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今も尚、更なるニッケルハルパの復興に人一倍貢献している奏者。
【『ヴェーゲン(道)』『アナザー・ウェイ』のライナーノーツより】
2003年10月、スウェーデン大使館を中心に行われたイベント『スウェディッシュ・スタイル』のため、緊急初来日を果たしたペーテル“プーマ”ヘドルンドを、ノルディック・ノーツがサポートする事となった。ペーテルは現代スウェディッシュ・フォーク・シーンにおいて、今も尚ニッケルハルパの復興に人一倍貢献している奏者だ。ノルディック・ノーツは同楽器を駆使した様々なグループを紹介してきたが、ペーテルの緊急来日には本当に驚かされた。
まずはここで改めてニッケルハルパという楽器を簡単に説明しようと思う。ラーナリムの来日公演にてその全貌が明らかになったスウェーデンに伝わる伝統楽器。同国の14世紀頃の教会にニッケルハルパを持ったストーンエンジェルが存在した事から、ちょうどこの頃が発祥の時期だとされている。4弦+12本の共鳴弦をニッケル(鍵盤)で押さえて弓で弾く。音色はヴァイオリン的。
そしてペーテルが来日中に行ったインタビューを忠実に再現致します。
(プロフィールと少年時代)
私は1957年6月23日、ウップランド地方にあるウップランスブルー‘Upplandsbro’にて生まれた。若く見えるだろうが今年で46才になる。子供の頃から皆は私を“プーマ”と呼んでいる。それにはふたつの理由があり、ひとつは森の中で遊ぶ時、走り回る姿がプーマ(猫科の猛獣)に似ていた事。そしてもうひとつはフットボール・チームでそのファイトぶりが正にそれのようだったからだ。
両親は音楽にあまり関心がなかったが、9才の時、小学校でリコーダー、もしくはマンドリンを義務的に教わらなければならなかった。私はマンドリンを選んだ。なぜならマンドリンはギターに似ていて抱えた姿がビートルズみたいだったからさ。その後上達の早さから先生にフィドルを薦められる。しかしどうしてもフィドルは好きになれなかった。
そして15才になった時、エリック・サールストレム‘Eric Sahlström’[1912-86]と彼の弾くニッケルハルパに出会った。私はたちまちこの楽器の虜となり、5ヶ月後には舞台に立ち演奏、初めてギャラを貰ったよ。当時私が一緒に弾いていたのはひと世代、もしくはひと世代半上のフィドラー、トゥーレ・ヘルデリン‘Tore
Härdelin’,ビヨルン・ストービ‘Björn Ståbi’,ペーシュ・ハンス・ウルソン‘Pers
Hans Olsson’等だった。彼等と並ぶと私だけが子供だ。なぜなら同世代はじめ、周りにはほとんどニッケルハルパ奏者がいなかったからだろう。
エリック・サールストレムは常に私の師匠だった。その弾き方、技術、そしてその音色がたまらなく好きだった。でもワークショップ、教え方は決して上手ではなかった。常に早く弾いていたし、具体的な説明もない。エリックの技術を身に付けるには熱心に聴いて見るしか方法はなかった。
そんなエリックが好んで演奏していたのはビス・カッレ‘Byss-Calle’[1789-1847]の弾いたレパートリーだ。昔のニッケルハルパはドローン弦とメロディを一緒に弾くケースがほとんどだった。特にビスの曲には飾りが多く、ひじょうにハイ・テクニックを要求される。したがって初心者のワークショップには向かない。しかし私はエリックの弾き方と、ビスの曲を愛して止まなかった。そして努力の末、75年にリクスペルマン(スウェーデンにけるフォーク・ミュージシャンへの名誉称号)を獲得し、同楽器の世界チャンピオン・タイトルも2度に渡り保持する事が出来たよ(現時点で2度保持したのはプーマのみ)。
(レコーディング・キャリア)
初めてのレコーディングは74年の『Harpan Min/Mats Kuoppola-Liljeholm』だ。このマッツは学校の先生で、私がニッケルハルパを弾くサポートをしてくれた。この作品はマッツと学校の生徒15人ぐらいで作ったアルバムだよ。それから私は同地方のノルテリエ‘Norrtälje’へ引っ越し、この地でノルテリエ・エリトカペル‘Norrta[ウムラウト]lje
Elitkapell’というグループを結成する。
ここではニッケルハルパとコントラバス、ハーモニカ、サックス等様々なアンサンブルを楽しんだ。このようにニッケルハルパをアンサンブルに持ち込んだのも当時は異例の事だったよ。メンバーは皆マルチ・プレイヤーだ。マッツ・アンダーション‘Mats
Andersson’はクラリネットのリクスペルマンでゴールドを獲得している。他にも教会でパイプオルガンを弾く免許も持っているし、ニッケルハルパのワークショップもやる。そのワークショップの日が近づくと彼は1週間徹底的に練習するんだ(笑)。このグループは82年までに4枚のアルバムをリリースする。
今でも年に5回程ライヴをやっているよ。初のソロ・アルバムは92年の『Puma』(Tongång
AWCD-2)だ。本作でも数人のゲスト・プレイヤーが参加し、様々な楽器とのアンサンブルを試みた。妻のカリンも一緒にプレイしているよ。
(ワークショップ)
私が当時ニッケルハルパを弾き始めた頃、楽譜はほとんどなかった。恩師エリックも楽譜が読めなかった。例えばフィドラーのペーシュ・ハンス・ウルソン、ビヨルン・ストービ、トゥーレ・ヘルデリン等もほとんど楽譜を用いる事はなかった。
彼等は若い頃より労働者として働き、その辛さ、貧しさ、そしてその時の気持ちを音に託していた。彼等とは世代が違うが私も建築現場の作業員であり、後に現場監督をも務めた。私もやはりその時の気持ちを音に託していたのだ。その昔、スウェーデンは本当に貧しい国だった。その頃の喜びといったら、楽器を奏でる事、歌う事、そして踊る事。母国の伝統音楽の持つ本来の気持ちが正しくそれだ。
