9x9=81 2007年10月

五番勝負の勝率2

  • 2007年10月2日

勝率六割とか七割の棋士が五番勝負を戦ったらどんなことになるか、七番勝負の場合と同じように計算してみた(第1表)。

羽生王将王座は勝率0.75弱相当

この表から、勝率0.6の棋士でも番勝負の勝率は七割近くなり、勝率0.75の棋士だと3連勝する率が四割超、番勝負は九割方勝つことがわかる。そして、羽生王将王座は勝率0.75よりやや下くらいの数字を残している。羽生王将王座の実際の星勘定は111勝39敗の勝率0.74で、七番勝負の場合と同じく妥当な結果が出ているといえる。

第1表 勝率0.6〜0.8のときの五番勝負の勝敗発生率
勝敗 勝率0.60 勝率0.65 勝率0.70 勝率0.75 勝率0.80 羽生王将王座実績
番勝負勝率 0.6826 0.7648 0.8369 0.8965 0.9421 34/39 = 0.8718
3勝0敗 0.2160 0.2746 0.3430 0.4219 0.5120 16/39 = 0.4103
3勝1敗 0.2592 0.2884 0.3087 0.3164 0.3072 12/39 = 0.3077
3勝2敗 0.2074 0.2018 0.1852 0.1582 0.1229 06/39 = 0.1538
2勝3敗 0.1382 0.1087 0.0794 0.0527 0.0307 04/39 = 0.1026
1勝3敗 0.1152 0.0836 0.0567 0.0352 0.0192 01/39 = 0.0256
0勝3敗 0.0640 0.0429 0.0270 0.0156 0.0080 00/39 = 0.0000

負けているのは誰だ!?

ところで、七番勝負の計算のときにもひっぱってきた「通算同一カード上位20(2007年9月30日対局分まで)」(日本将棋連盟)によると羽生王将王座の通算勝率は谷川九段・佐藤棋聖棋王・森内名人に対しては六割前後である。七番勝負の成績もだいたいそんなもんだった。それなのに五番勝負だと勝率0.75弱相当になるということは、この三人以外の棋士が次々と挑戦しては木端微塵に吹き飛ばされているのだろうか? そこんとこを調べたのが第2表である。

第2表 羽生王将王座の戦績
区分 対 谷川九段 対 佐藤二冠 対 森内名人 対 他棋士
於 七番勝負 37勝32敗
勝率0.5362
48勝27敗
勝率0.6400
19勝17敗
勝率0.5278
47勝21敗
勝率0.6912
151勝97敗
勝率0.6089
於 五番勝負 27勝11敗
勝率0.7105
17勝4敗
勝率0.8095
7勝5敗
勝率0.5833
60勝19敗
勝率0.7595
111勝39敗
勝率0.7400
通算成績 93勝62敗
勝率0.6000
84勝43敗
勝率0.6614
49勝40敗
勝率0.5506
764勝227敗
勝率0.7709
990勝372敗
勝率0.7269

みんな負けている

この表は羽生のがけっプチ8から勝敗の結果を拾って一覧にしたものである。七番勝負は先の第48期王位戦の前まで、五番勝負は進行中の第55期王座戦の前まで、通算成績は2007年9月末までの数字となっている。途中、谷川に3-1、谷川に3-2……と数えながら俺は何をやっとるんだろう感に苛まれたが、それを乗り越えてなんとかまとめきった。

結果として、みんな揃って討ち死にしていることがわかった。たしかに五番勝負のほうが「他棋士」の挑戦が多いのだが、そんなことは関係なく谷川・佐藤・森内にも合わせて七割以上勝っているのである(主犯は佐藤棋聖棋王)。嗚呼、死屍累々。

第55期王座戦第三局

  • 2007年10月3日
  • 久保八段−羽生王座
  • 先手四間対後手右銀急戦
盤面図をとばす
後手:羽生善治王座
後手の持駒:なし
 9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香 ・ ・ ・ ・v金v銀v桂v香|一
| ・ ・ ・ ・v金 ・v玉v角 ・|二
| ・ ・v桂v歩 ・v歩 ・v歩v歩|三
|v歩v飛v歩v銀v歩 ・v歩 ・ ・|四
| ・v歩 ・ 歩 ・ ・ ・ ・ ・|五
| ・ ・ 歩 ・ ・ 歩 歩 ・ ・|六
| 歩 歩 角 銀 歩 ・ ・ 歩 歩|七
| ・ ・ ・ 飛 金 ・ 銀 ・ ・|八
| 香 桂 ・ ・ ・ 金 玉 桂 香|九
+---------------------------+
先手:久保利明八段
先手の持駒:なし

  第1図(▲6五歩まで)

