森下システム復活のきっかけとなった深浦流の一号局は1997年2月の▲深浦五段−▽佐藤八段戦、二号局が同年7月で、タイトル戦初登場は2002年12月の第15期竜王戦第四局▲阿部七段−▽羽生竜王戦。プロの公式戦で最も対局数の多い矢倉でどうしてこんなに歩みがノロいのか。
下表は棋界の流れと深浦流の出現具合を年度別に追ったものである。表中「矢倉局数」はプロ公式戦全対局のうち▲7六歩▽8四歩▲6八銀▽3四歩で始まったものの数である(序盤四手チャート参照)。
| 年度 | 名人 | 竜王 | 矢倉局数 | 深浦流(年鑑収録分) | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1996 | 谷川 | 谷川 | 535局 | 0局 | 深浦流一号局(2月) |
| 1997 | 佐藤 | 谷川 | データなし | 1局 | 深浦流二号局(7月) |
| 1998 | 佐藤 | 藤井 | 513局 | 0局 | |
| 1999 | 丸山 | 藤井 | 380局 | 1局 | |
| 2000 | 丸山 | 藤井 | 388局 | 1局 | |
| 2001 | 森内 | 羽生 | 285局 | 0局 | |
| 2002 | 羽生 | 羽生 | 286局 | 4局 | 第15期竜王戦第四局 |
| 2003 | 森内 | 森内 | 251局 | 2局 | 第16期竜王戦第三局 |
| 2004 | 森内 | 渡辺 | 260局 | 1局 | |
| 2005 | 森内 | 渡辺 | 251局 | 2局 | |
| 2006 | 森内 | 渡辺 | 278局 | ?局 |
この表を眺めるとだいたい話が見えてくる。
まず、深浦流が出現した1997年のあとで矢倉の対局数が急に減っている。これは藤井竜王が登場して四間飛車が大流行したためである。そして藤井竜王の連覇が終わったところで矢倉の対局数はもういちど急激に減る。これは丸山名人が誕生していることから想像がつくように横歩取り▽8五飛戦法が流行したためである。つまり深浦流は、プロ棋士の興味が矢倉から離れていく時期に現れてしまったのである。
一号局の深浦現王位が当時は五段の「新進気鋭」にすぎなかったことと対局に敗れてしまったことも深浦流への注目を遅らす原因になったと思う。実際、一号局は後手が佐藤康光八段であったにもかかわらず将棋年鑑に収録されていない。
これらの原因に加えて1997年当時の矢倉では▲3七銀戦法が定跡整備の最中だったことも森下システムの復活を遅らせた。次回はそこのところを見ていく。
盤面図をとばす 後手:佐藤康光棋聖棋王 後手の持駒:角 9 8 7 6 5 4 3 2 1 +---------------------------+ |v香v桂v銀v金v玉v金v銀v桂v香|一 | ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・v飛 ・|二 |v歩v歩v歩v歩 ・v歩 ・v歩v歩|三 | ・ ・ ・ ・v歩 ・v歩 ・ ・|四 | ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|五 | ・ ・ 歩 ・ ・ ・ ・ 歩 ・|六 | 歩 歩 ・ 歩 歩 歩 歩 ・ 歩|七 | ・ 銀 ・ ・ ・ 銀 ・ 飛 ・|八 | 香 桂 ・ 金 玉 金 ・ 桂 香|九 +---------------------------+ 先手:渡辺明竜王 先手の持駒:角 第1図(▽2二飛まで)
佐藤二冠が考え出したと思われる、ゴキゲン中飛車模様からの角交換向かい飛車である。
佐藤流向かい飛車は二種類ある。ひとつは▲7六歩▽3四歩▲2六歩▽5四歩▲4八銀に▽3三角!とする形で一号局は2002年3月1日のA級順位戦▲森下八段−▽佐藤九段。もうひとつは本局の形で一号局は2003年9月4日の第11期銀河戦▲谷川王位−▽佐藤棋聖である。
竜王戦中継によると第1図▽2二飛までの前例は7局あるらしい。そのうち2局は「将棋年鑑」(一号局と2005年7月の第46期王位戦第二局▲羽生王位−佐藤棋聖)、1局は「名人戦・順位戦パーフェクト・データ」(2003年11月のB級1組▲中川七段−神谷七段)に収録されている。
