「先発明主義」の内容

「先発明主義」の内容

松 本 直 樹
(初出: 『発明』1994年3月号および4月号、98年6月5日に後注を加えました、ただし内容は以前にINDEXページに書いていたものです)
 本稿は、WTOの関係での法改正前の内容になっています。米国では従来は、外国における発明について、外国での発明日を認めていなかったものですが、WTOにともなって、1996年からWTO加盟国での発明日を認めることにになりました。このため、米国の先発明主義の問題性は多少は減少しています。本稿は、この点を反映しておらず、現在の米国の法制度の説明としては不適切なものとなってしまっていますが、4および5の大部分がこれを前提とした記述となっていて、部分的な手直しが出来ないものですので、そのままで公表しています。御注意ください。なお、このあたりの説明を後注でも少し書きました。

目次
1 はじめに
2 「先発明主義」の詳細
3 国際的不調和のために生ずる不便
4 米国特許法の内外差別とその対策
5 外国からの米国出願における問題と対策
6 比較法的考察〜周辺限定主義との関係
7 結語


1 はじめに

 周知のように、米国では「先発明主義」がとられている。ヨーロッパ各国や日本を含む世界の大多数の国が「先願主義」を採用している中で、孤立した存在である。米国が「先発明主義」をとっていることはよく言及されるが、しかし、その内容の詳細は、十分に知られているとは言えないように思われる(米国への出願などの関係で日本で一般に言われている対処法にも、疑問のあるものが少なくない)。そこで、本稿ではその内容を検討するわけであるが、特に、外国出願の関係で問題となる事項と比較法的な考察を扱う。

 最近では、国際的ハーモナイゼイションの必要などから、米国でも先願主義への移行が検討されており、一時は法改正の実現が間近に迫っていた。しかし、政権交代に伴う見直しなどの国内事情によって、現実化は遠のいたようである。そこで、また今暫くは、先発明主義を考える現実的意義(および必要性)が残ったと言えよう。

 また、両主義の対立は、権利範囲のとらえ方についての国際的な相違につながっているように思われる。すなわち、「周辺限定主義」と「中心限定主義」の対立が説かれることがあるが、「先発明主義」は「周辺限定主義」をとることを正当化する可能性がある。さらに、米国が「先発明主義」と「周辺限定主義」の組合せを採用していることには、コンセンサスの欠如という文化的必然性があるものと見られる。こういった点でも、「先発明主義」の内容を検討することには意味があると考える。

2 「先発明主義」の詳細

 まず、国際的な場面での問題を検討する前提として、米国の制度それ自体を考察する。

2.1 「先願主義」と「先発明主義」

 日米の制度はそれぞれ「先願主義」および「先発明主義」と言われるが、これらの名称付けには不十分な面がある。

2.1.1 両制度の相違点

 日本の制度を「先願主義」、米国の制度を「先発明主義」と呼ぶ場合、言葉の字面のとおりに考えるなら、その第一次的内容は“同一発明についての競合する出願の中でいずれの出願人が特許権を得るか”ということであろう。すなわち、出願が競合した場合に、「先願主義」では出願が早かった者が特許権を得る(我国については特許法39条1項)のに対して、「先発明主義」では出願の時期を問わず発明が早かった者が優先される。

 しかし、両国の制度の相違は、こうした“競合する出願の間の優劣”を決する場面においてだけ見られるものではない。日本では、新規性その他の特許要件が、出願の時点を基準として要求されているのに対して、米国では、発明時を基準とするのを原則とする。出願の競合の場合に文字どおりに「先発明」が問題となるのは、こうした“発明時基準主義”の現れの1つにすぎないと理解できる。

 このような観点から米国の制度を見直すと、以下に述べるように、普通に言われている以上に日本の制度と違った点があることに気付く。

2.1.2 得失ないし優劣

 「先願主義」と「先発明主義」を比較するに、素朴には、「先発明主義」が正当であるとの考えもある。すなわち、先に発明した者が権利を得られるのが本来であるとして、原理的には「先発明主義」が望ましいものと考え、「先願主義」は、単に出願の優劣を決する上での便宜のためだけのものであると見るのである。

 確かに、「先願主義」による方が、いずれの者が優先するのかについての争いを生じにくい。しかし、「先願主義」が便宜のためだけのものであるように考えるのは誤っている。“単に先に発明しただけで、出願(およびそれによる社会への開示)を怠っていた者には権利を与えないのが先願主義である”と理解するなら、正当化が十分に可能である。

 「先願主義」を支持することがこのように可能であるにしても、しかしなお、「先発明主義」には優れた点がある。後にで詳論するが、「先発明主義」には一般に指摘されていないメリットがある。

2.2 米国の発明時基準主義

 米国の制度は、新規性等について、発明時を原則的な基準としている。

2.2.1 特許法102条(a)項

 米国特許法102条(a)項(35 U.S.C. 102(a)、以下同様)は、次のように規定している(下線を付したのは筆者):
 特許出願人による発明より前に、その発明が米国内において他人により(by others)知られてもしくは使用されていた場合、または米国もしくは外国において特許されてもしくは刊行物に記載されていた場合、その発明は特許を受けることができない。

 このように(a)項は、「特許出願人による発明より前に」刊行物記載等がなされると特許を受けられないと規定している。すなわち、発明時が基準となっている。「発明」より後の事実は問題とはならないから、少なくともこの(a)項の関連では、発明者が自己の発明を秘密にしておく必要はない。

 (a)項の文言は、単に「知られてもしくは用いられていた」にすぎない場合でも特許を受けられない理由となるかのようである。すなわち、「公」知や「公」用は、(新規性を喪失させるために)要求されていないように見える。しかし実際には、「知」についても「使用」についても、判例法により「公」(public)なものに限定されている[ケイトン]at 4-6)。こうした解釈をとるべき明らかな根拠が条文中にあるわけではない。あえて条文の文言中に根拠を求めると、「知」および「使用」について、(a)項が「by others」として複数人によるものを規定していることが元になっているように思われる。

 仮に、まったく「公」でない「知」までが(a)項の要件を構成するならば、出願人による発明より前の事実を扱っている(e)項および(g)項第一文は不要になるはずであるが、現実には(a)項が「公」知を要件とするのでこれらにも存在意義がある。

2.2.2 非自明性

 米国特許法103条の非自明性の要件は、日本でいう進歩性の要求に相当するものである。たとえクレームにそのまま該当する先行技術は無くても、その差異が自明なものである場合には、なお特許されない。103条は、次のように規定している(下線を付したのは筆者):
 発明が、102条に規定されたようにまったく同一に開示または表現されたわけではなくても、特許申請にかかる対象と先行技術との差異が、特許申請にかかる対象が全体として発明の時点において対象の属する分野の通常の技術を有する者にとって自明なものであった場合には、なお特許は与えられない。(以下略)

 このように、非自明性の要求についても、出願人による発明の時点が基準となる。

2.2.3 米国のこだわり

 国際的ハーモナイゼイションの必要がいかに説かれようとも、どうやら基本的な“発明時基準主義”は米国にとって決して譲れないところのようである。ブッシュ政権下で準備の進められていた改正案でも、先願主義を採用すると言いながら、公知になってから出願までの間に1年間のグレースピリオド(grace period: 猶予期間)は認めることになっていた[大川])。これでは、大事なところはちっともハーモナイズされないと思うのだが、これ以上の譲歩は考えられないようである。