先手藤井システムと後手右銀急戦の戦いにおいて、「島ノート」でいうところの「終盤一気作戦」▲6五歩(29手目:第1図)がどこまで効くかという一局である。

類型が少ない

王座戦中継木村一基八段が指摘していたとおり端歩不突きの▲3六歩は類型が少ない。将棋年鑑にこの形は収録されておらず、藤井システム出現以降では▲1六歩▲4六歩型と▲1五歩型が2対1の割合で指されている。

右銀急戦に対して銀を引き戻す「大山流」も少数派である。将棋年鑑でこの形は2割くらいで、圧倒的に多いのは▲7八飛もしくは玉を動かして▽7五歩に▲7八飛とする指し方である。

本局の両者は6年前の第49期王座戦第二局でほとんど同じ形を指しているが、そのときは後手の羽生王座が▽5三銀と引き戻す趣向を見せて違う将棋となった。

島ノートの抜け道

島朗八段(もうすぐ九段だ)の「島ノート」では第1図▲6五歩に「これを▽同銀は▲2二角成▽同銀▲7七桂で銀が取れる形になり先手不満なし。また▽5三銀は▲6六銀、▽5五銀には▲7八銀▽4六銀▲6四歩で十分。また▽7七角成なら持久戦の展開になるが、先手十分」としている。そして「自然な対応」▽6五同桂に対する絶妙な攻めを詳解している。

しかし島ノートは週刊現代の連載が元ネタだけに思いきって攻め方有利に約めた部分があり、上記のようにサラリと流してあるところは怪しい。本局は▽5五銀▲7八銀に▽7五歩で島ノートから離れた。

盤面図をとばす
後手:羽生善治王座
後手の持駒:角 歩
 9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香 ・ ・ ・ ・v金v銀v桂v香|一
| ・ ・ ・ ・v金 ・ ・ ・v玉|二
| ・ ・v桂v歩 ・v歩 ・v歩v歩|三
|v歩v飛 歩 ・v歩 ・v歩 ・ ・|四
| ・ ・ ・ 歩 ・ ・ ・ ・ ・|五
| ・ 歩 ・ ・ ・v銀 歩 ・ ・|六
| 歩 ・ 銀 ・ 歩 ・ ・ 歩 歩|七
| ・ ・ ・ 飛 金 ・ 銀 ・ ・|八
| 香 桂 ・ ・ ・ 金 玉 桂 香|九
+---------------------------+
先手:久保利明八段
先手の持駒:角 歩二

  第2図(▲7四歩まで)

▲6五歩は不発?

第1図から▽5五銀▲7八銀▽7五歩とすれば後手の主導で第2図になる。▲2二角成に▽同玉としてさらに▽1二玉と深く入ったのが良さげで、中継では後手優勢との評判だった。一般アマ的にはホンマですかいなという感じだが▽1二玉と後の▽5五角が先手の端歩不突きと▲3六歩を咎めたような形なので良いと言われればそんな気もする。

しかしこのあと久保八段にうまい受けがあって評判がひっくりかえったところをみると、飛車を7七の重い銀と交換したり7七桂を二手かけて取った罪はそれなりに重く、第2図では普通に▽7六歩がよかったんではないかなあと、思ったりもするけどよくわからん。

初手から第1図・第2図までの指し手

▲7六歩▽3四歩▲6六歩▽8四歩▲6八飛▽6二銀▲7八銀▽4二玉▲6七銀▽3二玉▲3八銀▽5四歩▲4六歩▽5二金右▲5八金左▽5三銀▲3六歩▽8五歩▲7七角▽7四歩▲4八玉▽6四銀▲7八銀▽7三桂▲3九玉▽9四歩▲6七銀▽8四飛▲6五歩(第1図)▽5五銀▲7八銀▽7五歩▲同歩▽4六銀▲2二角成▽同玉▲7七銀▽8六歩▲同歩▽1二玉▲7四歩(第2図)

五番勝負の勝率3

  • 2007年10月13日

最後に、五番勝負で負ける率がどんなもんか調べてみる。一局ごとの勝率0.6〜0.8の棋士が五番勝負で2敗以上(3勝2敗/○勝3敗)する率・先に2敗(2連敗/1勝2敗)する率・がけっぷち(2連敗)に立たされる率・がけっぷちから逆転する率を計算したのが下表である。

勝率0.6〜0.8のときの五番勝負の勝敗発生率
勝敗 勝率0.60 勝率0.65 勝率0.70 勝率0.75 勝率0.80 羽生王将王座実績
2敗以上 0.5248 0.4370 0.3483 0.2617 0.1808 11/39 = 0.2821
先に2敗 0.4480 0.3614 0.2790 0.2031 0.1360 08/39 = 0.2051
がけっぷち 0.1600 0.1225 0.0900 0.0625 0.0400 02/39 = 0.0513
がけっぷち→逆転 0.2160 0.2746 0.3430 0.4219 0.5120 01/02 = 0.5000

