私とうつ病

私が軽症うつ病になった原因、そして認知療法等による回復の歴史

このページは、朝日新聞社AERA(アエラ)'99.4.26号(No.19)「ウツで悪いか」
'02.9.16号(No.38)「思い込み悪循環を解消」に紹介されました。



はじめに

 私はここに、自分の軽症うつ病との付き合いの歴史を披露しますが、私は「軽症うつ病」そのものについて詳しく知っているわけではありませんし、また、私の症例が教科書的なものではないかもしれませんので、「軽症うつ病」というものを専門的に深く知ろうとされる方にはこのページは何の役にも立たないかも知れません。
 私は、ただ私の経験を披露するだけです。しかしそのことにより、軽症うつ病というのは特殊な人だけがかかりうる病気ではないということを、そして、みなさんの周りのうつ病に苦しむ人の苦しみ、そして認知療法などによる回復の歴史を理解していただく一つのきっかけになってくれればと思います。
 そして何よりも、共に同じ病に苦しむ者同士の共感の場になってくれることを心から期待しています。

 私は、1997.6月に軽症うつ病と診断されたわけですが、その兆候はすでに大学入学時にみられると思われるので、その頃からの歴史を綴っていきたいと思います(現在受けているカウンセリングの進行次第で拡張も予定)。
 これまでの認知療法によるカウンセリングの成果を、14の反論集としてまとめてみました。少しでもみなさんにとって参考になれば幸いです(2000.6.29)。
 また、これまでの私が経てきたうつ病との付き合いを、HEPという活動に関わった必然性という観点から論述してくれた志水麻衣子さんの論文をご参照になると、私のうつ病との付き合いの歴史がより一層分かってもらえると思います。(2001.3.1)



Contents

最新更新(2004.5.10) 軽症うつ病 

潜在期
[1993-94][1995-96][1997.2-4]

ついに・・・
[1997.6][1997.7-8][1997.9-10][1997.11-12][1998.1-2][1998.4-10]

認知行動療法について
[認知行動療法]



潜在期

大学時代


 1993

 第一志望ではない金沢大学教育学部に入学する。何かの学問に打ち込むんだと決意して入学したものの、 バブルの残り香漂うキャンパスではそんなことを口に出せない雰囲気にものすごい孤独感を覚えた。
 そんなことを考えているやつは「オタク」として周りから排除されるし、また、良き学友など見つかりようがないと勝手に臆断した。
 とにかく、自分の学問への希望がここでは排除されるばかりか、弾圧されるかのような被害妄想を覚えた。もともと望んで入った大学ではないだけに、そんな雰囲気に嫌気がさし、 一週間ほど様子を見て、気の合う友達やサークルがないと判断するや、深い絶望感を抱き、部屋ごもりの生活を始める。
 このころからすでに、物事を悲観的にとらえて自分の世界の中でグルグル回る習性が現れている。(実際には良い学友が見つかったのに)



 1994

 孤独な彷徨を続ける内に、哲学という学問に出会いその面白さに目覚める。この学問に身を捧げてみようと決意し、哲学研究室に入る。
 期待に違わず、そこですばらしい先輩・学友に出会えて、それまでの孤独な状態から脱出できて充実した日々を送れた。


 1995

 勉強が本格化し、大学院への進学を志すようになる。

 家庭教師先の生徒との信頼関係がこじれる。もともと自己主張が強かったのが反抗期とも重なり、全く指示に従わなくなり本当に苦しかった。たまに間違ったことを教えたり、十分なことをしてあげられないという負い目もあって、完全に彼のいいなりになってしまう。
 たまの日曜日に「遊ぼう」と言われたら、たとえ嫌であっても、自分は十分な先生でないからという負い目から断れなかったし、「おごって」と言われても、負い目のために「ケチ」と言われることを恐れて、断ることができなかった。
 自分は完全に、相手の理不尽な要求の言いなりになって、自分の正当性を主張することができなくなっていた。