竜王戦中継の解説と手元にある棋譜情報を合わせると前例の内訳は第1表のようになる。▲6八玉▽4二銀▲7八玉の銀冠が一号局、穴熊が中川−神谷戦、▲7七角▽1二飛▲2五歩が羽生−佐藤の王位戦である。
| ▽2二飛の後 | 局数 | 勝敗 | 先手玉形 |
|---|---|---|---|
| ▲6八玉▽4二銀▲7八玉 | 2局 | 後手2勝0敗 | 銀冠,穴熊 |
| ▲6八玉▽4二銀▲2五歩 | 1局 | 後手0勝1敗 | 不明 |
| ▲6八玉▽4二銀▲7七銀 | 1局 | 後手1勝0敗 | 不明 |
| ▲7七角▽1二飛▲2五歩 | 1局 | 後手1勝0敗 | 壁銀7八玉 |
| 不明 | 2局 | 不明 | 不明 |
なお、竜王戦中継では▲6八玉以下の前例が後手の3勝1敗であることから「後手の勝ちやすい戦型」と解説しているがこれは誤りである。このくらいの対局数でそんなことは言えないし、3勝のうち少なくとも神谷七段の1勝は最終盤の逆転によるものである。
盤面図をとばす 後手:佐藤康光棋聖棋王 後手の持駒:角 9 8 7 6 5 4 3 2 1 +---------------------------+ |v玉v桂 ・v金 ・v金 ・v桂v香|一 |v香v銀 ・ ・ ・v銀 ・v飛 ・|二 |v歩v歩v歩v歩 ・v歩 ・ ・v歩|三 | ・ ・ ・ ・v歩 ・v歩v歩 ・|四 | ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|五 | 歩 歩 歩 ・ ・ ・ ・ 歩 ・|六 | ・ 銀 桂 歩 歩 歩 歩 ・ 歩|七 | ・ 玉 金 ・ ・ 銀 ・ 飛 ・|八 | 香 ・ ・ ・ ・ 金 ・ 桂 香|九 +---------------------------+ 先手:渡辺明竜王 先手の持駒:角 第2図(▽8二銀まで)
本局は渡辺竜王の第11手▲7八金が新手ということだがそれで特にどうということもなく、第2図まで結局銀冠となった。
先手の左銀は7七に上がると後手が高美濃に組んだとき7三桂で狙われるので8七銀とするのが自然である。今後のプロの対局でも本線はコレになるだろう。
個人的には▲7八玉▲6八金型から左銀を6六に出るようなことを考えてみたいんだけどそれこそ後手の勝ちやすい戦型になっちゃうんだろね。
▲7六歩▽3四歩▲2六歩▽5四歩▲4八銀▽8八角成▲同銀▽2二飛(第1図)▲6八玉▽4二銀▲7八金▽2四歩▲7九玉▽6二玉▲8六歩▽7二玉▲8七銀▽8二玉▲7七桂▽9二香▲9六歩▽9一玉▲8八玉▽8二銀(第2図)
盤面図をとばす 後手の持駒:なし 9 8 7 6 5 4 3 2 1 +---------------------------+ |v香v桂 ・v金 ・ ・ ・v桂v香|一 | ・v玉v銀 ・ ・ ・v飛 ・ ・|二 |v歩v歩 ・v金 ・ ・v角v歩v歩|三 | ・ ・v歩v銀v歩 ・v歩 ・ ・|四 | ・ ・ ・v歩 ・v歩 ・ 歩 ・|五 | ・ ・ 歩 ・ 歩 ・ ・ ・ ・|六 | 歩 歩 銀 歩 ・ 歩 歩 ・ 歩|七 | 香 銀 ・ 角 ・ ・ ・ 飛 ・|八 | 玉 桂 金 ・ 金 ・ ・ 桂 香|九 +---------------------------+ 先手の持駒:なし 第1図(▽6四銀まで)
三間飛車で、後手でいえば▽5三銀型から第1図のように▽6五歩▽6四銀と位を張る指し方を真部流という。11月24日に亡くなった真部一男九段が愛用したことからこの名で呼ばれる。対左美濃・対居飛車穴熊に有効な作戦である。
真部流という呼称をはじめて見たのは「三間飛車道場 第一巻」(2004年6月)の編集後記だったと思っていたが、それより十年も前の「定跡外伝」(1993年12月)に解説があった[1, 2]。第1図から▲6九金に▽5五歩▲同歩▽同銀で既に後手が良い、らしい。このほか「羽生の頭脳 4」(1992年10月)にもこの形が載っている[3]。
三間飛車道場によると「二十年以上前、真部一男八段が愛用」ということで、1980年頃、居飛車穴熊が威力を見せるなかで30歳前後の真部九段が試みた形だったのだろうと思う。
