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−スティーヴ・ドブロゴスへのインタビュー−
スティーヴ・ドブロゴスは、スウェーデンに住むアメリカ人ピアニストだ。今年彼は50歳の誕生日を迎える。日本で還暦を祝うように、スウェーデンでは50歳の誕生日を大切な記念日として祝う風習がある。スティーヴはこの大切なひと時を最愛の妻と過ごすため、日本の京都を旅先に選んだ。
下記は4月12日に行ったスティーヴへのインタビューである。
――貴方は、ピアノをいつ自分の楽器として弾き始めましたか?
6才だよ。10代後半期はショパン、キース・ジャレット、チック・コリアを弾いたりした。もう夢中だったよ。プロとして活躍し出したのは22才の時さ。
――いつアメリカからスウェーデンに移られたのですか? それは何故??
もう28年前(1978年)になるよ。その理由は(隣に座っている愛妻を指差した)。
――奥様のカタリーナ(・フリッツェーン)とは、どのようにして知り合ったのですか?
フルート奏者のカタリーナは一時期アメリカに来ていたんだ。ある日ジャズ・セッションで一緒になったのさ。彼女はアメリカに来ていたエリーゼ・アイナルズドッテル(ピアノ)等ともセッションをしているよ。その後彼女は70年代後半にフルート、ギター、ヴォーカルのトリオ“トリオ・CMB”を組み、スウェーデンを代表する偉大なシンガー・ソングライター、カール・ミカエル・ベルマンの曲を演奏したアルバム"Glimmande
Nymf"をリリースしているよ。
――スウェーデンに移り住んだ時、アメリカ人である貴方が、スウェーデンの音楽シーンで同時に活動する事はたいへんな事だったと思うのですが、どのようにしてそのシーンに溶け込んでいったのですか?
これはひじょうに良い質問だ。そのとおり、とてもたいへんな事だったよ。しかし自分のスタイルを崩す事はなかった。私はピアノを弾く作曲家だと思っている。しかし当時はスウェーデン在住のアメリカ人ピアニストとして紹介されていたよ。作曲家として認知されるのにはまだまだ時間が必要だったようだ。
しかし、あるフェスティヴァルを前に幸運が舞い込んできた。それに出演するノルウェーのシンガー、ラドカ・トネフのバンドのピアノ奏者の代わりを務めたのさ。これをきっかけにラドカとの共演作「フェアリー・テイルズ」が生まれているよ。これは今でも売れ続けている。
――ラドカとの共演を通じて、北欧フィメール・ヴォーカリストとピアノのデュオを継続させますね。こうしたデュオのレコーディングで有名になったのは北欧で貴方が最初ですか?
このようなスタイルのデュオが以前にどれだけ存在したかは知らないが、それを北欧で確立させたのは私かもしれない。
――貴方はジャズ、クラシック、現代音楽等幅広いフィールドで活動されていますが、自分をジャズ・ピアニストだと思いますか?
...そうは思っていない。この質問には答えられないよ。
――最新作(つまり本作)は、一言でいうとどんなアルバムですか?
アンナは音楽学校で、ずば抜けて素晴らしかった。これまでに温めてきた私のレパートリーの中から彼女に合う曲を厳選し、アレンジを加えたんだ。そういった意味では最高傑作と言える。
――今後の予定をお聞かせ下さい。
9月にももう1枚レコーディングする。クワイアと組んだ現代音楽だ。
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