最近では、国際的ハーモナイゼイションの必要などから、米国でも先願主義への移行が検討されており、一時は法改正の実現が間近に迫っていた。しかし、政権交代に伴う見直しなどの国内事情によって、現実化は遠のいたようである。そこで、また今暫くは、先発明主義を考える現実的意義(および必要性)が残ったと言えよう。
また、両主義の対立は、権利範囲のとらえ方についての国際的な相違につながっているように思われる。すなわち、「周辺限定主義」と「中心限定主義」の対立が説かれることがあるが、「先発明主義」は「周辺限定主義」をとることを正当化する可能性がある。さらに、米国が「先発明主義」と「周辺限定主義」の組合せを採用していることには、コンセンサスの欠如という文化的必然性があるものと見られる。こういった点でも、「先発明主義」の内容を検討することには意味があると考える。
しかし、両国の制度の相違は、こうした“競合する出願の間の優劣”を決する場面においてだけ見られるものではない。日本では、新規性その他の特許要件が、出願の時点を基準として要求されているのに対して、米国では、発明時を基準とするのを原則とする。出願の競合の場合に文字どおりに「先発明」が問題となるのは、こうした“発明時基準主義”の現れの1つにすぎないと理解できる。
このような観点から米国の制度を見直すと、以下に述べるように、普通に言われている以上に日本の制度と違った点があることに気付く。
確かに、「先願主義」による方が、いずれの者が優先するのかについての争いを生じにくい。しかし、「先願主義」が便宜のためだけのものであるように考えるのは誤っている。“単に先に発明しただけで、出願(およびそれによる社会への開示)を怠っていた者には権利を与えないのが先願主義である”と理解するなら、正当化が十分に可能である。
「先願主義」を支持することがこのように可能であるにしても、しかしなお、「先発明主義」には優れた点がある。後に6で詳論するが、「先発明主義」には一般に指摘されていないメリットがある。
このように(a)項は、「特許出願人による発明より前に」刊行物記載等がなされると特許を受けられないと規定している。すなわち、発明時が基準となっている。「発明」より後の事実は問題とはならないから、少なくともこの(a)項の関連では、発明者が自己の発明を秘密にしておく必要はない。
(a)項の文言は、単に「知られてもしくは用いられていた」にすぎない場合でも特許を受けられない理由となるかのようである。すなわち、「公」知や「公」用は、(新規性を喪失させるために)要求されていないように見える。しかし実際には、「知」についても「使用」についても、判例法により「公」(public)なものに限定されている([ケイトン]at 4-6)。こうした解釈をとるべき明らかな根拠が条文中にあるわけではない。あえて条文の文言中に根拠を求めると、「知」および「使用」について、(a)項が「by others」として複数人によるものを規定していることが元になっているように思われる。
仮に、まったく「公」でない「知」までが(a)項の要件を構成するならば、出願人による発明より前の事実を扱っている(e)項および(g)項第一文は不要になるはずであるが、現実には(a)項が「公」知を要件とするのでこれらにも存在意義がある。
このように、非自明性の要求についても、出願人による発明の時点が基準となる。
この(b)項のために、出願までの猶予期間は、ここで規定された刊行物記載等の事実が発生した時から1年に限られることになる(先願主義との対比の観点からは“1年だけではあるが猶予期間がある”と見ることになる)。
(b)項による特許要件欠缺は、「statutory bar」と呼ばれることがある(これに対して(a)項にあたる場合は「anticipation」と言われる)。
発明から出願までにはある程度の時間がかかるから、米国のように発明時基準を採用すると、それだけ特許要件が緩いことになるが、その緩和の程度は、刊行物記載等の関連では(b)項により1年に限られる。
(b)項によって1年以内になされる必要があるのは、「米国における特許出願」である。パリ条約による優先権を主張した場合もこの点は変わらない([ケイトン]at 7-15)。米国特許法119条および365条は、出願日を遡らせる扱いをするかのごとき表現をしてはいるが、結局、米国出願から1年前より前に公知になったものは救済しない規定となっている。
カリ事件では、パンナムの従業員である原告がジェットエンジンの圧縮機に関する改良について有していた特許権の侵害が問題となった。原告特許権者が、イースタン航空に対して訴えを提起したところ、一審では、その発明は出願の1年前より前に「public use」されていたもので(b)項に違反しており無効であるとの略式判決(summary judgment: 正式の事実審理の必要がないとして下される判決)が下された。
原告による特許出願は1964年9月1日になされているところ、1962年12月には既に原告はパンナムにこの改良を提案しており、これに基づいてパンナムは、エンジンの製造会社であるP&Wの承認を得た上で(1963年1月4日付けで「trial basis」での使用についての承認を、同年2月8日付けで「no objection」との承認をそれぞれ得ている)、商業的に運行されている飛行機での使用を始めた。
一審判決は、これが102条(b)項の「public use」になるとして、特許を無効と宣する略式判決を下した。
控訴審では、問題とされたパンナムによる使用が実験目的のもので「public use」にあたらないと認定される可能性があるかどうかが争われた。控訴審裁判所(2nd Cir.)は、パンナムの使用は商業的な運行の中でのものでしかも発明の内容をなす設計などについては既に確定していたにしても、なお、実際に実施するだけの価値があるかどうかを確かめるという点において実験的なものだったと認定する余地があるとして、略式判決を破棄して事件を連邦地裁に差し戻した。