 この頃に既に「自分がダメで、相手の方が正しい」というスキーマ(後述)に苦しめられているのが分かる。


 1996

 大学院入試のための勉強と、卒論の勉強に追われる。
 常に「本当に自分は大学院に入れるのだろうか」「いい卒論を仕上げることができるのだろうか」という不安感に襲われ、ついに「死」について一見思想的な裏付けがありそうにみえる極端な考えを抱くようになる。
 12月5日の日記にその考え方が表れている。これは、その後病気発症後に見られる思考パターンに似ており、その萌芽であると思われる。


 1997.2

 念願叶って京都大学大学院文学研究科に合格する。


 1997.3

 卒業式の日に、お世話になった文学部の先生のところに京大合格のことを報告したところが、「君が合格するようじゃ世も末だね」と言われ、その言葉に屈従しそうになるのを自制しようとしているのがその日の日記からうかがわれる。
 そして同時に、いかに今まで他人からの評価に過剰に屈従してきたかということもうかがい知ることもできる。

 「他の人から低く評価されたら、自分はもうダメだ」というスキーマ(後述)にいかに昔から苦しめられてきたかということが分かる。



大学院時代


 1997.4

 京都大学大学院文学研究科に入学する
 不十分な試験結果ながらも、将来性を見込まれての合格だった。それだけに、同級生及び先輩の優秀さに大きなショックを受けた。
 また、新しい環境に適合できるだろうかという不安でかなり心をすり減らしたようで、「遺書」と題した日記を書き残し(以前の日記の死生観を深化させた日記である)死にたいという思いがとても強かった。
 新しい環境に慣れるため相当心のエネルギーをすり減らしてたのだろう。

 この時点ですでにうつ病の傾向はかなりみられる。




ついに・・・・



 1997.6

 入学以来何とかして同級生や先輩との差を埋めたいと思って埋めなければオシマイだという強迫観念に駆り立てられて毎日の生活のほとんどを勉強に捧げてきた。それなのに、勉強しても勉強してもなかなか追いつけない。
 演習やゼミでとんちんかんな質問や回答をして冷たい視線を浴びるのがこわくてかなりの緊張状態にあった。
 読書会でODから質問攻めにあって自分の勉強不足が露呈すると、「こいつ何も分かってないな」という視線を自分自身で感じた。その度に周りとの決定的な差を感じ始めて、「自分なんて生きていたってしょうがない、京大の名を汚すだけだ」「死ぬしかない」そう強く思うようになった。
 勉強のオーバーワークによる疲れも大いに関係していたのだろう。

 そのやるせない思いがとてつもなく強くなり、そこで、ついに外来専門のクリニックであるウエノ診療所の門を叩く。「軽症うつ病」と診断される。
 しばらくの休養を命じられ、アモキサン(抗うつ剤)とセディール(抗不安剤)を服薬する。

 8月に開催される哲学合宿の研究発表を依頼される。本当は、とても意欲的に文献など読める状態ではないし、文献を読んで自分の勉強不足が明らかになる度に「俺はダメ人間だ」と自分を責めてしまう状態だったので、とても引き受けられる状態ではなかった。
 しかし、うつ病とはいっても、見た目は普通の健康な人と変わらないからどうせ「怠け病」だろうと見なされて分かってもらえないだろうと考えて、無理に依頼を引き受けることにする。

     ※うつ病(特に軽症の)への理解が低い現状では
   どうしても「見た目」で判断されがちです。
   うつ病患者の心の底での苦しみを少しでも汲んでもらえればと願うばかりです。

   軽症うつ病を理解するためには、以下の本が分かりやすくておすすめです。
   私は、ドクターから服薬を進められると共に、この本を読むようすすめられました。
   私の家族も、のちにこの本を読むようになり、理解が進んだと言っています。