羽生王将王座はやはり勝率0.75弱相当

計算した値を羽生王将王座の実績(第55期王座戦の前まで)と比べると、やっぱり勝率0.75弱相当であることがわかる。七番勝負の場合のように勝率のわりに追い込まれることが多いといったこともない。羽生王将王座は勝率0.75近い勢いで勝ちまくっており、番勝負でも相応の結果を残しているといえるのである。

番勝負の勝率六部作おわり。羽生王将王座の実績が計算値にスンナリ乗るもんだから調子にのってこんなに書いちゃいました。

第20期竜王戦第一局

  • 2007年10月16・17日
  • 佐藤二冠−渡辺竜王
  • 矢倉森下システム
盤面図をとばす
後手:渡辺明竜王
後手の持駒:なし
 9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香v桂 ・ ・ ・ ・ ・ ・v香|一
| ・v飛 ・ ・ ・ ・v金v玉 ・|二
| ・ ・v角v歩v銀v金v桂v歩 ・|三
|v歩 ・v歩 ・v歩v歩v歩v銀v歩|四
| ・v歩 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|五
| ・ ・ 歩 歩 歩 歩 歩 歩 歩|六
| 歩 歩 銀 金 ・ 銀 桂 ・ ・|七
| 香 玉 金 角 ・ ・ 飛 ・ ・|八
| ・ 桂 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 香|九
+---------------------------+
先手:佐藤康光二冠
先手の持駒:なし

  第1図(▲4七銀まで)

矢倉森下システムで後手の専守防衛型に対して先手が5七の銀を4七に繰り替える(43〜47手目:第1図)のはアリか、という戦いである。

森下システム復活は2002年頃

1994年頃から衰退期に入っていた森下システムが天敵・雀刺し攻略法を見出して復活期に入ったのは2002年頃である。

1997年2月に深浦王位(当時五段)が初めて試みた中央先攻作戦の有効性が2002年のA級順位戦や竜王戦を経て注目されるようになり、最近の再流行に繋がった[1-3]。

矢倉穴熊の定跡化は1993年頃

本局のネット中継では41手目▲9八香が新手と報じられていた。

将棋年鑑で検索すると1970年代から80年代にかけて米長中原といったトップ棋士が矢倉穴熊を試みている様子が見られる。しかしこれが定跡化され指定局面のように何度も現れるようになるのは羽生佐藤森内が棋界を席捲しはじめた1993年頃からである。1991年発行の「矢倉ガイド」に矢倉穴熊の記述はないが1994年の「現代矢倉の基礎知識」にはあり[4, 5]、2001年の「矢倉道場 第二巻」には「矢倉穴熊」の章がある[6]。

矢倉穴熊には▽8四歩型から▽8五桂が有効とされていたが本局がそうなっていないのは、森下システムでは先手の右銀が5七から出てくるため▽8四歩型だと▲6五歩から▲6六銀右と角頭を狙われて困るからである[7]。また、最近は▽8五歩型でも後手戦えるということになってきているようである[3]。

盤面図をとばす
後手:渡辺明竜王
後手の持駒:桂
 9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香v桂 ・ ・ ・ ・ ・ ・v香|一
| ・v飛 ・ ・ ・ ・v金v玉 ・|二
| ・ ・v角v歩v銀v金 ・v歩 ・|三
|v桂 ・v歩 ・v歩v歩v歩 ・v歩|四
|v歩v歩 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|五
| ・ ・ 歩 歩 歩 歩 ・ ・ 歩|六
| 歩 歩 銀 金 ・ 銀 ・ ・ ・|七
| 香 玉 金 角 ・ ・ ・ ・ ・|八
| ・ 桂 ・ ・ ・ ・ 飛 ・ 香|九
+---------------------------+
先手:佐藤康光二冠
先手の持駒:銀 歩二

  第2図(▲3九飛まで)

▽2四銀▽3三桂型の攻略

第1図から▽9五歩に▲2五歩と仕掛けたのはひとつの形で、▲9九玉▽4二銀の交換は損とみている。

▲2五歩に▽1三銀は竜王本人の解説にもあるように穴熊に組んで先手よし[8]、▽2五同銀は▲2八飛▽2四歩▲5五歩▽同歩(▽同角には▲5六金から角を追う)▲2七飛▽5四銀▲4五歩で先手よし[9]。

本譜で▲6五桂と角銀両取りを掛けなかったのは▽6四角▲5三桂成▽同角で後手陣が攻撃の好形になるためである。

ひと段落した第2図は銀桂交換になったものの後手も▽9四桂と据えていい勝負ということだが、先手をもって指しこなせる人は少ないと思う。ということでこの作戦は佐藤棋聖棋王だけが指して誰も真似しないに一票。

