| 2002年11月読了 | ||
| 11/30 | 西日の町 湯本香樹実(文藝春秋) | |
| 11/25 | 体の贈り物 レベッカ・ブラウン(マガジン・ハウス)★ | |
| 11/22 | 夏雲あがれ 宮本昌孝(集英社)★ | |
| 11/14 | 対話の教室 橋口譲二 星野博美(平凡社) | |
| 11/12 | 言葉の力、生きる力 柳田邦男(新潮社)★ | |
| 11/8 | どろぼうの神さま コルネーリア・フンケ(WAVE出版) | |
| 【今月の気になった絵本】 | ||
| 11/29 | ちゃんとたべなさい ケス・グレイ(小峰書店) | |
| 11/12 | とまとさんに きをつけて 五味太郎(偕成社) | |
| 11月25日(月)「体の贈り物」レベッカ・ブラウン 柴田元幸・訳(マガジン・ハウス) なんと表現したらいいのだろう…。うまく言葉をもたない、自分がもどかしい のだが、とてもよかった…。素晴らしい。 エイズ患者の世話をする、ひとりのホームケア・ワーカーを語り手にした、11 の短い物語。(連作短編集) 何人かの患者の家に出向き、食事を作ったり、掃除をしたり、入浴を手伝った り…という時間の中で、彼女が、その場で目にしたこと、その時に感じたこと が、淡々と語られていく…。 全身にできた腫れ物を気持ち悪いと思ってしまうことや、近しい人の発病に愕 然とする気持ちも素直に語られてはいるが、ケアする患者たちに対して、ほど よい距離感で、相手に敬意を払っている−そんな姿勢に、心を打たれた。 抑制のきいた文章。静かな語り口。どれも10ページほどの短いものだが、なん と濃密な時間が流れていたことだろう…。生きることにおいて、もっとも本質 的なものだけに、向き合っている気がしたなぁ。 “訳者あとがき”で、柴田元幸氏は語る…。 「この本は、下手をすると底なしに陳腐になりかねない題材を扱っていながら 少しも陳腐になっていないと僕は思う」 患者たちの気持ち。彼らを気づかう“私”の気持ち…。どちらにも身を置きな がら読み進めていくうちに、自分自身が消耗してしまうような感覚に陥った。 私にとって、それほどハードな一冊であったとも言える。 つらくて、切ない。けれど、読み終わった後にはしっかりと温かい“なにか” が手渡された。 |
| 11月22日(金)「夏雲あがれ」宮本昌孝(集英社) 「藩校早春賦」の続編。今回は、ニ段組 478ページのボリュームで、読み応え たっぷり!前作を読んでいなくても支障はないが、読んでからの方が、より楽 しめるかも。 前作「藩校早春賦」から 7年の歳月が流れ、新吾・太郎左・仙之助の三人は、 共に22歳、23歳となった。 藩主参勤のお供で江戸に出立した仙之助と、将軍家台覧の武術大会に出場する 太郎左。二人を見送った新吾は、鉢谷十太夫の病気見舞いに行く。そこで、十 太夫は牢人に襲われけがを負い、その襲った牢人も何者かに斬殺される。これ は、藩に関わる何らかの事件の凶兆ではあるまいか。嗅ぎまわる新吾も、やが て江戸往きを命ぜられる…。 おぉ〜麗しき友情。すっかり頼もしくなった仙之助、あいかわらずの太郎左、 引くことを覚えた新吾。現代の22歳の男性三人が、互いの熱き友情に触れては 感激し、こんな風にしょっちゅう泣いていたら、ヘンな人たちと思ってしまう が、この時代設定のせいなのか、ちっとも違和感がない。とにかく熱い三人な のよ!! 陰謀が渦巻き、ばったばったと人が死んでいくけれど、生臭くはならない。爽 やかさ、三人のまっすぐさは第一作目そのままです。 ただ国に帰って、志保と再開する場面があるだろうと予想していたので、最後 が、アレレ…とあっけなかったのが、ちと残念。 総ルビではないが、ふり仮名付きっていうのが嬉しいね。 |
| 11月14日(木)「対話の教室〜あなたは今、どこにいますか?〜」 橋口譲二 星野博美(平凡社) 橋口譲二さんと星野博美さん。どちらもずっと注目している写真家だ。橋口さ んが、あとがきで、“新たなライフワークの始まりである”と語っている、カ メラを使ったワークショップ。今、このような活動をされているんだなぁ…。 この本は、橋口・星野両氏が、インドのバンガロールとヴァラナシ、東京の三 箇所で、10代の若者を対象に、ワークショップを行なった時の記録である。そ れは、写真の上手下手を競うものではなく、写真を撮ることで、自分の中に存 在する感情を知り、発見するプログラム。“自分の暮らすコミュニティを、あ なたならどう表現するか”。それが共通するテーマである。