また、商品としての寿命が短い種類の発明も、ノウハウとして温存しておくことが望ましいことになる傾向があろう。審査を経て公告されて権利を得るまでには長い時間が必要であるから、短命な発明の場合には、特許出願することの意義が発見できない、ということにもなる。
日本の特許実務では、こうした対処について“発明者にとってどうするのが有利であるか”という観点だけから判断をしても特に問題は生じないようである。
例えば、[水田]は次のような例をあげている:
ある照明器具メーカーでの実例だが、照明器具の外わくの製造にあたって、従来は乳白色を巧みに出すために、熟練者の手作業を必要としていたのに、この会社では遠心力を利用して無機塗料で塗装する工程の機械化に成功した。その際、同社は、塗装機械に遠心力を使うという点を特許として取得したが、塗装の前処理、後処理はノウハウとして残し、特許申請しなかった。前処理と後処理がわからなければ、たとえ機械を自作しても、最終的な商品化は不可能と判断したためだ。これなどは、特許とノウハウをうまく区分した例といえる。
こうした“特許とノウハウの区分”を実行することによって、発明者が自己にとってより有利な状況を確保できることは明らかである。しかし、ここで推奨されている作戦においては、発明者の立場から競業者に教えたくないものについては特許出願も明細書中での開示もしない、ということだけが一方的に考慮されている。そこには、“開示しなければならないものがあるのではないか”という配慮は見られないようである。現にこうした“区分”が推奨されているということは、“開示する義務”についての考慮は日本ではまったく不要なものと見られる。米国の場合とは、かなりの相違があるように思う。
こうした用語法に対しては、ノウハウと特許の対象となる発明とでは、その性質において差異があるものであり、単に公開されるかどうかの問題ではない、との異論があろう。なるほど、ノウハウという言葉は、本来は“特許の対象となる発明ほどのまとまりを有さない技術情報”を意味するのではないかとも思われる。
しかし同時に、ノウハウという言葉が単に“公開されない技術情報”を意味する場合のあることも間違いない。そして、特許出願に際しての関連の技術情報を公開する義務についての日米の差異が顕著なこと、後述(4.2)のとおりなので、“性質上のノウハウ”を考えるとなると言葉の使い方が厄介なことになる。
そこで本稿では、単に“公開されない技術情報”という意味で「ノウハウ」という言葉を使用することにした。
まず、112条1項前段が、日本の特許法と同様に、明細書を読んだ当業者が発明を実施できるだけの開示を要求している。明細書を当業者が読んで、クレームされた発明を実施するのに十分なだけの開示が必要とされる。
加えて、“ベストモード”の開示が要求されている。112条1項後段が、「出願にかかる発明を実施する態様(mode)のうちで、発明者の知る最良のものを記述しなければならない。」と規定している。
ここで“最良”というのは、“発明者の主観においての最良”を意味している。このことは、特許法112条が「contemplated by the inventor」という文言を使っていることから明らかである。
より基本的な開示義務である“実施可能性”は、“クレームされた発明を当業者が実施できるだけの詳細な説明がなされていなければならない”ということである。“実施可能性の義務”として、クレームされた発明を当業者が実施できるような開示をしなければならない点では、日米に差はない。
“実施可能性”というときには、少なくとも結果が予見可能な技術分野の場合には(機械の場合など)、クレームされているところにあてはまる実施態様を一つ実現できれば十分である([スペクトラ事件]at 1533、ページ数は F.2d による)。これに対してベストモードの開示義務は、単に1つ実施できるというだけではなく、出願人の知るうちの最良のものが実施できるように開示されていることを要求する。当然のことながら、ベストモードの開示もまた“実施可能な程度”のものである必要がある([アムジェン事件]at 1209)。
[ダナ事件]でCAFCは「特許法のベストモードの(開示)要求の目的は、特許法の下で発明者に与えられる権利との交換により発明の好適な実施例(preferred embodiment)の開示を発明者から公衆が得られることを確実にすることにある。」と言っている(at 418)。
米国では“ベストモード”の義務があるといっても、これが出願手続において問題となることは普通はない。出願書類を見ただけでは、そこで開示されている実施態様よりも良いものを出願人が秘匿しているなどとは知り得べくもないからである。したがって、 "ベストモード”違反で出願が拒絶されることは殆どなく、登録された特許が侵害されて特許権を行使しようというときになって初めて問題となる。