2.3 発明時基準主義の限定〜102条(b)項

 といっても、米国の“発明時基準主義”も無限定というわけではない。他の条項による限界が存在する。米国特許法102条(b)項は、次のように規定している<注1>:
 米国における特許出願よりも1年以上前に、その発明が米国または外国において特許されてもしくは刊行物に記載されていた場合、または米国において公然使用されてもしくは販売されていた場合には、その発明は特許を受けることができない。

 この(b)項のために、出願までの猶予期間は、ここで規定された刊行物記載等の事実が発生した時から1年に限られることになる(先願主義との対比の観点からは“1年だけではあるが猶予期間がある”と見ることになる)。

 (b)項による特許要件欠缺は、「statutory bar」と呼ばれることがある(これに対して(a)項にあたる場合は「anticipation」と言われる)。

 発明から出願までにはある程度の時間がかかるから、米国のように発明時基準を採用すると、それだけ特許要件が緩いことになるが、その緩和の程度は、刊行物記載等の関連では(b)項により1年に限られる。

 (b)項によって1年以内になされる必要があるのは、「米国における特許出願」である。パリ条約による優先権を主張した場合もこの点は変わらない[ケイトン]at 7-15)。米国特許法119条および365条は、出願日を遡らせる扱いをするかのごとき表現をしてはいるが、結局、米国出願から1年前より前に公知になったものは救済しない規定となっている。

2.4 (b)項の例外

 (b)項による1年の限定はあるものの、後に説明する日本での取扱(30条に関連してのもの)と比較して言うなら、この規定はかなり甘く適用されている。

2.4.1 実験的使用

 (b)項によれば、米国内での公然使用があれば、特許出願はそれから1年以内になされる必要がある。ところが、公然使用であると見られる事実が一応は存在しても、実験的な使用(experimental use)の場合には、この「public use」にはならないとされている。発明がまがりなりにも完成したと見られそれを公然と使用していたとしても、その使用が実験目的であれば、(b)項の1年間を起算させないのである。

2.4.2 [カリ事件]

 実験目的の使用かどうかが争点となった事例として、カリ事件を紹介する。この事件は、CAFC(Court of Appeals for the Federal Circuit)設立前の事件であるから、先例価値には疑問があるが、世界中で使用していてもなお(b)項の「使用」とならない可能性があると判示した点で興味深い。

 カリ事件では、パンナムの従業員である原告がジェットエンジンの圧縮機に関する改良について有していた特許権の侵害が問題となった。原告特許権者が、イースタン航空に対して訴えを提起したところ、一審では、その発明は出願の1年前より前に「public use」されていたもので(b)項に違反しており無効であるとの略式判決(summary judgment: 正式の事実審理の必要がないとして下される判決)が下された。

 原告による特許出願は1964年9月1日になされているところ、1962年12月には既に原告はパンナムにこの改良を提案しており、これに基づいてパンナムは、エンジンの製造会社であるP&Wの承認を得た上で(1963年1月4日付けで「trial basis」での使用についての承認を、同年2月8日付けで「no objection」との承認をそれぞれ得ている)、商業的に運行されている飛行機での使用を始めた。

 一審判決は、これが102条(b)項の「public use」になるとして、特許を無効と宣する略式判決を下した。

 控訴審では、問題とされたパンナムによる使用が実験目的のもので「public use」にあたらないと認定される可能性があるかどうかが争われた。控訴審裁判所(2nd Cir.)は、パンナムの使用は商業的な運行の中でのものでしかも発明の内容をなす設計などについては既に確定していたにしても、なお、実際に実施するだけの価値があるかどうかを確かめるという点において実験的なものだったと認定する余地があるとして、略式判決を破棄して事件を連邦地裁に差し戻した。

 「実験的」というのは、狭く解するなら、発明が完成していない段階だけを意味すると考えることも可能である。しかし、未完成というなら、そもそも(b)項の「使用」ということはないはずであり、特に例外と考えるまでもない[ケイトン]at 4-15 は、これが本来の「experimental use」の射程であり、その意味で重複的(redundant)なものであって、真の意味での例外ではないとする)。ところが、このカリ事件の言うように、“実際に実施するだけの価値のあるものかどうかを確かめる”というだけでも「実験的」とされているので、意味のある例外となっている。

 このように、「実験目的での使用」は相当広範囲に認められる可能性のある例外となっている。

2.5 日本との比較

 日本の制度では、米国とは違って、出願時における新規性等が要求されている。この相違は、出願人のとるべき行動に大きな影響を与える。

2.5.1 出願時基準主義

 日本では、特許法29条1項が新規性の要件を定めている。その1ないし3号が新規性喪失事由を列挙しているが、いずれも「特許出願前に」と規定している。そこで、新規性要件の基準となるのが出願の時点であることは明らかである。このため発明者は、願書を特許庁に提出するまで、自己の発明の新規性を保つ必要がある<注2>

 また、進歩性を求める特許法29条2項も「特許出願前に」と明記しており、出願時を基準としている。

2.5.2 新規性喪失についての例外

 もっとも我国でも、出願前に公にすることによって特許権を得ることが完全にできなくなってしまう訳ではない。新規性喪失についての例外を規定する特許法30条が存在する。同条1項により「試験を行い、刊行物に発表し、又は特許庁長官が指定する学術団体が開催する研究集会において文書をもって発表することにより」同法29条1項各号に該当することになった場合については、6月以内に出願をすれば、新規性を喪失したものとは扱われない。同様に、意に反する公知(2項)や、一定の要件を充たす博覧会への出品(3項)についても、新規性喪失の例外が規定されている。

 これらの規定は、出願までの猶予期間を与えるものであり、日本の制度を米国の制度に近づける可能性がある。しかし、よく検討すると色々な面で極めて限定的なものであり、米国とはまったく違った実態になっている。加えて、解釈の仕方にも縮小的なところがあり、これがさらに日米の違いを大きくしている。その結果、「先願主義」と「先発明主義」という名前の違いにほぼ相応した相違が実際にも発見できる。

 第一に、30条では、その適用が肯定されたとしても、6ヶ月の猶予が認められるにすぎない。米国では、“必ず”1年の猶予があるのに加えて、30条1項の「試験」の例外に比すべき事実関係の場合には「experimental use」としてその1年すら起算されないのと比べると、大きな違いがある。

 第二に、日本の制度では、例外の適用を受けるためには30条4項により出願日から30日以内に証明するための書面を提出することが求められている。すなわち、公知となっていることを秘しておくのか、それとも、公知となっていることを明かして例外の適用を求めるのか、この時点までに決定しなければならない。例外が認められる範囲が確実なものであるなら、この対応は特に難しくはないが、後述の公開公報についての実務および判例の変遷や、「試験」をかなり制限的に考える議論を目にすると、例外の適用を求めることを決定するのには躊躇を覚えることが少なくなかろうと思われる。「先発明主義」においては、こんな“決断”が必要とされることがないのは勿論である。

 さらに、日本では米国に比べて、それぞれの適用にあたっての内容の解釈も、極めて限定的である。この一例を4.4で説明する。

2.5.3 出願実務に与える影響

 先願主義の場合は、少なくとも研究開発競争が激しい分野では、一刻も早く出願することが重要である(特許法39条等の先後願関係では日を基準としているが、新規性の関係では出願の時間により決定される[注解]189頁)から、「一刻も」早い出願が望まれることになる)。公知になる前に出願を済まさなければならないし、また、他者の出願に遅れたのではすべてが無になってしまう。

