Early Model (Tanaka, 2009 production, zinc alloy/iron/ABS, cap firing, 3,065g)

 モデルガンの九九式短小銃は、中田商店の開発部長であった六人部登氏が設計し、タナカが生産してナカタ(中田商店)・ブランドで発売されていたが、後にタナカ・ブランドで再販されるようになった。本モデルは、モデルガン初の旧日本軍ボルト・アクション・ライフルということで注目を集め、数年の間にに九九式狙撃銃(同スポーター、同長小銃)、二式小銃(同スポーター)、四四式騎銃、三八式歩兵銃(同騎銃)、九七式狙撃銃の発売へと展開されていった。しかし、モデルガン人気の低迷によって、90年代前半に再販されたのを最後に、絶版モデルとなってしまった。
 ところが、2007年にタナカがガスガンの九九式短小銃を発売すると、モデルガン・ファンからモデルガンとして再販を望む声が大きくなり、さらに2008年のガスガンに対する規制の強化に伴ってガスガン販売が落ち込んだことから、ついに2009年5月にモデルガンが再々販された。ここ数年は、オークションで中古が新品定価を上回るプレミアム価格で取り引きされていただけに、同モデルの再販を望んでいたマニアは歓喜したにちがいない(私もその一人である)。ここで紹介するモデルはその最新生産品である。
 さて、九九式短小銃といえば、最大の特徴は高射表尺と単脚であろう。タナカのモデルガンはいずれも見事に実銃のそれが再現されている。高射表尺はいわゆるタンジェント型リア・サイトであるが、他に類を見ないのが飛んでいる飛行機を打ち落とすための表尺が付いていることである。今日のような高速飛行をする飛行機には全く役に立ちそうもないが、低速で飛ぶ飛行機に対しては理論的に当たるようになっているという。ただし、実際に撃つ人間の反射速度までは計算されているとは思えないので、一斉射撃をすれば、そのうちの何発かは当たるかもしれないというレベルのものであったであろう。また、三八式には無かった単脚(モノ・ポッド)が付いているのも特徴的である。草原などで待ち伏せをして撃つ際には有効であったというが、伏せて撃つには銃が高くなりすぎるので、実際にどの程度の効果があったのかは疑わしい。なお、物資が不足していた戦争末期の生産品には高射表尺も単脚も付いていない。
 度重なる再販によって金型の老朽化が心配されたが、手元に届いた実物はそのような心配を吹き飛ばすできばえである。これは、ガスガン版を製作した際に金型を修正し、それをモデルガンに再利用したためである。また、木製ストックは以前と同様に質感の高い木材が用いられており、最初期モデル(ナカタ・ブランドのタナカ製)のウォールナット製に迫る高級感が演出されている。ただし、1つだけ残念な点があった。それは銃身がスチール製からプラスチック製(アルミ合金製?)に変更されたことで、おそらくガスガンのアウター・バレルが流用されたものと思われる。

九九式狙撃銃 後期型 Kyukyu-shiki Sogekiju Koki-gata: Type 99 Sniper Rifle Cal. 7.7mm M1939 Late Model (Tanaka, 3rd production, zinc alloy/iron, cap firing, 3,420g)

