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1 映画の歴史

・1930年代まで 映画の誕生〜トーキーの出現

1889年にエジソンが映画を発明しました。しかしこれは幕の中から覗くもので、一人しか見ることが出来ないものでした。
 大勢の人々の前でスクリーンに動く映像を最初に公開したのは、フランスの
リュミエール兄弟。それは1895年のことで、上映時間は、たったの1分間と言われています。
 その後映画はアメリカ−特にハリウッド(ひいらぎの森という意味ね)を中心に発展してきました。サイレント(無声映画)からスタートした映画は、
チャールズ・チャップリンの出現などで、またたくまに人気を獲得し、1927年の「ジャズ・シンガー」から始まったトーキー映画(台詞や音楽が入る現在の姿)が出現するや、圧倒的な支持を得ました。
 1939年までの作品は、
チャップリンバスター・キートンマルクス兄弟に代表されるコメディ、ジョン・フォード監督ジョン・ウェイン主演コンビの西部劇、ジーン・ケリーフレッド・アステアのミュージカル、「風と共に去りぬ」などの大河ドラマなどが中心でした。もちろん単発的にSFやサスペンス(サスペンスは一段下と思われていました)も製作されましたが、まだ主流とは言えない状況でした。

 当時のハリウッドは、MGM・ワーナー・パラマウント・ユニバーサル・フォックス・ユナイト・RKOといったスタジオが、個々にスターを抱え映画の製作をしていました。これらのスタジオは、主にユダヤ系移民たちが作り、金の出所はユダヤ資本によるものでした。その流れは、現在でも同じで、スピルバーグをはじめハリウッド関係者の8割は、ユダヤ系と言われています。(そのため今でも「シンドラーのリスト」などナチス批判の映画が定期的に作られれる)特に当時のMGM(メトロ・ゴールドウィン・メイヤーの略。昔の映画を観ると最初にライオンが吼えるのが出てくるやつ)は強力な資本力を持ち、作品に対する発言力は、絶大なものでした。当時から映画会社が作品に対し、口出しをする悪癖が始まっていたんですね。

 また製作側の大きな障害となったのは、「ヘイズ・コード」。ユダヤ系に対抗するイギリス系白人プロテスタントの集まりである『WASP』(関係ないけどこんなロックグループがいたね)から「映画は風紀を乱す下品な見世物」と非難され続け、1922年にハリウッドは、自主規制としてこの制度を作りました。「ヘイズ・コード」の内容は、セックスや暴力(一滴の血でもダメ)、ドラッグなどの青少年に悪影響を与える描写はしないというもの。夫婦が同じベッドで寝るというカットさえ許されない、今では笑止ものの中身でした。この『WASP』というのは、白人至上主義者の団体で、アメリカ東部での政治的、経済的圧力は、かなりのものだったようです。

 アカデミー賞も1928年(昭和3年)に第一回が行われ、最初のオスカー作「つばさ」からそのキャリアをスタートすることとなります。こちらも最初は、製作会社の力関係が賞の行方に強く作用したようです。(もしかしたら今でも?)一方芸術的要素の強い作品を選出する、カンヌ映画祭は1946年に始まり、今でもアカデミーと一線を画す賞として続いています。



・通と呼ばれるポイント

○ 映画は、エジソンが発明。リュミエール兄弟により現在の姿に。
○ ハリウッドは、ひいらぎの森という意味。
○ ハリウッドは、ユダヤ資本で成り立ち、現在も続いている。
「ヘイズ・コード」により描写が制限を受ける。
「ジャズ・シンガー」からトーキーに。
○ アカデミー第一回受賞作は、
「つばさ」
○ 史上初の長編アニメ、ディズニーの
「白雪姫」1937年に製作。古いんだね。



・1950年代まで 映画の黄金時代(昔の人は皆こういいます)〜「赤狩り」

40・50年代は、あらゆるジャンルの作品が出揃い、現在の基礎は、ほとんどこの時期に完成しました。ハリウッドの映画関係者が集まるアメリカ映画協会が選ぶ、「この100年のこの100本」(最後に関連資料あり)の第一位になった「市民ケーン」も1941年の作品です。(これも関係ない話だけど「市民ケーン」に出てくる"バラのつぼみ"の意味知っていますか。これがわからないと作品の本当の面白さは理解できませんよ。ここで言ってしまうのは気が引けるので、どうしても知りたい方は割と最近出た「ディレクターズ」を観てください。ネタばらししています)