あなたの足を止め させたもの、気持ちが動いたものを撮ってみてごらんという課題が与えられる のだ…。 そのプロセスの中で感じ、発見したのが「対話」という言葉だった。写真を撮 り、アルバムを作り、展示もするという作業は二次的なことで、その途中のプ ロセス、すなわち「対話」にこそ意味があるのだということを、僕は彼らとの 関係で知り、学んだ。 ワークショップは生き物だと何度も語られる。予定調和なんてどこにもない。 国、文化、社会的、経済的な状況。持っているバックグラウンドが全く違う中 で、それぞれが抱えている問題は、どちらが大変と簡単に比較できるものでは ない。 スタッフの心の中に生じるとまどい。時に、酷なことを言っているなぁと思う ところもあるし、互いの考えがぶつかり合う中で、ギクシャクした感情が行き 交う場面もでてくる。 しかし、両氏が、10代の彼らに真剣に向き合っている姿。そして、そのワーク ショップを通じて出会った人たちと対話していくことで、気づかされていった こと−その思いを、とても正直に語っているところに好感が持てた。橋口・星 野両氏の真摯な態度が、ずしんと胸にくるのだ。 本文の中に、星野さんの「言葉を取り除いてあげるワークショップ」という話 が出てくる。いやいや若者ばかりではない−最近、過分に情報を持ちすぎてい る自分というのが、とても気にかかるのだ。ものを見るときに、それが邪魔を していないだろうか。本当に自分の生の感情でものごとを見ているだろうか… と、自問をする。 柳田邦男さんの「言葉の力、生きる力」の中で、後藤正治氏の「リターンマッ チ」(文春文庫版)から引用されていた言葉が、この本を読んで思ったことを うまく代弁してくれるような気がしたので、記しておきたい。 人は人に対して、そうたいしたことができるわけではない。教育も畢竟(ひっ きょう)、人間の関係であるならば、例外ではありえない。が、それでもなお 人は人からひとつの<契機>を受け取っていく。それが時として思わぬところ に人を導いていく。そして、たとえ短い期間であっても、またたとえ擦れ違い のままに終わったとしても、この教師に接した少年たちに、なにものかを刻ん できたことは確かだと思われる。 |
| 11月12日(火)「言葉の力、生きる力」柳田邦男(新潮社) 文学作品や闘病記の一文。医療の現場で耳にした言葉…。著者である柳田邦男 さんが出会った、かけがえのない言葉の数々を集めたエッセイ集。 アラスカを愛した星野道夫さんの「クマよ」(福音館書店)の中の言葉に感嘆 し、神谷美恵子さんの日記の中に、言葉による表現者になりたいという熱い思 いをみる。 人生後半にこそ、物事の本質的で大切な部分を表現している絵本に親しもうと 語りかけ、二人称の主観性にも三人称の客観性にも偏らない二・五人称の視点 を持ちたいという。そして、誰の身の上にも必ずや訪れるであろう、死期が近 づいた時の生き方について…。 読んでいると、心がしーんとしてくる。静かに深く、染み入ってくるような一 冊でした。 どんな言葉に心を揺さぶられるのか…は、個人の内面と密着に関わってくるも のだから、その人が背負っているもの、抱えているものの状況によって違って くる。柳田さんの場合は、やはり「生と死」、「いのち」について触れたもの が多くなっていました。そして、その言葉に触れたエピソードを通して、広い 視野と的確な視点、それにまじめで誠実な人柄がみえてきます…。 プロローグに、ずっとノンフィクションの仕事をしてきた自分が、今、その表 現手段に限界、あるいは危険性を感じるようになったということ。今、神話が 胸に迫ること。これからの作品は、物語性や魂の問題を含む神話的語り口を取 り入れたものに変わっていくだろうと示唆している部分があります。 わが子を喪ったというご自分の人生体験を踏まえて、なにか節目のように、事 実の積み重ねだけでは解決できない問題があるのだと感じられるところがあっ たのかもしません…。 なお、カバーの写真は、本文の中で何度も触れられている、星野道夫さんのも のとなっています。 |