 実銃の九九式狙撃銃は、九九式短小銃(ごく一部に長小銃)に照準眼鏡(スコープ)を取り付けて狙撃銃にしたものである。資料によっては「結局は制式採用されることはなかった」という記述が見られるが、実際に約1万丁が小倉工廠(前期型、約1,000挺)と名古屋工廠(後期型、約9,000挺)で生産されて実戦配備されたので、その記述は正確とは言えない。おそらくその記述の根拠となったのは、三八式歩兵銃の狙撃銃である九七式狙撃銃が皇紀2597年(昭和12年)に制式化されたことを意味する名前になっているのに対して、九九式狙撃銃が実際に生産が開始された皇紀2603年(昭和18年)にちなんだ名前(つまり「三式」)になっていないことと思われる。なお、外観上の一番の特徴でもある照準眼鏡は、円筒(レシーバー)左側に取り付けられた台座に滑り込ませ、「装」「脱」レバーを後方に180度回転させることで固定させるという簡単なものであった。ただ、政府直轄の工廠だけでは眼鏡の生産が間に合わず、7つの民間会社(現在の「ニコン」「オリンパス」「富士ゼロックス」の前身にあたる会社など)にも委託されたが、それでも大戦末期の物資不足と人手不足から生産が追いつかず、それが理由で1万丁余りしか生産されなかったそうである。
 さて、モデルガンの九九式狙撃銃は、1983年に九九式短小銃が発売されて間もなく、そのバリエーションの1つとして54,000円の価格で追加発売された。その後、1994年に再販され(この時の価格は92,000円)、2004年には余った部材を集めて57挺限定で再々販された(この時の価格は118,000円)。全体の作りは、他のタナカ製モデル同様に実銃の雰囲気がよく再現されている。モデル化されたのは実銃の後期型モデルと思われるが、その一番の特徴である4倍照準眼鏡の形状や刻印も見事なできばえであり(ただし、照準眼鏡のレンズの目盛りは実銃通りには再現されていない)、それを取り付ける台座も実銃通りの外観と機能が再現されている(ただし、1994年の再販モデルだけは、九七式狙撃銃と同じ2.5倍照準眼鏡が付属していた)。その他の部分については、槓桿(ボルト・ハンドル)の形状(下に約35度曲がっている)を除くと基本的に同社の九九式短小銃と同じであり、亜鉛合金製及び鉄製部品がきれいに仕上げられているほか、木製銃床の形状、材質、木目、仕上げもタナカらしい見事なできばえである。しかしながら、4倍照準眼鏡が付く後期型モデルには付いていないはずの単脚や高射表尺が短小銃のまま付いている点は、時代考証的におかしく少し残念である。
 ここで紹介するモデルは2004年の再々販品であるが、過去のモデル同様にとてもよくできている。銃床の材質は、その木目からすると胡桃(ウォールナット)ではないかと思われる。唯一の難点は、照準眼鏡のプレート上にある「九九式短」という刻印が薄すぎてほとんど読めない点であろうか。なお、2010年に4度目の再販(115,000円)が行われた。