 
ヒッチコックビリー・ワイルダーウィリアム・ワイラー「ローマの休日」の監督さんね)などもこの頃から活躍しています。もちろんハリウッドだけでなく、ヨーロッパでもゴダールトリュフォーといったヌーベルバーグ勢やイタリアのヴィスコンティフェリーニなど巨匠と呼ばれる人たちも、映画活動を開始しています。
 日本でも、戦前のサイレント作品を弁士が説明していく形態から、トーキーへと移り、
黒澤明小津安二郎溝口健二などが世界に誇る作品を作り始めました。特に1951年に黒澤監督「羅生門」がベネチア映画祭グランプリを受賞し、日本映画ここにありを示しました。

 ただこの時期、暗い影を落としたのは、1947年からハリウッドで始まった、共産主義者を内部告発させていく通称
『赤狩り』。最近では「マジェスティック」でも取り扱われたテーマですので、知っている方も多いと思いますが、これは、ジョセフ・R・マッカーシー上院議員が提唱しアメリカ国内の共産主義者を弾圧した事件。映画関係者に対する追求は最も厳しかった。その理由は、被差別者であるユダヤ系はもともとリベラルな傾向があったからで、言ってみれば『赤狩り』は、「ユダヤ人狩り」であるというのが本質です。返答を拒んだ脚本家たち10名が投獄され(この10人はハリウッド・テンと呼ばれています)参考人は知る限りの党員の公表を迫られました。結局300名以上の監督・脚本家・俳優がブラックリストに載りました。
 これに嫌気がさし、
チャップリンはヨーロッパに居住を移し、またチクリによる反感は現在でも続いています。例えば1999年のアカデミー賞で特別賞を受賞した、エリア・カザン「波止場」「エデンの東」などの監督。積極的に『赤狩り』に協力)。彼が受賞する際、通常スタンディング・オベイションで迎えるものですが、そのときは半分以上の人が座ったままでした。この光景を観て、まだまだ『赤狩り』の後遺症は残っているのだと言う印象を強くもちました。そして一番の悪影響は、社会や政治への批判を作品に入れる事が、タブーとなってしまった点です。そういう規制があればあるほど、表現の自由が奪われてしまうのは当然のことで、作品の質の低下は、まぬがれません。



・通と呼ばれるポイント

○ 映画の黄金期、ないし現在の形を作ったのは、1940―50年代。
○ ハリウッドの映画人が選ぶ第一位は、
「市民ケーン」
○ 1947年から始まった
『赤狩り』によりハリウッドは多大な影響を受ける。
チャップリン、ヨーロッパへ逃げる。
黒澤監督「羅生門」ベネチア映画祭グランプリ受賞。



<閑話休題>
 読むのも疲れたと思いますので、ちょっと休憩。「かんわきゅうだい」と読まないでね。「それはさておき」が正解です。
 「ノーサイド」の店名の由来を説明します。よくユーミンの曲から名前をつけられたのですか?と聞かれますが、そうではなく社長が大のラクビーファンでラクビーの試合終了を意味するこの言葉に決めました。ラクビーの場合、「ノーサイド」の笛が鳴ると、敵味方無く、その健闘を称えあうという、その精神をとって決めたようです。1984年「若草書店」の一角でスタートしたビデオレンタル業ですが、だんだんスペースを拡大し、遂に書店をやめてビデオレンタルの店として再出発しました。当時は一泊二日1,500円でのレンタル料金でした。こう書くと、ボロ儲けのような気がしますが、ビデオが1本3万円近くの仕入れ値で、会員数も少ない上、VHSとベータの同時入荷をせざる得ない状況で、現実は中々難しいものですよ。



・1960年代まで 映画界の斜陽〜新しい力の台頭

前述した、「ヘイズ・コード」『赤狩り』に加え、ハリウッドの最大の問題点と個人的に考える作品の最終編集の権利(ファイナル・カット)を製作会社幹部が持っているという点です。それにより、作品の内容がだんだん保守的なものになっていきました。このファイナル・カットに関してはヒッチコックジョン・フォードといった限られた巨匠のみ許され(現在でもその状況は変わっていません)通常は、製作会社の社長が握っていました。特にワーナーでは、創業者の70歳を超えるジャック・ワーナーが独断で決定権をもち、取り巻きのスタッフ陣も新規採用をしなかった為、平均年齢が60歳を超えるという状況でした。これでは、どうやってもいいものが出来ません。

