【ヤァラルホーン・ジャパン・ツアー】
●大阪 11/13(sat) 日本綿業倶楽部(綿業会館)7F大ホール
●三重 11/14(sun) 嬉野町ふるさと会館大ホール
●東京 11/15(mon) 青山円形劇場

ヤァラルホーン初のジャパン・ツアーが遂に実現した。ひじょうにユニークな楽器編成が多くなってきている今日のノルディック・フォーク・シーン。ヤァラルホーンはその代表格的存在といえよう。
デビュー当時から彼等のサウンドは高い評価を集めてきた。しかし彼等のメンバー・チェンジはほとんど日常となってきている今、どんなパフォーマンスになるのかまったく検討もつかないのが現実となってきている。
今回もパーカッショニストがサラ・プッルユーラからペッテルに替わっての来日である。サラを含め、これまでのパーカッショニストはビートを中心に組み立てるタイプだったが、それに対し、新たに加わったペッテルはオリジナル・セットを駆使し、100%バンドにあわせるリズムを叩き出していた。しかもひじょうに繊細に。
演奏されたレパートリーを振り返ると、躍動的なチューンよりも、アコースティックな音色をフルに活かしたメディバル・バラッド、讃美歌が多くなってきている。用意された新曲もその類いのものがほとんどだった。これはやはりペッテルがそういうタイプの奏者だったからなのだろうか?!
なんといっても惹きつけられたのは、イェニーの歌唱だった。情感のこもったバラッドを目を閉じ、両手で詩情を表現しながら歌う彼女の姿には本当に美しかった。特に2人の姉妹がテーマとなったフィンランドのバラッド“Systrarna”,“Staffan”の美しさは格別。更にヴィオラからマンドーラに持ち替えたアードリアンのその調べが曲に更なる奥行きを与えていた。

ひじょうに創り込まれた感の強い彼等のアルバムは神秘的な印象を与えるものだったが、それを強烈に伝えたのはエンディングに演奏された“ヒャドニンガリマ”のメドレーだった。曲の後半からは暴力的なディジェリドゥ、パーカッション、ヴィオラにイェニーのクゥーラ(牛飼唱法)がインプロヴィゼーションを繰り広げた。エンジニアのマルティンはイェニーのそれをコントロールし、森や谷に木霊するかのように反復させたのだった。
アンコールはイェニーのフェイヴァリット・ソング“船乗りのヴァッレヴァン”が朗々と歌われた。更に2度目のアンコールに応えた彼等はスウェディッシュ・チューンの“ポロネーズ”を披露し(大阪、東京のみ)、イェニーもフィドルを手にした。
常に進化を繰り返すヤァラルホーン、次期編成も大いに期待したいと思う。
(浜島広樹[Nordic Notes])
◆◆◆ジャパン・ツアーのセット・リスト◆◆◆
01.Fjällstev (new song, Norway)
02.小さなトゥーラ
03.Systrarna (new song, Finland)
04.巨人のラームンデル
05.Staffan (new song, Finland)
06.[メドレー]王の娘たち
07.ウーロフ氏
08.神への祈り
09.[メドレー]Taklax 1037 (new song, Finland)
10.ヒャドニンガリマ
11.[メドレー]クゥーラ (live version, cow calling)
−アンコール1−
12.船乗りのヴァッレヴァン
13.[メドレー]ディエルとラーゲルマン
−アンコール2[大阪・東京のみ]−
14.ポロネーズ
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ヤァラルホーンへのインタビュー〜謎多き彼等の実態に迫る
(2004.11.15-17)
―ヤァラルホーンのユニークな編成はどのようにして生まれたの? 結成はいつ、どこで?
(イェニー[以降J])それはパーティーでの出来事でした。様々な楽器を駆使してセッションを行ったのです。その時このユニークな編成に可能性を感じました。結成は94年、ヴァーサ‘Vasa’です。
―ヴァーサはどんなところ?
