| 2004年1月読了 | |||
| 1/31 | 三谷幸喜のありふれた生活 三谷幸喜(朝日新聞社) | ||
| 1/31 | 三谷幸喜のありふれた生活 2 怒涛の厄年 三谷幸喜(朝日新聞社) | ||
| 1/30 | 平面いぬ。乙一(集英社文庫) | ||
| 1/23 | レオナルドのユダ 服部まゆみ(角川書店) | ||
| 1/20 | ローワンと白い魔物 エミリー・ロッダ(あすなろ書房) | ||
| 1/17 | HOOT カール・ハイアセン(理論社) | ||
| 1/16 | ノリー・ライアンの歌 パトリシア・ライリー・ギフ(さ・え・ら書房)★ | ||
| 1/14 | 走れ、走って逃げろ ウーリー・オルレブ(岩波書店) | ||
| 1/9 | アナベル・ドールの冒険 アン・M・マーティン&ローラ・ゴドウィン(偕成社) | ||
| 1/9 | 人形の家 ルーマー・ゴッデン(岩波少年文庫)★ | ||
| 1/6 | グリーン・ノウの子どもたち L・M・ボストン(評論社)★ | ||
| 1月31日(土) 「三谷幸喜のありふれた生活」三谷幸喜(朝日新聞社) おもしろい!市電の中で読んでいて、ブハッと吹き出してしまった。電車の中 で読むのは禁物です。 脚本家である三谷幸喜氏のエッセイ。朝日新聞の夕刊に連載中のものをまとめ たもの。(2000年4月〜2001年9月掲載分まで) その時期に関わっていた映画「みんなのいえ」や、松たか子・真田広之主演の 舞台「オケピ!」、ドラマ「合い言葉は勇気」の裏話。そして、ゴミ出しした り、料理を作ったりと、地味でフツーな日常生活。純粋で、繊細な彼の素顔が 垣間見られる。特に新しい住人となった犬のトビーを話題にした話が好きだっ た。淡々とした語り口だが、“笑い”を盛り込むのは忘れない。そして、妻で ある小林聡美さんへの愛情がうらやましいほど伝わってくる。 和田誠さんの挿絵が絶妙〜!三谷さんの似顔絵、そっくりだよ。 「三谷幸喜のありふれた生活 2 怒涛の厄年」三谷幸喜(朝日新聞社) 「三谷幸喜のありふれた生活」第二弾。(2001年9月〜2002年12月掲載分) 劇団時代の仲間であった俳優の伊藤俊人氏が亡くなり、母の入院、舞台初日直 前になっての主役交代…。男41歳。厄年を迎えた三谷さんの身の上に次々とい ろんなことが降りかかる。 あとがきにある、「明けない厄年はない」。名言です。 これを読んでると、三谷さんの舞台が観てみたくなる。青森−函館間の新幹線 が実現すれば、東京まで3時間40分で結ばれるんだけどなぁ。(←飛行機嫌い) パルコ・プロデュース 三谷幸喜作品 オフィシャルサイト --------------------------------------------------- 全然関係ないけど、ラジオで聞いて気になっていた歌が、COOL DRIVEの 「スーツケース」という曲だったと判明。いいよぉ〜。こちらから聞けます。 --------------------------------------------------- (付記) 2004/5/14 「マダム小林の優雅な生活」小林聡美(幻冬舎文庫) 【amazon】2001.6月25日発行・179P・457円 「マダムだもの」小林聡美(幻冬舎) 【amazon】2002.3月10日発行・194P・1400円 三谷さんの奥様、小林聡美さんのエッセイ。「ありふれた生活」と同じ出来事 を取り上げていることも多く、あわせて読むと、より楽しめる。(それが三谷 夫婦の戦略だったして)。どっちもおもしろかったけど、「マダム小林の優雅 な生活」の方が爆笑率高し。 それにしても、三谷さんは、いい奥さんもらったなぁと、しみじみ思う。さっ ぱりとしていて、なんでもテキパキとこなし、頼りになる。その男らしさに惚 れました。女優さんとしても好きですね。さらっと読めます。 |