 そしてテレビの復旧も斜陽化に拍車をかけました。またカラー映画が主流になり、シネマスコープという新しい技術も生まれましたが、観客動員の決め手にはなりませんでした。

 この時期のハリウッド作品は、セックスもドラッグも暴力も黒人も存在しないものばかりでした。しかし社会の状況は、ベトナム戦争の凄惨な様子や黒人解放運動のデモ騒動、マリファナでラリるヒッピーの姿、ロックンロールに熱狂する若者と言った、それまで映画で描けなかったものがブラウン管を通じて溢れるようになっていました。映画は、この部分がまったく描けなかったので、時代とのギャップが広がり衰退の道をたどることになります。

 一方、ヨーロッパでは、
ジャン・リュック・ゴダールが1959年に作った「勝手にしやがれ」「ヌーベルバーグ」の先駆けとして若者に評価され、フランソワ・トリュフォー「突然炎のごとく」「大人は判ってくれない」などそれに続く作品が出てきました。「ヌーベルバーグ」とは『新しい波』という意味で、それまでの既成の価値観を打ち破ろうというもので(もちろんこの場合は、フランス映画の常識を覆すということ)これが「アメリカン・ニュー・シネマ」に決定的な影響を与えます。

 1960年代中盤、ハリウッドの映画産業は、史上最悪の観客動員となり危機的な状況になります。MGMが倒産し、「メジャー」と呼ばれる会社すべてが倒産の危機にありました。そんな状況から飛び出したのが
「俺たちに明日はない」。この作品がハリウッドに風穴を開けました。この作品はラストの射殺シーンが有名ですが、フェイ・ダナウェイを中心とした三角関係の中で、かなり性的要素の強い内容です。そのため1967年に撤廃された「ヘイズ・コード」の代わりに作られた「レイティング方式」(作品の内容に応じて観客の年齢を制限するシステムで現在でもR−15といった形で残っています)を採用され、『大人向け』ということでやっと公開されました。

 そして
「イージーライダー」「真夜中のカウボーイ」「明日に向かって撃て」「卒業」といった時代に即した作品が若者の圧倒的な支持を得てゆきます。これらの作品群は、「アメリカン・ニュー・シネマ」と呼ばれ、セックス、ドラッグ、バイオレンス、ロックンロールなど同時代性を強く訴える作品となりました。
 この部分は、言いたい事がたくさんあるので、後のコーナーで詳しく説明します。

 同様な状況は、日本でも起こっていました。隆盛を誇った1955年前後から徐々に衰退し、テレビが一般化した1960年代には、めっきり動員が落ちてきます。そしてやはり
「ヌーベルバーグ」の影響から、大島渚寺山修司などのATG系(アート・シアター・ギルドの略。芸術性の高い良質な作品を送りだす)の新鋭が登場。それまでになかったテーマと描写で新風を送り込みました。一方日本のメジャーである東映は、深作欣二監督の「仁義なき戦い」シリーズ等のヤクザ路線、東宝は、加山雄三「若大将シリーズ」などの青春路線、松竹は山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズ、日活は文芸路線から『ロマンポルノ』へと移り変わり、収益源を作り出していきます。



・通と呼ばれるポイント

「ヘイズ・コード」『赤狩り』「映画会社の老害」によりハリウッドは衰退。
ゴダール「勝手にしやがれ」「ヌーベルバーグ」の草分けの作品。
「ヌーベルバーグ」とは、新しい波という意味で、既成の価値観を破る作品をいう。
「レイティング方式」の導入により、過激な描写が緩和される。
「俺たちに明日はない」が、「アメリカン・ニュー・シネマ」の幕開けを飾る作品。
「ヌーベルバーグ」の影響を受け、日本でもATGが発足。