「実験的」というのは、狭く解するなら、発明が完成していない段階だけを意味すると考えることも可能である。しかし、未完成というなら、そもそも(b)項の「使用」ということはないはずであり、特に例外と考えるまでもない([ケイトン]at 4-15 は、これが本来の「experimental use」の射程であり、その意味で重複的(redundant)なものであって、真の意味での例外ではないとする)。ところが、このカリ事件の言うように、“実際に実施するだけの価値のあるものかどうかを確かめる”というだけでも「実験的」とされているので、意味のある例外となっている。
このように、「実験目的での使用」は相当広範囲に認められる可能性のある例外となっている。
また、進歩性を求める特許法29条2項も「特許出願前に」と明記しており、出願時を基準としている。
これらの規定は、出願までの猶予期間を与えるものであり、日本の制度を米国の制度に近づける可能性がある。しかし、よく検討すると色々な面で極めて限定的なものであり、米国とはまったく違った実態になっている。加えて、解釈の仕方にも縮小的なところがあり、これがさらに日米の違いを大きくしている。その結果、「先願主義」と「先発明主義」という名前の違いにほぼ相応した相違が実際にも発見できる。
第一に、30条では、その適用が肯定されたとしても、6ヶ月の猶予が認められるにすぎない。米国では、“必ず”1年の猶予があるのに加えて、30条1項の「試験」の例外に比すべき事実関係の場合には「experimental use」としてその1年すら起算されないのと比べると、大きな違いがある。
第二に、日本の制度では、例外の適用を受けるためには30条4項により出願日から30日以内に証明するための書面を提出することが求められている。すなわち、公知となっていることを秘しておくのか、それとも、公知となっていることを明かして例外の適用を求めるのか、この時点までに決定しなければならない。例外が認められる範囲が確実なものであるなら、この対応は特に難しくはないが、後述の公開公報についての実務および判例の変遷や、「試験」をかなり制限的に考える議論を目にすると、例外の適用を求めることを決定するのには躊躇を覚えることが少なくなかろうと思われる。「先発明主義」においては、こんな“決断”が必要とされることがないのは勿論である。
さらに、日本では米国に比べて、それぞれの適用にあたっての内容の解釈も、極めて限定的である。この一例を4.4で説明する。
これに対して米国では、発明の先後で出願間の優劣が決するうえに、102条(a)項が定めるとおり、基本的には発明時基準主義がとられ、それに限界を画する(b)項等も、1年以内の出願の遅れを咎めることはない。したがって、(b)項規定の各事実の発生から1年以内であれば、出願が遅くなっても原則として不利に働くことはない(もちろん、発明の時期を立証できるように用意しておくことが前提である)。
むしろ、出願を遅らせることに実益がある。発明時より時間が経過して応用が現実化することによって、その発明が具体的にいかなる形で利用できるのかが明らかになる。また、発明者が当初考えた以外の実施の態様があることを発見することもあろう。出願を遅らせれば、これらをカバーするようなクレームを作成することができる。極端に言えば、他の者による実施を見た上で、それをカバーするようなクレームを作成することも、可能であるし許容される([キングスダウン事件] at 874; なお、[ハーマン]at 10参照)。
このように、「先発明主義」では出願の遅れが許され、そのために、十分に広いクレームを作成することが容易になる。この点は、5でさらに詳論する。
米国では、「先発明主義」であるから、最先の発明に基づく出願に特許が与えられる。ところが、最先の発明とは何か、また、どうやって決定するのか、ということは難しい問題である。何をもって発明がなされたというのか一意的ではなく、発明がなされるプロセスについて考察の必要がある。
この条文は、原則としては、実施に至らせた日の先後が問題とされるが、「合理的な熱心さ」が他の者の発想の前から継続されている場合は、着想の早かった者が優先することを定めたものだと解釈されている([ケイトン]at 24-7)。すなわち、最初に発想した者が「合理的な熱心さ」を保った場合には、実施に至った時期がたとえ他の者よりも遅くなろうとも、その者が最先の発明者とされる。
この「合理的な熱心さ」というのが、いったい何をするについての「熱心さ」を求めているものなのか、条文上は明らかでない。実際には、この内容としては、発明を実施するためのものでもよいし、出願をするために用意をしていた、というものでもよい。何でももっともらしい“言い訳(excuse for not being diligent)”になりさえすればよい、とすら言える面がある。人によっては、こんなものを「熱心さ」などと呼ぶのはジャーゴン(jargon: わけの分からない言葉、業界用語)でしかない、とも言う。
この結果、「合理的な熱心さ」が認められる場合はかなり多い。すなわち、「発想」によって先後を決することになる場合が少なくない。
なお、こうした「発想」等が具体的にはどういった事象を指すものなのか、という問題は、実務的に重要である上に発明の過程の分析として興味深いものがあるが、本稿では十分に立ち入る余裕が無いので別の機会にゆずる。
事実、筆者が米国の法律事務所で研修していた際の経験では、関与した事件の殆どにおいて(その大部分は被告側としてであったが)、出願日より1年前より前の発明日が主張および立証され、専ら(b)項が問題とされていた。