| 1月30日(金)「平面いぬ。」乙一(集英社文庫) 恥ずかしながら、乙一の作品を読むのは、これが初めて。 その目を見た者は石になるという「石の目」、幻覚の少女「はじめ」、意思を もったぬいぐるみ「BLUE」、腕に彫った犬の刺青が動き出す「平面いぬ。」の 四編からなる短編集。単行本の時は「石ノ目」という題名で刊行されたが、文 庫化されるにあたって、「平面いぬ。」と改題されている。 一言でいうと、ありえないよ〜と思う設定なのに、妙にリアリティがある。独 特な世界を持った作家だな…と思った。一番好きだったのは「BLUE」。 |
| 1月23日(金)「レオナルドのユダ」服部まゆみ(角川書店) 貴族の子息で、レオナルドを崇拝しているジョヴァン・フランチェスコ・メル ツィの従僕・ジャンこと、ジョヴァンニ・ピエートロ・リッツィ。会ったこと もないが、レオナルドに反感を持ち続ける著述家のパーオロ・ジョーヴィオ。 彼らの目を通して語られるレオナルド・ダ・ビンチと、彼をとりまく人々…。 そして、かの「貴婦人」=「モナ・リザ」の肖像画のモデルは、一体誰だったの か?最後に、服部まゆみ氏なりの解釈で解き明かされる。 フランチェスコの境遇をうらやみ、妬むジャン。彼は、レオナルドのそばに仕 え絵を勉強したいという願望と、レオナルドを忌み嫌い身分にこだわる母親に はさまれて苦悩する。一方、パーオロはその天才ぶりを認めようとしない。彼 らの独白によって、物語は展開していく。 前半、世界史に弱い上に、似たような名前に惑わされ、読み進むのに時間がか かってしまったが、そこを乗り越えると、もう頭の中はイタリア・ルネッサン ス〜。いつしかしっかりとはまりこんでおりました。ミステリー色は薄い。美 少年は出てくるし、身分、嫉妬、羨望、裏切り、詮索…と、なんだか濃密な少 女漫画を読んでいるような、そんな感覚でおもしろく読みました。 ------------------------------------------------------ (付記) 同じくレオナルド・ダ・ビィンチを題材にしたものとして→ E・L・カニグズ バーグの「ジョコンダ夫人の肖像」(岩波書店) |
| 1月20日(火)「ローワンと白い魔物」エミリー・ロッダ・作 さくまゆみこ・訳 佐竹美保・絵(あすなろ書房) ローワンシリーズ第五作目。 昨年夏に出た本だけど、季節的には今が読み時かも!? その年、リンの村の冬は、いつまでも終わらなかった。降り続く雪、厳しい寒 さ。食糧は底をつき、リンの谷の人々は村を離れ、海岸に待避することになっ た。ローワンは、弱って海岸まで行けないバクシャーとともに、村に残ること になる。そして、不気味な霧とともに<白い魔物>がやってくる。これは山の 呪いか、それとも<凍れる時>の新たなはじまりなのか?シバから、役目を果 たせるのはおまえしかいないと言われたローワンは、謎をつきとめるため、再 び<禁じられた山>へ登ることになる…。 今回も謎めいた詞に導かれながら、ストーリーが展開していく。シリーズ全部 が同じパターンで進むというのは(五作目は手法が違うけれど、パターンとし ては同じ)、正直言ってさすがに飽きたかなぁ…というところも、なきにしも あらずだけど。 何度も危険にさらされながら、ローワンが手にしたもの…。それは、祖先の歴 史と、仲間との確かな絆。そして一時的にシバの力が託されたことによって、 特別な力を持つ者の苦しみを体験し、自分と似たこわがりのシャーランを通し て、それぞれがその人なりの個性で、その人だからこそできる役割を果たして いくのだと認識していく。いろんな人がいて、この世の中は成り立っているの だという多様性を認めることが、このシリーズの一環したメッセージだと、捉 えることができる。最初の頃は、自分のことだけで必死だったローワンが、広 い視野で周りを見わたすことができるようになったところに、彼の成長が感じ られたなぁ。 今回は、バクシャーのスターのお手柄編ともいえるかもね!? この続きが出るかどうかは未定だそうだが、これで一段落かなと思わせた。 --------------------------------------------------------- (付記) 1.ローワンと魔法の地図→〔感想〕2.ローワンと黄金の谷の謎→〔感想〕 3.ローワンと伝説の水晶→〔感想〕4.ローワンとゼバックの黒い影→〔感想〕 |