(J)この地はバルト海沿いにあり、スウェーデン文化がひじょうに色濃く残っています。普段使われている言葉もスウェーデン語です。私もこの地でスウェーデン語を話し、他の地方ではフィンランド語を使います。
―結成当時ディジェリドゥを吹いていたのはイェコブ・フランケンフューセル‘Jacob Frankenheuser’でしたが。
(J)そうです。イェコブに代わって加入したのがトミーです。共にフィンランド人でスウェーデン語を話し、ディジェリドゥを吹く奏者が偶然にも2人いたのです。

1stアルバム『海の女神の叫び声』をリリースした頃のヤァラルホーン。
左手側よりトミー、イェニー、クリストファル、ダーヴィッド。
―貴方(トミー)はどのようにしてディジェリドゥを習得したのですか? また駆使しているそれはオリジナル・タイプですね。
(トミー)俺はオーストラリアに6年住んでいた事があるんだ。習得したのはその時だよ。このスライドするディジェリドゥ“スライデリドゥ”は現地で見た事があるよ。この楽器は通常ユーカリの木から作られる。しかし俺が駆使しているものはグラスファイバーで出来ている。もともとこのアイディアはプロデューサー兼エンジニアのマルティンによるものなんだ。フォークのアンサンブル内ではユーカリ製のものだとキーが合わない。更にスライドさせ、キーを変化させる事が可能になったんだ。ディジェリドゥはムーラハルパやハーディ・ガーディ等のドローン音の代わりになり、この上に他の楽器の音色が乗るんだ。
―貴方(アードリアン)は97年リリースの1stアルバム『海の女神の叫び声』にゲストとしてクリジットされていましたね。スウェーデン人の貴方がフィンランドのグループにどのような経緯で参加されたのですか?
(アードリアン[以降A])クリストファル・エーマン‘Christopher Åhman’から紹介されたんだ。
―後にクリストファルに代わって貴方がグループに加入しますが、フィンランドやノルウェー、アイスランドのメディバル・バラッド、賛美歌等を中心に取り上げているヤァラルホーンに溶け込む事は容易でしたか?
またヴィオラとマンドーラは誰の教えを受けてきましたか?
(A)僕はアレンジする事がとても好きだからスムーズに溶け込めたよ。例えばイェニーが見つけて来た美しいテキストやポエムにハーモニーのアイディアを提供したりする。ヤァラルホーンのサウンドを雰囲気のあるものにしたいんだ。ヴィオラはミカエル・マリーン(ヴェーセン)からの教えが大半だよ。マンドーラはクリストファルがグループを脱退する時に僕が引き継がなければならなかった。ヤァラルホーンには重要な楽器だから。ヴィオラとチューニングが似ているので95%は独自で習得したんだ。あとはアレ・メッレルのワークショップを受けたりもした。昨年ホーブラで受けたそれにはイェンス・エンゲルブレクト(ラーナリム)も来ていたよ。

アードリアン加入後のヤァラルホーン。両写真の右手側は共にダーヴィッド・リンクヴィスト(per)。
―2ndアルバム『愛と情熱の神』は貴方達の傑作と呼ばれていますが。
(マルティン[以降M])あれはイェニーと僕、そしてメンバー全員の合作だ。この作品を最高傑作という人は多い。この作品が創られた99年、僕とイェニーは恋に落ちた。この作品には愛が満ち溢れているんだ。
―貴方(マルティン)とヤァラルホーンはどのようにして出会ったのですか?
(M)イェニーは子供の頃から知っていたよ。彼等からグループのレコーディングの話を聞いた時、僕のスタジオを提供した事が大きなきっかけとなったよ。今ではグループの専属プロデューサー兼エンジニアとして一緒にツアーしているんだ。
―『愛と情熱の神』の1曲目“春の神”はルーノーソング(カレリアのナショナル・ポエム)ですね?
レコーディングも凝っていますね。ルーノーソングの特徴を教えて下さい。
(J)ルーノーソングはスピリチュアル、リチュアル、ネイチャー等がテーマに詩われています。複数のハーモニーを持って歌われる事が多く、2つのそれが上下に離れ、センターに戻るといった具合に進行します。“春の神”(※1)は私の声の5トラックから構成されています。またラストに収録されている“イルカの叫び”(※2)もオリジナルですが、ルーノーソングの気持ちで歌っています。
(※1)エンジニアのマルティンはライヴ会場に入ると、まずこの曲の別ヴァージョンを流し、会場の音響をチェックしていた。
(※2)イェニーはイルカの生態にも興味があり、オフには富戸へ出向き、日本のイルカと会っています。
公式サイトにその模様が紹介されています。http://www.gjallarhorn.com/dolphin/
―3rdアルバム『グリム城』レコーディング後にパーカッションのサラ・プッルユーラが脱退しましたね。
(J)彼女はシベリウス・アカデミーにて、民族音楽におけるパーカッショニストとしての講師になりました。
―新たに加入した貴方(ペッテル)のパーカッション・セットはひじょうにユニークですね。またどのようにしてヤァラルホーンに加入したのですか?