今日では楽譜で同楽器を覚える手段も増えているが、本来の気持ちが失われてしまっているのも事実だ。それは仕方がないといえばそれまでだが。
私は長年、同楽器のワークショップを積極的に行っている。ワークショップはレッスンとは若干趣が異なる。楽譜を一切使わず、その音色を耳と体でキャッチするものだ。私はアカデミー・オブ・ミュージック(1995年から3年間)やワークショップ、プライベート・レッスンを通して約千人ものニッケルハルパ奏者を教えてきた。
現在活躍中のニクラス・ロースヴァル(ラーナリム),セケェのふたり(セシリア&シェスティン)、ヘンリク・エリクソン‘Henrik Eriksson’,ウーラ・ヘルツベリ‘OlaHertzberg’,オーサ・インデル‘Åsa
Jinder’等もその内のメンバーだ。これまでに接点がなかったのはウーロヴ・ヨハンソン(ヴェーセン)、ヨハン・ヘディーン(バザール・ブロー)ぐらいだろう。前者は住んでいる場所が少し離れていた事で接点がなかった。彼の近くにはクゥルト・タッレルート‘Curt
Tallroth’という優れた奏者が住んでいるんだ。また後者は父親がニッケルハルパを弾き、しかもそれを作る職人でもあったからだろう。
更にニッケルハルパの教則DVDもリリースしているよ。いわゆるDVDによるワークショップだ。同楽器の持ち方から細部にわたる弾き方までを見せている。楽譜もプリントアウト出来るようになっているし、Vol.1は初心者から利用して頂ける内容だ。もうすぐVol.3もリリースする予定だよ。
(近年のソロ作品 2002-2003)
今日のコンテンポラリー・フォーク・シーンは盛んでニッケルハルパも様々なアンサンブルに溶け込んでいる。そんな中、私は2ndソロ『ヴェーゲン』を2002年にリリースする。録音は自らが弾くニッケルハルパのみ。たった1本でアルバムを創るのは本当に珍しい事だった。
ヴェーゲンとは「道」の事であり、常に前進する事、更に先を目指す事を意味している。私もまだこの楽器を極めた訳ではない。ただひとりでプレイするとちょっとしたミス・キーが目立ってしまう。ソロでのパフォーマンスも毎回弾く度に、昨日よりも上手く弾こうと常に念じているんだ。
こうしたひとりだけのステージやヴェーゲンを聴いて、皆は古い考えをもった頑固親父と思っているようだが、それは大きな誤りだ。それを照明しているのが今年出来上がったばかりの『アナザー・ウェイ』である。この作品では8人のゲスト・ミュージシャンがいる。その内フランキー・レインとレオ・リッカルドがアイルランド人だ。スウェディシュ・チューンやオリジナルをやっているのだが、このアンサンブルに注目して欲しい。
ニッケルハルパがイーリアンパイプ、ドブロ、ジャグ、リコーダー、チェロと演奏している例はほとんどないだろう。リコーダーを吹いているのはもちろん私の妻のカリンだ。そしてパーカッションのウッレ・ボウムはメンバーの中で最も若い。77年、ノルテリエ・エリトカペルの1stアルバムの裏ジャケットに私が彼を肩車している写真が載っている。当時彼は3才だったよ(笑)。そんな彼の若いアイディアはとてもユニークなもので、灰皿を叩いた音までもが入っている。更にはミックスをアメリカで行ったよ。スウェーデンのエンジニアならフォーク・ミュージックのそれを行う基本パターンに沿うケースが多い。こういった部分にも新しいものを求めてみたんだ。
(生活)
現在の住いはヘルシンランド地方にあるイステ‘Iste’というひじょうに小さな村だ。この村の人口はたったの40人。森と谷、イステ湖、白樺、松、もみの木、麦畑、そして5km離れたところに教会があるだけだ。今の家は山程の金があっても手放さない。この家は300年前に建てられ、30cm幅もある床材が使われている。この木は樹齢250年以上は越えないとここまで太くならない。そして暖炉も4つある。この家からは伝統と歴史、そんな気持ちを常に感じているんだ。そう2ndソロ・アルバム『ヴェーゲン』のディスクの写真が私の家だ。そしてジャケットの風景も家の近くだよ。またこの時期にはムース(ヘラジカの巨大化する種類)が頻繁に出る。いま日本に来ていなければ仲間とハンティングに行っているよ(来日中、インターネットで仲間がムースを何頭しとめたかを頻繁にチェックしていた)。
妻のカリンはヴァイオリンのリクスペルマンだ。普段は学校でリコーダーを教えている。それから息子がふたりいて、14才のマティアスはアコースティック・ギターとエレキ・ベースを、10才のユーナスはサックスとパーカッションをやっている。ふたりともフィドルも弾く事が出来るよ。私の家にはたくさん楽器があり、友人達が遊びに来ると皆で弾いていた。だから息子達は大人はみんな楽器が出来るんだと今でも本気で信じ込んでいるようだ(笑)。
1日のニッケルハルパの練習時間はおよそ3時間だ。通常は朝の10時から始める。時には外で弾いたりと気分に任せるんだ。母親はよくこう言ったよ。「お前は何にでも熱心に取り組むから、将来は勉強して医者になったらいいのに」ってね。でも音楽でここまで来れた事を見て、今はびっくりしているよ(笑)。
(2003.10.15 ペーテル“プーマ”ヘドルンド)
Harmony Fields http://www.harmony-fields.com/
※提携会社ハーモニーフィールズとは内容が重複しています。ご了承下さいませ。
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アナザー・ウェイ
Nordic Notes DHN-1047
品切れ中
2003年プーマは自らのバンド、カンパニーと手を取り、本作を完成させる。興味深いのはその編成だ。かつてニッケルハルパがイーリアンパイプ、ドブロ等の楽器とアンサンブルを繰り広げた事があっただろうか。更にはリコーダー、チェロ、フィドル奏者等も参加している。
プーマの持ち味はどんな編成で演奏してもスウェディッシュ・チューン本来のメロディを頑なに守っている点にある。