   『軽症うつ病―「ゆううつ」の精神病理』(笠原嘉著 講談社現代新書) お奨め度 ★★★★★


   ■軽症うつ病に関する情報
    「こう接してもらえたらよかった」という情報を掲載しました。

     月刊ぷち健康講座03年5月号
     軽症うつ病(東大医学部心療内科の情報)
     うつ病(鬱病)-気になる病気 e治験ドットコム-
   
 
   ■メランコリー親和型と軽症うつ病について 

   さらに、軽症うつ病については、朝日新聞社AERA(アエラ)'99.4.26号(No.19)「ウツで悪いか」では、
   ドイツの精神科医テレンバッハが提唱した「メランコリー親和型」という
   日本人によく見られる性格によるところが大きいのではないかと提案されています。
   つまり、「几帳面、働き者、真面目、親切」という古き良き日本人の性格が、
   グローバル経済が進展するこの社会では適応しかねているのではないかという提案です。
   他者を配慮する善良な方が、うつ病で苦しんでいるというのは悲しい話です。
   私は一人の体験者として、そのことを多くの方に伝えたいと思っています。
   以下の情報源をぜひご覧下さい。(ちなみに、私は良くも悪くも日本人的な性格は吹っ切れました(^_^;))

うつ病と性格 -- メランコリー親和型 --
 メランコリー親和型について最も分かりやすく説明されているページです。
サイト:山竹伸二の心理学 相互リンク
    ご協力ありがとうございますm(_ _)m
過労死と性格
 過労死の原因として、メランコリー親和型性格が挙げられています。
サイト:私の研究と過労死 相互リンク
    ご協力ありがとうございますm(_ _)m

▼サイト運営者であられる大野正和先生の著作
『過労死・過労自殺の心理と職場』
メンタルヘルス悪化の経済的背景
 職場のメンタルヘルスが悪くなったのはなぜかという視点で、メランコリー親和型性格では現在の経済状況に適応できなくなっていることが挙げられています。
サイト:職場のメンタルヘルス 相互リンク
    ご協力ありがとうございますm(_ _)m

▼サイト運営者であられる鈴木安名先生の著作
『職場のメンタルヘルスがとことんわかる本―ワーキングパワーと「心の健康」』
『製造現場のためのメンタルヘルス―部下の「心の病」に気付いたとき…』


うつを生きる(ちくま新書:芝伸太郎著) お奨め度 ★★★★★      
私が掲載されたアエラの記事に共に掲載されていた、芝先生の第二作目です。直接には癒されませんが、「日本人とうつ病」というテーマを考えるには、新書で安いこともありますし、素晴らしい本です。

日本人という鬱病(人文書院:芝伸太郎著) お奨め度 ★★★☆☆
「うつを生きる」のもととなった芝先生の処女作です。歯ごたえのある本で、うつ病本人の方にはすすめられませんが、周りから理解してあげるにはおすすめの本です。

メランコリー (H. テレンバッハ (著), Hubertus Tellenbach (原著), 木村 敏 (翻訳))
 お奨め度 ★★★☆☆
テレンバッハが書いた「メランコリー親和型性格」についての本です。芝先生のお師匠さんにあたる木村敏先生の翻訳です。本格的すぎますが、深く理解したい方はどうぞ!


■軽症うつ病の本
 軽症うつ病に関しては、アマゾンから注文できるもので、他にもこんな本があります。ランダムで表示されますので、ご参考になって下さい。そして、良い本があったらお教え下さい。皆さんのご感想を掲載してみたいと考えています。アマゾン以上の書評コーナーになると良いですね(^_^)
サーチ:
Amazon.co.jpアソシエイト



