左手が痺れる事には気づいていたのですが、ある時から左手だけではなく全身が痺れてしまう事に
気がつきました。まぁギリギリまで隠していたんだけど、ある時親の目の前で大きな発作を起こした、
というのが正確かもしれません。
当時はまだ子供の発症例が少なかったこともあり、
ちょうどいいモルモット
扱いでしたね。
親の想像を絶して、親がいない時間はいいように好き勝手やられていました。
子供を極限まで追い込むと『都合の悪い事』は記憶に蓋をしてしまうんですよ。
生き抜くために身体がそうなる。結果論的に言うと小学校4年生までの記憶はほとんどないです。
因みに小学校4年生は『あゆみ』(成績表)もないです。出席日数足りていなかったので
小学生にして危うくダブりになるところでした。まぁ、実際は学習能力テストなるもので
『問題なし』とのことで5年生の5月くらいから登校しました。

悲惨な入院生活に比べたらその前の虐めなんてカスみたいなちんけなレベルです。そしてまた、
久々に登校したときにはクラスメート全員が気遣ってくれているのが痛いほど分かりました。

『虐めのカモ』から『いつ死んじゃうか分からない大切なお友達』に一気に昇格。
白々しいその気遣いに反吐が出そうでした。

あの入院生活を経て、一人のひねくれ者が誕生しました。まぁ、もともと天邪鬼な要素が
強かったとも思うのですが『他人なんかぜってぇ信用しねぇ。』と心の底から思っていました。

細かい事情は忘れましたが、メインの事情として親が自宅を購入。引越しをすることになり
嫌な記憶と通院生活に別れを告げられる日がやってきました。発作を起こさなくなってきた事もあり
通院も投薬治療も引越しを機になくなりました。壮絶な人間不信にも見た目だけ蓋をして
新しい人生の幕開けとなりました。本当に嫌だったので、引越しできて良かったと思います。


転校して・・・のんの病気のことは全く知らない状態で新しいクラスの中に溶け込めた事が
人生にとって大きな転機となりました。親友が出来たんです。

大人なんか大嫌い!!