いつつど様の作品

ここにいること




オスカルはベッドに入ったものの、なかなか眠りに就くことが出来なかった。
日付はとうの昔に変わってしまっている。
無理もない。昨夜は色々な事がありすぎた。
アンドレが…アンドレが、自分を殺そうとしたのだ。
ジャルジェ将軍の持ち出した、彼女の結婚話に絶望して。

ずっとお前ひとりを想って生き続けてきたのだと、彼は言った。
他の男に渡すくらいなら、殺してでも自分のものにしたかったのだと、彼は言った。
思ってもみなかった相手からの告白。
きつく抱き締められた感覚が、まだ身体に残っている。

今まで共に過ごした様々な時間が、かわした言葉の数々が思い起こされる。
私が気付かなかった長い長い時を、お前はじっと黙って耐えてきたのか?
  かつてフェルゼンへ向けた私の想いがそうだったように。

オスカルは寝返りをうった。
彼が最後に言った言葉が、頭の中をぐるぐるまわる。

「俺の役目はもう終わったのかも知れない。
あのジェローデルは身分といい、家柄といい、これからは―――」

もしかしたら、父の持ち出した結婚話よりも、アンドレが自分を殺そうとしたことよりも、
アンドレから告白を受けたことよりも。
彼が自分の元から去ってしまうかも知れないという不安の方が、
オスカルの中で大きな位置を占めていたかも知れない。
力なく部屋を出てゆく彼の後ろ姿が、脳裏にこびりついて離れない。
夜が白みかける頃、オスカルは漸く浅い眠りにおちた。

翌朝。

目が覚めると、アンドレがいない。
屋敷中どこを捜しても、アンドレはいない。

「俺の役目はもう終わったのかも知れない」
昨夜の彼の言葉が思い出され、オスカルの胸を不安にさせる。
 まさかここからいなくなってしまったのか? どこかへ行ってしまったのか?
オスカルは必死でアンドレを捜す。
彼を求めて屋敷中を走りまわり、その名を呼ぶ、何度も、何度も―――。

「アンドレ!!」

 叫んだ自分の声で、目が覚めた。
涙が、目尻からこめかみへと落ちていった―――。

――夢…。

 もう夜はすっかり明けてしまっていた。小鳥の囀りが聞こえる。

――夢!?

 そう思った瞬間、また不安が襲った。これは本当に夢なのか!? 
現実になってしまうのではないのか!?

 オスカルは慌ててベッドから飛び起き服を着替えると、部屋を出た。
 歩調は次第に早足になり、朝の挨拶をする召使達には目もくれず、最後には走り出していた。

そして、目的の厩舎の前に来た時、その足は止まる。
 心臓の鼓動が大きく感じられたのはきっと、走ったからだけではない。
 いつもならこの時間、アンドレは厩舎で馬の世話をしている筈だ。
 はやる気持ちを抑え、呼吸を整えつつ、ゆっくりと扉に近付く。
そして、開かれた扉の向こう側を覗き込む―――。

 アンドレは、そこにいた。
 いつもと変わらぬ様子で馬の世話をする姿がそこにあった。

――いた。いてくれた。…よかった…。

 何か熱いものが胸にこみ上げてくるのをオスカルは感じたが、
それをぐっと抱き締めたまま、アンドレに気付かれないようにそっとその場を離れる。
 アンドレは、ここにいてくれた。
オスカルはその得体の知れない想いを噛み締めたが、ふと冷静になった。

「…それで…どうしようというのだ…?」

 昨夜彼に言った言葉を、今度は自分に向けて投げかけてみる。
 それで私はどうしようというのだろう。どうしたいというのだろう?

 …わからない。

まだ頭の中は混乱していた。
 だがオスカルのなかで何かが変わり始めたのは確かだった。
 何かが動き始めたのは、確かだった。

(了)



宝塚版毒ワインの後のオスカルの心理を、星ベルののるO様とタードレを
イメージして書いてくださいました。
狂気が垣間見えるタードレの苦悩と情熱、のるオスカルの動揺と艶やかさ
そして切ない声、リアリティある二人の舞台は秀逸でしたね。

あのあとオスカルは・・・・・あの続きを読むことができて嬉しいです。
いつつど様ありがとうございました。

背景はイラストと同じマルメゾンの庭です。

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