・1970年代 ハリウッドから傑作が続々誕生〜超大作主義への移行

以前の様々な足かせから解き放たれたハリウッドは、「時計じかけのオレンジ」「タクシー・ドライバー」「ゴッドファーザー」「ダーティ・ハリー」「スティング」などの傑作が、次々と作られました。これらアンチ・ヒーローを描いた作品で、傾きかけた経営を立て直したハリウッドのお偉方は、スピルバーグジョージ・ルーカスなど若くて新しい才能に積極的に投資しだしました。スピルバーグ「ジョーズ」「未知との遭遇」ルーカス「スター・ウォーズ」シリーズなどが過去なかったほどの利益をもたらし、映画製作のシステム自体も大きく変わりました。ちなみに過去最大の利益を出した作品(最後に関連資料あり)は、一位が「スター・ウォーズ」第一作目です。

 これらの作品で、圧倒的な資本力を持ったハリウッドの製作会社は、以降大作主義に走るようになります。製作システムも分業化が進み、またまたメジャーでは、先の光り輝くような傑作が作られにくくなりました。

 一方ヨーロッパや日本では、劇場収益の悪化から少ない資本で、映画を製作せざるを得ない状況にありました。そんな中でも1970年代中盤から角川映画が、横溝正史シリーズや森村誠一など原作と映画のタイアップと言う新しいマーケットを築いたのが話題になりました。また名門映画会社『日活』(
石原祐次郎吉永小百合が在籍していた会社)が、ロマンポルノに路線変更し、70年代にはこの中からもいくつかの傑作が生まれました。
 また日本でも今でも続く「日本アカデミー賞」が創設され、第一回受賞作に
山田洋次監督、高倉健主演の「幸せの黄色いハンカチ」が選ばれました。



・通と呼ばれるポイント

○ 70年代後半から、ハリウッドは大作主義に走る。
○ 過去最大黒字映画は、
「スター・ウォーズ」
  反対に最大赤字映画は、
「ファイナル・ファンタジー」
○ 角川映画が、タイアップシステムを確立。
○ 「日本アカデミー賞」始まる。
「幸せの黄色いハンカチ」が第一回受賞作。



・1980年代〜現代まで ビデオの普及〜バブル〜そして崩壊

この時期の最大の話題は、手前味噌でなく『ビデオの出現』だと思います。今まで、観たくても観れなかった作品が、自宅で観ることが出来る喜びは強烈なものがありました。そしてビデオの収益がまた製作会社を潤し、バブルの時代へと入ります。

アメリカでは、もう訳が判らないほどM&Aを繰り返し、(松下、ソニーなどジャパン・マネーも動く)スターのギャラ(最後に関連資料あり)もうなぎのぼり。そのせいで、監督よりも俳優陣のほうが発言力をもつようになり、製作費は軽く100億円を超えるようになっています。これでは作品と言うより商品という感覚がより強くなっている感じがします。そして冒頭でも書いた、ファイナル・カット権が製作会社側にあるシステムは変わっておらず、幹部の意向や『試写によるアンケート』により内容を変更させられると言う理不尽な行為がいまだに続いていて、『そもそも映画は監督のもの』という形もハリウッドでは崩れています。
 やはり20億円以上もらう俳優と数億円の監督では、会社は俳優を大事にしますよね。

 また1997年に公開された「タイタニック」は全世界で大ヒットを飛ばし、ハリウッドの強さをまざまざとみせました。

 ただアメリカでは、ハリウッド大作以外でも、『インディペント』と呼ばれる独立した小さなプロダクションから配給されるものも多いのも事実です。特に俳優の
ロバート・レッドフォードが出資した『サンダンス映画祭』で「セックスと嘘とビデオテープ」が話題になり、そのあとカンヌグランプリを受賞したことから注目を集めます。このサンダンスからは多くの作品と人材が排出しています。例えば「ユージュアル・サスペクツ」ブライアン・シンガー監督とケビン・スペイシー、そのほかジム・ジャームッシュコーエン兄弟など現在のアメリカ映画を背負う人たちです。この辺がアメリカの懐の深さと言うか、奥の深さですね。

 一時衰退していたヨーロッパ映画もフランス、イギリスを中心に良質の作品が製作されるようになり、ビデオの普及もあって今まであまり知らなかった、スペイン、ドイツ、デンマーク、ユーゴスラビアなどの地域の作品も紹介されるようになりました。