 1997.7

 しばらく休養して調子が出てきたので、病気を抱えつつも研究発表のための準備をすすめたり、読書会にも再び顔を出した。やっぱり、なかなか文献が読めないし、冷静にものが考えられない。
 読書会では相変わらずプレッシャーを感じる。こんな程度で研究発表できるのだろうかという不安と、責任の重さにかなり疲れてしまっていた。
 その責任の重さから逃れるために、またも「死」を考えるようになる。また、遅々として勉強が進まない自分を、取るに足らない存在と考え、そんな存在なんて消去してしまえ、と「死」を強く望んだ。
 その経緯は7月の日記に詳しい。


 1997.8

 上京した両親に薬の袋を見つけられ、心配かけないようにと隠していたうつ病の事実がバレてしまう。しかし、このときを境に、病気のことを両親と相談できるようになったり、苦しくなったときには電話を入れて楽になることができるようになった。
 いままでの一人で苦しみを抱えていた状態から解放された思いの外両親の理解があったので、現在に至るまでとても助かっている。
 いまでも苦しいことがあったら両親にいろいろ打ち明けている。

 哲学合宿の研究発表の準備をすすめるも、やっぱり病気のせいで不十分な準備のままついに研究発表に挑む。
 自分の苦しい状況を踏みにじるように、こてんぱんに質問攻めにあう。強い精神的ダメージ・屈辱感を与えられた。
 これから以後、勉強から離れて本格的に休養に入ることにした。


 1997.9

 大学院の担当教官に病気のことを打ち明け、しばらく学業を休むことを報告したところ、温かく受け入れて下さった。偏見もあってあまり同情される病気ではないだけにとてもうれしかった。

   ※両親の態度にも通ずるものがあるのだが、
    一番うれしいのが、苦しんでいるという事実を、
    そのままに温かく受け入れてくれる
    ことなのです。非経験者にとっては
    理解しがたい苦しみだからと言って
    「それくらい気合い入れて頑張れ」と言うのは禁物です。
    苦しんでいるというだけで、もう十分に頑張っているのですから。
    気合いとか気力とかは使いすぎているくらいなのですから。

 勉強は休んだものの、研究室のお手伝いはするようにしていたが、その中でやはり優秀な周りの人たちの言動を見て、彼らと比較しては劣等感を覚え、将来のことに不安を覚えた。


  ■家族や身近な人がうつ病になったら・・・
 この間、私は家族や担当教官など理解ある人に助けられ、大変ありがたかったです。もし身の回りにうつ病の方がいらっしゃったら、下記の書籍やホームページなどを参考にしてください。一人でも多くの理解者が、苦しむ人々の命を救うこともできます。

 ▼『人はどうして死にたがるのか?』 お奨め度 ★★★★★ 
    長年にわたり数多くのクライエント(相談者)と現場で接してきた著者であるだけに、
    自殺の危機に面したときの対処法が具体的にわかりやすく書かれています。

 ▼大学生のための精神医学 お奨め度 ★★★★☆ 
    悩んで苦しくなったとき、身近な解決の糸口のひとつに
    精神医学があることを伝えるテキストです。
    ストレスの多い現代社会を生きる知恵を紹介してます。
    だから、苦しんでいる方を助けてあげられるだけでなく、
    慮ってあげる側にとっても得られるところが多いと思います。

 ▼『うつ病患者と家族の支援ガイド―精神科医の診療最前線』 お奨め度 ★★★★★
    臨床データに基づいた精神科医の方からのアドバイスです。

 ▼『うつ 家族はどうしたらよいか―兆候・治療・接し方・再発防止 迷い、悩んだとき』 お奨め度 ★★★★☆
    家族の側からの声です。

 ▼『どうする?身近な人の「うつ」』 お奨め度 ★★★☆☆
    うつ病経験者である編者が、
    さまざまな立場からのうつの方への接し方をまとめた。

 ▼『うつ病の人の気持ちがわかる本』 お奨め度 ★★★★★
    精神科医の先生があらわしたわかりやすく優しい本で、
    うつ病関係のアマゾン売上がコンスタントに上位です。