侵害訴訟の場面でも、仮にディスカバリーがなければ、ベストモードが開示されていないことを立証するのは極めて難しいであろう。より良い実施態様を知っていたかどうかなどということは、通常は、外部からは伺い得べくもない(ただし、出願時に新規性が必要とされる日本とは違って、拙稿「『先発明主義』の内容」で論じたように米国では原則として発明時に新規性があれば足りるから、出願時には既に出願人の製品が市場に出ていることもあるので、外部から知り得ることもまったくないとは言えない)。
ところがディスカバリーがあるために、特許権者は、普通、出願時の関係文書をすべて提出しなければならないことになる(ベストモードの開示義務がある以上、それに関係する可能性のあるものは、結論を左右することがあり得るから、すべてディスカバリーの対象となるわけである)。こうして得られた資料を使うことで、侵害訴訟の場面では、より良い実施態様を知りながら開示していなかったことを証明することができる(場合もある)。
近年、米国での特許申請件数の統計において、日本企業が上位を独占するという顕著な現象が続いているが、これを実際的にも意義のあるものにするためには、ベストモードの開示義務のような、日本では存在しない無効事由について十分な研究の必要がある。
例として、化学プロセスについての発明を考える。その反応は、摂氏80度から100度の間で巧く進み目的を達するが、その中でも95度で反応させるのが最も効率が良いとしよう。“実施可能性”を満たすためには、“摂氏80度から100度の間で行う”とだけ開示すれば十分である。クレームの記載は、さらに広くてもよいかもしれない(先行技術が許すならば)。
“95度が特に良い”というのは、高効率で実施するための極めて具体的な情報である。こうした情報は、性質上当然にノウハウである、とお考えの向きもあるかもしれない。なるほど日本では、この“95度が最良である”という情報を開示する必要はない。しかし米国では、発明者が知っている場合には、95度での実施こそがベストモードであり、このプロセスを特許出願する限りは、この情報も開示しなければならない(これが、1.4で説明したような用語法を採用する理由である)。
米国でも、そのまま生産工程に使えるような設計図を示す必要まではない。しかし、“ベストモード”の関係で、日本でよりは詳細かつ具体的な開示が必要とされる面がある、ということである。
問題となるのは、相互に関連性がある複数の(より正確には“複数にも見える”)発明がなされた場合である。
これは珍しいことではない。1つの製品についても、多くの改良がなされるのが普通であり、それらが組み合わされて初めて製品としての好結果が得られる、という場合、それらを別の発明として扱って良いのかどうか、がベストモードの開示義務との関係で問題となるのである。
ある基本的な発明とその改良発明(基本発明の実施態様のうちある種類のものが特に優れていることを特定して開示する、という類の発明)があるとする。日本では、たとえ改良発明が既に完成している場合でも、それを開示することなく基本発明について特許を取得することが許されると考えられているようである。この場合には、外部からは知られにくい改良発明は、ノウハウとして温存しておいた方がよいことになる(後に出願することも有り得る: これも、特許の存続期間を後にずらすことになるから、少なくともこの点では出願人に有利に働くことがある)。当面は商品化する予定がない改良発明も、同様に、少なくともさしあたってはノウハウとして温存しておくのが得策である。
こうした改良発明について開示をしないことは、ベストモードの開示義務の下では許されないことは明らかであろう。
米国では、別の発明を構成するものであるとして開示しないでいると、それが開示されるべきものであるとされたならば、せっかく成立した特許が(侵害訴訟の場面で)無効となってしまう。ここに日本との違いがある。
この規定に厳格に従うならば、ベストモードの開示を求める米国の状況と違いは無いことにもなろう。しかし、この様式の規定は特許法の個別的な授権に基づいたものではなく、また、その違反は拒絶理由(49条)や無効事由(123条)にもなっていない。さらに、(「様式」には何等かの法的な性格が認められるものとしても)備考は様式の内容を構成するものであるかどうかも疑わしい。
こうした意味において、「最良」のものを開示することは法的義務となっているわけではなく、例えば[水田]の薦めるところに見られるように、米国の状況とは違っているものと考えられる。
“使い分け”が許されるのであれば、行使した方が有利なのは当然であるが、“ベストモード”の開示要求がこれに限度を課すはずである。そこで、その限界がどこにあるのかを考察しておかねばならない。