 その中で新たな試みとして重要なことは、「ドグマ95」(最後に関連資料あり)の出現でしょう。
「ドグマ95」とは、「キングダム」「奇跡の海」で知られるようになったラース・フォン・トリアー監督(最近では「ダンサー・イン・ザ・ダーク」が有名)などデンマークの監督たちが提唱した映画の技法です。安易なCGや音響効果などハリウッド的手法は使用せずに映画を作成すると言うもので、映画通の間では大評判になりました。もちろん「ドグマ95」の作品でも駄作もありますが、ハリウッド大作にはない新鮮な感覚が楽しめます。

 また映画大国以外の地域から、ガンガン良質の作品が出てきたのも、80年代以降です。香港、台湾、韓国、中国など東アジアはもとより、インド、タイ、イラン、アフガニスタンなどのアジア勢、ブラジル、メキシコなどの作品も観る事が出来ます。こういった地域の作品は、もちろん製作費は少なく技術も未熟なものも多いですが、現在忘れつつある"映画を作る喜び"にあふれた原点を再確認させてくれるものが多いのと、古き良き時代を思い起こさせる感動作が多いのが注目に値します。

 日本でも1983年に東急と西武により作られたミニシアター(いわゆる単館系劇場)とその後のシネコンの全国展開により、映画館自体が増え、よりジャンル的に幅広い作品が観る事が出来るようになりました。
 80年代には、カンヌ映画祭グランプリに
「影武者」「楢山節考」が選ばれ、北野武監督作の「HANA−BI」も1997年のベネチア映画祭グランプリに輝き、異色の監督として世界に認められる存在になりましたまた。北野作品などはメジャー会社に頼らない製作をし、日本でも独立系の作品が認められる土壌を作りました。また「SHALL WE ダンス」宮崎アニメがアメリカで上映され、世界的評価とヒットをする状況は喜ばしいことです。



・通と呼ばれるポイント

レッドフォード主宰の「サンダンス映画祭」が、インディペント映画の希望の星。
ラース・フォン・トリアーらが「ドグマ95」を提唱。
北野監督作「HANA−BI」ベネチア映画祭グランプリ受賞。
○ スターのギャラのトップは。
トム・クルーズの45億円。
○ 「ノーサイド」ホームページを立ち上げる。→いい加減にしろ。


〜関連資料〜

1、アメリカ映画協会(AFI)による「この100年、この1本」

1998年に発表されたアメリカ映画関係者が選ぶ「アメリカ映画」のベスト100のうちの25位まで掲載。あくまでもアメリカ映画の中でのベストテンですよ。

 1.「市民ケーン」1941年
 2.「カサブランカ」1942年
 3.「ゴッドファーザー」1972年
 4.「風と共に去りぬ」1939年
 5.「アラビアのロレンス」1962年
 6.「オズの魔法使い」1939年
 7.「卒業」1967年
 8.「波止場」1954年
 9.「シンドラーのリスト」1993年
10.「雨に唄えば」1952年
11.「素晴らしき哉、人生」1946年
12.「サンセット大通り」1950年
13.「戦場にかける橋」1957年
14.「お熱いのがお好き」1959年
15.「スター・ウォーズ」1977年
16.「イヴの総て」1950年
17.「アフリカの女王」1951年
18.「サイコ」1960年
19.「チャイナタウン」1974年
20.「カッコーの巣の上で」1975年
21.「怒りの葡萄」1940年
22.「2001年宇宙の旅」1968年
23.「マルタの鷹」1941年
24.「レイジング・ブル」1980年
25.「E.T.」1982年

私も大好きなハンフリー・ボガート作品が、3本入っている。や〜メデタイ。




2、ハリウッド歴代黒字ランキング(1ドル120円換算)

                                  黒字額  興行収入 制作費
1.スター・ウォーズ エピソードW 新たなる希望 540億円 540億円  13億円
 2.E.T. 509億円 522億円  13億円
 3.タイタニック 481億円 721億円 240億円
 4.スター・ウォーズ エピソードT ファントム・メナス 379億円 517億円 138億円
 5.ジュラシック・パーク 352億円 428億円  76億円
 6.スター・ウォーズ エピソードY ジェダイの復讐 331億円 371億円  40億円
 7.フォレスト・ガンプ 一期一会 330億円 396億円  66億円
 8.スター・ウォーズ エピソードX 帝国の逆襲 326億円 348億円  22億円
 9.ホーム・アローン 325億円 343億円  18億円
10.スパイダーマン 316億円 483億円 167億円