 ▼『「うつ」を治す事典―自分と家族の心を守るために』 お奨め度 ★★★★★
    私がうつ病を治す上で、お会いしてませんがお世話になった大野裕先生の著作。
    大野先生らしく懇切丁寧に説明しています。

 ▼月刊ぷち健康講座03年5月号 お奨め度 ★★★★☆
    季節柄、五月病との関連でわかりやすく説明しています。

 ▼軽症うつ病(東大医学部心療内科の情報) お奨め度 ★★★☆☆
    うつ病についての基本的な事柄が、大変整理されて記述されています。

 ▼うつ病(鬱病)-気になる病気 e治験ドットコム- お奨め度 ★★★★★
    うつ病の方にどう接したらいいか、その方法が大変わかりやすく書かれています。
  
 1997.10

 いろいろ京の寺巡りをしながら、心のエネルギーを取り戻すことに励んだ。大学院にもたまに顔を出していたが、その際にある先輩から「うつ病くらいで休んでるの?それくらい我慢して頑張らなきゃ」と指摘され、担当教官とあまりに対照的な冷たい無理解に憤りを覚えた。

 ときおり生ずる自殺衝動や、should思考に苦しみながらも、好きな女の子もできたり(日記参照)、専門的な文献も読めるようになったりして比較的順調に過ごせた時期。


 1997.11

 ある友人から非常に知的・実存的刺激を受け、心のエネルギーが少しずつたまってきたこともあり、勉強を少しずつ再開しはじめ、授業にも少し顔を出すようになる。
 それでもやはり、周りから無能視されるのに戦々兢々とする癖は直らないし、「理解しなければならない」というshould思考に苦しめられた。

 坐禅も始めてみた(日記参照)。朝の早起きがきつかったが、心のエネルギーを取り戻すには非常に有益であった。


 1997.12

 黒沢映画に没頭するなど楽しみを持ち始めた。坐禅にも没頭できた。それで、だいぶん元気が出てきて、塾のバイトを新たに始める。
 しかし、これがプレッシャーになって、「もし、一つでも間違ったことを教えたらどうしよう」とか「高度な知識をうまく教えられず信頼が得られなかったらどうしよう」とかいった極端な不安感に襲われて、塾に行く直前まで一日中ベッドにもぐりこんでいたことが何度かあった。
 社会でうまく働けるかということに関しては今でも全然自信を持てない。自分はどうせうまく働けないのではないかという不安感が今でも強く心を占める。


 1998.1-2

 英会話のセールスに乗せられていざやってみようとすると、「こんなに多額のお金を注ぎ込むのに、継続して勉強していけるのか」「それだけの金額に見合うものが得られるのか」とか考えると、責任の重さを感じ、不安になって、久々にすごく気分が落ち込んで2、3日引きずった。
 これがケチのつきはじめ。
 授業のレポート提出期限が迫ってきた。できるだけいいレポートを書かなければならないというプレッシャーで、せっかく回復基調にあった自分をまたもやすりつぶしてしまう。いくら一生懸命に文献を読んでも内容が身に付かない自分の無能さ加減に自分自身に絶望感を感じ、何に対してもやる気がなくなってしまった。
 毎日続けていた坐禅もさぼりがちになってしまった。(日記参照)

 また、12月から始めた塾のバイトも重荷になっていたようだ。完璧に良い教師であらねばならないというプレッシャーにつぶされていた。
 レポートの準備や塾で疲れては実家に帰り、快復すれば塾へ教えに行くために上京と、実家と京都の往復を繰り返した。精神がボロボロになったため、結局レポートは提出しなかった。

 今振り返れば、一番苦しかった時期。


 1998.4

 なかなか快方に向かわないので、大学院を一年休学して、読売新聞で紹介されていた不知火病院「海の病棟」に入院する決意をする。
 4月20日入院。
 くわしい内容は「海の病棟」体験記で。