なお、制度から当然のことであるが、発明の先後で優劣が決するのは、出願が競合した場合に限られる。自社が出願していなくて、他社の出願をつぶそうという場合には、自社の発明が先行していたというだけでは足りない。102条の定めるいずれかに該当する必要がある。
三者以上の間の先後が問題となった場合も、二者間のインターフェアランスが組み合わせられていると考えて米国特許法102条(g)項第二文を適用することで解決できるのが大部分であるが、次の例のように解決できなくなってしまうこともある。
A・BおよびCについて、着想から実施までの時間の流れが、下の表のとおりであったとしよう。この表は、左ほど古い事象であることを示している。
まず、AとBを比較する。この間では、「熱心さ」の有無は結論に影響を与えない。実施の早いAは、着想もBより早いので、当然に優先する。
次に、BとCを比較する。この場合は、Bが優先する。Bは、実施の時期こそCに遅れるものの、Cの着想に先立って熱心さを開始して継続しているからである。
このように、AはBに優先し、BはCに優先しているから、AがCに優先するのであれば、問題はない。ところが、AとCの間での優劣を見るとそうならないのである。Cの実施は、Aの実施に先立っている。そして、Aの熱心さの開始はCによる発想に遅れているから、結局、実施の時期の早いCがAに優先する。
以上の結果、A・BおよびCの三者は、三すくみの形になってしまい、いずれが優先するのか、決定不可能である。
| A | 着想 | 継続始 | 実施 | ||||||
| B | 着想 | 継続始 | 実施 | ||||||
| C | 着想 | 継続始 | 実施 |
インターフェアランスの手続は、「信じられないほど複雑(incredibly complex)」と言われている([ケイトン]at 24-1)。本稿で十分な説明をすることは不可能であり、また、本稿の興味の対象とは必ずしも関連しないので、ごく簡単に紹介する。
インターフェアランスは、1つまたはそれ以上の出願と他の出願または効力期間中の特許との間で行われる(135条(a)項)。特許相互間での問題は、裁判所で判断される(291条)。
インターフェアランスにおいては、“仮に時間的先後関係についての要件が充たされたなら、新規性または自明性を失わせることになるもの”相互を、「同一特許発明(same patentable invention)」と呼ぶ(37 C.F.R. 1.601(n))。手続が直接に対象とする単位は「カウント(count)」と呼ばれ、カウントと同一の特許発明についてのクレームがインターフェアランスの対象となる(37 C.F.R. 1.601(f))。
出願日が最も早い者が先願当事者(senior party)と呼ばれ、それ以外の者は後願当事者(junior party)と呼ばれる。各当事者による発明は、それぞれの出願の順序でなされたものと推定される(37 C.F.R. 1.657)。すなわち、後願当事者は、発明の先後関係についての証明責任を負担する。もっとも、この場合に要求される証明度は原則として証拠の優越なので、証明責任の負担はさほど大きくはないはずである。
こうした手続を前提とすると、上記の三すくみのパラドックスの解決方法の1つを考えることができる。すなわち、単なる二当事者の問題の組合せとすると、決定不可能となってしまうわけであるが、先願当事者と後願当事者二者とのそれぞれの競合と考える、という解決方法がある。
たとえば、Aの出願が最先だったとすると、Aとの間の優劣だけを考えることになる。この事例では、AとBとの間ではAが優先するから、AB間のインターフェアランスではBはAの先願当事者としての地位を崩すことができない。しかるに、AとCとの間ではCが優先する。そこで結局、Cが特許を得る。
この考えは、1つの解決策を与えるものではあるが、おかしい点がある。すなわち、先に出願した者が、かえって劣後してしまうのである。この点を重視するなら、解決法にまったくなっていないとも言える。
米国国内では、「先発明主義」であるから、外国出願を前提としない場合には、出願は遅くて構わない。いや、「構わない」どころか、クレームを十全なものとするために遅くするべき面があることは、上述のとおりである。
ところが、そのようにして通常のやり方で国内出願をした場合に、その後になって米国外へ外国出願をしようとすると、困ったことになる。国内出願から1年以内であれば(なお、米国特許法184条によって、米国出願から半年以内に外国出願をすることは禁じられているので、ここで想定する外国出願は米国出願から半年から1年の間のものとなる)、パリ条約による優先権があるが、それにしても米国での出願より後に公知になった場合を救うだけであり、米国での出願の前に既に公知になっている場合を救済することはない。パリ条約4条Bは、「A(1)に規定する期間の満了前に他の同盟国においてされた後の出願は、その間に行われた行為」「によって不利な取扱いを受けない」と規定しているが、この条項によって救われるのは「その間」の行為についてだけだからである。
この結果、米国の出願人が“公開の後に出願をする”という米国流の手順をとった場合には、他国で特許を得ることができなくなってしまう。逆に言うと、外国出願を予定している会社は、出願前に公知にしても構わないという「先発明主義」のメリットを十分に享受することができない。こうした事情が、米国内でも大企業は先願主義移行に反対していないことの一因となっているものと見られる。
もっとも、日本以外の「先願主義」国は、必ずしもこれほど酷ではない。新規性喪失の例外規定(日本の30条に相当するもの)が、パリ条約の優先権を主張する場合には、第一出願国での出願の前についても適用され得る制度となっていることがある<注3>。この場合には、“米国流の出願手順”をとっても、後に外国出願をするのに必ずしも問題を生じない。
