「ちゅらさん讃歌」


 この度、私が毎日楽しみに見ていたドラマが終わった。NHKの朝の連続ドラマ「ちゅらさん」である。「ちゅらさん」とは沖縄で「美しい」を意味する方言で、八重山は小浜島育ちのヒロイン古波蔵(こはぐら)恵理が夢に向かって元気に活躍する様を描こうとする意図が見られる。
 もともとの関心は、沖縄県読谷村出身のKiroroが歌う主題歌「Best Friend」であった。しかし、歌を聴くついでに見ていると、少しずつその魅力的な内容に引き込まれていった。その魅力とはいったい何なのであろうか?
 月曜から土曜まで毎日15分放映され、それが6ヶ月続いたわけであり、あまりに多くの要素が詰まっている。その魅力の全てを描き出そうとすれば、あまりに散漫な叙述になってしまうであろう。そこで、ここではヒロインに代表される「沖縄の女性」という一点に絞ってお話ししようと思う。
 
 このドラマの魅力の一つは、NHKの朝の連ドラ史上稀にみるコミカルなものであるという点にある。とりわけ前作の「オードリー」が陰湿なシーンが多かったのでその点を強く感じざるを得なかった。主人公の実家である古波蔵家におけるやりとりや、主人公が上京して住むことになる下宿「一風館」での住人間のやり取りには、何とも言えぬ妙趣があり、NHKのドラマを見ている気がしなかった。
 この妙趣を引き出したのは、ドラマ全体を占める女性上位の構造ではないかと私は見ている。
 例えば古波蔵家においては、主人公である古波蔵(こはぐら)恵理を中心として、母や祖母(おばぁ)は、非常に強い地位を占めているように描かれている。とりわけ、堺正章演じる父の恵文は働きが悪く、暇さえあれば家で三線(サンシン)ばかり弾いていて、それが唯一の取り柄と言われる始末。元気いっぱいでしっかり者の女性陣と対照的に描かれている。たまに父らしい威厳のある発言をしたかと思えば、それをついつい自慢してしまい家族からのひんしゅくを買ってしまうシーンは何度もあり、何とも言えぬほんわかムードが漂った。
 古波蔵家のシーンの中で、一つとても面白いものがあった。母とおばぁが一触即発のケンカになろうとしたとき、その言い合いの中で「文ちゃんが悪いんだから」などと何かと恵文のせいにしてしまうのである。そんなことを言われてもと困る顔をする恵文を見て、息子の恵尚は「旦那がダメなのが、嫁姑が仲良くやる秘訣かもね」と指摘して、再び古波蔵家に笑いが戻るシーンであった。これなどは、女性上位の構造が的確に見られるシーンであろう。
 
 祖母(おばぁ)を演じた平良とみが素晴らしかった。艶やかなナレーションと共に、その大らかな演技は「おばぁ」という呼称を世に広めることとなった。「おばぁ天国」とも言われる沖縄の日常を見事に体現した。それは、言うまでもなく女性上位の構造を最も象徴するものであろう。
 恵理を訪ねるための上京時の空港で「おばぁ割引をお願いね」と言い張るシーンや、男性陣の口から何度も出てきた「おばぁのやることには全くかなわないよ」というセリフ、そして「鳴るよ〜」などと電話がかかることに対する予知能力を持っていたことは、「おばぁ」の偉大さを描くユーモラスな演出であったと言えるであろう。
 
 登場したほんとどの女性が仕事を持って自立していたのも面白い事実であった。キャリアウーマン、売れっ子童話作家、下宿の管理人、看護婦、女医、会社経営などなど。それに対して、どうも男性陣の仕事が冴えない。さぼってばかりのタクシー運転手、島袋製作所での安月給での雇われ、流行らない沖縄小料理店、流行に乗れなかったギタリスト。製薬会社の営業マンと外科医は、何とか女性陣と張り合えるのであろうか。
 
 父の恵文を筆頭に男性陣が何とも冴えなく描かれていたのも、このドラマの妙趣をかき立てたのであろう。恵理の兄である恵尚は放浪の身、弟である恵達は当初こそ、姉のことを絶えず心配する二枚目ギタリストという演出がなされていたが、終盤になって結婚した辺りから、だんだん三線弾きの父に近づく描かれ方になってきた。
 「男ゆんたく」というのも、どうも冴えなかった。「ゆんたく」とはおしゃべりの意味で、恵理が上京後居住した一風館での女性陣の奔放なおしゃべりのシーンは、このドラマの一つの見せ場であった。それに対抗しようと、一風館居住の男性陣が「男ゆんたく」を始めたのであるが、どうも盛り上がらず沈黙が場を占めることが多かった。北海道出身の男性住人が差し入れた牛乳をみんなですする音が何とも哀愁をかき立てていた。
 主人公恵理にとっての終生の運命の人である上村文也でさえ、当初は二枚目に描かれていたものの、恵理との結婚を境にだんだん骨抜きにされてしまった感が否めない。「情けないキャラ」だとする酷評がインターネットの掲示板でも見られた。
 
 
 脚本家の岡田恵和氏は、各種取材の中で一貫して「日常の沖縄を描きたかった」と語っている。その一つがこのような女性上位の構造であることは間違いないであろう。
 ドラマの中では、基地の問題や沖縄戦のことについてはほとんど触れられなかった。一風館の管理人がおばぁとの対話の中で、かろうじて一度話しただけである。岡田氏は、そのような問題は沖縄に関心を持った後で各自が調べればよいことだと、これまた一貫して述べている。憧れの南方の観光地か、戦争の悲劇に襲われた土地という二通りの描かれ方しかされていないことへの反感が、母方の親族を沖縄に持つ岡田氏にはあるようである。過剰に感じられることすらあったコミカルな演出も、ひょっとしたらそのような反感に根があるのかもしれない。
 

 何はともあれ、女性に優しく高齢者に優しい日常が描かれたことは、何とも心が平らかになるようであった。Kiroroの主題歌「Best Friend」もまた、そのような情緒を醸し出すのに最適であった。
 コミカルなだけで、何のエスプリも見所もないドラマであったとする酷評がインターネットの掲示板に確かに散見された。しかし、気取らず頑張らず、心を平らかにできる15分を持つことができるというのは、何とも貴重なことではないだろうか。それはひょっとしたら、平和問題において、中途半端な思想やエスプリなどよりも資するところがずっと多くあるのではないかとすら思ってしまうのである。女性上位という構造が何とも平和的な雰囲気を醸し出すではないか。



2001/9/29記

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