 これに対して米国では、発明の先後で出願間の優劣が決するうえに、102条(a)項が定めるとおり、基本的には発明時基準主義がとられ、それに限界を画する(b)項等も、1年以内の出願の遅れを咎めることはない。したがって、(b)項規定の各事実の発生から1年以内であれば、出願が遅くなっても原則として不利に働くことはない(もちろん、発明の時期を立証できるように用意しておくことが前提である)。

 むしろ、出願を遅らせることに実益がある。発明時より時間が経過して応用が現実化することによって、その発明が具体的にいかなる形で利用できるのかが明らかになる。また、発明者が当初考えた以外の実施の態様があることを発見することもあろう。出願を遅らせれば、これらをカバーするようなクレームを作成することができる。極端に言えば、他の者による実施を見た上で、それをカバーするようなクレームを作成することも、可能であるし許容される[キングスダウン事件] at 874; なお[ハーマン]at 10参照)。

 このように、「先発明主義」では出願の遅れが許され、そのために、十分に広いクレームを作成することが容易になる。この点は、5でさらに詳論する。

2.6 発明の先後の決定

 同一の発明について競合する複数の出願がなされた場合には、日本の「先願主義」では、最先の出願に特許が認められるわけであるが、この「最先の出願」を認定するのには特に困難はない。

 米国では、「先発明主義」であるから、最先の発明に基づく出願に特許が与えられる。ところが、最先の発明とは何か、また、どうやって決定するのか、ということは難しい問題である。何をもって発明がなされたというのか一意的ではなく、発明がなされるプロセスについて考察の必要がある。

2.6.1 発明の先後を決める事実

 102条(g)項第二文が、同一発明についての競合する発明者間での発明の先後の決定方法を規定する。(g)項第二文は次のように規定している:
 発明の先後を決定するにあたっては、それぞれによる発明の着想(conception)の日および実施に至らしめた(reduction to practice)日を考慮するだけでなく、最初に着想したものの実施に至らしめたのは最後になった者の、他の者による着想よりも前の時点からの合理的な熱心さを勘案しなければならない。

 この条文は、原則としては、実施に至らせた日の先後が問題とされるが、「合理的な熱心さ」が他の者の発想の前から継続されている場合は、着想の早かった者が優先することを定めたものだと解釈されている[ケイトン]at 24-7)。すなわち、最初に発想した者が「合理的な熱心さ」を保った場合には、実施に至った時期がたとえ他の者よりも遅くなろうとも、その者が最先の発明者とされる。

 この「合理的な熱心さ」というのが、いったい何をするについての「熱心さ」を求めているものなのか、条文上は明らかでない。実際には、この内容としては、発明を実施するためのものでもよいし、出願をするために用意をしていた、というものでもよい。何でももっともらしい“言い訳(excuse for not being diligent)”になりさえすればよい、とすら言える面がある。人によっては、こんなものを「熱心さ」などと呼ぶのはジャーゴン(jargon: わけの分からない言葉、業界用語)でしかない、とも言う。

 この結果、「合理的な熱心さ」が認められる場合はかなり多い。すなわち、「発想」によって先後を決することになる場合が少なくない。

 なお、こうした「発想」等が具体的にはどういった事象を指すものなのか、という問題は、実務的に重要である上に発明の過程の分析として興味深いものがあるが、本稿では十分に立ち入る余裕が無いので別の機会にゆずる。

2.6.2 (g)項第二文の他項へ与える意味

 (g)項第二文によれば、「合理的な熱心さ」を続けている場合には、結局、発想の日が決め手になる。条文によれば「発明の先後を決定する」についての規定となっているが、これは、競合する出願相互間での優劣の決定の場合に限らず、先行技術(prior art)と扱われるべきものかどうかを決するにあたっても適用される[ケイトン]at 4-32)。例えば(a)項の適用にあたっての「発明」の時点も、「合理的な熱心さ」が続けられた場合には、「発想」をもってすることになる。この結果、(a)項の「発明」の時点は、かなり遡ったものになることが多くなる。言い換えれば、発明時基準をとっていることによる出願時基準主義と比べての差異が大きくなる。

 事実、筆者が米国の法律事務所で研修していた際の経験では、関与した事件の殆どにおいて(その大部分は被告側としてであったが)、出願日より1年前より前の発明日が主張および立証され、専ら(b)項が問題とされていた。

 なお、制度から当然のことであるが、発明の先後で優劣が決するのは、出願が競合した場合に限られる。自社が出願していなくて、他社の出願をつぶそうという場合には、自社の発明が先行していたというだけでは足りない。102条の定めるいずれかに該当する必要がある。

2.6.3 決定不可能な場合

 先発明者の決定について、この102条(g)項第二文は、実は不完全なものである。この問題は、“三すくみ”の例として知られている(以下の説明は[ケイトン]at 24-16に基づく)。

 三者以上の間の先後が問題となった場合も、二者間のインターフェアランスが組み合わせられていると考えて米国特許法102条(g)項第二文を適用することで解決できるのが大部分であるが、次の例のように解決できなくなってしまうこともある。

 A・BおよびCについて、着想から実施までの時間の流れが、下の表のとおりであったとしよう。この表は、左ほど古い事象であることを示している。

 まず、AとBを比較する。この間では、「熱心さ」の有無は結論に影響を与えない。実施の早いAは、着想もBより早いので、当然に優先する。

 次に、BとCを比較する。この場合は、Bが優先する。Bは、実施の時期こそCに遅れるものの、Cの着想に先立って熱心さを開始して継続しているからである。

 このように、AはBに優先し、BはCに優先しているから、AがCに優先するのであれば、問題はない。ところが、AとCの間での優劣を見るとそうならないのである。Cの実施は、Aの実施に先立っている。そして、Aの熱心さの開始はCによる発想に遅れているから、結局、実施の時期の早いCがAに優先する。

 以上の結果、A・BおよびCの三者は、三すくみの形になってしまい、いずれが優先するのか、決定不可能である。

着想継続始実施
着想継続始実施
着想継続始実施

2.6.4 手続: インターフェアランス

 特許権を得られる「先発明」者は、「インターフェアランス」と呼ばれる手続によって決定される。この手続は、PTOでのもので、審判の一種である。

 インターフェアランスの手続は、「信じられないほど複雑(incredibly complex)」と言われている([ケイトン]at 24-1)。本稿で十分な説明をすることは不可能であり、また、本稿の興味の対象とは必ずしも関連しないので、ごく簡単に紹介する。

 インターフェアランスは、1つまたはそれ以上の出願と他の出願または効力期間中の特許との間で行われる(135条(a)項)。特許相互間での問題は、裁判所で判断される(291条)。

 インターフェアランスにおいては、“仮に時間的先後関係についての要件が充たされたなら、新規性または自明性を失わせることになるもの”相互を、「同一特許発明(same patentable invention)」と呼ぶ(37 C.F.R. 1.601(n))。手続が直接に対象とする単位は「カウント(count)」と呼ばれ、カウントと同一の特許発明についてのクレームがインターフェアランスの対象となる(37 C.F.R. 1.601(f))。

 出願日が最も早い者が先願当事者(senior party)と呼ばれ、それ以外の者は後願当事者(junior party)と呼ばれる。各当事者による発明は、それぞれの出願の順序でなされたものと推定される(37 C.F.R. 1.657)。すなわち、後願当事者は、発明の先後関係についての証明責任を負担する。もっとも、この場合に要求される証明度は原則として証拠の優越なので、証明責任の負担はさほど大きくはないはずである。

 こうした手続を前提とすると、上記の三すくみのパラドックスの解決方法の1つを考えることができる。すなわち、単なる二当事者の問題の組合せとすると、決定不可能となってしまうわけであるが、先願当事者と後願当事者二者とのそれぞれの競合と考える、という解決方法がある。