100式機関短銃 前期型 Hyaku-shiki Kikan-tanju Zenki-gata: Type 100 Submachine Gun Cal. 8mm M1940 Early Model (Tanaka, late production, zinc alloy/iron, dummy cartridge, 3,820g)  旧日本軍は第1次世界大戦を経験していないためか、サブマシン・ガンの開発にあまり関心がなかった。そこで、ドイツで開発されたM28マシーネン・ピストーレを輸入して「ベ式機関短銃」(「ベ」はM28の元になった「M18ベルグマン」の頭文字)として採用していた。しかし、基本的に軍用銃を国産していた日本軍もようやくサブマシン・ガンの開発を進めるようになり、1940年(昭和15年)にベ式を手本として100式機関短銃を作ったのである。
 モデルガンはタナカ・ワークスが1985年に発売したもので、当初は52,000円だったが、93年に再生産されたときには85,000円になっていた。発火方式は、初期生産品はブローバック・モデルであったが、再販品(最終生産品)はダミーカートリッジ式になった。また、オプションとして、革製スリングと二式銃剣も売られていた。ここで紹介するモデルは最終生産品である。
 本体の作りは他のタナカ製モデルガン同様にとてもよくできている。亜鉛合金製(一部鉄製)の機関部分は外観・メカ共にほぼ実銃どおりであり、美しい木目と仕上げの木製ストックはかつて木工屋であったタナカの真骨頂が発揮されている。
 旧日本軍のサブマシン・ガンとしては唯一のモデルガンであり、当時の日本の技術力を知る資料としても大変貴重なモデルである。なお、実銃とまったく同じサイズであるので、三十年式銃剣(実物/レプリカ)も取り付けることができる。
 なお、本モデルについては、こちらで詳しく紹介されている。
100式機関短銃 前期型 落下傘部隊用 Hyaku-shiki Kikan-tanju Zenki-gata Rakkasanbutai-yo: Type 100 Submachine Gun Cal. 8mm M1940 Early Model for Paratroopers (CAW/Tanaka, limited production, zinc alloy/iron, dummy cartridge, 3,600g)  実銃は百式機関短銃前期型のバリエーションとして生産されたもので、その名のとおりに落下傘部隊(空挺部隊)用に折り畳み銃床が付いたものであった。昭和17(1942)年7月頃から名古屋工廠と南部製作所(中央工業)によって計約2,000挺が生産されたと推定されている。前期型の多くがこの折り畳み銃床タイプであり、現存する実銃も圧倒的にこちらが多い。銃口制御器(マズル・ブレーキ)は付いておらず、銃床も合わせ板ではなく一枚板であった。(以上は須川薫雄著「日本の軍用銃」より)
 CAWは、タナカの百式機関短銃前期型をリバイバル生産した後、その原型とも言うべき改修三型をバリエーションとして2009年に生産したが、その頃から落下傘部隊用の生産も視野に入れていた。CAWはモデルガン設計の神様とも言うべき六人部登氏が以前に製作した同モデルの試作品を所有しており、それを量産品としてリリースすることを考えたのである。しかし、六人部氏が「おそらく量産は無理」と語っていた蝶番の生産にやはり戸惑ってしまい、実際の生産は製作発表(2010年10月)から1年以上も経った2011年11月になった。なお、製作発表時は約80挺の生産予定であったが、残っている機関部の部品の関係で発売時には約50挺に減らされた。また、CAWによれば金型をタナカより引き継ぎ、それに手直しを加えて製造した部品も今回で無くなってしまうそうで、新規金型による製作は考えられないので、これが最後の百式機関短銃になるとのことである。
 モデルガンは実銃のその造りが忠実に再現されている。すなわち、件の蝶番部分は強度を考えたロスト・ワックス製法のスチール製とされているほか、外観をまったく考えていない機能一点張りの継ぎ目の部分も材質こそちがうものもあるが実銃のものと見分けがつかないくらいよくできている。ただし、実銃のバレルは簡単に抜き取ることができる構造になっているが、モデルガンのそれは法律の関係で接続部の外観のみの再現となっている。銃床には同社が以前から温存していた最高級の東北産鬼胡桃材が使われており、やや暗めの色合いで仕上げられたそのきめ細かな木目によって極上の質感が演出されている。ところが、面白いことに総重量は上のタナカ製スタンダード・モデルや下のCAW製改修三型より約200gも軽い。金属製部品はこちらの方が多いのに軽いというのは、おそらく木製ストックの重さの差であろう。なお、ストック前方下部は改修三型と同じようにサイドが削り込まれているが、実銃のものもそうなっており、二脚がないのに改修三型の形状が引き継がれたようである。
 ところで、直販の事前予約者には特典として同社地元香取市の酒造メーカーが作った4合瓶の日本酒(「東薫」)と菊の紋章が入った木製の半合枡が同包されていた。その日本酒の瓶には白地の和紙に菊の紋章と本モデルの試作品を設計した故六人部登氏が当のモデルを前に置いてあぐらをかきながら件の枡で酒を飲んでいるイラストが描かれており、「本郷め、ついに造り上げたか…」の吹き出しと「百短の折曲銃床目の前に 呑む佐原の酒 また格別かな… 六人部登」という歌が書かれている。これは同社の本郷社長がこのモデルをいかに苦労して造り上げたかということを物語っているものであるとともに、本郷氏が本モデルの完成をこれを手にしたマニアと祝いたいという気持ちを伝えたかったものではないかと思われる。
100式機関短銃 改修三型 Hyaku-shiki Kikan-tanju Kaishu Sangata: Prototype III Model for Type 100 Submachine Gun Cal. 8mm M1940, Delux Type with the Light-color Walnut Stock (CAW/Tanaka, special limited production, zinc alloy/iron, dummy cartridge, 3,825g)