ここでいう“別の発明”になるとは、一体どういうことなのかを考える必要がある。“別の発明”に該当するためには、単に“改良発明として独立に特許要件を満たすものである”というのでは不十分である。
“発明”という言葉に囚われると、別の特許を取得するための要件を満たすことで足りるように思われるかもしれない。しかし、これはおかしい。
改良発明は、基本発明の一実施態様である場合がある。その場合は、米国ではベストモードの開示義務があるところから、基本発明の明細書で開示しなければならない(基本発明の出願時に改良発明が既に完成している場合には)。日本でならば、元々、最良の実施態様を示す必要などはないから、この区分は問題とならないので、こうした事項についての議論は見られないが、これとは状況が違っている。
[水田]が例としてあげている塗装方法についての発明では、「前処理と後処理がわからなければ」「最終的な商品化は不可能と判断し」て、「前処理、後処理はノウハウとして残し」た、とされている。これは、相当に強欲な話であるように思われる。「商品化は不可能」というその程度にもよるが、本当に不可能なのであれば、(“ベストモード”の問題以前に)日本でも求められる“実施可能な程度の開示”の要求(31条4項)も満たさない可能性があるように思われる(もちろん、日本では侵害訴訟の場面で特許権の効力を争うことはできないし、また、ディスカバリーの制度も無いから、これが実際に問題になることはないであろう: そういった意味では、極めて実戦的なアドバイスであることには疑問がない)。
本稿では、この「不可能」というのは、市場競争力などの問題を指してのことであって、クレームされた発明の実施ができないという程のものではないとして(開示されたところだけでも、クレームされたものの発明としてのメリットは生ずるものであるとすれば、実施可能性は満たされていると言えるはずである)、議論を進めることにする。
[水田]の使用している用語法によると、この塗装方法は、(1)前処理・(2)遠心機を使った塗装および(3)後処理の3段階の全体を以て1つの「発明」ということになっており(前処理も後処理もそれぞれに特殊なものではあるが)、御推奨の作戦は、その「発明」の一部である実際の塗装工程についてのみ特許を取得し残部である前処理と後処理についてはノウハウとして温存する、というものである。この用語法に従って考えるならば、仮にこれが米国であれば、この特許は有効ではあり得ない。1つの「発明」の一部(=実際の塗装工程)のみを開示して、前処理と後処理の開示をしない結果、その「発明」の最良の形を開示していないことになってしまっているわけであるから、ベストモードの開示義務の下では無効となってしまうのは当然である。
しかし、別の見方も可能かもしれない。遠心機を使った実際の塗装工程が(それだけで独立して)1つの「発明」を構成するものであるとするなら、前処理や後処理についての開示が無いことは問題にならないはずである。その前処理や後処理は、全体としての商品価値を高めるものではあるが、塗装工程はそれ自体1つの完結した「発明」であり前処理や後処理はそれとは別個独立のものであるから塗装工程についての特許出願において示さなくても問題は無い、と考えるわけである。
[スペクトラ事件]では、ガス・レーザーに関する特許の有効性が争われた。発明の特徴は、ガス・レーザーの発生装置の構造にあった。ガス・レーザー発生装置では、ガス(典型的にはアルゴンまたはクリプトン)を充填した管の中で放電をさせるのであるが、この際にガス(および放電路)が偏在してしまうために巧くレーザーが発生しない場合があるところ、この偏在を防止するべく、タングステンでできた一定形状の円盤を入れる、というものである。
問題となったのは、そのディスクへのキャップの接合方法についての開示である。結局CAFCは“ベストモード”違反によって特許は無効であるとした。この接合部分は、放熱の問題があるために、この発明の実用化にあたってのキーポイントの一つとなるところではあった。しかし、それにしても、ディスクを入れること自体が特許の対象たる発明だったのである。しかも、それを実現する方法も(ベストでないにしても)一応は示されていた。にもかかわらず、“ベストモード”違反で無効とされてしまったのである。
[ケムキャスト事件]でCAFCは、問題となったクレームをベストモードの義務違反ゆえに無効と宣した地裁判決を支持するに当たって次のように言っている(at 927、下線を付したのは筆者):