(ペッテル[以降P])俺のセットはある2人からの影響が組み合わさっているよ。ひとりがアンドレー・フェラリ(カルテット時のヴェーセン)、ひとりがテリエ・イースングセット(グルーパ)だ。スネアの位置にタンバリンをセットし、ハイハットの要領で複数のゴート(山羊)・ベルを“シャン”と鳴らす(よく見ると数個の鍵もぶら下がっている)。ただ叩き方はオリジナルさ。右手で竹製のスティックを持ち、左手は素手、もしくは指だけを使う。他にもチベットのベルや鐘でメディテイショナルな音を加えるんだ。ヤァラルホーンへはアードリアンの紹介で加入する事となった。彼とはストックホルムの王立音楽院で知り合っているんだ。
(M)ペッテルが加入してから、演奏の最中によくハプニングが起こるようになったよ。即興から曲が進化するんだ。
(P)これまでにヤァラルホーンに加入したパーカッショニストはすべてタイプが異なるよ。初代のダーヴィッドはビートを常にキープする奏者だった。こういったタイプは他の楽器がそれをフォローしなければならなくなる。続くサラのプレイはひじょうに柔らかくスムーズにビートを刻む。それがトラッドにフィットしていたよ。俺は100%ヤァラルホーンのサウンドに合わせたい。トラッドの演奏にはない新しい手法を開発していきたいんだ。
―ペッテルが加入してスウェディッシュが2人になりましたね。他のスウェーデンのアルバムを聴くとポルスカ(スウェーデンを代表する踊りのスタイル)、ポルスカ、またポルスカといったケースが多いのですが、今後のヤァラルホーンはどのように変化しそう?
(A)これからはスウェーデンの曲が少し増えるかもね。
(J)私も15年前、ダーラナ地方マールンにあるマールン民族音楽学校にて、カッレ・アルムレーフからフィドルを、マリア・レイヨスから歌を習った事があります。その時エンマ・ヘルデリン(ガルマルナ、トリアケル)が一緒にいました。
◆◆◆プロデューサーのマルティンから重大発表◆◆◆
すべての公演を終えた翌日、一足先にフィンランドへ戻ったディジェリドゥ奏者のトミー。その後のミーティングで、プロデューサーのマルティンから重大発表がありました。
(M)このジャパン・ツアーはトミーのラスト・ツアーだったんだ。
―え〜〜っ。そうだったんですね(東京公演の最後、ステージ上でイェニーとトミーが抱き合っていたのを思い出した)。トミーのディジェリドゥに代わる奏者はまず北欧にいないのでは?
(M)もはや彼の巨大なバス・フルートしかないよ。イェーラン・モンソン(ラウン)だ。既にイェーランとも話がついているよ。
―ラウンはヤァラルホーンと同じくヨーロッパにて成功しているグループですよね。イェーランはその両立が困難なのでは?
(M)おそらく不可能だろう。イェーランはそのぐらいの覚悟を持ってヤァラルホーンを選んだと思うよ。

トミーに代わってイェーラン・モンソンが新加入。
トミーのディジェリドゥに代わるものは、もはやイェーランの巨大なバス・フルート(コントラバス・ブロック・フルート)しかない!