 本モデルは、2009年初頭にCAWがタナカの金型を用いつつ、いくつかの部品を新たに作成して作り上げた、百式機関短銃のバリエーション・モデルである。モデルガンが売れない時代の、さらに不況の嵐が吹いているこの時期に、スプリングフィールドM1903A3に続いて登場した、大変貴重なモデルと言えるであろう。
 実銃の百式には、制式採用されたモデルとして「前期型」とその折りたたみ銃床タイプ及び「後期型」の3種類があることは広く知られているが、前期型以前に試作品としてテストされたモデルがあったことはあまり知られていない。須川薫雄著「日本の機関銃」(SUGAWAWEAPONS社)によると、そのようなモデルには「試一型」や「試二型」(いずれも縦型弾倉)などがあったが、それらはいずれも製作に手間がかかり過ぎるという理由から新たにベルグマンMP28(すでに「ベ式機関短銃」として制式採用されていた)に似たタイプのものが試作されたそうである。同書によると、「この型には軟鉄製の二脚があり、銃剣の装着装置もあった」とのことで、今回CAWが製作したモデルはそのタイプではないかと思われる(同書には「改修三型」という名称は出てこない)。CAWのDM広告に載っている実銃の写真を見ると、前期型と大きく異なる部分は第一に鉄製の二脚(バイ・ポッド)があることであるが、その他にも照尺(リア・サイト)の形状、銃床(ストック)の形状、用心金(トリガー・ガード)の形状、消炎制退器(フラッシュ・ハイダー)の有無、等のちがいがある。
 CAWでは、今回の改修三型の生産に際して、これらをできるだけ実銃に近づけるように製作した。そのうち、全く新規に製作されたのは二脚に関係する部分である。これには、脚の部分をスチール製とし、脚を支える部分を亜鉛合金製とすることで対応した。また、それによって前期型では円筒前部と銃床前部のつなぎ目となっていた部分も改修された。もちろん、消炎制退器はなく、むき出しの銃口部は形状処理がされている。残念なのは用心金で、実銃では楕円形であるが、前期型の角形のものがそのまま使われている。また、照尺も前期型と同じものである。銃床は木製で加工しやすいため、実銃の写真を参考にしてできるだけ実銃に近いものが製作された。特に、排莢孔付近、銃把部、前床の溝、二脚収納用の溝、後部左側の把手の穴がない部分等が実銃に忠実な形状とされた。その銃床は、一般店でも発売される標準モデルにはブナ材が用いられ、直販限定モデルには鬼クルミが用いられた。さらに、後者には表面の色が使い込まれた黒っぽいものと新品の明るいものの2種類が用意された。8o南部弾のカートリッジは真鍮削り出しのダミー・カートリッジが5発付属している(予約購入者にはさらに5発がプレゼントされた)。
 これだけの手間がかかっているモデルであるので、標準モデルが100挺、鬼クルミ・ストック仕様が20挺(黒色6挺+明色14挺)の完全限定モデルとして発売された。なお、今回紹介するモデルは、鬼クルミ・ストック仕様の明るい色仕上げのものである。

二式(テラ)小銃 Ni-shiki "Tera" Shoju : Type 2 Paratrooper Rifle Cal. 7.7mm M1942 (Tanaka, early production, zinc alloy/iron, cap firing, 3,330g)