 たとえば、Aの出願が最先だったとすると、Aとの間の優劣だけを考えることになる。この事例では、AとBとの間ではAが優先するから、AB間のインターフェアランスではBはAの先願当事者としての地位を崩すことができない。しかるに、AとCとの間ではCが優先する。そこで結局、Cが特許を得る。

 この考えは、1つの解決策を与えるものではあるが、おかしい点がある。すなわち、先に出願した者が、かえって劣後してしまうのである。この点を重視するなら、解決法にまったくなっていないとも言える。

3 国際的不調和のために生ずる不便

 以上の考察を基礎にして、以下では、国際的な関係において生じる問題を考えるが、まず、「先発明主義」と「先願主義」との間の不調和から生ずる問題を検討する。

3.1 米国からの出願

 米国とその他の大多数の国との間で、「先発明主義」と「先願主義」との制度的相違があるために、この相互間で外国出願をする者にとって不便が生じている。この不便は、特に米国の出願人にとって深刻なものとなる場合がある。

 米国国内では、「先発明主義」であるから、外国出願を前提としない場合には、出願は遅くて構わない。いや、「構わない」どころか、クレームを十全なものとするために遅くするべき面があることは、上述のとおりである。

 ところが、そのようにして通常のやり方で国内出願をした場合に、その後になって米国外へ外国出願をしようとすると、困ったことになる。国内出願から1年以内であれば(なお、米国特許法184条によって、米国出願から半年以内に外国出願をすることは禁じられているので、ここで想定する外国出願は米国出願から半年から1年の間のものとなる)、パリ条約による優先権があるが、それにしても米国での出願より後に公知になった場合を救うだけであり、米国での出願の前に既に公知になっている場合を救済することはない。パリ条約4条Bは、「A(1)に規定する期間の満了前に他の同盟国においてされた後の出願は、その間に行われた行為」「によって不利な取扱いを受けない」と規定しているが、この条項によって救われるのは「その間」の行為についてだけだからである。

 この結果、米国の出願人が“公開の後に出願をする”という米国流の手順をとった場合には、他国で特許を得ることができなくなってしまう。逆に言うと、外国出願を予定している会社は、出願前に公知にしても構わないという「先発明主義」のメリットを十分に享受することができない。こうした事情が、米国内でも大企業は先願主義移行に反対していないことの一因となっているものと見られる。

 もっとも、日本以外の「先願主義」国は、必ずしもこれほど酷ではない。新規性喪失の例外規定(日本の30条に相当するもの)が、パリ条約の優先権を主張する場合には、第一出願国での出願の前についても適用され得る制度となっていることがある<注3>。この場合には、“米国流の出願手順”をとっても、後に外国出願をするのに必ずしも問題を生じない。

3.2 日本の企業にとっての示唆

 米国からの外国出願にはこうした問題があり得ることは、日本の企業としてもよく承知しておいた方がよい。米国企業の有する日本の特許権を侵害したとの警告を受けた場合に、対抗策の1つになるかも知れないからである。すなわち、その企業自身による実施が米国での出願前にあったためにその日本の特許を無効にできる可能性がある。日本の特許の侵害を主張する警告状を米国企業から受け取った場合には、まず、その会社自身の米国での製品パンフレットを探してみるべきである。

3.3 米国への出願

 以上に比べると、日本から米国への外国出願にあたっての問題は、ある意味では穏当である。

 次に説明する104条の内外差別の問題はあるが、パリ条約の規定する1年の期間内に米国出願をする限り、米国への外国出願だからといって難しくなる事項はない。少なくとも新規性の関係では、当たり前の国内出願をしておけば、1年以内にパリ条約に従った手続をとる限り(ただし、30条の例外の場合には、1年をフルに生かすことはできないこと、1.3で説明したとおりである)、米国への外国出願をすることも可能である。

 なお、米国への出願において優先権を主張するためには、開示の要件の点で注意が必要であり[拙稿1]参照)、新規性の点以外については問題があり得る。

4 米国特許法の内外差別とその対策

 米国特許法102条(a)項のような発明時基準主義をとっても、それ自体は不当ということはない。国際的ハーモナイゼイションの観点からは、不便を来すことは否定できないが、主権に基づく選択であり咎めることは難しい。ところが実際には、単に発明時基準主義をとっているというだけではなく、その内容として米国特許法104条等により内外差別をしているために問題となる。(※注: WTOの関係で、このセクションの記載は古いものになっています。冒頭に記したとおりです。御注意ください。)

4.1 米国特許法104条

 米国の「先発明主義」の関連で、外国(日本を含む)から見て最も問題となるのは104条である。104条が存在しているために、外国からの出願人は、一般的には先発明主義のメリットを享受できない。104条は次のように規定している:
 PTOおよび裁判所での手続において、特許出願人または特許譲受人は、発明の日(date)を、外国における発明の知識もしくは使用またはこれに関するその他の活動をもって立証(establish)することはできない。(以下略)

 このため、外国からの出願人は、自国内での活動をもって発明の日を立証することが許されない。この結果として、特に対策を講じていない限り、米国の発明時基準主義の適用において米国出願をもって発明の日とする他ないことになる。すなわち、米国の出願人とは違って、米国出願において発明時基準主義の恩恵を十分に得ることができない。

4.2 104条の歴史

 104条の歴史について、主[チザム]at 10-35 以下に従ってまとめておく。

4.2.1 [エレクトリック事件]と1946年法

 104条は、エレクトリック事件(連邦最高裁1939年)が契機となってなされた1946年の法改正に由来する(at 10-38)。同事件で問題となった特許は、原告特許権者(シマヅ)が1919年に日本で完成した発明を、1922年に米国に出願して(その前には米国への開示などはなされていなかった)得られたものである。ところがその同じ発明を、被告は1921年に米国で使用開始していた。現行の米国特許法ならば、104条によって原告は米国出願より前の発明日の立証ができないことになるから、本件では発明日より前に公知であったこととなり特許は無効になってしまうはずである。しかし当時はそんな規定は無かったので、連邦最高裁は、日本での発明および実施を認めて、原告の特許を有効とした。

4.2.2 同事件以前の実務

 この判決を立法的に覆したのが、1946年の一部改正である。かかる立法がなされたのは、エレクトリック事件が、それまでのPTOおよび下級審の実務に反するものだったためであると見られる(at 10-39)。

 それまでの実務は、特許法上の明白な規定がなかったにもかかわらず、外国での活動による発明日の立証を許さないものであった。そうした実務の根拠とされたのは、外国での単なる知識または使用は先行技術とはならないとする規定(1870年法 Sec.24: 同項は後の改正法によって Sec.4886とされた)であった<注4>。すなわち、特許要件の関係で効果がないとされるものは、インターフェアランスの場においても働くべきではないと考えられていたのである(筆者には、この両者は区別されても当然であるように思われるのだが)。すなわち、発明日の立証は、公開日以前にまで遡ることになるのが当然であるが、その公開日も、外国であるために他の特許出願の特許要件の関連では先行技術としては働かないのであるから、逆にインターフェアランスの場でも働くべきではないと考えられたのである。

 これに対してエレクトリック事件最高裁判決は、特許要件の場面とインターフェアランスの場面とでは外国における事実の扱いを異にしても構わないとした。もっとも、同判決は同時に“こうした取扱は先行技術としての取扱と発明日立証についての取扱とが同一でなくて不明確である”と言っている。現行の104条はこの点を解決したが、別の意味での不明確を生じている(この点は4で議論する)。