Göran Månssonのプロフィール、ソロ関連はこちら>
ヤァラルホーンはやはり進化するグループでした。これ程までにメンバーが替わるノルディック・フォーク・グループはかのグルーパ以外に思いあたらない。時期ヤァラルホーンに心から期待したい。そして脱退したトミーは他にもたくさんのプロジェクトを持っている。クラブ・ミュージックのプロデューサー、そしてDJでもあるそうだ。トラッドからしばらくは遠ざかる様子。
◆◆◆メンバーのフェイヴァリット・チューン◆◆◆
イェニー:船乗りのヴァッレヴァン
アードリアン:小さなトゥーラ
ペッテル:神への祈り
⇒これは意外。彼がこの讃美歌を挙げるとは。やはり合わせるパーカッショニストだ。
マルティン:Staffan (new song, Finland)
トミー:彼が帰った後の話題だったので聞けませんでした。
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【イェニーの歌のワークショップ(2004.11.12)】
レポート 河原のりこ(シャナヒー)
本町にあるブランニングカフェで行われた、ヤァラルホーンのワークショップに行ってきました。
こじんまりとしたおしゃれなカフェに集まったのは12名程。ワクワクしながらも少し緊張していた私の前に現われたイェニーは意外にも(?)小柄な女性でした。北欧の女性は背が高いというイメージをもっていたので、一瞬あれ?と思いましたが、小柄でお下げ髪のイェニーはCDジャケットの雰囲気とは違って、とても可愛らしいかったです。
まずイェニーは水に住む妖精ネッケンのことを歌ったスウェーデンの曲“Title”を歌ってくれました。次はフィンランドの曲“Voi Kun
Loit”を皆で歌う事に。フィンランド語が初めての上に、楽譜が配られなかったので最初はちょっと戸惑いましたが、フィンランド語はローマ字っぽくて分かりやすかったし、イェニーが何度もくり返し歌ってくれたのですぐに歌えるようになりました。最後にメロディーにハーモニーをつけて、三声で歌ったのですが、これがまた中世の音楽を思わせる和音でいい感じでした。ハーモニーが綺麗にできたので皆がお互いに拍手しあい、楽しい雰囲気のまま、ここでちょっと休憩・・・
休憩の後は「カウコーリング」に挑戦することに。カウコーリングは今は音楽として多くのアーチストが取り上げていますが、元々は山で放し飼いされている牛を呼び戻す時や遠くにいる人と会話する為に使われていました。叫びに近いハイピッチで歌うカウコーリング。もしできるようになったら嬉しいけどホントに私でもできるのだろうか・・・
カウコ−リングを歌う時はポジションが大切だそうです。スタンスは重たい感じで下半身に重心をかけてしっかり立ち、上から引っ張られるように背中を真直ぐにします。そして喉は楽に力を入れない。カウコーリングを歌うには子供を産む時のような力強さが必要だとか。「自信をもって、不安な気持ちがあると絶対にできないですよ。」とイェニー。子供を産むような力強さ!?何だか凄い事になってきました。
とりあえず低めの音から挑戦。最初はまずますでしたが、音が高くなるにつれてだんだん辛くなってきました。気を抜くと喉を痛めてしまいそうです。遠くの人と会話する為にも使われていたカウコーリング・・・こんなにエネルギッシュな唱法だったとは思いませんでした。できはともかく、今回は挑戦できた事で良しとしよう。でもまた機会があったら練習してみたいです(近所迷惑かも知れませんが・・・)。
最後に先程歌った“Title”,“Voi Kun Loit”の楽譜が配られ、皆で記念撮影をしてワークショップは終了しました。ワークショップ終了後、イェニーと直接お話する機会があったので、こんなチャンスはもう無いかも知れないと思い「あなたのCDを聴いて練習した曲があります。もし良かったら発音のチェックをしてくれませんか?」とお願いしてみました。ちょっとずうずうしかったかな?と思いきや、イェニーは笑顔で承諾してくれました。
ものすごく緊張しましたが、何とか歌い終えた私をイェニーは満面の笑みで誉めてくれました。そしてスウェーデンで歌っても大丈夫とまで言ってくださいました。ホントにホントに嬉しかったです。
今回のワークショップに参加してとても充実した時間が過ごせて大満足でした。特にイェニ−本人に歌を聴いてもらえたことは、ずっと心に残るだろうし、その時に歌った曲は私にとって大切な曲となりました。またぜひ何処かで歌いたいと思っています。
最後にワークショップをひらいてくださった方々にお礼が言いたいです。こんな素敵な機会をくださってありがとうございました。
(河原のりこ)
■河原のりこさんのグループ“シャナヒー”■
シャナヒーは、アイルランドをはじめとしたケルト地方やイギリス、ノルウェーなど北欧に伝わるトラディショナル音楽を独自のアレンジで演奏する女性グループ。
関西を中心にライブ活動を行い、透明感あふれる美しいサウンドにファンも多い。
2月12日にシャナヒーの1stCD発売開始!
シャナヒ−HP「駒鳥たちの物語歌」(試聴出来ます)
http://www.ismusic.ne.jp/shanachie/komadori.htm
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