| 1月17日(土)「HOOT」カール・ハイアセン・著 千葉茂樹・訳(理論社) これって、目に付く装丁だよねー。う〜ん、すっごいおもしろかったってわけ ではなんだけど、おもしろくないわけではない。 主人公の少年ロイは、モンタナからフロリダに引っ越してきたばかり。ある朝 ロイは、スクールバスの中から裸足で走る不思議な少年を見た。その不思議な 少年は、ものすごい勢いで走っていて、バスも追い越し見えなくなった。誰な んだろう?どうして走っていたんだろう?それから、その不思議な少年のこと が気になってしょうがないロイは、彼を追いかけることになる…。 一方、この町に進出しようとするパンケーキハウスの建設予定地で、測量用の 杭が抜き取られたり、簡易トイレにワニを放りこまれたり、警備中のパトカー の窓が黒いスプレーで塗られたりと、奇妙な事件が連続して起きる。おかげで 工事の計画は一向に進まず、マザー・ポーラ社の副社長はカンカンだ。一体誰 が、何の目的でそんなことをしているのか? ロイと謎の少年の出会い、そしてパンケーキハウスの建設予定地で起こってい る奇妙な事件という、二つのストーリーが交互に描かれていく。やがて(…と いっても誰がやったのかは早々に読めちゃうんだけど)この二つのストーリー が次第に重なっていく。 すっごいアメリカ的だ〜と思ったなぁ。ロイに、しっちゅうちょっかいを出し てくる学校一の乱暴者のダナへのやり込め方も、パンケーキハウスの副社長の キャラクターや、現場監督のカーリーやデリンコ巡査のお間抜けぶりも。まる でコメディ映画を見ているようだ。なんとも痛快な物語に仕上がっている。 そして、軽快なテンポでどんどん読ませていく中で、自然保護という作者の言 いたいことがストレートに伝わってくる。 題名の「HOOT(ホー)」というのは、フクロウの鳴き声。物語の大事なキーポ インになるアナホリフクロウは、アメリカ大陸に広く分布し、草原の土の下に 棲息しているという、ちょっと風変わりな小さなフクロクなんだそうだ。 懇切丁寧なルビ付き。欲を言えば、不思議な少年に最後もうひと暴れして欲し かったなぁ。 作者のハイアセンは、フロリダ生まれのフロレダ育ちのミステリー作家で、本 書は初めて書いたヤングアダルト向けの作品となるそうだ。2003年度ニューベ リー賞オナー受賞作品。 |
| 1月16日(金)「ノリー・ライアンの歌」パトリシア・ライリー・ギフ著 もりうちすみこ・訳(さ・え・ら書房) 舞台は、19世紀半ばのアイルランド。イギリス人領主によって自由を取り上げ られ、地代の取立てに苦しめられていた人々に、さらに追い討ちをかけるよう に、ジャガイモ飢饉が襲い掛かる。イギリス人領主とその代理人は、傲慢で情 け容赦もなく、地代を払わない住民の家を壊し、食べ物を買うお金もない人た ちから、家畜さえも奪っていく。そのため、人々は次々とアメリカへ移住して いった。 主人公であるノリーは、祖父と二番目の姉シリア、幼い弟パッチと共に暮らし ていた。一番上の姉マギーは結婚してアメリカに渡り、父さんは地代をかせぐ ために、遠い海に漁に出たきり何ヶ月も帰ってこない。ひどく雨が続いた秋、 遠方でジャガイモが病気で黒くなったといううわさが流れ、やがてノリーの住 む村でも、畑のジャガイモがみるみるうちにやられていく…。 あとがきで、“わたしたちアイルランド系アメリカ人は、まさにこの飢饉のた めに、アメリカ人になったのです”と書かれているが、この物語は、1845年〜 1852年にかけてアイルランドをおそった大飢饉、という史実に基づいて書かれ ている。