第3章 なぜ,日本の行政評価は機能していないのか
ここ数年にわたる自治体の行政評価の導入は,目覚しいものがあった。しかし,なぜ,わが国の行政評価は成果が認識されない,いわば機能していないのであろうか。
制度的な側面,技術的な側面,組織風土・文化の三つの側面から分析し,併せて,評価と市民参加の関係を考察してみよう。
1 制度的な側面
制度面では,@具体的な戦略性を欠いた自治体の体質,A評価調書の作成者に事業の可否などを判断する権限がないという「権限と評価者とのミスマッチ」,B評価調書の偏重,C評価の目的・活用方法の不明確さなどが問題点として指摘できる。以下具体的に考察してみたい。
(1) 総花的な総合計画
市町村は,地方自治法第2条第5項により地域における総合的かつ計画的な行政の運営を図るための基本構想を定めることになっている。これを受けて,多くの自治体は,基本構想と基本計画で構成する長期の総合計画を策定している。一般的にこの計画には,「何を」「どのような状態にしたいか」という成果目標や,目標達成のためにどのような資源を「いつまで」「どのように」投入するかなどは盛り込まれていない。非常に総花的で,抽象的である。日本都市センターが2002年に実施したアンケート
によると,市・区の都市自治体で基本計画に「定量的な目標設定をしていない」自治体が65.4%,実施計画についても同様に51.4%という結果であった。
また,行政評価では,成果指標が最も大切な要素となる。しかし,具体的な指標を用いて「主要な施策等に対して成果目標を設定」する自治体は,基本計画で7.3%,実施計画では6.7%のみである。行政評価は,「計画―実施―評価」というマネジメントサイクルの一部を構成している。このサイクルで行政運営を進めようとしながら,基本的な計画に,成果を捉えた明確な目標を設定していない自治体の姿が浮き彫りになっている。
次に,評価者と権限という問題がある。行政の意思決定は,通常は担当―係長―課長―部長などのボトムアップで行われる。行政評価は,評価調書を用いることが一般的である。しかし,例えば事業の可否を決定する権限がない担当者が記入して,稟議という形で権限者の意思決定を伺い,評価内容をオーソライズする。
しかし,権限のない担当者が事業自体の要不要を率直に公式の意思決定の場面で表明することは難しい。事業の事務は担っていても,自らの意思で拡大し,もしくは中止するなどの権限はないのである。一部の自治体では,評価調書を管理職が書くという事例
はあるが極めて例外的である。評価制度が,評価調書の記入という単なる書類の作成作業としてルーティン化している。
行政評価は,人や資金を,使命や一定の目的のための資源と認識して機能面から統制する「ミッション・ドライブ型」
の行政を想定している。それらを管理の対象として認識し,規律によって統制する旧来の「ルール・ドライブ型」のままで行政評価を運用すれば,形骸化は必然である
。
名古屋市の行政評価は,基本的に課長職が評価調書を記入する。http://www.gyouseihyouka.city.nagoya.jp/ 参照
ミッション・ドライブとルール・ドライブの定義は,宮脇淳「公共経済論」2003年,12頁を参照。
(3)あいまいな評価の活用法
行政評価は何のために行うのか。業務の改善,予算や計画との連携,市民への説明責任がその理由としてよく挙げられる。しかし,具体的な活用法は,果たして目的どおりであろうか。
例えば,計画との連携で考えてみよう。自治体の行政評価は,目標を成果指標で設定し,その達成度を図る目標管理型の業績評価タイプが多くなっている。欧米の評価手法の著名な例を挙げると,イギリスのベスト・バリュー,アメリカ政府の政府業績成果法(Government
Performance and Results Act: GPRA)
にしても業績評価タイプである。これらは,評価の前に,戦略的な計画が策定されて計画との連携が前提とされている。ベスト・バリューは,「Best
Value Performance Plan」という計画に目標を業績指標(performance
indicators)で設定し,毎年その達成度を測定する。また,GPRAは,5年以上を期間とする戦略計画(strategic
plan)と毎年の年次業績計画(annual performance plan)を作成し,同様に業績を測定することが基本として組み込まれている。戦略があってこその評価であり,測定なのである。戦略とは,「組織の使命,将来像,および目標(mission,
vision and objectives)をどのようにして実現するかを明示した総合的なプラン」
である。これらの計画は,多くの自治体が策定している総合計画とはそもそもタイプが異なる。成果目標すら設定していない自治体の計画をそのままにして,明確な使命やビジョン,目標が必要な目標管理型の行政評価に結びつけることは,極めて困難である。
また,予算とのリンクといわれるが,事務事業評価で事業間の重づけを決定することはできない。高齢者の交通費等が無料になる敬老パス事業と雇用創出のためのコールセンター誘致事業では追及している価値が全く異なる。佐藤克廣は,政策評価というのは事実前提を明らかにするものであり,「価値観に基づいた選択」ということになると,政策評価は全然役にたたないと指摘
しているが,行政評価は意思決定するためのひとつの材料になり得ても,決定そのものは担えないのである。予算を作成するとき,行政評価をどのように活用するのか,明確な方法論は確立されていない。