 旧日本軍は戦争の長期化をにらんで、空挺部隊による相手陣地の急襲・制圧を可能にする小火器の開発を進めていた。その1つが分割携行できる小銃で、1939年(昭和14年)には試作品ができあがり、それは「試製百式小銃」と呼ばれた。しかし、この小銃は精密な機会加工が必要で生産コストがかさんだため、翌1940年(昭和15年)に100式機関短銃の折りたたみストックを使った「試製一式小銃」が作られた。しかし、これも折りたたみストックの蝶番に問題が生じて実際に生産されることはなかった。そして、これらの問題点を解決したモデルとして開発されたのが二式小銃であった。
 二式小銃は、その名のとおり、皇紀2602(昭和17)年に制式化された銃である。基本的には九九式短小銃を改造して作られたものであり、したがって、口径は7.7oとなっている。最大の特徴は、本体をちょうど真ん中付近で二分割(英語ではこれを「テイク・ダウン」と呼ぶ)できることで、長い小銃を短くすることで、空挺部隊が落下傘で降下する際に邪魔にならないことを目的として開発されたものである。そのためもあって、「鉄砲」「落下傘」のそれぞれ最初の一文字をとって「テラ銃」とも呼ばれた。その得意な存在は、世界中のライフル・コレクターの間で垂涎の的となっているそうである。ちなみに、アメリカでは "Type 2 (M1942) Paratrooper Take-down Rifle" と呼ばれている。
 タナカの二式小銃は、すでに発売されていた九九式短小銃を元にして1983年に開発・発売された。最大の特徴であるテイク・ダウン部分も再現され、実銃同様に本体を二分割して楽しむことができる。ただし、実銃ではチェンバーが銃身側にあるのに対して、モデルガンでは安全上の問題からレシーバー側に設定されている。また、実銃では完全にはずれないテイク・ダウン・ピンがはずれてしまう点やその形状が異なっている点などは惜しいてころである。レシーバー内のメカニズムは、実弾を発射できないようにデフォルメされている部分以外はほぼ実銃どおりに再現されている。例えば、ボルトの操作や着脱は実銃どおりであるし、ボルトのセイフティーは実銃とおりに作動するし、マガジンも実銃どおりに底部がはずれるようになっている。
 外観に関するところはタナカの真骨頂が発揮されている部分である。中でも、九九式と同じリア・サイトが最大の特徴である高射表尺を含めて実銃どおりに再現されていることは一番の喜びである。また、フロント・サイトは両サイドのカバーが付いた前期型がしっかりと再現されている。さらに、木製ストックは木質、木目、仕上げ共に申し分のないものとなっている。しかし、バレル先端下に見えるクリーニング・ロッドがダミーであったり、「二式」の文字が刻まれている部分は本来ならレシーバーであるはずのところが、別部品のカバーのようなものになっている(九九式のレシーバーを流用したためらしい)あたりがおしい。
 刻印はレシーバー上部に菊の紋章(実物より花びらが1枚少ない15枚)と「二式」が実銃同様に彫られている。また、レシーバー左側にはモデルガンのシリアル・ナンバーがあるが、実銃とはかなりちがう構成になっている(写真参照)。
 見ているだけでもその機能美を堪能できるが、実際に構えてみても、細身の本体からも想像されるとおりの素晴らしい構え心地で、重量バランスも見事であることがわかる。
 さて、上のモデルはレシーバー左側の刻印が「A○○○○」となっており、バレル側接合部のヒンジが黒染めなので初期生産品と思われる。発売は1983年末で、当時の価格は62,000円であった。四四式騎銃もそうであるが、九九式の部品を流用できる部分があったとはいえ、複雑な構造をもつ本モデルをこの価格でよく商品化できたものである。当時タナカは旧日本軍ライフルを次々とモデル化していたが、採算を度外視した制作姿勢には頭が下がる思いがする。なお、本品は中古で手に入れたものであるが、その時点で付属していた写真の元箱は毛筆体の表示と箱の深さからするとオリジナルのものではなく、90年代後半に発売された再々販品用のもののようである。
 一方、下のモデルはレシーバー左側の刻印が「B○○○○」となっており、バレル接合部のヒンジが真鍮製(真鍮メッキ?)なので再販品と思われる。それ以外は基本的に初期生産品とまったく同じ作りであるが、本品にかぎって言えば木部と金属部品の接合部の寸法が合っていないなど、やや仕上げや組み立てが粗雑になっている。発売は1992年末で、当時の価格は70,000円であった。なお、これ以降は90年代後半に一度だけごく少量が再販されただけで、そのロット品の在庫切れと共に絶版となってしまった。
 ここでは全写真に拡大写真(4×4または2×2)を用意してあるので、各部の作りの良さを堪能してもらいたい。
 ところで、二式小銃にも戦後にアメリカでスポーツ・ライフルに改造されたものがあるようで、タナカからも「二式スポーター」の名前で発売されたことがある。そちらのモデルはこちらのページで紹介しているので、併せてご覧いただきたい。
 なお、二式小銃は2009年に十数年ぶりに再販されたので(98,000円)、ぜひこのモデルの良さを手にとって味わってもらいたい。