次に説明する104条の内外差別の問題はあるが、パリ条約の規定する1年の期間内に米国出願をする限り、米国への外国出願だからといって難しくなる事項はない。少なくとも新規性の関係では、当たり前の国内出願をしておけば、1年以内にパリ条約に従った手続をとる限り(ただし、30条の例外の場合には、1年をフルに生かすことはできないこと、1.3で説明したとおりである)、米国への外国出願をすることも可能である。
なお、米国への出願において優先権を主張するためには、開示の要件の点で注意が必要であり([拙稿1]参照)、新規性の点以外については問題があり得る。
このため、外国からの出願人は、自国内での活動をもって発明の日を立証することが許されない。この結果として、特に対策を講じていない限り、米国の発明時基準主義の適用において米国出願をもって発明の日とする他ないことになる。すなわち、米国の出願人とは違って、米国出願において発明時基準主義の恩恵を十分に得ることができない。
それまでの実務は、特許法上の明白な規定がなかったにもかかわらず、外国での活動による発明日の立証を許さないものであった。そうした実務の根拠とされたのは、外国での単なる知識または使用は先行技術とはならないとする規定(1870年法 Sec.24: 同項は後の改正法によって Sec.4886とされた)であった<注4>。すなわち、特許要件の関係で効果がないとされるものは、インターフェアランスの場においても働くべきではないと考えられていたのである(筆者には、この両者は区別されても当然であるように思われるのだが)。すなわち、発明日の立証は、公開日以前にまで遡ることになるのが当然であるが、その公開日も、外国であるために他の特許出願の特許要件の関連では先行技術としては働かないのであるから、逆にインターフェアランスの場でも働くべきではないと考えられたのである。
これに対してエレクトリック事件最高裁判決は、特許要件の場面とインターフェアランスの場面とでは外国における事実の扱いを異にしても構わないとした。もっとも、同判決は同時に“こうした取扱は先行技術としての取扱と発明日立証についての取扱とが同一でなくて不明確である”と言っている。現行の104条はこの点を解決したが、別の意味での不明確を生じている(この点は4で議論する)。
すなわち、外国での活動による発明日の立証を許したのでは、反証の可能性という点で不正義につながる、というのである。外国でいつ何をした、と主張された場合、それが真実に反していたとしても、相手方としては反証する手段がない、ということである。
また、保護主義と比べるなら、104条は不平等ではない規定ということになる: 米国市民であっても外国人であっても、ともに平等に外国での活動による発明日の立証が禁じられるのであるから。
研究所内の言わば内輪で保管されていた資料だけでは、必ずしも信用されない可能性がある、という証明力プロパーの問題に加えて、104条による制限があるから、このようにアメリカに証拠を残すことには意味がある可能性がある。なるほど、104条が“外国にある証拠によって発明の日を立証することを禁じている”のなら、米国で証拠書類を保管することによってこの制限から逃れることができよう。
しかし、これが本当に有効かどうかは疑問である。104条が制限しているのは、「発明の日を、外国における発明の知識もしくは使用またはこれに関するその他の活動をもって立証すること」である。証拠書類だけ米国にあっても、その内容は日本における「発明の知識もしくは使用またはこれに関するその他の活動」にすぎないとすると、やはり104条によって排除されてしまうのではないか、という疑問が残る。
CAFCも、[シュリー事件]において、特許された製法によって生産された物質が輸入されていた場合について、かかる物質の輸入の日をもって製法の発明日を立証することは104条の下では許されないとしている。もっとも、この事件の判決文には、“この事件で問題となったのは方法の発明であり、その場合には物質の輸入では足りないとしただけである”と理解できる部分もある。しかし、証拠書類だけ米国においていても十分ではないとされる可能性が大きいと考えざるを得ない<注5>。
こうした裁判例から見ても、また104条の文言から見ても、最も確実な対策は、実際に米国内で実施することである。米国出願をすれば、米国内での実施があったとみなされるから(手続上、出願の日を発明日の最初の段階での基準とするので、当然にこうなる: これを「constructive reduction to practice」という)、これによっても同じ効果を達成することができる。しかも、優先権を主張する場合には、原出願国での出願日が実施の日となるから、日本での出願に基づく優先権を主張すれば、日本出願の日をもって実施したのと同じことになる。
次善の策は、その発明の知識を有した人間を米国に派遣するか、米国に居る人間(典型的には弁理士)にその発明を知らせることである。なぜこれが“次善”なのかというと、米国内での実施をしない限り、「発想」の段階に止まっているのと同じ扱いを受けてしまうからである([チザム]at 10-44)。このため、さらに「合理的な熱心さ」の継続が必要とされるので、何の役にも立たないことになってしまうこともあり得る。なお、この結果として、優先権の無い場合には、米国の弁理士に依頼した時に発想が、実際に米国出願したときに実施が、それぞれなされた扱いとなる。
104条によれば、日本での活動をもって発明日を立証することは許されない。また、1年を過ぎている場合には、パリ条約による優先権は消滅してしまっている(同条約を国内法化している米国特許法119条についても、もちろん同様である)。そこで、米国での出願日が発明日であると扱われるほかないことになるが、現実の米国での出願の日まで現に新規性が保たれているなら、特許権が認められる可能性がある。日本という外国での単なる公知だけなら、(a)項でいう新規性は失われないから、刊行物に記載されていない限り新規性は維持されるので、こうした事態は大いにあり得る。