4.2.3 差別の起源

 内外の先行技術についてのこうした差別的取扱は、そもそもは、いわゆる保護主義[豊崎]35頁参照)に発するものと見られる[チザム]は、104条の歴史の一部として、1793年法が特許権を取得できる者を米国市民に限っていたことなどを取り上げている(at 10-35)。エレクトリック事件の当時は、これが変じて、先行技術についてに限るような規定になっていたに過ぎないのであるから、同事件以前の実務には正統と言える面があったわけである。

4.3 104条の正当化根拠

 現代の目から見ると(特に、外国から見れば)、104条は単に差別的で不当な条項というほかない。パリ条約2条の要求する内国民待遇に違反する可能性すらある。しかし、一応は正当化根拠が議論されており、古くはそうした議論にも妥当な面があったようである。

 すなわち、外国での活動による発明日の立証を許したのでは、反証の可能性という点で不正義につながる、というのである。外国でいつ何をした、と主張された場合、それが真実に反していたとしても、相手方としては反証する手段がない、ということである。

 また、保護主義と比べるなら、104条は不平等ではない規定ということになる: 米国市民であっても外国人であっても、ともに平等に外国での活動による発明日の立証が禁じられるのであるから。

4.4 外国からの出願人のとる対策

 この104条の対処のための方策が報道されているのを時に目にすることがある。例えば、日本企業の中には、日本にある研究所から米国に国際宅配便で発明の内容を記した書類を送り、これを在米の工場で日付を管理した上で保管して、将来紛争が生じた場合に米国の裁判所で発明の日を立証する資料とするべく備えているところがあるという話を見聞する。

 研究所内の言わば内輪で保管されていた資料だけでは、必ずしも信用されない可能性がある、という証明力プロパーの問題に加えて、104条による制限があるから、このようにアメリカに証拠を残すことには意味がある可能性がある。なるほど、104条が“外国にある証拠によって発明の日を立証することを禁じている”のなら、米国で証拠書類を保管することによってこの制限から逃れることができよう。

 しかし、これが本当に有効かどうかは疑問である。104条が制限しているのは、「発明の日を、外国における発明の知識もしくは使用またはこれに関するその他の活動をもって立証すること」である。証拠書類だけ米国にあっても、その内容は日本における「発明の知識もしくは使用またはこれに関するその他の活動」にすぎないとすると、やはり104条によって排除されてしまうのではないか、という疑問が残る。

 CAFCも[シュリー事件]において、特許された製法によって生産された物質が輸入されていた場合について、かかる物質の輸入の日をもって製法の発明日を立証することは104条の下では許されないとしている。もっとも、この事件の判決文には、“この事件で問題となったのは方法の発明であり、その場合には物質の輸入では足りないとしただけである”と理解できる部分もある。しかし、証拠書類だけ米国においていても十分ではないとされる可能性が大きいと考えざるを得ない<注5>

 こうした裁判例から見ても、また104条の文言から見ても、最も確実な対策は、実際に米国内で実施することである。米国出願をすれば、米国内での実施があったとみなされるから(手続上、出願の日を発明日の最初の段階での基準とするので、当然にこうなる: これを「constructive reduction to practice」という)、これによっても同じ効果を達成することができる。しかも、優先権を主張する場合には、原出願国での出願日が実施の日となるから、日本での出願に基づく優先権を主張すれば、日本出願の日をもって実施したのと同じことになる。

 次善の策は、その発明の知識を有した人間を米国に派遣するか、米国に居る人間(典型的には弁理士)にその発明を知らせることである。なぜこれが“次善”なのかというと、米国内での実施をしない限り、「発想」の段階に止まっているのと同じ扱いを受けてしまうからである[チザム]at 10-44)。このため、さらに「合理的な熱心さ」の継続が必要とされるので、何の役にも立たないことになってしまうこともあり得る。なお、この結果として、優先権の無い場合には、米国の弁理士に依頼した時に発想が、実際に米国出願したときに実施が、それぞれなされた扱いとなる。

5 外国からの米国出願における問題と対策

 発明日の立証について内外を差別する104条があるために、日本を含む外国からの出願人は発明時基準主義の恩恵を受けることがまったくできないことになりそうにも思われよう。しかし、現実はそうではない。(※注: WTOの関係で、このセクションの記載は古いものになっています。冒頭に記したとおりです。御注意ください。)

5.1 優先権のある場合

 日本で特許出願をした発明について、後に、米国でも特許権を得たいと考えるに至ったとしよう。日本での特許出願から1年以内であれば、問題はない。パリ条約による優先権を主張することができるから、これによって、実効的には米国出願についても日本での出願日をもって出願日とみなされることになる。したがって、日本での出願日まで新規性が保たれていたとすれば(これは日本で特許が認められるためにも必要である)、米国でも新規性の要件が充たされるはずである。

5.2 公開前の場合

 日本での出願から1年を過ぎたとしても、未だ刊行物に記載されていないならば、米国でも特許を認められる可能性はある。

 104条によれば、日本での活動をもって発明日を立証することは許されない。また、1年を過ぎている場合には、パリ条約による優先権は消滅してしまっている(同条約を国内法化している米国特許法119条についても、もちろん同様である)。そこで、米国での出願日が発明日であると扱われるほかないことになるが、現実の米国での出願の日まで現に新規性が保たれているなら、特許権が認められる可能性がある。日本という外国での単なる公知だけなら、(a)項でいう新規性は失われないから、刊行物に記載されていない限り新規性は維持されるので、こうした事態は大いにあり得る。

5.3 公開後の場合

 日本での特許出願から1年半以上が経過している場合は、どうであろうか? 米国では発明時基準主義がとられているから、日本で公開公報に掲載されてしまってから米国出願しても、その点では特許を得ることができるはずである。だが、104条の問題がある。

5.3.1 104条の射程

 104条によれば、日本での活動をもって発明日を立証することはできないはずである。そこで、米国での出願日が発明日であると扱われることになり、それより前に日本の公開公報によって刊行物記載公知となっていると、米国でも102条(a)項の特許要件を充たさないものとなりそうである。

 ところが実際には、出願人自身に由来する公表を(a)項との関係で問題とする際には、104条は極めて制限的に解釈されるのである。すなわち、(a)項の規定する事象に公開公報が該当するとして特許性を否定しようとしても、その公報は出願人に由来しているのであるから、出願人による発明に先立ったものではあり得ないので、(a)項による拒絶はなく、これには104条は無関係である、というのである。こうした形で発明時基準主義の恩恵を享受することは104条による禁止の射程外である、とするのがPTOの実務である。したがって、公開から1年以内に米国出願をすれば、この点では特許権を得ることが可能である[兼坂]27頁)。

 この取扱を明示的に支持するCAFCの裁判例は知られていない[ケイトン]at 4-12)が、連邦地裁レベルの裁判例として[エティカー事件]がある。同事件判決は、特許を認めたPTOの扱いを支持している。こうした事件が存在していること自体がPTOでの扱いを物語っている(PTOが特許を認めたからこそ、侵害訴訟が生じたのであるから)。CAFCの裁判例が無いのは、PTOで特許が認められてしまうためにCAFCに事件が行くことになるべき不服が生じないことが一因であると言われている(同前)。

 こうした限定的な解釈は、3.2で見た104条の起源からは、当然とも考えられるものである。すなわち、104条の元来の趣旨は、外国の先行技術を取り上げるについては刊行物記載であることが求められるという制限があるところ、インターフェアランスにおいてもこれと同様の扱いをする、というだけのことである。こうした起源からすれば、現行の文言は発明日の立証一般についての制限のようになっているにしても、自身による刊行物記載によって特許が否定されてしまうような解釈はあり得ない、というわけである。