残念ながら将棋年鑑に「真部の真部流」の棋譜は残っておらず、当時では大山十五世名人がタイトル戦で指しているのが目立つくらいである(1981年の第22期王位戦第二局・第四局)。真部九段が先か大山名人が先かは不明。
盤面図をとばす 後手の持駒:なし 9 8 7 6 5 4 3 2 1 +---------------------------+ |v香v桂 ・ ・ ・v玉v角v桂v香|一 | ・v飛 ・v銀v金 ・v金 ・ ・|二 |v歩 ・ ・v歩 ・ ・v銀v歩v歩|三 | ・v歩v歩 ・v歩v歩v歩 ・ ・|四 | ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|五 | ・ ・ 歩 歩 歩 ・ 歩 ・ ・|六 | 歩 歩 銀 金 ・ 歩 ・ 歩 歩|七 | ・ ・ 金 ・ ・ 銀 ・ 飛 ・|八 | 香 桂 角 玉 ・ ・ ・ 桂 香|九 +---------------------------+ 先手の持駒:なし 第1図(▽7四歩まで)
第1図は現代矢倉の24手組とでもいうべき局面で、ここで▲6八角から玉を囲うのが森下システム、すぐに右銀を上がるのが3七銀戦法、早い段階で▲2六歩と突いて結果的に第1図で▲2六歩とするのと同じ形になるのが加藤流である。
これら三つの戦型について将棋年鑑に収められている局数を第1表にまとめた。
この表から加藤流→森下システム→3七銀戦法→森下システム復活という流れが見えてくる。
進行中の第20期竜王戦(渡辺竜王−佐藤棋聖棋王)は第一局と第五局が矢倉で、第一局は森下システム、第五局は3七銀戦法だった。今後はどうなっていくのだろうか。
| 年度 | 名人 | 竜王 | 加藤流 | ▲6八角 | ▲3七銀 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1980 | 中原 | − | 3局 | 0局 | 0局 | |
| 1981 | 加藤 | − | 6局 | 0局 | 0局 | 飛先不突矢倉の名人戦 |
| 1982 | 谷川 | − | 20局 | 0局 | 0局 | |
| 1983 | 谷川 | − | 15局 | 0局 | 1局 | |
| 1984 | 中原 | − | 45局 | 2局 | 2局 | |
| 1985 | 中原 | − | 63局 | 2局 | 5局 | |
| 1986 | 中原 | − | 48局 | 1局 | 3局 | |
| 1987 | 谷川 | − | 18局 | 0局 | 2局 | |
| 1988 | 谷川 | 島 | 9局 | 3局 | 1局 | |
| 1989 | 中原 | 羽生 | 3局 | 1局 | 5局 | |
| 1990 | 中原 | 谷川 | 3局 | 13局 | 12局 | |
| 1991 | 中原 | 谷川 | 5局 | 48局 | 23局 | |
| 1992 | 米長 | 羽生 | 9局 | 43局 | 27局 | |
| 1993 | 羽生 | 佐藤 | 11局 | 48局 | 18局 | |
| 1994 | 羽生 | 羽生 | 4局 | 7局 | 57局 | 森下−米長戦(6月) |
| 1995 | 羽生 | 羽生 | 1局 | 1局 | 46局 | |
| 1996 | 谷川 | 谷川 | 0局 | 0局 | 42局 | 深浦流一号局(2月) |
| 1997 | 佐藤 | 谷川 | 2局 | 4局 | 43局 | 深浦流二号局(7月) |
| 1998 | 佐藤 | 藤井 | 0局 | 1局 | 26局 | |
| 1999 | 丸山 | 藤井 | 3局 | 6局 | 14局 | |
| 2000 | 丸山 | 藤井 | 4局 | 3局 | 15局 | |
| 2001 | 森内 | 羽生 | 5局 | 3局 | 10局 | |
| 2002 | 羽生 | 羽生 | 2局 | 7局 | 15局 | 第15期竜王戦第四局 |
| 2003 | 森内 | 森内 | 1局 | 3局 | 17局 | 第16期竜王戦第三局 |
| 2004 | 森内 | 渡辺 | 1局 | 1局 | 15局 | |
| 2005 | 森内 | 渡辺 | 0局 | 11局 | 15局 | |
| 2006 | 森内 | 渡辺 | ?局 | ?局 | ?局 |