この飢饉で、当時のアイルランドの人口八百万人のうち、百万人以上 の人々が亡くなり、三百万人ものアイルランド人が移民となって国を出たとい う。 アイルランドといって自分の中で浮かぶのは、「ケルトの神話」や「妖精」と いった幻想的で美しい国というイメージばかり。このような壮絶な歴史(アイ ルランド紛争のことも、きちんとわかっているとは言いがたい…)があったこ とを、この本ではじめて知った。だからなのか、フィクションなんだけど、ノ ン・フィクションを読んでいるようなおもしろさがあった。ここから、アイル ランドのことについて、もっと知りたいな、いろいろつながって読んでいけた らいいなという気持ちになった。 ずっと恐ろしいと思っていた老婆・アンナがみせる優しさ。なんとか飢えをし のぎながら、家族を励まし助けつづけていくノリーの強さ、勇敢さが心に残っ た。そしてアイルランド人の日常の中には、「妖精伝説」がしっかりと根付い ていることが感じられた。 あこがれ渡った自由の地、アメリカ。実際移住した後、彼らにとって、アメリ カはどんな国であったのか??その先がとても気になった。 |
| 1月14日(水)「走れ、走って逃げろ」ウーリー・オルレブ・作 母袋夏生・訳(岩波書店) この物語は、作者がヨラム・フリードマン(ユダヤ名・スルリック)から聞い た子ども時代の体験を、書きまとめたもの。作者のオルレブ自身も、第二次世 界対戦中、ゲットーやポーランド人区での隠れ家生活をし、強制収容所で終戦 を迎えた経験を持っている。 主人公の少年・スルリックは、戦争が始まるまでは、ブオニェという小さな町 でパン屋を営むユダヤ教徒一家の末っ子だった。しかし、第二次世界大戦が勃 発。ポーランドは、ナチス・ドイツに占領され、スルリックの家族もワルシャ ワ・ゲットーに強制移住させられた。つらく厳しい一年半が過ぎ、両親はゲッ トーを逃げ出して、ブオニェに戻ろうと決心する。しかし脱走に失敗、父親は 連行される。食糧を調達するためにゴミをあさっている間、待っていたはずの 母親もいなくなった。帰る家の場所がわからなくなったスルリックは、孤児の グループに入り、親切な農夫のおかげでゲットーからの脱出に成功する…。 その時、スルリックは8歳。その後たったひとりで森や農村を放浪し、生き抜 いてきた少年の記録である。彼はユダヤ人であることを隠すために、名前をユ レクと変え、キリスト教徒としてのふるまいを覚える。しかし、どこへ行って もユダヤ人であることが知られ、追われる身になってしまう。その過酷な日々 は、少年から片手と過去の記憶を奪い、母親の顔も兄弟の名前も自分の本当の 名前すら忘れてしまう。 しかし、そんな常に命の危険と隣り合わせな状況なのに、悲愴感は感じられな い。ささいな日常を喜びとする力、少年の持つ強運に、不思議な明るささえ感 じられるのだ。長い放浪生活で身に付けた経験と、ユダヤ人だと知りながら助 けてくれた人たちの善意と彼らが授けてくれた教え。それを自分のものとする 利口さと、「神様がめったに与えてくださらない」というユリックのあどけな い笑顔が、彼を「生」の道にとどまらせてくれる。 また、この物語は、ユダヤ人としての自分を捨てて生き残り、終戦後、ユダヤ 人としての自分を取り戻すまでの記録でもある。その契機ともなる、ドイツ兵 に追われ逃げ込んだ森の中で、殺されたと思っていたお父さんと再会し、生き 残るための術を最後の教えとして伝えられる場面と、終戦後、母を思わせるよ うなラパポルトさんと会い、故郷のブオニェを訪ねたことから、忘れていた記 憶を取り戻す場面は、強く心を打つ。 |