 また、104条がこのように限定的に解釈されているのは、発明時基準主義の発現の1つとして“(a)項の関係では出願人自身の行動によって特許権を得られなくなることはない”という考えが定着しているためである、と見ることもできる。

5.3.2 公開から1年以内の出願

 そこで、公開公報に掲載されてから1年以内であれば、米国で特許出願をして特許権を得られる可能性がある(1年を超えると(b)項による制限がある)。もっとも、他の理由で特許が認められないこともあるし、そもそもここで説明した取扱はCAFCの裁判例が無く必ずしも確立してはいないものであるから、遅れて出願した場合には危険性があることも否定できない。しかし、仮に、重要な発明をこうした経過で出願したところ、その結果として拒絶されてしまったとしたら(普通はそういうことはないが、仮にあったとしたら)、ボード(Board of Patent Appeals and Interference)へ、さらにはCAFCへ不服申立するべきである。勝算が高い上に、これには、派生的な実益もあるかもしれない。広く引用されるCAFCの裁判例に名を残すことになるから、“特許に厳しい会社”として知られることになり、弱い被告を捜している特許権者のターゲットになることを避けるのに役立つはずだからである[拙稿2]参照)。

5.4 外国からの日本への出願との比較

 日本の制度との比較を検討する。

 比較のために、仮に、日本と同じ制度が米国で採用されていたとして、日本で公開公報に掲載された後に米国(日本の制度を有すると考えたところの米国)へ出願したとする。

 この問題は、30条の新規性喪失の例外が適用になるかどうか、によって決まる。実務はかつて、例外の適用を肯定していた。しかし、現在の判例によれば、公開公報に掲載するのは特許庁長官であり、30条1項の出願人が「刊行物に発表」したとの規定には該当しない、として新規性喪失の例外とはならないことになっている[第三級環式アミン事件]最判 1989年)。すなわち、ここで想定した状況下では、拒絶されてしまうことが避けられない。

 こうした点でも、日本の新規性要件の方が米国のそれよりも相当に厳しい。

6 比較法的考察〜周辺限定主義との関係

 以上では、米国の「先発明主義」の個々的な内容を検討してきた。これらの、個別的な考察を基にして、以下では、大局的な比較法的考察を試みる。

 伝統的に、米国は、特許権の権利範囲の確定について周辺限定主義をとっていると言われる<注6>。このネーミングは、ドイツ等におけるそれを中心限定主義として対立させる趣旨のものである。こうした対立の存在は、以下に論ずるように、ドイツやフランスを含むヨーロッパ各国が「先願主義」をとっているのに対して、米国は「先発明主義」をとっているという違いがあることに関係があるように思われる。

6.1 中心限定主義と周辺限定主義

 クレームの解釈について、「周辺限定主義」と「中心限定主義」の対立ということが言われる[松本重敏]125頁)。周辺限定主義では、明細書、特にその中のクレームの記載によって権利範囲は完全に確定するべきものとされる。これに対して中心限定主義においては、完全なクレームの記載を出願人に求めることには無理があることを認め、保護範囲はクレームの範囲を越えて認められるべきものとする。

 侵害訴訟の場面だけを見ると、周辺限定主義よりも中心限定主義の場合の方が、クレームに比しての権利範囲が広いことになる。

 しかし、特許権の成立からその行使までの手続を通して見た場合の“ある発明に与えられる保護の大きさ”という観点では、中心限定主義の場合の方が保護が大きいとは限らない。特許権の成立までのところで“どれだけ広いクレームが得られるか”によって、どちらの場合の方が“発明に与えられる保護”が強力であるか、は変わってくるからである。

6.2 ヨーロッパにおける組合せ

 ドイツでは、中心限定主義がとられていると言われる。

 仮にこれが事実であるなら、それは、ドイツの特許付与手続においてはクレームによる権利範囲の限定は不完全なものとなってしまうことが前提とされているためではないか、と思われる。ドイツは先願主義をとっているが、先願主義では一刻も早く出願しなければならないため、十分なクレームを求めるのには無理がある。そこで、侵害訴訟の場面では、クレームに必ずしも拘泥することなく侵害を認定することになる。この“非拘泥”をもって中心限定主義と呼んでいるのではないか、というわけである。

 この“権利範囲は後から確定させる”法制をより明確に採用していると言えるのは、旧フランス特許法である。旧フランス法の下で1969年1月1日前に出願された特許には、クレームが存在しない[国際争訟]256頁)。クレーム無しだったということは、“特許が認められるまでに権利範囲を確定させる”との考えがおよそ存在していなかったことを示している。

 もっとも、この法制は侵害訴訟の被告にとって極めて危険性の高いものであり、これが不当であるために新法が制定されたとも見られるから、この説明には限界がある。しかし、少なくとも“特許の後に権利範囲を確定させる”という考えが存在し得ることを示していることは確かである。

6.3 米国の組合せ

 これに対して米国では、発明時基準主義がとられているから、出願を急ぐ必要はない。そこで、十分に時間を費やして十全なクレームを作成することができる。

 その十全なクレームを前提とするわけだから、侵害訴訟ではクレームの文言を重視して記載のとおりに権利範囲を画することにしても不当ではない。

 アメリカの周辺限定主義は、「発明の定義としての特許請求範囲の記載を完全に記載することが可能であり、それは将来これに基づいて独占権を享受すべき出願人の負うべき当然の責任である、という認識に出る。」[松本重敏]126頁)と言われるが、そうした認識を成立させるための用意(あるいは努力)が「先発明主義」という形でそれなりにあるのではないか、ということである。

6.4 日本の制度

 日本は、先願主義を採用しているにもかかわらず、侵害訴訟の場面では厳格な周辺限定主義をとっている。

 日本の採用している組合せは、その内容のそれぞれを他から切り離して考えてみれば妥当なものである。まず、先願主義によって、先発明主義における、先発明者確定の困難および不明確を避ける。同時に、早期出願を促すことができる。また、周辺限定主義の方が、中心限定主義よりも権利関係が明確であり、法的予測可能性の点で望ましい。

 しかし、組合せとして考えると、特に“発明に与えられる保護”が十分なものになるかどうかという視点から見ると、極めておかしい。先願主義をとる以上は、クレームは不完全なものになると考えなければならない。ところが同時に周辺限定主義をとっている。これでは、不完全なクレームに拘泥することになってしまう。“不十分な広さのクレームしか作成し得ない先願主義をとりながら、そのクレームの文言に拘泥する周辺限定主義を採用している”ということになるわけであり、制度全体として発明に対する保護が薄い、ということを否定できない<注7>

 しかしながら、日本はこれまで後発国としてロイヤルティを先進諸国に支払う立場であったから、その国益という点では発明の保護は余り厚くない方が得である。この意味では日本の組合せは実に賢明な選択である。

6.5 「先発明主義」のメリット

 米国の組合せを再考すると、「先発明主義」には、通例は言われていないメリットがあることが分かる。

 周辺限定主義には、侵害とされる可能性のある者にとっての予測可能性が高いという、中心限定主義に比しての明らかな長所がある。しかし、“発明に十分な保護を与えることができるか”という点では、問題を生じることのある制度である。

 「先発明主義」によれば、周辺限定主義をとりながら、発明に十分な保護を与えることができる可能性がある。すなわち、「先発明主義」の出願実務に与える影響を考えると、十分なクレームを得ることが容易になるために、周辺限定主義でも妥当な保護が得られる、というわけである。