 やっぱりルーカスとスピルバーグが強いなぁ。この数字は、アメリカだけの興行収入なので、全世界となると、また桁違いの数字になります。うーん、何とか一本ぐらい邦画がランクインする日は来るのでしょうか。



3、ハリウッド歴代赤字ランキング(1ドル120円換算)

                   赤字額  興行収入 制作費
1.ファイナル・ファンタジー 126億円  38億円 164億円
 2.ウォーターワールド 104億円 106億円 210億円
 3.カットスロート・アイランド  97億円  13億円 210億円
 4.モンキーボーン  84億円   6億円  90億円
 5.スピード2  74億円  58億円 132億円
 6.ポストマン  74億円  22億円  96億円
 7.ベイブ 都会へ行く  74億円  22億円  96億円
 8.ヴァイラス  73億円  17億円  90億円
 9.ソルジャー  72億円  18億円  90億円
10.ウインドトーカーズ  72億円  48億円 120億円

 こう見ると「ファイナル・ファンタジー」の凄まじい失敗が、よくわかります。こっちの第一位が日本というのも・・・。先日発表された、スクエアとエニックスの合併もスクエアのこの赤字が原因となっていましたが、映画は難しいとつくづく思います。ケビン・コスナー作品が、2本ランクインしているのも興味深いね。



4、スターのギャラ ランキング

24億円以上 トム・クルーズ、ウィル・スミス、メル・ギブソンブラッド・ピット、アーノルド・シュワルツェネッガー、ブルース・ウィリス、ハリソン・フォード、マイク・マイヤーズ
24億円 トム・ハンクス、ジム・キャリー、ジョン・トラボルタ、レオナルド・ディカプリオ、ロビン・ウィリアムス、クリス・タッカー、ニコラス・ケイジ、エディ・マーフィー、アダム・サンドラー、トミー・リー・ジョーンズ、マーティン・ローレンス、ジュリア・ロバーツ、キャメロン・ディアス
18億円 ジョージ・クルーニー、ラッセル・クロウ、キアヌ・リーブス、ジャッキー・チェン、ブラッド・ピット、シルベスタ・スタローン、ジョディ・フォスター、メグ・ライアン
15億円 アントニオ・バンデラス、ブレンダン・フレイザー、サンドラ・ブロック、シガニー・ウィーバー、デミ・ムーア
12億円 デンゼル・ワシントン、ジェット・リー、ベン・アフレック、マット・デイモン、アンジェリーナ・ジョリー、ドリュー・バリモア、ニコール・キッドマン、グウィネス・パルトロウ、ジェニファー・ロペス

 書いててやんなっちゃった。凄いギャラだなぁ。やっぱり何か違和感を抱かざるを得ない金額ですよね。俳優にこれだけ出すなら、製作陣にも出せ〜と言いたい。
 上位にランクインしているマーティン・ローレンスは「ビッグ・ママス・ハウス」、クリス・タッカーは「ラッシュアワー」、アダム・サンドラーは「ウォーターボーイズ」などコメディに主演している俳優。とにかくアメリカは、コメディが強い。




5、「ドグマ95」について

デンマークのコペンハーゲンで1995年ラース・フォン・トリアーとトマス・ヴィンターベアが「純潔の誓い」をたてる。これは、下記の10項目からなり、映画から不純物を取り除き、登場人物の心の動き=プロットという構図で描こうというもの。

「純潔の誓い」
@ 撮影は、ロケーション撮影。小道具やセットは持ち込まない。
A 映像とは別のところで音を作り出してはならない。
B カメラは手持ちカメラに限る。
C 映画はカラーで、人工的な照明は使わない。
D オプティカル処理やフィルターは使用しない。
E 殺人、武器など表面的なアクションは入れてはならない。
F 時間的、地理的な乖離を認めない。
G ジャンル映画(アクション・SFなど)は、認めない。
H フィルムのフォーマットは、35mmスタンダードとする。
I 監督名をクレジットに載せない。

 栄えある第一回作品は、提唱者の一人ヴィンターベアの傑作「セレブレーション」。その後この趣旨に賛同した監督が、次々と作品を発表。ハーモニー・コリンの「ジュリアン」、「キング・イズ・アライブ」「ミフネ」などがある。提唱者のトリアーも「イディオッツ」を撮る。私のオススメは、「セレブレーション」と「ミフネ」。観てね。