| 1月9日(金)「アナベル・ドールの冒険」 アン・M・マーティン&ローラ・ゴドウィン・作 ブライアン・セルズニック・絵 三原泉・訳(偕成社) 人形を題材にした児童書を二冊読む。 主人公のアナベルは、好奇心いっぱいの 8歳の女の子−いや、陶製の人形だ。 アナベルは家族(ドール家)とともに 100年前からずっとウェザビー通り二十 六番地に住んでいる。もちろんその持ち主は、おばあちゃんから孫のケイトへ と変わり、今はケイトの子ども部屋に置かれいる。 この物語の人形たちは、自由に動きまわることができる。人間たちが出かけた り、眠りについてからが行動の開始だ。しかし、人形たちにとって一番おそろ しいのは、動いているところを人間に見つかってしまうこと。もし、人形界全 体を危機にさらすようなことがあったら、ただの人形になったきり、生き返れ ない「永久お人形状態」になってしまうのだ。 ある日、アナベルは45年前に突然いなくなった、サラおばさんの日記を発見す る。おばさんを探し出す決心をし、ドールハウスを出て、外の世界に飛び出し ていったアラベルは、ケイトの妹・ノラの誕生日プレゼントして新しくやって きたプラスチック製の人形・ファンクラフト家と知り合いになる。そしてファ ンクラフト家の娘・ティファニーと一緒に「つくし隊」を結成、おばさん探し の冒険に出る…。 現代的なプラスティック人形・ファンクラフト家の大胆さに比べて、古い陶器 人形のドール家は何事も慎重派と、素材による気質の違いが書き分けられてい る。 本を開いて、おおっ!と思ったのが、前後の見返しに描かれているドール家と ファンクラフト一家の仕様カタログだ。その内容も、遊び心満載。続く扉には 見開きでドール家が住むドールハウスの内部が詳細に描かれている。イメージ が広がり、わくわく感が高まってくる導入だ。文中に豊富に挿入されている挿 絵も、物語のイメージをこわすことなく、見事に調和している。 内容はそれなりにおもしろく読んだが、続けて読んだ「人形の家」が強い印象 を残したので、こちらの方がかすんでしまったというのが正直なところ。どう しても、「人形の家」と比べると、せっぱつまったものがないというか。人間 に見つかりそうな場面でも、あまり緊迫感が感じられなかった。話がうまく進 みすぎて物足りない印象も。でも、今の子どもたちには、こちらの方がとっつ きやすいのかもしないなぁ。中学年くらいから読めるかな。アメリカでは、続 編も出版されているようです。 ------------------------------------------------------ 「人形の家」ルーマー・ゴッデン・作 瀬田貞二・訳(岩波少年文庫) ゴッテンがはじめて書いた児童文学。 主人公は、小さなオランダ人形のトチー。こちらも 100年以上も生きていて、 現在の持ち主であるエミリーとシャーロットの子ども部屋に暮らしている。ト チーは木の人形で、立派な木であったころの記憶を忘れず、それを誇りに思っ ていた。トチーは持ち主の姉妹によって、他の人形たちと共に家族に見立てら れ、お父さんのプランタガネットさんはせともの、お母さんのことりさんはセ ルロイド、トチーは木製で、弟のりんごちゃんはフラシ天製と、それぞれの素 材の違いが気質の違いを生んでいた。 人形たちの悩みの種は家がないこと。同じ作者の「クリスマス人形のねがい」 (「クリスマスの女の子」改題)もそうだったが、人形は、自分の意志で行動 を起こすことはできない。ただひとつできること、それは「願う」ことだけで ある。強く強く願うこと…。そして、その願いが通じて、昔トチーがエミリー たちの大おばさんのところで暮らしていた人形の家(ドールハウス)が手に入 る。しかし、その幸せもつかの間、高慢なフランス人形のマーチペーンがやっ てきたことにより、人形たちの生活は一変、窮地に追い込まれる。 平和な生活に入りこんできた悪。美しいフランス人形が邪悪な心を持っている とは、持ち主であるエミリーやシャーロットにはわからない。そして、人形た ちは、それを知らせる術がない。気がついて!気がついて!と、読者もハラハ ラドキドキドキと見守ることになる。人形たちにできるのは、やはり願うこと だけ。