二式(テラ)小銃 Ni-shiki "Tera" Shoju : Type 2 Paratrooper Rifle Cal. 7.7mm M1942 (Tanaka, late production, zinc alloy/iron, cap firing, 3,380g)
二式銃剣 Ni-shiki Juken: Type 2 Bayonet M1942 (Windlass, made in India, brass/zinc alloy/wood, 360g, 480g with the sheath, 575g with the leather belt)

 二式銃剣は、その名のとおりに皇紀2602年(昭和17年、1942年)に制式採用された銃剣である。それまでは三十年式銃剣が長年使われていたが、同銃剣は全長がとても長く(512o、剣長398o)、白兵戦では威力を発揮したものの、携行及び取り回しがし易いとはいいがたいものであった。それに加えて、落下傘降下部隊を想定した百式機関短銃が昭和15年(1940年)に制式採用されたこともあり、より取り回しの良い短い銃剣の開発が求められ、三十年式の全長を323oに、刃渡りを198oに短くした二式銃剣が制式採用され、豊田自動織機製作所で約25,000振が生産された。なお、本剣の前には同じような短剣として一式銃剣が名古屋工廠で約5,000振、本剣の後には四式銃剣が奉天工廠で約16,200振生産された。
 さて、モデルガン用の二式銃剣は1985年にタナカが百式機関短銃を発売した際にそのオプション品として発売されたことがあった。しかし、同銃が再販されたときは再販されず、それ故に今では銃本体以上に希少品としてプレミアム価格で取り引きされている。そのような中で、インドのウインドラス社が世界中の刀剣類のレプリカを発売する一貫として二式銃剣を生産し始めた。ここで紹介する品はそれである。
 銃剣本体は真鍮製であが、刃は付いていないので安全に所持できる模造刀である。また、本物で木製であった柄の部分はもちろん木製になっている。嬉しいのはタナカ製には無かった鉄製の鞘と革製の銃帯が付属していることである。ただ、着剣部の溝がやや狭いためにどのタナカ製モデルガンにも装着できないのが残念である(調整すれば装着できるであろう)。また、刀剣・アーマーの世界ではトップブランドとなっているウインドラス社製ではあるが、仕上げの丁寧さの点ではタナカ製に一歩及ばないように見受けられる。なお、同社からは金属部分がシルバーのものも併売されている。

二式擲弾器 Ni-shiki Tekidanki : Type 2 Anti-Tank Rifle Grenade Launcher M1942 (Tanaka, limited production, zinc alloy, 640g)

 旧日本軍は、戦闘に必要な装備をできるだけ個人の兵士に運ばせるという戦法を重視していた。小銃と銃剣による白兵戦もそうであるが、その延長線上として小銃に擲弾器をつけて攻撃するという戦法があった。擲弾器は小銃の銃口に装着し、手榴弾や専用弾などの爆発物や発煙弾を、できるだけ遠くへ正確に飛ばすための仕組みであった。ここで紹介する二式擲弾器もその1つであり、対戦車攻撃用のものであった。ただし、これはドイツ製のもののコピーであり、日独協定に基づいて昭和17年(1942年、つまり皇紀2602年)にドイツから技術がもたらされ、それを日本の小銃に合うように改良したものである。
 タナカのモデルガン用二式擲弾器は、実銃用のそれが見事に再現されている。すなわち、全体の形状、取り付けるためのメカニズム、刻印類である。実銃用のそれとちがうのは材質のみと言ってよいくらいである。ただ、発売時期が不明で、おそらく一度も再販されたことがない希少なものである。写真は同社の九九式短小銃に取り付けた例である。
 なお、右下の写真は実銃用の本物の写真(須川薫雄著「日本の軍用銃」P.152より)であるが、左より収納袋、擲弾器、30o榴弾とそれを発射するための木製弾丸付空包、40o榴弾である。


取付部を開いて銃身を差し込む

ハンドルを回して締め付ける

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