ところが実際には、出願人自身に由来する公表を(a)項との関係で問題とする際には、104条は極めて制限的に解釈されるのである。すなわち、(a)項の規定する事象に公開公報が該当するとして特許性を否定しようとしても、その公報は出願人に由来しているのであるから、出願人による発明に先立ったものではあり得ないので、(a)項による拒絶はなく、これには104条は無関係である、というのである。こうした形で発明時基準主義の恩恵を享受することは104条による禁止の射程外である、とするのがPTOの実務である。したがって、公開から1年以内に米国出願をすれば、この点では特許権を得ることが可能である([兼坂]27頁)。
この取扱を明示的に支持するCAFCの裁判例は知られていない([ケイトン]at 4-12)が、連邦地裁レベルの裁判例としては[エティカー事件]がある。同事件判決は、特許を認めたPTOの扱いを支持している。こうした事件が存在していること自体がPTOでの扱いを物語っている(PTOが特許を認めたからこそ、侵害訴訟が生じたのであるから)。CAFCの裁判例が無いのは、PTOで特許が認められてしまうためにCAFCに事件が行くことになるべき不服が生じないことが一因であると言われている(同前)。
こうした限定的な解釈は、3.2で見た104条の起源からは、当然とも考えられるものである。すなわち、104条の元来の趣旨は、外国の先行技術を取り上げるについては刊行物記載であることが求められるという制限があるところ、インターフェアランスにおいてもこれと同様の扱いをする、というだけのことである。こうした起源からすれば、現行の文言は発明日の立証一般についての制限のようになっているにしても、自身による刊行物記載によって特許が否定されてしまうような解釈はあり得ない、というわけである。
また、104条がこのように限定的に解釈されているのは、発明時基準主義の発現の1つとして“(a)項の関係では出願人自身の行動によって特許権を得られなくなることはない”という考えが定着しているためである、と見ることもできる。
比較のために、仮に、日本と同じ制度が米国で採用されていたとして、日本で公開公報に掲載された後に米国(日本の制度を有すると考えたところの米国)へ出願したとする。
この問題は、30条の新規性喪失の例外が適用になるかどうか、によって決まる。実務はかつて、例外の適用を肯定していた。しかし、現在の判例によれば、公開公報に掲載するのは特許庁長官であり、30条1項の出願人が「刊行物に発表」したとの規定には該当しない、として新規性喪失の例外とはならないことになっている([第三級環式アミン事件]最判 1989年)。すなわち、ここで想定した状況下では、拒絶されてしまうことが避けられない。
こうした点でも、日本の新規性要件の方が米国のそれよりも相当に厳しい。
伝統的に、米国は、特許権の権利範囲の確定について周辺限定主義をとっていると言われる<注6>。このネーミングは、ドイツ等におけるそれを中心限定主義として対立させる趣旨のものである。こうした対立の存在は、以下に論ずるように、ドイツやフランスを含むヨーロッパ各国が「先願主義」をとっているのに対して、米国は「先発明主義」をとっているという違いがあることに関係があるように思われる。
侵害訴訟の場面だけを見ると、周辺限定主義よりも中心限定主義の場合の方が、クレームに比しての権利範囲が広いことになる。
しかし、特許権の成立からその行使までの手続を通して見た場合の“ある発明に与えられる保護の大きさ”という観点では、中心限定主義の場合の方が保護が大きいとは限らない。特許権の成立までのところで“どれだけ広いクレームが得られるか”によって、どちらの場合の方が“発明に与えられる保護”が強力であるか、は変わってくるからである。
仮にこれが事実であるなら、それは、ドイツの特許付与手続においてはクレームによる権利範囲の限定は不完全なものとなってしまうことが前提とされているためではないか、と思われる。ドイツは先願主義をとっているが、先願主義では一刻も早く出願しなければならないため、十分なクレームを求めるのには無理がある。そこで、侵害訴訟の場面では、クレームに必ずしも拘泥することなく侵害を認定することになる。この“非拘泥”をもって中心限定主義と呼んでいるのではないか、というわけである。
この“権利範囲は後から確定させる”法制をより明確に採用していると言えるのは、旧フランス特許法である。旧フランス法の下で1969年1月1日前に出願された特許には、クレームが存在しない([国際争訟]256頁)。クレーム無しだったということは、“特許が認められるまでに権利範囲を確定させる”との考えがおよそ存在していなかったことを示している。
もっとも、この法制は侵害訴訟の被告にとって極めて危険性の高いものであり、これが不当であるために新法が制定されたとも見られるから、この説明には限界がある。しかし、少なくとも“特許の後に権利範囲を確定させる”という考えが存在し得ることを示していることは確かである。
その十全なクレームを前提とするわけだから、侵害訴訟ではクレームの文言を重視して記載のとおりに権利範囲を画することにしても不当ではない。
アメリカの周辺限定主義は、「発明の定義としての特許請求範囲の記載を完全に記載することが可能であり、それは将来これに基づいて独占権を享受すべき出願人の負うべき当然の責任である、という認識に出る。」([松本重敏]126頁)と言われるが、そうした認識を成立させるための用意(あるいは努力)が「先発明主義」という形でそれなりにあるのではないか、ということである。