簡潔に言うと、適切なるベストモードの(開示義務が果たされたかどうかについての)分析は、2つの段階を有する。第一は、発明者が特許を出願した時点において、他のいかなるものよりも良好であると彼が考えたところの彼のクレームした発明の実施態様を知っていたかどうか、ということである。この要素は、まったく主観的なものであり、これが、実施可能な開示に加えての何等かの開示をしなければならないかどうかを決する。発明者がそうしたより良好な実施態様を実際に考えていた場合には、分析の第二の段階として、発明者が知っていた事項と発明者が開示した事項との対比を行うことになる。これは、開示が、当業者にベストモードを実施させるに十分なものであったかどうか、ということであり、さらに言い換えるなら、発明者が、発明者の知っていたところのより良好な実施態様を“公衆”から“秘匿”したかどうか、ということである。
特許法112条の求めているのは、“発明者の考えるベストモード”が明細書の読者によって実現され得るように記載することである。そこで、発明者が知っていたものだけが問題となるのであり、それ以上の不可能を要求しているわけではない。
これについても、“発明者の主観による”ということになる可能性もあるように思われる。しかし、純粋に主観的な問題とすることは理論的に貫徹できないはずである。というのは、“全ての事情を正確に理解した発明者は、どこまで開示すれば義務違反とならないのか”という問いに対しては、何等かの客観的な回答が与えられなければならないはずだからである。
裁判例でも、例えば[ケムキャスト事件]にしても、上で引用した部分の直前では、クレームの範囲には入ると思われるベストな実施の仕方について、“クレームを基準としてそれに関係のない点についてならベストモードの義務違反を生じない”とのことを、客観的な限界の問題として説明している。しかし、この説明にはよく分からないところがある。[スペクトラ事件]のように、本来の発明のポイントでない点についてでもベストモード違反を生じ得ることは間違いないのであるから、ベストモードとなるのかどうかをこのように客観的に決定し得るとは思われない。“客観的”と言ってはいるが、クレームを基準として考えるという点に意味があるにすぎず、結局は、主観的な問題となるということではないかとも思わる。
[マルキス]は、この問題について詳細な判例分析と議論の上で、クレームされた発明とは必ずしも関係のない事項(unclaimed subject matter)については義務は及ばないとする結論を支持している。しかし、彼自身の判例分析を見ても、それが既に現実の裁判実務となっているというわけではない。そうすると、少なくとも発明者が主観的に同一発明の要素だと考える場合には、何でも開示しておいた方が安全であるということになる。
まず、前提として、この“ベストモード”は、クレームの範囲に入ることは間違いない。クレームでは、遠心力を使った塗装方法を規定しているだけなのであるから、“ベストモード”の一連の方法を採用した場合が前処理や後処理に特徴があることによってクレームから外れることはあり得ない。
仮に“発明者がベストモードの義務を満たす意図で行動したかどうかが問題である”とされるなら、次のようになるものと思われる: その前処理や後処理が、それ自体が独立した発明として一連のプロセスの商品価値を高めるものである、と発明者が考えて塗装方法の特許出願においては塗装方法自体だけを開示するなら、これはベストモードの義務に反したことにはならない; これに対して、その前処理や後処理によって塗装工程がより良いものとなるのであると発明者が考えるなら、ベストモードとして開示しなければならず、これを怠ることは特許の無効原因となる。
もっとも、[マルキス]も指摘するように、発明としての性質とは関係なく、クレームされていない事項であるとして開示しないことも許されるとの考えもあり得る。しかし、こうした考えが支持されるかどうかは、必ずしも明らかでない。
この実務には、パリ条約の解釈として疑問が無いわけではない。日本の国内法によって認められている出願である以上は、米国では認めないというのは、越権行為ではないかとも思われる。
しかし、とにかくこれが米国での現実のようである。
もちろん、禁止されていない以上は、[水田]の推奨するような使い分けをすることこそが賢い振舞であり、これをしないのは単なる“お人好し”であるとも言える。
しかし、“使い分け”をして一連の発明について部分的にだけ特許申請をするというのは、十分に役に立つものを公衆に提供することなくして特許権を獲得しようというものである。特許法の精神からすると望ましい振舞ではないように思われる。
言うまでもなく、米国だけでなく日本においても「特許制度は、新しい技術を公開した者」「に対しその代償として一定の期間、一定の条件の下に特許権という独占的な権利を付与」するものである([逐条解説]at 39、下線を付したのは筆者)。こうした制度の趣旨からすれば、実質的な公開をしないままに特許権だけは獲得しようというのは、あまりにも虫がいい話であり、ひどく言えば特許を騙し盗っていることになるのではないだろうか?