そして、それを気づかせたのは、りんごちゃんの命を救ったことりさん の行為だった…。 衝撃的で強い印象を残す。真なるもの、それを見分けることの難しさ。そして それを描ききってしまうすごさ。すばらしい。堀内誠一氏の挿絵もいい。古典 ばかりがいいという気は全くないが、やはり人が好んで読んできたものには、 人の心を捉える何かがあると思う。 ----------------------------------------------------------- (付記) 他に人形をテーマにしたものとして、シルヴィア・ウォーの「メニム一家の物 語」や梨木香歩さんの「りかさん」がおすすめ。 |
| 1月6日(火) 「グリーン・ノウの子どもたち」L・M・ボストン・作 亀井俊介・訳(評論社) 言わずと知れた『グリーン・ノウ物語』、第一作目。 物語は、七歳の少年トーリーが一人で汽車にのって、まだ一度も会ったことの ないオールドノウ大おばあさんのもとにやってくる場面から始まる。両親はビ ルマにいるが、二度目のお母さんになじめず、学校の寄宿舎で寂しい思いをし ているトーリーのもとへ、大おばあさん(亡くなったお母さんのおばあさん) から、「冬休みはうちにきてすごしなさい」という手紙をもらったのだ。 駅につくと、降り続く雨で、あたりは洪水。トーリーは、ボートを漕いで迎え にきた下男のボギスと一緒に、この物語の舞台となる石作りの古い家「グリー ン・ノウ」に向かう…。その場面の挿絵がとても好きだ。(ちなみに、挿絵は 作者であるルーシー・ボストンの息子、ピーター・ボストンが描いている)。 トーリーが掲げているランプの先には、全ての窓の明かりをつけて、トーリー を歓迎し、なおかつ何かが起きそうな不思議な気配を漂わせている家が描かれ ている。 これまでずっと孤独感を感じていたトーリーは、「とうとう、かえってきたわ ね!」といってあたたかく迎えてくれた大ばあさん−オールドノウ夫人と、す ぐに打ち解けあう。トーリーは、オールドノウ夫人から、昔ここで暮らしてい た子どもたちの話を聞き、家の中や庭を探検しているうちに、家中のあちこち でその子たち −300年前に亡くなったオールド・ノウ家の子どもたち−の気配 を感じるようになる…。 トーリーが、少しずつ自分はグリーン・ノウの子どもであると実感していくの に比例して、子どもたちの声を聞いたり、気配をより強く感じるようになる。 やがて、時を越えて交わされる心の交流を重ねていくうちに、彼らに会いたい というトーリーの願いが、叶うときがやってくる…。 300年も前に亡くなった 子どもたちのことを、まるで自分の子どものように生 き生きと語るオールドノウ夫人の話に、読んでる自分も不思議な館に迷いこん でしまったような感覚に陥った。そしてそこに、彼女の孤独感も透けて見える ような気がしてちょっと切なかったな。 先日、知人から借りて読んだ、 長田弘氏の「読書からはじまる」(NHK出版) 子どもの本になくてはならない三つのものとして、 一つは、「古くて歳とったもの」。古くて歳をとった人。また人だけではなく 古くて年月を経ているもの。 二つめは、「小さいもの」。幼いものといってもいいが、幼い生き物、あるい は、幼い人。また形態的に小さいもの。小さい植物、小さい玩具や道具など。 三つめは、「大切なもの」。この世界で、またわたしたちの日々にとって、何 が大切かを語るもの。 があげられている。 何百年も変わらずに人々を記憶を抱えてきたグリーン・ノウの館で、トーリー は、思い出や体験、時間を共有し、グリーン・ノウ家の一員としてのつながり を知っていく。古い歳とったものや小さい幼いものが担っているもの、そして 大切なものは何かを問うていく、力のある作品だ。 さくまゆみこさんの「イギリス 7つのファンタジーをめぐる旅」に、この本を 書いたルーシー・ボストンの生涯や、舞台となったマナーハウスの様子が写真 入りで紹介されている。そちらの方も一読あれ。 |