nito 様の作品
雨 音
あなたの腕が 声が 背中がここに在って
わたしの憎んだ本音を 掻き乱す
気づきたくなんてない 振りきる自分を
どこまで走らせてゆけばいい?
- 鬼束ちひろ「眩暈」-
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・・・・・雨が、止まない・・・・・。
ベッドにもぐり込んでいたオスカルは、眠ろうと目をつぶった。
途端、殴られたあちこちが熱を持ってくる。
昼間は隊務に追われ気にする余裕もなかったが、こうして一人になってみると体中が悲鳴を上げる。
大変なのは覚悟していたが、まさか着任初日からあんな大乱闘になるとは。
・・・・・衛兵隊、聞きしに勝る荒くれぞろいだな・・・・。
痛みの発する熱と、夕方から降り出した強い雨音がオスカルの眠りを妨げていた。
眠れないつれづれに、新しく指揮することになった隊士達の顔と名前を一致させようとしてみる。
アランに、ピエール・・・・ああ、フランソワもいたな・・・・・。ん?
ためらいがちなノック音。
オスカルは半身を起こして誰何した。
「誰だ」
「オレだ。入ってもいいか」
聞き馴れた、低い暖かな声。
衛兵隊の兵舎で過ごす夜は、今日が初めてだった。
その事で、知らず知らずのうちに気を張っていたオスカルは安堵したように微笑んで応える。
「ああ、いいぞ。アンドレ」
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眠れないんじゃないかと思ってな。
そう笑いながら渡されたショコラは、大分ぬるめに作られていた。
けれども今は、その人肌の温かさがオスカルの心を落ちつかせる。
「私が寝てないと、良く分かったな」
「お前、子どもの頃からそうだろうが」
誰かと取っ組み合いのけんかをした日の夜は、決まって中々寝つかない。
特に負けた日などは「負けた自分」に対する悔しさと怒りで、明け方まで起きていたりする。
そんな場合、もちろん付き合わされるのはアンドレ。
喧嘩の一番多かった士官学校時代など、一晩中チェスや読書の相手をさせられる事などザラだった。
近衛隊に入ってからは、流石に取っ組み合いの喧嘩などは数えるほどしかしなくなったが、
今夜は昼間やらかした乱闘のせいでまだ起きているだろうと思ってきたのだ。
「おい。それじゃ私が、子どもの頃からまるで成長していないみたいじゃないか」
「なんだ、今頃気づいたのか?」
「アンドレッ!!」
「わ・・・・・・っ、冗談だよ。殴るなって」
笑いながらオスカルの拳をかわすアンドレの服から、かすかに雨の香りがする。
「お前、どこかに行っていたのか?」
「まあな」
不埒な輩がいないか、暫くオスカルの部屋の外を見まわっていたのだ。
けれどもそんな事を知れば「女扱いするな」と怒り出すのが分かっていたので、
アンドレは曖昧に笑って誤魔化してみる。
「なんだ、笑ったりして。怪しい奴だな」
「錬兵場に帽子を忘れたから、取りに行ってただけだよ。・・・・・おい、何してるんだ」
「ふふ、本当は香水の匂いでもするんじゃないか?」
冗談めかしてアンドレの背中に顔を寄せるオスカルに、動揺する心を抑えながらさりげなく離れようとした。
けれども背中に添えられた手がそれを引きとめる。
オスカルは何も言わない。
背に置かれた手さえ、本当なら簡単に振り払えるだけの重みしかないもの。
それなのにアンドレは、オスカルの手が発するささやかな温もりへ吸寄せられるように動けなくなっていた。
「オスカル、どうした」
それには答えず、まるでそこにアンドレの背中があることを確かめるように、オスカルはそっと顔をうずめる。
まるで安心しきって眠る、子どものような表情で。
「・・・・・・オスカル?」
「ふふっ、お前の背中。相変わらず大きいな」
子どもの頃から、散々背負われてきた背中だ。
危険な遊びが過ぎて怪我をした時も。取っ組み合いの喧嘩をして立てなくなった時も。
いつもこの背中が背負って、自分の帰るべき場所まで連れ帰ってくれた。
「どうしたんだ、急に」
「動くなよ。もう少しこのまま・・・・」
傍にあったから。
自分を連れかえってくれる大きな背中が。
だから自分はいつだって、どんな無茶も我慢も出来た。
「アンドレ」
体中が痛むんだ。
こんな雨の夜に、一人で起きていると不安になるんだ。
自分が取った道は間違っていなかったのか。
自分はこの場所で進んで行けるのか。
だから・・・・・・・・・。
「もう少し、背中を貸せ」
この温もりだけで、私は充分安らげるから。
この温もりが、歩いてゆく勇気をくれるから。
「もう少し、ここにいろ」
それ以上は言わず、オスカルは無言で頬を寄せた。
「・・・・・本当に、子どもみたいな奴だな」
「ふん。どうせ私は成長していないんだろう?」
「ふふ、そうだったな・・・・・」
本当に、変わっていない。
子どもの頃から、数え切れないくらい背負ってきた女の子。
怪我が痛くて泣きたいくせに。不安で泣きたいくせに。
涙を我慢するかわりに、いつもオレの背中に顔を押し付けてきた。
小さな女の子。
「オスカル」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「オスカル、オレは・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「おい」
安らかな寝息を立て始めていたオスカルを、アンドレは苦笑しながらベッドにそっと横たえた。
おやすみ、オレの大切なひと。
まるで許しを乞うような瞳で、そっと頬にくちづける。
部屋に響く雨音は、いつしか酷く遠くなっていた。
Fin