初手から第1図・第2図までの指し手

▲7六歩▽8四歩▲6八銀▽3四歩▲6六歩▽6二銀▲5六歩▽5四歩▲4八銀▽4二銀▲7八金▽3二金▲6九玉▽4一玉▲5八金▽5二金▲7七銀▽3三銀▲7九角▽3一角▲3六歩▽4四歩▲6七金右▽7四歩▲6八角▽4三金右▲7九玉▽6四角▲3七桂▽3一玉▲8八玉▽2二玉▲3八飛▽8五歩▲2六歩▽5三銀▲1六歩▽1四歩▲5七銀▽7三角▲9八香▽2四銀▲4六歩▽3三桂▲4八銀▽9四歩▲4七銀(第1図)▽9五歩▲2五歩▽同桂▲同桂▽同銀▲2八飛▽2四歩▲3七桂▽9四桂▲2五桂▽同歩▲3五歩▽同歩▲2五飛▽2三歩▲3五飛▽3四歩▲3九飛(第2図)

森下システムの復活 (1)

  • 2007年10月29日

最近またタイトル戦でも見かけるようになった森下システム復活の様子を追いかけてみた。雀刺しに分が悪いことがわかって1994年半ばに本家森下九段も手を引いたこの戦法がいつどのようにして復活したか。まずはきっかけとなった深浦流について。

盤面図をとばす
後手の持駒:なし
 9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
| ・v桂 ・ ・ ・v玉v角v桂v香|一
|v飛 ・ ・v銀v金 ・v金 ・ ・|二
|v香 ・ ・v歩 ・ ・v銀v歩v歩|三
| ・v歩v歩 ・v歩v歩v歩 ・ ・|四
|v歩 ・ ・ ・ 歩 ・ ・ ・ ・|五
| ・ ・ 歩 歩 ・ 銀 歩 ・ ・|六
| 歩 歩 銀 金 ・ 歩 ・ 歩 歩|七
| ・ ・ 金 角 ・ ・ ・ 飛 ・|八
| 香 桂 玉 ・ ・ ・ ・ 桂 香|九
+---------------------------+
先手の持駒:なし

  第1図(▲5五歩まで)

深浦流一号局は1997年2月

深浦流は森下システムが天敵雀刺しに対抗するための指し方で、第1図のように中央から先攻する。一号局は1997年2月20日の深浦五段−佐藤康光八段戦(第38期王位戦紅組)。ちなみに深浦五段は前年の第37期王位戦で羽生王位に挑戦し、1勝4敗で退けられている。

この仕掛けは実は以前からあって将棋年鑑にも1991年に2局収録されているが、第1図から▽5五同歩▲同銀に後手が端を捌いたところで▲5三歩(第2図)と叩くのが深浦新手である。前例では▲9七歩▽9二飛▲5四歩だった。

盤面図をとばす
後手の持駒:香 歩二
 9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
| ・v桂 ・ ・ ・v玉v角v桂v香|一
| ・ ・ ・v銀v金 ・v金 ・ ・|二
| ・ ・ ・v歩 歩 ・v銀v歩v歩|三
| ・v歩v歩 ・ ・v歩v歩 ・ ・|四
| ・ ・ ・ ・ 銀 ・ ・ ・ ・|五
|v飛 ・ 歩 歩 ・ ・ 歩 ・ ・|六
| ・ 歩 銀 金 ・ 歩 ・ 歩 歩|七
| ・ ・ 金 角 ・ ・ ・ 飛 ・|八
| ・ 桂 玉 ・ ・ ・ ・ 桂 香|九
+---------------------------+
先手の持駒:香 歩

  第2図(▲5三歩まで)

効果はまずまず

第2図で▽5三同角は▲5四香、それ以外は▲9七香がある。直後に出た「康光流現代矢倉 II」によると効果のほどは「先手有望」、二年後の「これが最前線だ!」(深浦六段著)では「難しいところもあるが、先手も十分戦える分かれ」ということであった。

タイトル戦初登場は2002年12月

第2図▲5三歩を喰らってはまずいと見た後手は改善策を出す。第1図から▽5五同歩▲同銀に▽7三桂や▽4三金右と溜める手である。

このうち▽4三金右は2002年12月の第14期竜王戦第四局で羽生竜王が指し、阿部七段がこれを破ったことで広く知られることとなった。翌2003年11月の第15期竜王戦第三局では羽生竜王が先手側を持って森内九段の▽4三金右に返り討ちにあっている。このあたりの変化や経緯は「矢倉道場 第五巻」(2003年9月)と「最前線物語 2」(深浦八段著,2006年)が詳しい。

つづく。次回は現代将棋にしては妙にノロいこの進展具合の背景を探る。