「カルメン」聞きかじり |
「カルメン」の舞台裏
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「カルメン」誕生 |
オペラで有名な「カルメン」ですが、原作が小説ということはご存知でしょうか。 小説版「カルメン」の原作者のプロスペル・メリメ(1803-1870)はブルジョアの家庭に生まれ、パリ大学で法律を学びましたが、若いうちから執筆活動を始めました。 外国語に精通し、古典文学や美術史、考古学にも造詣が深かったそうです。 彼のスペインの知人、モンティーホ伯爵夫人を訪ねた折に「不実なジプシー女に恋をして、山賊にまで身を落とした元兵士」のうわさ話を聞きます。 この話を基に1845年「カルメン」が発表されました。 |
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オペラ版「カルメン」 |
1875年、アンリ・メイヤックとリュドヴィク・アレヴィの脚本、ジョルジュ・ビゼー(1838-1875)の作曲によるオペラ「カルメン」が、パリのオペラ・コミック座で初演されました。 オペラ・コミック座はどちらかといえば娯楽的な演目が多かったのですが、変わった演目を欲しがったこと、当時の異国趣味の流行などから選ばれたようです。 初演は大失敗したものの、その後も何度も再演されました。 その後、ウィーン宮廷歌劇場での上演のため、ドイツ語版のグランド・オペラに修正されることになりますが、ビゼーは旅先で心臓発作のため急死。 ビゼーの友人であるエルネスト・ギローの手により、グランド・オペラ版「カルメン」が1875年にウィーンで初演されました。 その後、グランド・オペラ版はさまざまな国の言葉に訳され、世界各地で上演されることとなります。 |
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三つの「カルメン」 |
原作の小説「カルメン」は、そのままオペラ・コミック座で上演するには強烈な内容でしたので、様々な手直しがされました。 小説「カルメン」の中では、カルメンたちの一味は密輸のほかに強盗なども働くのですが、これらの設定はなくなっています。 そのほか、作中でドン・ホセが複数の人間を殺していること、ドン・ホセとカルメンが出会ったときにはカルメンにほかの男がいたこと、ドン・ホセがカルメンを殺す場面の描写など、幾つかの場面や設定が原作とオペラで変わっています。 あとオペラ・コミックのお約束「汚れなき娘」と「喜劇的なジプシー」として、小説にはいなかったミカエラ、メルセデス、フラスキータが登場します。 オペラ・コミックとグランド・オペラは、ストーリーは基本的に同じですが、歌の間に台詞が入るオペラ・コミックに対し、レチタティーヴォでつなぐグランド・オペラは、歌が中心になり翻訳しやすくなった反面、台詞部分がレチタティーヴォに乗り切らず、説明が不足するという難点があります。 一時期はもっぱらグランド・オペラ版が上演されましたが、1964年にフリッツ・エーザーによりビゼーの版に戻ろうとしたアルコア版が出版され、台詞版が復活することになりました。 このサイトでは「カルメン」を語るにあたって ・原作の「小説版」 ・台詞の入った「オペラ・コミック版」 ・レチタティーヴォの入った「グランド・オペラ版」 と定義したいと思います。 ただし実際には、グランド・オペラと銘打っていても多少の台詞が入っていたりすることもあるようです。 |
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オペラの諸事情 |
クラシック音楽の世界では楽譜通りに演奏されると思われるでしょうが、オペラに関しては都合により台本がカットされたり、台詞が変更されたりすることがあります。 ソリストの負担を減らすためだったり、演出上の解釈だったりと、事情は様々です。 特に市民オペラなどでは、上演時間の問題、出演者の技量、人手の問題(泣)、予算の都合(大泣)などなど。 ともかく「カルメン」ひとつとっても、上演の数だけ違う舞台があるといってもいいでしょう。 |
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メリメの生きた時代 |
メリメがモンティーホ伯爵夫人から、カルメンのもとになった兵士の話を聞いたのが1830年。 二度目のスペイン旅行が1840年で、小説版「カルメン」の出版が1845年ですから、カルメンの物語は1830年前後、幅を持たせても1840年前後までの時代背景で書かれたといってよいと思います。 メリメの生きた時代は政治がめまぐるしく変わった、激動の時代でした。 メリメの母国フランスでは1789年にフランス革命があり、1792年に王政廃止(第一共和制)。 メリメは1803年に誕生しています。 その後も彼の生存中だけでも、第一帝政(ナポレオン皇帝就任)、王政復古(ブルボン朝)、スペイン旅行中の1830年に7月革命(7月王国)、カルメン出版(1845年)後の1848年に2月革命(第二共和制)、第二帝政(ナポレオン3世)、普仏戦争(第三共和制)。 ちなみにかのモンティーホ伯爵夫人の娘はナポレオン3世の妻ウージェニーで、メリメは晩年、彼女と母親の伯爵夫人の後押しで上院議員になりましたが、普仏戦争の敗戦で失意のうちに亡くなったそうです。 ちなみに同時代のスペインは、1793〜95年にフランスの革命政府と戦って破れ、1805年にトラファルガーの海戦でも大敗します。 1808年のナポレオン軍侵入に敗れたものの、それに続くスペイン独立戦争で1814年に勝利します。 しかし戦いの連続で国家財政は疲弊し、一方でブルジョアジーや民衆が主役に躍りだし、旧体制の権威から離れる動きをみせます。 1833年にイサベル2世の即位にあたり、王位継承に異論を唱える勢力が現れ、内乱(カルリスタ戦争)に発展。 自由主義体制へと移行したものの、「教養のある富めるスペイン人」と「貧しく無学なスペイン人」との亀裂は深く、1839年にカルリスタ戦争が終結した後も自由主義派内の権力闘争が繰り広げられます。 |
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