日本の採用している組合せは、その内容のそれぞれを他から切り離して考えてみれば妥当なものである。まず、先願主義によって、先発明主義における、先発明者確定の困難および不明確を避ける。同時に、早期出願を促すことができる。また、周辺限定主義の方が、中心限定主義よりも権利関係が明確であり、法的予測可能性の点で望ましい。
しかし、組合せとして考えると、特に“発明に与えられる保護”が十分なものになるかどうかという視点から見ると、極めておかしい。先願主義をとる以上は、クレームは不完全なものになると考えなければならない。ところが同時に周辺限定主義をとっている。これでは、不完全なクレームに拘泥することになってしまう。“不十分な広さのクレームしか作成し得ない先願主義をとりながら、そのクレームの文言に拘泥する周辺限定主義を採用している”ということになるわけであり、制度全体として発明に対する保護が薄い、ということを否定できない<注7>。
しかしながら、日本はこれまで後発国としてロイヤルティを先進諸国に支払う立場であったから、その国益という点では発明の保護は余り厚くない方が得である。この意味では日本の組合せは実に賢明な選択である。
周辺限定主義には、侵害とされる可能性のある者にとっての予測可能性が高いという、中心限定主義に比しての明らかな長所がある。しかし、“発明に十分な保護を与えることができるか”という点では、問題を生じることのある制度である。
「先発明主義」によれば、周辺限定主義をとりながら、発明に十分な保護を与えることができる可能性がある。すなわち、「先発明主義」の出願実務に与える影響を考えると、十分なクレームを得ることが容易になるために、周辺限定主義でも妥当な保護が得られる、というわけである。
米国は、多民族国家で、共通する文化的基盤がない。そのままでは、決してコンセンサスを得ることはできない。これに対処するために、合意内容を逐一文書化しておく必要がある。明示する以外には、合意を達成する術がない。この結果、複雑な契約の契約書は際限なく大部なものとなる。
特許についても、権利範囲をクレームという形で明示しておかないことには、侵害の成否について収まりのつかないことになる。“紛争予防”の方策として「周辺限定主義」をとることが必然となるのである。すなわち、クレームから外れているような場合にまで侵害を認めるような法制を取ることは決してできないことになる。
しかし、ただ単に「周辺限定主義」を貫徹したのでは、発明に対する保護が不十分なものとなってしまう。これを少しでも避けるためには、十分なクレームを作成することが可能となるような出願手続を用意する必要がある。これが「先発明主義」である。
このような“努力”は、実際には、必ずしも成果を上げていないようにも見える。確かに、米国において紛争は多い。これを、“努力の方向が誤っている”ためと考えることも可能である。しかし筆者には、“努力にもかかわらず十分に克服できない程に、米国の抱える多民族国家の困難は深い”ということのように思われる<注8>。
実践的な示唆は、次の3つである。第一: 国際的不調和による不便は、米国から外国出願をするものにとって深刻なものとなる場合がある; このため、米国当事者の日本特許には、これを心得た上で対応する必要がある。第二: 104条の対処として一般に言われているところには疑問の余地がある。第三: 優先権主張の期間を徒過しさらに公開に至ってしまった後でも米国出願は不可能とは限らない。
比較法的考察は、次のようにまとめられる。コンセンサスの欠如した国である米国では、クレームから外れた場合にまで侵害を認めるようなことは不可能である。したがって、「周辺限定主義」をとることが不可避である。しかし、それだけでは発明に対する保護が不十分となってしまう。これを補うために、「先発明主義」が必要となる。このように、米国が「周辺限定主義」と「先発明主義」との組合せを採用していることには、深い必然性がある。
米国特許法102条(c)項から(g)項第一文までの各条項も、(a)項を制限するものであるが、これらは本稿の興味の対象とは関連性が薄いので議論の対象としない。 本文に戻る
または、郵便局で投函するまで(普通は証明の関係から書留郵便に付すまでということになる)もしくは「電子計算機に備えられたファイルへの記録」がされるまで、秘密を保つ必要がある。特許法19条により、願書については郵便局に差し出した日時に特許庁に到達したものとみなされ、また、電子出願については特例法3条2項により同様に到達とみなされるから、秘密に保つのはこの時点まででよい。 本文に戻る
たとえばドイツ連邦共和国実用新案法では、6ヶ月の猶予期間がある(3条1項第三文)が、猶予が与えられる場合が広い上に、その期間は「出願の優先に関係する日」(AIPPI日本部会吉村孝訳による)を基準とするため、パリ条約優先権が適用される場合には、第一出願国での出願前の公知も救済される。すなわち、公開してから半年以内に米国出願を済ませさえすれば、米国流を採用しても基本的には問題を生じない。(b)項の猶予期間である1年が半年に縮まってしまうだけである。
なお、同じくドイツの特許法では、1980年1月1日から6ヶ月猶予の制度は廃止されたと説明されているが([ヤコブズ]at G-7)、それでも公式博覧会での開示など一定の場合には、出願書類においてその旨を示しかつ4ヶ月以内に証拠を提出することを条件に猶予が認められている(同前)。これに照らすと、日本の制度は「猶予はない」と言った方が誤解が少ない、と言えるレベルのように思われる。
この点で奇妙とも見えるのが、米国の(b)項である。米国は、外国での猶予を勘案しない。しかし、米国の(b)項の場合には、1年という十分な猶予期間があるから、実際上は問題はなかろう。 本文に戻る