| 11月8日(金)「どろぼうの神さま」コルネーリア・フンケ 細井直子・訳(WAVE出版) 先月読んだ「黒い兄弟」のように、なんとか自分たちだけで生きのびようとし ている子どもたちが登場する…「どろぼうの神さま」。対象年齢は、こちらの 方が若干、上かな。 こちらの舞台は、イタリア・ヴェネツィア。12歳になるプロスパーは、母親の 死後、おば夫婦によって、幼い弟のボーと引き離されそうになるのを嫌がり、 ドイツ・ハンブルグから、亡き母が何度も語ってくれたヴェネツィアに逃げて きた。 やがては、彼ら兄弟は、「どろぼうの神様」と名乗る少年・スキピオの庇護の もと、同じような境遇の子どもたちとともに、閉館した映画館の中で共同生活 を始めることになる。しかし、プロスパーとボーのおば夫婦が、二人の捜索を 依頼した探偵ヴィクトールの出現によって、その暮らしが脅かれされはじめま す…。 探偵との追っかけっこ。謎めいた伯爵との取引。忍び込んだ屋敷で聞いた不思 議なメリーゴーランドの話…。500ページのあまりの長編だが、最後まで テン ポよく、スリルを感じながら読むことができた。 ただひとつ、引っかかったのが、結局自分の抱えてる問題に、最後まできちん と向き合わないスキピオ。彼の決着のつけ方は、これでよかったのか??とい う思いが残ってしまった。外見だけが大人になっても、スキピオの抱えていた 問題は、なにも解決しないじゃないかと思うんだけど…。“スキピオにとって これが本当によかったのか?”。そう感じさせることで読者に考えて欲しかっ たのかしら??うーむ。 なお、カバー&本文イラストも、作者であるフンケ自身の手によるもの。 |
| 【今月の気になった絵本】 11月29日(水)「ちゃんとたべなさい」ケス・グレイ・文 ニック・シャラット・絵 よしがみきょうた・訳(小峰書店) ![]() 今月初め、市内で子どもの本の分科会のようなものが 開かれたのですが、(私も実行委員として、ちょっと だけお手伝いをさせてもらった)その時、講演に来て くれた児童書店の店長さんが読んでくれて、おもしろ い!!と評判になった本が、これ。 「おまめもちゃんとたべなさい」。ママはいうけれど、 デイジーは、おまめがだいきらい。 「おまめをたべたら、アイスクリームをあげるから」 けれど、デイジーの答えは「おまめ、だいきらい」。 「おまめをたべたらアイスクリームをあげるし、いつもより30ぷんおそくまで おきていていいし、おふろにはいらなくてもいいから。」 頑なに「おまめ、だいきらい」と言い続けるデイジーに、意地になってくお母 さん。ページをめくるたび、おかあさんが出してくる条件は、どんどんどんど んすごいものになっていき、チョコレート工場を10軒買ってあげるだの、遊園 地に引っ越してもいいだの、はたまた地球だって、月だって星だって太陽だっ て買ってあげると言い出す始末。 そして…最後に、デイシーがママに要求したこととは?? この“嫌いなものは、なんと言われても食べたくないのよ!”という気持ち、 よ〜くわかるんだよね〜。頑固なデイジーと、なんとか食べてもらおうと、次 第にエスカレートしていくお母さんとのやり取りが笑えます。 お母さんのイヤリングもネックレスも、みどりのお豆(!?)。見返しにも、 みどりのお豆が、びっちりと描かれているところがニクイわね。 イギリスの子どもたちが選ぶ、2001年度チルドレンズ・ブック賞絵本賞の大賞 受賞作品。 娘の小学校で、単発で頼まれた読み聞かせ。一年生に、この本を読みましたが 非常にウケてくれました。それにしても、一年生って、かっわいいねー。高学 年になった娘を持つ身としては、こんなにちっちゃかったっけーと、あらため て感じたりして…。みんな伸び伸びと自由に反応してくれて、とても読みやす かったです。 11月12日(火)「とまとさんに きをつけて」五味太郎(偕成社) とまとさんが やってきますよ きをつけて… 「とまとさん かわいい!」って いって いってくれないと…ないちゃうよ すっごく おおきな こえで なけるんだから! これ好き好き。こういう手法もアリだね〜と思った、読者参加型(?)絵本。 本の中から、「かわいいっていって!」「あなたも うたって げんきに う たって!おおきなこえでうたって!」などと、次から次へといろんなことを呼 びかけてきます。極めつけは、画面いっぱいの「ちゅっ!」。そして、「あと は ひとりで あそんでね」と、嵐のように去っていくとまとさん。 こういう女の子って、いるよねぇ〜(笑)。かわいくて、わがままで。本人も 自分のかわいさを充分承知していて、周りが憎めないからなぁ〜と許してくれ るのを、ちゃんとわかってるような子ね…。 先月出た「別冊太陽 絵本の作家たち 1」の五味太郎さんのインタビューで、 「テレビくんに きをつけて」「かえるくんに きをつけて」を含めた、この 3冊の中で、“平面がどれくらいポップアップできるか、ジャブを出せるか” というのを、やってみたかったと語っていました。 |