6.6 “米国流の組合せ”の理由

 米国では、いったい何故に「先発明主義」と「周辺限定主義」の組合せがとられているのであろうか? 筆者には、米国の弁護士の作成する、あのとんでもなく分厚い契約書と同じことなのではないかと思われる。

 米国は、多民族国家で、共通する文化的基盤がない。そのままでは、決してコンセンサスを得ることはできない。これに対処するために、合意内容を逐一文書化しておく必要がある。明示する以外には、合意を達成する術がない。この結果、複雑な契約の契約書は際限なく大部なものとなる。

 特許についても、権利範囲をクレームという形で明示しておかないことには、侵害の成否について収まりのつかないことになる。“紛争予防”の方策として「周辺限定主義」をとることが必然となるのである。すなわち、クレームから外れているような場合にまで侵害を認めるような法制を取ることは決してできないことになる。

 しかし、ただ単に「周辺限定主義」を貫徹したのでは、発明に対する保護が不十分なものとなってしまう。これを少しでも避けるためには、十分なクレームを作成することが可能となるような出願手続を用意する必要がある。これが「先発明主義」である。

 このような“努力”は、実際には、必ずしも成果を上げていないようにも見える。確かに、米国において紛争は多い。これを、“努力の方向が誤っている”ためと考えることも可能である。しかし筆者には、“努力にもかかわらず十分に克服できない程に、米国の抱える多民族国家の困難は深い”ということのように思われる<注8>

6.7 まとめ

 ここで指摘したような事項が、各国の保護の在り方に実際に影響を与えているか、筆者には実証できない。しかし、“発明時基準主義の故に周辺限定主義が正当化され得る”また“出願時基準主義だから中心限定主義的になる”というのは、妥当する可能性が十分にある説明であると考える。少なくとも、ここで取り上げたそれぞれの点が、仮にそれだけを観念するならば指摘したような影響を持つことは確かなことであるように思われる。

7 結語

 本稿では、1で「先発明主義」の内容全般を検討した上で、結論的には3つの実践的な示唆と1つの比較法的考察を説明した。

 実践的な示唆は、次の3つである。第一: 国際的不調和による不便は、米国から外国出願をするものにとって深刻なものとなる場合がある; このため、米国当事者の日本特許には、これを心得た上で対応する必要がある。第二: 104条の対処として一般に言われているところには疑問の余地がある。第三: 優先権主張の期間を徒過しさらに公開に至ってしまった後でも米国出願は不可能とは限らない。

 比較法的考察は、次のようにまとめられる。コンセンサスの欠如した国である米国では、クレームから外れた場合にまで侵害を認めるようなことは不可能である。したがって、「周辺限定主義」をとることが不可避である。しかし、それだけでは発明に対する保護が不十分となってしまう。これを補うために、「先発明主義」が必要となる。このように、米国が「周辺限定主義」と「先発明主義」との組合せを採用していることには、深い必然性がある。

<注1>

 米国特許法102条(c)項から(g)項第一文までの各条項も、(a)項を制限するものであるが、これらは本稿の興味の対象とは関連性が薄いので議論の対象としない。 本文に戻る

<注2>

 または、郵便局で投函するまで(普通は証明の関係から書留郵便に付すまでということになる)もしくは「電子計算機に備えられたファイルへの記録」がされるまで、秘密を保つ必要がある。特許法19条により、願書については郵便局に差し出した日時に特許庁に到達したものとみなされ、また、電子出願については特例法3条2項により同様に到達とみなされるから、秘密に保つのはこの時点まででよい。 本文に戻る

<注3>

 たとえばドイツ連邦共和国実用新案法では、6ヶ月の猶予期間がある(3条1項第三文)が、猶予が与えられる場合が広い上に、その期間は「出願の優先に関係する日」(AIPPI日本部会吉村孝訳による)を基準とするため、パリ条約優先権が適用される場合には、第一出願国での出願前の公知も救済される。すなわち、公開してから半年以内に米国出願を済ませさえすれば、米国流を採用しても基本的には問題を生じない。(b)項の猶予期間である1年が半年に縮まってしまうだけである。

 なお、同じくドイツの特許法では、1980年1月1日から6ヶ月猶予の制度は廃止されたと説明されているが[ヤコブズ]at G-7)、それでも公式博覧会での開示など一定の場合には、出願書類においてその旨を示しかつ4ヶ月以内に証拠を提出することを条件に猶予が認められている(同前)。これに照らすと、日本の制度は「猶予はない」と言った方が誤解が少ない、と言えるレベルのように思われる。

 この点で奇妙とも見えるのが、米国の(b)項である。米国は、外国での猶予を勘案しない。しかし、米国の(b)項の場合には、1年という十分な猶予期間があるから、実際上は問題はなかろう。 本文に戻る

<注4>

 日本の特許法でも、外国については文献公知でなければ新規性が否定されないが、これと同様に米国でも、米国内と外国とでは新規性を否定するための要件に違いがある。米国の現行法では、米国内のものについては単なる「知識」または「使用」でも十分であるかのごとき規定となっているのに対して、外国の場合には明文で「公的な」ものであることが要求されていること、1.2.1で言及したとおりである。これと同様の規定が、1870年法から存在していた(上記の Sec.24)。 本文に戻る

<注5>

 この点についての一般的な理解の解説として[ブラッドリー]は「発明の説明書は、その発明を理解する能力のある米国内の誰かが目を通さなければならないというのが、米国内における一般的な認識である。」と言っている(113頁)。

 ところが同時に、同書は「しかし、筆者の見解では、通読する人は必ずしも説明書を理解する能力がある必要はない。」とも言っており(114頁)、米国内で受領した日を管理するだけでもよいとしている。この考えによれば、本文中で言及した方策も有効である。

 しかし、同書自身が認めるように、これは一般的な認識ではなく、同書の見解を支持する有力な裁判例等も存在しない。104条の文理からしても無理のある解釈であり、解釈論として妥当な面はあるが、必ずしも依拠できるものではない。

 丁度この問題について、近時の Journal of the Patent and Trademark Office Society 誌上において議論の応酬がされていることに、本文脱稿後に接した。ま[バディー]が、104条の外国企業としての対処法について説いた。この中で、米国へ知らせることによって対処しようという場合には、その通知は英文によるまた英文の翻訳をつけるべきであり、米国内において読まれかつ理解されるべきであるとした。これに対する批判として[ゴルツ]は“英語でなくてもよく、また、読解される必要もない”との議論を判例をあげて展開している[ゴルツ]の議論するとおりであれば、本文中で取り上げた対処法も有効である。しかし、その根拠としている判例は、問題の点を直接に判示したものとは言いがたい。少なくとも、このような論争があること自体が、依拠するには疑問があることを示しているように思われる。 本文に戻る

<注6>

 各国の侵害訴訟での保護の在り方は、時代によって揺動があり、単純には言えない話であるが、実は筆者が思うには、現在の米国は日本と比べれば決して「周辺限定主義」ではない[拙稿3]参照)。

 したがって、本稿の議論は、歴史的には存在していた米国の「周辺限定主義」、あるいはヨーロッパと比較した場合に存在すると見られる米国の「周辺限定主義」を説明するものである。日本と対比しての現在の米国の侵害訴訟を論じるものではない。

