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Nov's site




 
●盛岡にいた頃の話なんだけど そう言えば、福島辰夫が「東松の白い空と裏腹だ」なんて笑いながら言ってたな。
    【この頃はカメラにはフィルムが1本だけという撮影スタイル。シリーズはそれぞれ1本のラフという風に構成してみた。】
 
八幡町辺りで京を偲びつつ 或る平日の午後、青山町行きの路線バスに乗った。 ’高松の池の奥、西洋墓地を歩いて・・・ ’65に出会い、高松の池を歩いて・・・
''69.10-11 '68.05 ''68.09 '68.10 67.09'
                 
        

帰郷して退屈三昧の日々の中で そう言えば、大島洋、棚橋紫水、鈴木正一郎氏と話したけど
足尾は日足トンネル開通前は遠かった。今は自宅からも1時間あれば本山に行ける。林科の後輩が茶碗など焼いてる工房もある。 地上じゃ働けないよ。暑いし,寒いし・・・。。 (工事中) 雨の日光山内。団体さんも心持ち辛そうだった。 新幹線がまだの頃、駅前は何か寂しかった。 宝積寺駅で降り国4に向かって歩く。夏めいた日差しがそれなりに心地よい日だった。 (工事中) JR津軽線で三厩へ。そのあと乗合バス袰月へ。スーツに坊主頭の客が車掌に「砂が森!」と言った。 NARUMI氏の写真集から
借り物
ホー・チ・ミンは元気な町だ。でも、“サイゴン”時代をみんな、懐かしがってるように見えた。 益子は「陶器」以外には何にもないと役場の娘が言ってた。今、その「陶器」のような“主役”を欲しがってる町が普通。 玲豊さんが死んだ。新幹線が通る前の宇都宮。江野町の地下の「かえるたち」には金子由香利が来てた。 .
凡々たる
日々よ、再び



【それなりに日常生活もあるわけです。
姿を消した庭猫たち。「クー」と「シー」。いづれも野良の子を2匹づつ産んだ。 「マー」と「ダイ」、依然として野良猫。 blog1
10.21とは何か
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