このように、特許法の基本的なポリシーからすると、“使い分け”を許してしまっている日本の現行法には問題があるように思われる(もっとも、皮肉な見方をするなら、日本の特許では得られる権利範囲が狭いので開示が不十分でも“縮小均衡”が成り立っている、と言うこともできよう: これは、制度としては自殺的な状況である)。
日本では、侵害訴訟の場面では特許権の効力を争うことができないから、義務を課すなら特許庁の場で争わせることになるが、これは如何にも馴染みそうになく、実効性があがるとは思われない。さらに、米国流のディスカバリーがあるわけでもないから、ベストモードを秘匿していたとの情報を(またその証拠を)外部から取得することは極めて困難である。したがって、“ベストモード”の義務を実効的に課すことは、制度の全面的な改革をしない限り不可能であると思われる。
本稿は、米国での事情についての御紹介を主眼とする小論に過ぎないので、これ以上に政策論に立ち入ることはしない。
ベストモードの開示義務自体については、既に邦語文献でも紹介されているが、出願人の“作戦”にどういった影響を与えるものであるか、については十分な議論がなされてきたわけではないように思うので、気が付いたところを御報告した。充実した議論のきっかけとでもなることができれば、望外の光栄である。
<引用判例>
[アムジェン事件]: Amgen Inc. v. Chugai Pharmaceutical Co., Ltd., 927 F.2d 1200, 18 USPQ2d 1016 (Fed. Cir. 1991). 引用箇所
[ケムキャスト事件]: Chemcast Corp. v. Arco Industries Corp., 913 F.2d 923, 16 USPQ2d 1033 (Fed. Cir. 1990). 引用箇所 引用箇所 引用箇所
[スペクトラ事件]: Spectra-Physics, Inc. v. Coherent. Inc., 827 F.2d 1524, 3 USPQ2d 1737 (Fed. Cir. 1987). 引用箇所 引用箇所 引用箇所
[ダナ事件]: Dana Corp. v. IPC Ltd. Partnership, 860 F.2d 415, 8 USPQ2d 1692 (Fed. Cir. 1988). 引用箇所
<引用文献>
[逐条解説]: 特許庁編『工業所有権法逐条解説』(発明協会 1989年). 引用箇所
[チザム]: Donald S. Chisum, Patents, Vol.2 (Matthew Bender 1992). 引用箇所
[ブラッドリー]: Charles W. Bradley, The Best Mode Requirement of Section 112 -- A Veritable Minefield, The Journal of Proprietary Rights Vol.4 No.1 P.7 (1992). 大塚康徳・松本研一共訳による翻訳が「米国 実際におけるベストモード」(AIPPI Vol.37 No.8 P.14 (1992)) として見られる。 引用箇所
[マルキス]: Christopher S. Marchese, Confusion, Uncertainty, and the Best Mode Requirement, The Federal Circuit Bar Journal Vol.2 No.1 P.1 (1992). 引用箇所 引用箇所 引用箇所
[水田]: 水田耕一『無体財産権と現代ビジネスL』(商事法務研究会 1980年) 3頁以下「1発明の有効利用」. ただし、本文中で引用した部分は、この中で引用されている小谷悦司「私のアドバイス」(1979年12月3日付け日経産業新聞20頁)からのものである。手元に日経産業新聞がなく、また1.1および1.2での説明の全般もこの水田氏の文章をを参考としているところが大きいので、こうした引用の形をとることにした。 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所
http://homepage3.nifty.com/nmat/BESTMODE.HTM