 それでも、「周辺限定主義」といったことが語られることのある限りでは、意義のある議論であると考える。 本文に戻る

<注7> 

 日本の制度は、出願時基準主義のために広いクレームを作成するには不都合なわけであるが、もっとも、補正の機会を通じて、発明時基準主義とは違う形で十全なクレームを作成する機会を与えていると見ることも可能である。

 今までの日本の手続では、要旨変更とならない限り自由に補正ができるものとされ、実質上制限がなかった。そこで、先願主義のために出願時には不十分なクレームしか作成できないにしても、後にこれを補正することによって、発明時基準主義の場合と同様の十全なクレームを得ることができる可能性があった。

 特に、“出願時には広いクレームにしておいて、拒絶理由通知を受ける度にそこで指摘された先行技術だけを除外するべく最小限の減縮をする”という戦略をとることで、限界まで広いクレームを獲得することが可能だった。

 しかし今次の改正により、補正が制限され新規事項を追加する補正は許されないことになり(新法17条の2第2項)、また拒絶理由通知が原則として2回に制限されることになった。これらの改正のため、上記のような“段々と狭めていく”方法をとることは難しくなった(もっとも、新規事項の追加は禁止されるが、出願時にクレームには全部の特徴を記載はせず広いものにしておくが詳細な説明においてはベストなものを記しておくことによって、クレームを後に狭めることは可能であるとも考えられる; また、ここで考えている場面で問題となるような種類の拒絶理由通知は、補正の前でも可能なものであると考えられるから、2回目であっても「最初の拒絶理由通知」とされるようにも思われるが、はっきりしない)。

 拒絶を受けなくても、拡張的補正をすることで広いクレームを得ることはできる(そして、多項制を活用するというより正当な対処法以外には、基本的にはそういう方法だけが今後も採用可能であると思われる)。しかし、既に出願を済ませたものを、拒絶されるおそれもないのに補正するというのは、日本の出願実務では余り現実的ではないように思われる。

 なお、こうした“出願後のクレームの充実化”についても、米国はより一層徹底しているようである[キングスダウン事件]等を見ると、米国の弁理士の間では、積極的にライバルの製品をカバーするために審査期間中にクレームを修正ないし追加するという実務が存在しているものと見られる。特に、継続出願(continuation application)の手続をとることで、手続を際限なく長期化することが可能であり、徹底したクレームの完全化ができる。これは、「先発明主義」から生ずる出願前の実務の延長として成立しているものであろう。 本文に戻る

<注8>

 米国の“紛争回避の努力”が成果をあげていないことには、制度的な理由を考えることもできる。米国では、侵害訴訟において無効主張が許されるが、これは、「周辺限定主義」とは反対に、登録されている特許に対する信頼(あるいは尊重の念)を失わせるものであり、紛争を誘発する面がある[拙稿3]で指摘したように、無効主張が許されることによって、「周辺限定主義」が貫徹できなくなる、という影響もある。

 しかし、無効主張を許していること自体も、やはり、米国の国の成り立ちに深く根ざしたものであり(法の理念によって初めて統合を成り立たせている国であるため裁判所の役割が大きくならざるを得ない)、この点で本文中の指摘はやはり維持できるのではないかと思う。 本文に戻る

<後注>

 なお、本稿は、WTOの関係での法改正前の内容になっています(この法改正の内容については兼坂学さんによる解説が参考になります)。米国では従来は、外国における発明について、外国での発明日を認めていなかったものですが、WTOにともなって、WTO加盟国での発明日を認めることにになりました。このため、米国の先発明主義の問題性は多少は減少しています。

 もっとも、米国のWTO改正によって初めて日本からの米国出願において先発明主義の便宜を享受できるようになったとも言えます。この点で、先発明主義の研究の意義および必要性は高まっています。こうした趣旨で、「日本からの米国出願における『先発明主義』の利用」について研究中です。近日中に暫定稿をアップできるように努力します。

 この関係で、バーチ事務所のページに掲載されているEstablishing an Earlier Invention Date under GATT, by Susan M. Morse(この文書には矢部さんによる翻訳があります)は、参考になりそうです。この論文によると、日本での出願が CONSTRUCTIVE REDUCTION として認められることが期待されます。そうすると、パリ条約の優先権を必ずしも使わなくても良いことにもなりそうです(この論文はここまでは言っていないのですが)。

<引用判例>

 [エティカー事件]: Oetiker v. Jurid Werid Werke BmbH., 209 USPQ 809 (DCDC 1981). 引用箇所

 [エレクトリック事件]: Electric Storage Battery v. Shimadzu, 307 U.S. 5 (1939). FindLawのこのケースのページ 引用箇所

 [カリ事件]: Cali v. Eastern Airlines, Inc., 442 F.2d 65 (2nd Cir. 1971). 引用箇所

 [キングスダウン事件]: Kingsdown Medical Consultants, Ltd. v. Hollister Inc., 863 F.2d 867 (Fed.Cir. 1988). 引用箇所 引用箇所

 [シュリー事件]: Shurie v. Richmond, 699 F.2d 1156 (Fed.Cir. 1983). 引用箇所

 [第三級環式アミン事件]: 最判平成元年11月10日(民集43巻10号1116頁・判例時報1337号117頁). 引用箇所

<引用文献>

 [大川]: 大川晃「WIPO特許ハーモナイゼーション条約の最近の動向」(『パテント』1994年1月号52頁). 引用箇所

 [兼坂]: 兼坂学『米国特許出願の手引』(東京布井出版 1991年). 引用箇所

 [ケイトン]: Irving Kayton, Patent Practice, Vol. 1, 2 & 6 (5th ed. Patent Resources Ins. 1993). 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所

 [国際争訟]: 比較法研究センター編『国際特許侵害争訟』(法研出版 1991年). 引用箇所

 [ゴルツ]: Charles L. Gholz & James R. Boler, First Letter to the Editor, Re: Badie, Hints to Foreign Inventors, JPTOS Vol.75 No.11 P.851 (1993). 引用箇所 引用箇所

 [拙稿1]: 松本直樹「ノウハウの温存と米国特許法におけるベストモード開示義務」(『パテント』1993年6月号39頁). 引用箇所

 [拙稿2]: 松本直樹「陪審トライアルのテクニック」(『パテント』1992年9月号34頁). 引用箇所

 [拙稿3]: 松本直樹「米国特許制度におけるPTOと裁判所の役割」(『月刊国際法務戦略』1992年10月号および11月号). 引用箇所 引用箇所

 [チザム]: Donald S. Chisum, Patents, Vol.3 (Matthew Bender 1993). 引用箇所 引用箇所 引用箇所

 [注解]: 中山信弘編著『注解特許法第二版【上巻】』(青林書院 1989年). 引用箇所

 [豊崎]: 豊崎光衛『工業所有権法[新版・増補]』(有斐閣法律学全書 1975年). 引用箇所

 [バディー]: James W. Badie, Hints to Foreign Inventors: You Can Protect Your Invention Date, JPTOS Vol.75 No.8 P.651 (1993). 引用箇所

 [ハーマン]: Robert L. Harmon, Patents and the Federal Circuit (2nd ed. BNA Books 1991). 引用箇所

 [ブラッドリー]: Charles W. Bradley(大塚康徳・松本研一共訳)「米国特許法の下における外国でなされた発明の発明日の確保」(AIPPI Vol.37 No.3 P.110 (1992)). 引用箇所

 [松本重敏]: 『特許発明の保護範囲』(有斐閣 1981年). 引用箇所 引用箇所

 [ヤコブズ]: Alan J. Jacobs, Patents throughout the World (4th ed. Clark Boardman Callaghan 1993). 引用箇所


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