日本の特許法でも、外国については文献公知でなければ新規性が否定されないが、これと同様に米国でも、米国内と外国とでは新規性を否定するための要件に違いがある。米国の現行法では、米国内のものについては単なる「知識」または「使用」でも十分であるかのごとき規定となっているのに対して、外国の場合には明文で「公的な」ものであることが要求されていること、1.2.1で言及したとおりである。これと同様の規定が、1870年法から存在していた(上記の Sec.24)。 本文に戻る
この点についての一般的な理解の解説として、[ブラッドリー]は「発明の説明書は、その発明を理解する能力のある米国内の誰かが目を通さなければならないというのが、米国内における一般的な認識である。」と言っている(113頁)。
ところが同時に、同書は「しかし、筆者の見解では、通読する人は必ずしも説明書を理解する能力がある必要はない。」とも言っており(114頁)、米国内で受領した日を管理するだけでもよいとしている。この考えによれば、本文中で言及した方策も有効である。
しかし、同書自身が認めるように、これは一般的な認識ではなく、同書の見解を支持する有力な裁判例等も存在しない。104条の文理からしても無理のある解釈であり、解釈論として妥当な面はあるが、必ずしも依拠できるものではない。
丁度この問題について、近時の Journal of the Patent and Trademark Office Society 誌上において議論の応酬がされていることに、本文脱稿後に接した。まず[バディー]が、104条の外国企業としての対処法について説いた。この中で、米国へ知らせることによって対処しようという場合には、その通知は英文によるまた英文の翻訳をつけるべきであり、米国内において読まれかつ理解されるべきであるとした。これに対する批判として、[ゴルツ]は“英語でなくてもよく、また、読解される必要もない”との議論を判例をあげて展開している。[ゴルツ]の議論するとおりであれば、本文中で取り上げた対処法も有効である。しかし、その根拠としている判例は、問題の点を直接に判示したものとは言いがたい。少なくとも、このような論争があること自体が、依拠するには疑問があることを示しているように思われる。 本文に戻る
各国の侵害訴訟での保護の在り方は、時代によって揺動があり、単純には言えない話であるが、実は筆者が思うには、現在の米国は日本と比べれば決して「周辺限定主義」ではない([拙稿3]参照)。
したがって、本稿の議論は、歴史的には存在していた米国の「周辺限定主義」、あるいはヨーロッパと比較した場合に存在すると見られる米国の「周辺限定主義」を説明するものである。日本と対比しての現在の米国の侵害訴訟を論じるものではない。
それでも、「周辺限定主義」といったことが語られることのある限りでは、意義のある議論であると考える。 本文に戻る
日本の制度は、出願時基準主義のために広いクレームを作成するには不都合なわけであるが、もっとも、補正の機会を通じて、発明時基準主義とは違う形で十全なクレームを作成する機会を与えていると見ることも可能である。
今までの日本の手続では、要旨変更とならない限り自由に補正ができるものとされ、実質上制限がなかった。そこで、先願主義のために出願時には不十分なクレームしか作成できないにしても、後にこれを補正することによって、発明時基準主義の場合と同様の十全なクレームを得ることができる可能性があった。
特に、“出願時には広いクレームにしておいて、拒絶理由通知を受ける度にそこで指摘された先行技術だけを除外するべく最小限の減縮をする”という戦略をとることで、限界まで広いクレームを獲得することが可能だった。
しかし今次の改正により、補正が制限され新規事項を追加する補正は許されないことになり(新法17条の2第2項)、また拒絶理由通知が原則として2回に制限されることになった。これらの改正のため、上記のような“段々と狭めていく”方法をとることは難しくなった(もっとも、新規事項の追加は禁止されるが、出願時にクレームには全部の特徴を記載はせず広いものにしておくが詳細な説明においてはベストなものを記しておくことによって、クレームを後に狭めることは可能であるとも考えられる; また、ここで考えている場面で問題となるような種類の拒絶理由通知は、補正の前でも可能なものであると考えられるから、2回目であっても「最初の拒絶理由通知」とされるようにも思われるが、はっきりしない)。
拒絶を受けなくても、拡張的補正をすることで広いクレームを得ることはできる(そして、多項制を活用するというより正当な対処法以外には、基本的にはそういう方法だけが今後も採用可能であると思われる)。しかし、既に出願を済ませたものを、拒絶されるおそれもないのに補正するというのは、日本の出願実務では余り現実的ではないように思われる。
なお、こうした“出願後のクレームの充実化”についても、米国はより一層徹底しているようである。[キングスダウン事件]等を見ると、米国の弁理士の間では、積極的にライバルの製品をカバーするために審査期間中にクレームを修正ないし追加するという実務が存在しているものと見られる。特に、継続出願(continuation application)の手続をとることで、手続を際限なく長期化することが可能であり、徹底したクレームの完全化ができる。これは、「先発明主義」から生ずる出願前の実務の延長として成立しているものであろう。 本文に戻る
米国の“紛争回避の努力”が成果をあげていないことには、制度的な理由を考えることもできる。米国では、侵害訴訟において無効主張が許されるが、これは、「周辺限定主義」とは反対に、登録されている特許に対する信頼(あるいは尊重の念)を失わせるものであり、紛争を誘発する面がある。[拙稿3]で指摘したように、無効主張が許されることによって、「周辺限定主義」が貫徹できなくなる、という影響もある。
