ソウルフルなKiroro@茨木
ソウルフルなKiroro@茨木(2000年10月21日)
今回のライブは、「小梅祭」(梅花女子大学の学園祭)のイベントの一つとして行われた。合法的に女子大に潜入(^_^;)するのは本当に久しぶりなので、幾分かの緊張は感じたものの小綺麗な格好をするのをすっかり怠ってしまった。浮いてしまうのではないかという懸念を抱えつつも、いざ阪急の茨木市駅で下車する。
茨木市駅から大学までは、1時間に1本無料のスクールバスが運行されていた。午後2時半発のバスにわずかの差で乗り遅れたため、次のバスが来るまで、JR茨木駅まで伸びている中央通りをぶらぶらしていた。街並みウォッチングが大好きな私の目を満足させてくれるものは、残念ながら少なかった。京都と大阪のベッドタウンでありながら(であるからこそ?)、いまいち活気を感じさせるものがなかった。ただ、一つだけ驚いたのは、川端康成文学館の案内が、茨木市役所のあたりで示されていたことである。川端康成と茨木がどうして関係があるのであろうか。そんな疑問を抱きつつも踵を返し、次のバスに間に合うようにするために茨木市駅に戻ることとした。
会場までバスで30分強の時間がかかった。茨木市街からは思ったよりも遠く、小高い山を少しばかり登ったところに会場はあった。緑豊かなキャンパスであるという印象を持って、開演時間までそれほど余裕がなかったので、すぐに会場である「澤山記念館」に入った。
前回の「整理番号1番」でツキを使い果たしてしまったためであろうか、今回はファンクラブ会員の特典がないということも大いに影響しているのであろうが、「1階O列12番」とかなり後ろであることは分かっていた。しかし係りの人に席を確認すると、小さな会場であるとはいえ、何と最後列から2列目であるということが分かった。ガッカリ(>_<)
しかし、いざ開演してみると、今まででもっとも遠く離れた席でありながらも、Kiroroに最も近しさを感じたライブであることが明らかになってくるのである。その良い予感はステージを最初に見たときにもすでに浮かんでいた。何とステージ上には、ボーカル担当の千春さんが歌うスタンドマイクが一本と、キーボード担当の綾乃さんが弾くピアノが一台あるだけ。実にシンプルである。
それを見て、Kiroroのデビュー当時のイメージとと共に、ふと高校時代の千春さんのエピソードを思い出した。昔から歌うことが大好きだった千春さんが、沖縄県読谷高校のステージで、何とジャージ姿で(笑)いろいろな歌を生徒の前で披露していた話である。それを見ていた綾乃さんは親しくなる前は敬遠していたものの、次第に親しくなってピアノで曲を付けてあげるようになったのである。これこそがKiroroの一般的なイメージであると共に、いわばKiroroの原点である。最近はこの原点からあえて遠ざかってみるライブが多かっただけに、その勇気をうれしく思いつつも寂しく思っていた。しかし、今回はこの原点に回帰してくれるのではないか。その予感に胸が躍った。このこぢんまりとした会場もアットホームな雰囲気を醸し出していて、その予感をさらに高めてくれた。
その予感は的中した。今までのコンサート衣装にはないようなリラックスした普段着のような格好で登場。「冬のうた」や大ヒットした「長い間」の、しっとりとしたバラードで幕を開ける。驚いたのは、千春さんの伸びやかな歌声をしっかりとサポートしてくれる音響の良さである。Kiroroの二人も、最初のMCで感激のあまり、
「故郷の読谷村(よみたんそん)のコンサートホールに似ているね」
と言ったほどである。思ったよりも学内生が占める割合が多かった上に、実際に読谷のコンサートホールに足を運んでいるのはよほどのコアなファンだけであろう。会場内を、誉めてもらっているのかどうか分からないよ、という失笑が埋め尽くした。読谷村はKiroroの原点であり、Kiroroのメロディーの故郷である。もちろん最高の誉め言葉である。実際、昨年こけら落としされた読谷のコンサートホール(読谷村文化センター)はとても音響がいいらしい。
今回は秋ということもあってか、従来のしっとりと歌うバラードが多かったが、この音響が千春さんのボーカルとしての魅力を大いに増してくれた。千春さんは本当に歌が上手いのだなぁと再認識することが出来た。良い音響のおかげで、彼女はノリにノッてくれたのであろうか。この日の彼女は「熱唱」の域にまで達していたように思う。「癒し系」とくくられてしまう、か細い印象もある彼女であるが、この日はソウルフルな一面も見せてくれたのではないか。心にじんじんと響いてくる力強い歌唱力であった。