ヴェーゲン(道)
Nordic Notes DHN-1044
品切れ中
ニッケルハルパたった1本による演奏。それはレコーディングにおいていうと2002年の時点で初めての例である(私の知る限りで)。スウェディッシュ・トラッドを厳選し
た上で、それを忠実に演奏。細かなニュアンスは別として、極端なアレンジ等ない。これまで同楽器の音色をアンサンブルの中で聴く事は出来たが、たった1本の音色を純粋に聴けるのは本作のみである(後に2004年に入ってヨハン・ヘディーンもトライする)。

Puma
Tongång AWCD-2
92年プーマ初のソロ・アルバム。ノルテリエ・エリトカペルを経た彼の集大成ともいえる作品で、自らのニッケルハルパを前面に打ち出し、フィドル、チェロ、ギター等
とアンサンブルを繰り広げている。余談ながらジャケットに写っているフォードはひじょうに古いタイプのものらしく、今も大切に乗っているらしい。
■Guest albums■

Vinterljus - Jullåtar från förr/Britta
Zetterström
Tongång AWCD-45
プーマの最も相性の合うフィメール・シンガー、ブリッタ・ツェッテルストレムの2001年クリスマス・アルバム。
プーマは6曲においてニッケルハルパを弾いている他、マンドーラ、フルート、ギター、コントラバス、キーボードのゲスト奏者が交互に入れ替わり、ブリッタのスウィート・ヴォイスを支えている。
ブリッタは現在ヴァイキング博物館に勤務しており、その後の音楽活動はやや消極的だという。

Ge rum vid Roddartrappan - Bellman till belcanto/Bengt
Nordfors,
Mats Bergström, Niklas Roswall
Tongång AWCD-24
18世紀の偉大なSSW、カール・ミカエル・ベルマンの作品集。演奏はベント・ノルドフォッシュ(ヴォーカル)、マッツ・ベルグストレム(クラシック・ギター)、そしてラーナリムのニクラス・ロースヴァル(ニッケルハルパ)のトリオ。プーマはここにゲスト参加している。
バックの演奏はどことなく宮廷音楽風の響きすら漂わせる。これは隠れた98年の名作だ。余談ながらデジパック仕様のジャケットもあまりに素晴らしい。
■V.A.■

Fiolen Min -
Sweden's Greatest Hits/V.A.
Mono Music MMCD005-X
代表的なマーチ、ヴァルス(ワルツ)、ポルスカ等がチョイスされた90年のコンピレーション。
演奏者はこれまたゴージャス。ウッシャ・スペルメン、ABBAのベニー・アンダーション等をはじめ、プーマは当時まだ無名だったオーサ・インデルとのニッケルハルパ・デュオによる共演で参加している。
オーサは後の2001年、ヴァージンからソロ・アルバムをリリースし話題となった。
■DVD■

Peter Hedlunds Nyckelharpskola
Volume.1
Tongång NS-01
品切れ中
DVDによるニッケルハルパのワークショップ。画面を通じて初歩的な持ち方から丁
寧に教えてくれる。楽譜もプリントアウト出来て便利。初級者はまずこちらから。

Peter Hedlunds Nyckelharpskola Volume.2
Tongång NS-02
品切れ中
Vol.1の続編。中級者以上の方はこちらへ。
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