 1998.8-9

 8月10日「海の病棟」退院。

 「海の病棟」で紹介された川越病院に通いはじめる。
 しかし、Dr.には患者と対話しようとする意志がなく、一方的に薬を押しつけようとする態度が目立ったし、薬も全く合わずにソワソワ感・イライラ感が募るばかりで本当に苦しい思いをしたので、ついに入院前に通っていたウエノ診療所に舞い戻ることにした。


 1998.10〜2001.2.14

 ウエノ診療所で、新たにカウンセラーをつけてもらって、「認知行動療法」を実践する日々を送っている。
2001.2.14にクリニックを「卒業」する。今までの苦しい日々を思い起こすと、今、このように快復して泰然とできる時間を持つことができる幸せに感謝せざるを得ない(2001.3.1)。





「認知行動療法」について少し・・・・
 

このコーナーが、認知療法を特集した記事である
2002年9月16日号のAERA「思い込み悪循環を解消」に取り上げられました

 「認知行動療法」とは、簡単に言えば、人間が普通に考えていることに焦点を当てて、認知のゆがみを修正していくものです。常識的な考え方から乖離した自分だけの思いこみで、どうしても生じてきて自分を苦しめる「自動思考」を一つ一つ検証し、常識的な考え方へと修正していって気持ちを楽にしていくものなのです。
 こうして、個々の自動思考を検証していくうちに、同じようなパターンがくりかえして現れてきます。それを「スキーマ」といって、心の中の法律みたいな役割を果たし、自動思考の親玉となってます。だから、そのようなスキーマを発見し攻略することが認知行動療法の最終的な目標になります。

 そこで、今までの私のカウンセリングで明らかになってきたスキーマを紹介すると次のようになります。


  a)「自分にはできない」(基準を相当高く置いた上で)
  b)「自分がダメで、相手の方が正しい」
  c)「他の人から低く評価されたら、自分はもうダメだ」


   a)のスキーマは、たとえば塾講師をやってるとき(1997.12参照)に機能しています。
  「もし、一つでも間違ったことを教えたらどうしよう」とか
  「高度な知識をうまく教えられず生徒の信頼が得られなかったらどうしよう」
  という非常に高い基準を自分に掲げた上で、それに自分が到達できないのではないか、という恐れを抱いてしまうのです。
  今通ってる自動車教習所でも、「全てをソツなくこなせなくて怒られたらどうしよう、そんなことできない」と同じパターンにはまっています。

  b)のスキーマは、上(1995年参照)でも言及したものです。要するに、それが正当であるかどうか分からないのに、他人の言動に圧倒されて、自分の正当性を主張できなくなっているのです。
  あたかも自分に非があるかのように考えてしまうのです。
  そこで、このスキーマを攻略するには、自分の考えをチェックするよりも先に他人の言動に疑いの気持ちを持ち、場合によっては怒りの気持ちを持つことが必要になってきます。

  c)のスキーマは、上(1997.3参照)でも言及しましたが、これは、大学院での「周りから無能視されるのに戦々兢々とする癖」(1997.11参照)や、「演習やゼミでとんちんかんな質問や回答をして冷たい視線を浴びるのがこわい」(1997.6参照)という場合にも機能しています。
  このスキーマのもたらす苦しみは、「他人の評価=事実」と即断してしまっているところにあります。
  そこで、このスキーマを攻略するには、「他人の評価≠事実」という視点を持つことが必要になってきます。あのゴッホだって最初は評価されなかったじゃないか、というくらいの心構えが必要でしょう。


 これまでの認知療法によるカウンセリングの成果を、14の反論集としてまとめてみました。少しでもみなさんにとって参考になれば幸いです(2000.6.29)。


  ★認知療法のサイト

認知療法メールマガジン
 私が掲載されたのと同じ号のアエラに掲載されていた千田恵吾先生のサイトで、メールマガジンも発行されてます。カウンセラーの立場から、一般の方や心理士、医師、教師、看護職等の方々に、知って役に立つ認知療法の知識や認知療法に関係する情報をまとめておしえてくださるそうです。
 上記のアエラの記事によると、千田先生は、3000人もの方に認知療法を指導されたそうです。