しかし、無効主張を許していること自体も、やはり、米国の国の成り立ちに深く根ざしたものであり(法の理念によって初めて統合を成り立たせている国であるため裁判所の役割が大きくならざるを得ない)、この点で本文中の指摘はやはり維持できるのではないかと思う。 本文に戻る
なお、本稿は、WTOの関係での法改正前の内容になっています(この法改正の内容については兼坂学さんによる解説が参考になります)。米国では従来は、外国における発明について、外国での発明日を認めていなかったものですが、WTOにともなって、WTO加盟国での発明日を認めることにになりました。このため、米国の先発明主義の問題性は多少は減少しています。
もっとも、米国のWTO改正によって初めて日本からの米国出願において先発明主義の便宜を享受できるようになったとも言えます。この点で、先発明主義の研究の意義および必要性は高まっています。こうした趣旨で、「日本からの米国出願における『先発明主義』の利用」について研究中です。近日中に暫定稿をアップできるように努力します。
この関係で、バーチ事務所のページに掲載されているEstablishing an Earlier Invention Date under GATT, by Susan M. Morse(この文書には矢部さんによる翻訳があります)は、参考になりそうです。この論文によると、日本での出願が CONSTRUCTIVE REDUCTION として認められることが期待されます。そうすると、パリ条約の優先権を必ずしも使わなくても良いことにもなりそうです(この論文はここまでは言っていないのですが)。
<引用判例>
[エティカー事件]: Oetiker v. Jurid Werid Werke BmbH., 209 USPQ 809 (DCDC 1981). 引用箇所
[エレクトリック事件]: Electric Storage Battery v. Shimadzu, 307 U.S. 5 (1939). FindLawのこのケースのページ 引用箇所
[カリ事件]: Cali v. Eastern Airlines, Inc., 442 F.2d 65 (2nd Cir. 1971). 引用箇所
[キングスダウン事件]: Kingsdown Medical Consultants, Ltd. v. Hollister Inc., 863 F.2d 867 (Fed.Cir. 1988). 引用箇所 引用箇所
[シュリー事件]: Shurie v. Richmond, 699 F.2d 1156 (Fed.Cir. 1983). 引用箇所
[第三級環式アミン事件]: 最判平成元年11月10日(民集43巻10号1116頁・判例時報1337号117頁). 引用箇所
<引用文献>
[大川]: 大川晃「WIPO特許ハーモナイゼーション条約の最近の動向」(『パテント』1994年1月号52頁). 引用箇所
[兼坂]: 兼坂学『米国特許出願の手引』(東京布井出版 1991年). 引用箇所
[ケイトン]: Irving Kayton, Patent Practice, Vol. 1, 2 & 6 (5th ed. Patent Resources Ins. 1993). 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所
[国際争訟]: 比較法研究センター編『国際特許侵害争訟』(法研出版 1991年). 引用箇所
[ゴルツ]: Charles L. Gholz & James R. Boler, First Letter to the Editor, Re: Badie, Hints to Foreign Inventors, JPTOS Vol.75 No.11 P.851 (1993). 引用箇所 引用箇所
[拙稿1]: 松本直樹「ノウハウの温存と米国特許法におけるベストモード開示義務」(『パテント』1993年6月号39頁). 引用箇所
[拙稿2]: 松本直樹「陪審トライアルのテクニック」(『パテント』1992年9月号34頁). 引用箇所
[拙稿3]: 松本直樹「米国特許制度におけるPTOと裁判所の役割」(『月刊国際法務戦略』1992年10月号および11月号). 引用箇所 引用箇所
[チザム]: Donald S. Chisum, Patents, Vol.3 (Matthew Bender 1993). 引用箇所 引用箇所 引用箇所
[注解]: 中山信弘編著『注解特許法第二版【上巻】』(青林書院 1989年). 引用箇所
[豊崎]: 豊崎光衛『工業所有権法[新版・増補]』(有斐閣法律学全書 1975年). 引用箇所
[バディー]: James W. Badie, Hints to Foreign Inventors: You Can Protect Your Invention Date, JPTOS Vol.75 No.8 P.651 (1993). 引用箇所
[ハーマン]: Robert L. Harmon, Patents and the Federal Circuit (2nd ed. BNA Books 1991). 引用箇所
[ブラッドリー]: Charles W. Bradley(大塚康徳・松本研一共訳)「米国特許法の下における外国でなされた発明の発明日の確保」(AIPPI Vol.37 No.3 P.110 (1992)). 引用箇所
[松本重敏]: 『特許発明の保護範囲』(有斐閣 1981年). 引用箇所 引用箇所
[ヤコブズ]: Alan J. Jacobs, Patents throughout the World (4th ed. Clark Boardman Callaghan 1993). 引用箇所
http://homepage3.nifty.com/nmat/SENHATUM.HTM