ソウルフルであると最も感じさせてくれたのは、鬼束(おにつか)ちひろが歌う「月光」をカバーしてくれたときである。この曲を歌っている彼女は本当に心がこもっていた。ありったけの力を振り絞って、歌声に自分の気持ちを乗せているようであった。
ところで、この「月光」というヒット曲は、実に今の世相を表していると思われる。自分は神の子であり、こんなに汚らわしい腐敗した世界に堕ちてきたのは自分の本意ではないと歌ってのける曲である。あてどない「自分探し」に明け暮れるとともに、どの世界にも帰属意識が持てないという若者(ある点で私を含めた)の深層心理にマッチしたのであろうか。少なくとも10年前にこんな曲が流行るとは思えない。
こんな曲を彼女が選んだのは、正直言って驚きであった。もちろん歌詞の内容に何の関係もなく、流行りの曲だからというサービスもあったのかもしれないが、優しい歌声で私を含めた多くの人を励ましてくれている彼女が、こんな絶望感にある程度は共感しているのかもしれないということが少なからずショックであった。しかし、それと同時に「やはり」と意を確かにしたのも事実である。というのも、今年の3月にリリースされた「ひまわり」のカップリング曲である「ナワトビ」に綴られた歌詞が、「月光」の歌詞と重なるところもあるからである。「月光」ほど深刻に絶望感がえぐり出されているわけではないが、大人の世界の世知辛さにうんざりして疲れたという心情を千春さんはつづっている。その心情を突き詰めてゆけば、彼女が「月光」の世界観に共感してしまうのも無理のないことであろう。
ただ、必ずしもそう悲観することではないのかもしれない。むしろそのような絶望感を抱いて深く悩むことで、「未来へ」の歌詞に見られるような千春さんが元来持っている、家族や周りの人を思いやる優しい心にさらに深みを与えてくれるのではないかと考えることもできる。今までと同じように、深い愛情を持って多くの人の心にしみるような温かい歌を届けて欲しい、そう願ってやまなかった。
もちろん、こんなシリアスな場面ばかりが続いたわけではない。むしろ、テレビの歌番組で見られるような「天然ボケ」を、今までのライブの中では一番披露してくれていたのではないだろうか。アットホームなライブということでくつろいでくれたのであろう。中でも一番面白かったのは、綾乃さんによる「関西たこ焼き義務教育論」であった。彼女は関西のたこ焼きがおいしかったことにとても感動したらしく、また、この日の観客の家庭がマイたこ焼き器を持っている割合にとても驚いたらしく、「関西ではたこ焼きは義務教育なんですか?」と観客に逆質問していた。観客席は、この日一番の爆笑の渦に巻き込まれた。どうして、義務教育という発想が出てくるのだろう・・・・・
読谷高校の体育館で行われていたであろう熱唱を想像させてくれたライブは、千春さんが実際に高校時代によくステージなどで歌っていた「僕らはヒーロー」で幕を閉じた。アンコールでは「未来へ」と「逢いたい」が歌われて、この3曲はいずれもKiroroが沖縄でデビューした頃から歌い続けているバラードである。「逢いたい」は12月に発売される新曲でもあるが、最後のフレーズのアカペラでの千春さんの熱唱は実に心に響いてきた。できれば、2年前の紅白歌合戦での和田アキ子さん(実はKiroroの友人でもある)のように、マイクなしで歌ってほしいと思ったがそれは叶わなかった。
最初にこの会場の音響がよいとは書いていた。ただ、大きな音や高音には耳鳴りがするという私のここ十数年くらいの持病?には多少こたえた。事実、いろいろなファンのホームページを見ていると、高音には響きすぎたという指摘はあるようだ。「逢いたい」のアカペラ部分は、かなり私の耳には厳しかった。
ライブが終わって阪急茨木市駅へ向かうバスに乗り込むと、時計の針は6時を少し過ぎた時間を指していた。90分という短い時間ではあったが、満足度はかなり高かった。しかし、茨木市内にたどりつくまでの交通渋滞は、Kiroroが与えてくれた夢のようなひとときから目を覚ませてくれるには十分であった。駅に到着するまで一時間近くかかったのには多少辟易した。Kiroroもお気に入りの良い施設ではあるが、もうちょっと交通アクセスが良くならないものかと思わざるを得なかった。
2000/10/23記
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