ディープな京都と認知療法
 私が発見した中で、最も親しみやすく有益な認知療法に関するページです。この開設者も、上記のアエラの記事に出演されており、ご自身の経験に根ざした認知療法との付き合い方は人間味にあふれており、とても共感できます。


認知療法を知ろう!
 認知療法について非常にコンパクトにまとめられていて分かりやすいです。


  ★認知行動療法の本

『「うつ」を生かす−うつ病の認知療法』(大野裕著、星和書店)  お奨め度 ★★★★★
 一般向けにとても分かりやすく書かれています。私が最もお世話になった本です。程度の差こそあれ、認知の歪みによる苦しみは誰にでもあるものですから、うつ病患者でない方にも有益な本だと思います。

『「うつ」を治す』(大野裕著 PHP新書)  お奨め度 ★★★★☆
 同じく大野先生の著作です。認知療法に限らず「うつ」そのものについても極めて分かりやすく書いてありますので、ぜひご参考になって下さい。うつ病になってしまった方が身近にいて、その理解に困っている方には、値段も安く最適です。

『中年期のこころ模様』(伊藤明著、かもがわ出版) お奨め度 ★★★★★
 私がアエラに掲載された際に、ともに紹介されていた伊藤明先生の著作です。認知療法には、ノートに書き連ねなければならないという面があり、それが大変に苦痛であると思う方も多いと思います。ところが、この伊藤先生の著作では、ストレスに弱い「心のくせ」を目に付くところに貼っておくことをすすめています。「親しみやすい認知療法」というイメージです。

教師が心を病むとき―私の「うつ病」体験から  お奨め度 ★★★☆☆
 上記の伊藤先生の著作をひもときながら、回復の歴史を歩んでいった高校の先生の著作です。『うつ』とうまく付き合い、それを克服していく過程を赤裸々に綴っておられます。

『いやな気分よ、さようなら―自分で学ぶ「抑うつ」克服法』(星和書店) お奨め度 ★★★★☆
 同じくアエラの記事に掲載されていた和志さんの愛読書。私は実は書店でこの著作を手に取りましたが、475 pという分厚さにがく然(^_^;) 私は大野先生のやさしい本が好きです。
 しかし、アマゾンにおけるレビューを見ていると、アメリカで200万部のベストセラーになったことなど、大変高い支持を誇っていることが分かります。治療者本人にとってはもちろんこと、セラピストにも大変有益な書籍であることがレビューで一貫して書かれています。
 2004年4月に増補改訂となり、何と324頁増えて、824頁の大著となったそうです。スゴイ(^_^;) 最近の新しい薬の話や脳内のメカニズムについて、分かりやすく詳しい説明が追加されているそうで、ぜひ見てみたいところです。うつ病関連で、現在アマゾン売上ランキングの1位です。

朝日新聞社AERA(アエラ)(2002年9月16日号)「思い込み悪循環を解消」
 私が付けていた認知療法ノートが分かりやすく掲載されているなど、認知療法の実際が具体的に分かるようになっています。私も含め、三人の方が認知療法を通して回復した例が載っており、様々な取り組み方があるのだということが分かります。バックナンバー、あるいは図書館等でご覧下さい。


その他の認知療法の本
 他にも認知療法の本は多く出版されています。以下のアマゾンリンクからご参考になって下さい。
大野裕先生の本
大野先生はとても優しい先生として知られています。




Contents

潜在期
[1993-94][1995-96][1997.2-4]

ついに・・・
[1997.6][1997.7-8][1997.9-10][1997.11-12][1998.1-2][1998.4-10]

認知行動療法について少し・・・・
[認知行動療法]



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