12.2.26 |
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| スピードと情報化 | |
| 東京都の産業振興ビジョン(中間のまとめ)を読んでいて、こんなことが書いてあった。「企業にとって最も重要なものは時間です。行政には,〜(中略)〜、検討や調整に時間が必要で,真に必要な時には助成がされないなど,企業と行政の間にニーズのギャップが生じている」。 世の中の変化は急だ。機会を逸しては意味が無い。やはり効率化の視点でスピードは重要な要素だ。単に投入量と成果の比較ではなく、時間との比較が必要で,スピードは行政の品質を上げることになる。 また,ビジョンを描くにあたって、電子メールなどIT革命の重要性を指摘していた。市民参加による産業ビジョン策定が中間まとめの特徴だが、多くの提案をもたらしたチャレンジプロジェクトが、ML(メーリングリスト)を有効に活用している。 行政の情報化の立ち遅れは憂慮すべき状態だ。素人の40歳代の私が情報発信を気軽にできる時代なのに,インターネット・イントラネット活用がまだまだ不十分だ。情報通信は道具で,自らは何も生み出さない。しかし、情報化に遅れることは時代の大きな流れに立ち遅れることだ。 評価は、評価表でするのではない。すべて職員の能力にかかっている。時代の流れをつかむこと、問題を分析すること、そして解決することに,情報化は不可欠だ。 ちなみに、先日、東京都の産業ビジョンに”熱い思い”を感じたと教えてくれたのは、現在、ポートランド州立大学に留学中の福岡市職員である。情報にもはや国境はなく、IT革命に乗り遅れてはならない。(12.2.26) (参考) 東京都の産業振興ビジョン(中間のまとめ)
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| 2次評価は必要か? | |
| 先日の東京都の試行結果報告でも事業部局の1次評価と総務局の2次評価では大きな差が見られた。果たして2次評価は必要だろうか? 政策評価レベルのベンチマークはまさに市民参加の評価で,評価の精度は市民の意思により担保されているが,施策や事務事業は別だ。 事務事業は予算査定で、評価され優先順位が決められる。お手盛りでも,この繰り返しで自ずと精度は向上していくと考えればよいのか?。 さらに、市民の監視,議会の監視の眼もある。監視しやすい公開方法を考えればよいのだろうか?。論文をまとめながら迷いがでてきた。 |
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| 評価に”時間”の視点は不要か? | |
| ABCマネジメントの本を読んでいて、ちょっと気がついた。 事業の3要素は、コスト(C)、品質(Q)、時間(T)と言われている。(T)は、スピード,迅速性と言い換えることもできる。 我々が検討してきた評価の視点に、「T」はなかった。 大切な要素をひとつ忘れていたような気がする。 (12.1.3) |
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| コストの算出が課題 | |
| 論文の項目は何とか見えてきたが,肝心の評価表の設計はこれから。特にコストの算出は,闇の中の状態だ。 コストをどこまで出すのが良いのか?。 「払うお金に見合う価値があるか?」。これが一般人の標準的な感覚。行政サービスも同じだろう。
それとも,直接経費+人件費以外は 疑問が続出。まだまだ道のりは遠い。(-_-メ) (11.11.27) |
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| 改善の視点が弱い?。 | |
| 行政評価導入のアンケートを集計していて,個々の市町村で様々な評価の視点を創意工夫しながら評価しているのが分かった。 しかし,概ねの市町村では,事業の見直し=削減,スクラップに力点がおかれているように感じられた。事業をいかに効果的に,コストをかけずに改善していくか,また,地域の独自性を生かした施策をどのように進めていくかといった方向はひじょうに弱いように思われた。 評価はなぜするのか。グループの”行政評価システムそのもの”の、成果指標は何かの答えは,”市民満足の向上”という目標を設定した。 この視点から独自の評価システムを模索しているが,行政経営のシステムそのものに行きついてしまいそうだ。テーマが大きくなりすぎて戸惑い気味の今日この頃である。 |
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| 計画の共有がないから,方向がバラバラ?。 | |
| 前職の企画に異動する前,事業部局にいたとき,正直いって長期計画はほとんど読んだことがなかった。独断だが,大半の職員は同じでは?。 長期計画は,街の方向性を示し,目標であり,そして将来像だ。政策,施策,事業は,目標達成のために筋道を体系化したもの。だから,指標の設定には,まず計画から,施策に,施策から事業に,ブレークダウンして考えることが必要ではないか。 各部局が,計画を共有しなければ,方向はバラバラになる。行政評価の過程は,目標の共有化を進めるツール。戦略共有の役割も大きいのではないか。そのためにも,政策、施策,事業とツリー化した行政評価システムが必要と言えよう。(1999.10.02)
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| 評価しないから、目標がない? | |
| 成果を測定しないから,目標が達成されない。また,目標があいまいだから,成果が測れない。 行政評価を考えていくうちに,自らの過去を振り返って,予算要求をするときに,今まで目標を明確にしてきたか?。そんな反省がよぎった。よく,財政の担当主査に,「この事業はいつまで続ければ良いのか?。到達点はどこにあるのか?」。そう問われたときに,はっきり答えを言えただろうか。 利益が目標ではない。しかし,市場的価値,非経済的価値,そして,社会的価値.........。目指すべき目標は多々ある。行政の場合,経済的な価値で測れる部分が少なく,説明手段に窮していたことは否めないが............。 政策決定は,社会のニーズを明らかにして,社会の意思を決定することである。行政評価は,そのプロセスを明確にしてくれる客観的な手段としての役割が大きい。 そんなことをようやく感じ始めた今日この頃である。 (1999.9.23) |
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