日本の行政評価は,定量的な業績測定タイプに,必要性,妥当性,成果向上余地,官民の役割分担などの定性評価も付加したり,資源の投入から,活動,結果,成果までの因果関係を評価するセオリー評価などの要素を取り入れるなどしたものが多い。
日本評価学会第4回全国大会論文・田中啓「アメリカのGPRA−10年の評価よ日本への含意」2003年富士通総研経済研究所を参照。
龍慶昭・佐々木亮「戦略策定の理論と技法」2002年多賀出版,53頁
佐藤克廣「地方自治土曜講座ブックレット〈No.52〉ー自治体における政策評価の課題」1999年公人の友社,12頁参照。
(4)評価情報の理解困難性
行政が情報を独占する情報の非対称性を解消することが“共治”を進める前提条件となる。上山信一は,行政評価を「住民が首長以下の行政の仕事振りをチェックするためのものになる」
と述べている。行政評価は,市民にとって,行政が何をどう考え,どのように取り組んでいるかを明らかにする。これにより,市民が行政をチェックするとともに,行政と市民がコミュニケーションをはかる道具ともなるのである。しかし,政策,施策,事業の背景などに関し,十分な情報を持ち合わせていない市民にとって,現行の行政評価は,容易に理解できる代物ではない。行政職員であっても,担当が異なって他の周辺情報を持っていなければ,評価調書の情報だけは内容を十分理解できないであろう。
また,行政評価は,「名前は行政評価であっても,その本質は行政内部の自己点検活動でしかない。」
と言われる。さらに,40年以上前の著作でサイモンは,「なぜ,行政活動の測定を行うのか。(中略)それは議員や行政担当者が種々の活動方針の中から選ぶ際の実際的必要に役立つ実際的要具なのである。」
と述べている。しかし,現行の行政評価は,行政のマネジメントツールとしても,市民への説明責任を果たすためのツールとしても機能は不十分である。内部の自己点検活動であっても,誰もがわかりやすく取り組めることは重要である。行政職員にとっても市民にとっても,十分な情報提供があることを前提として,一般の常識的感覚をもった人が見て,分かって,そして議論に参加できる評価システムでなければ,使いこなすことは難しいと言えよう。
上山信一監訳・監修「行政評価の世界標準モデル」,4頁。
上山信一監訳・監修「行政評価の世界標準モデル」2001年東京法令,4頁。
サイモン,ハーバート・A,クラレンス・E・リドレー「行政評価の基準―自治体活動の測定」1999年北樹出版,27頁。
2 技術的な側面(評価技法,ノウハウ,知識)
行政評価は,従来の手続きやプロセス重視の「ルール・ドライブ型」の行政を,成果を志向した「ミッション・ドライブ型」行政へ転換し,職員に新しい考え方やパラダイムシフトを求めるものである。評価を進めるには,目的と手段に構築された政策的な思考が不可欠である。評価者に対するノウハウ,知識といった技術面の支援がなければ,効果を挙げることは困難である。
(1) 評価のノウハウを持つ人材の不足
多くの自治体では,評価を導入しながら体系的な教育が欠如している。評価技法に対する理解が不足しているばかりか,業務的な発想に終始し,政策的な思考が未成熟であること,さらには,そもそも指標による現状分析がないなどの現状が窺える。
古川俊一は,評価がうまくいかない理由として,第一に「鍵になる人材がいない」
ことを挙げるとともに,「評価のもつ意味を職員に浸透させる努力を怠ったため,挫折した例はたくさんある。評価は,頭の切り替えを要するから,時間をかける必要がある」と教育訓練の必要性を強調している。それが,三菱総合研究所の調査にある市・区において成果が「まだわからない」自治体が大半という結果につながる理由のひとつになっているのではないだろうか。
例えば,横須賀市では,各部の職員で構成する行政評価プロジェクトチームを設置して,二次評価を実施している。全庁的に評価に関わることで,評価のノウハウを持った人材育成にもつながっている。
草津市では,各所属で推進リーダーとして活躍してもらう行政評価推進員41名を置き,行政評価の推進,定着を補佐し,指導・助言などにあたっている。これらのメンバーに対しては,評価技法の習得などの研修を行い,核になる人材育成に努めている。
全体のレベルアップは望ましいが,全員研修というのは,大きな組織では量的に難しい面がある。身近に知識,ノウハウを有した職員がいてサポートすることによって,漸進的ではあるが評価技法の向上を図ることができる。ベスト・バリューを導入したロンドンのニューハムでは,指標の専門家,財務の専門家などを庁内に養成し,アドバイザー役を担っている。
しかし,わが国では,数回の研修を実施した後,職員にお任せという自治体も少なくない。継続的な研修や庁内のサポート体制が確立された自治体の事例は,ごく一部に見受けられるのみである。目的も方法もわからず,ただ“やらされ感”や負担感を感じて終わってしまうなど,悪循環をもたらす可能性を否めない。
古川俊一監修「行政評価実践ゼミナール」ぎょうせい2003年, 102頁。
同上,111頁。
株式会社三菱総合研究所「地方自治体における行政評価への取り組みに関する実態調査2002年調査結果」
(2) 評価視点の多様性
行政の「あれもこれも」考慮しなければならないという体質が評価にも現れている。評価の多様性が進んでいるが,事業評価などの基本的な行政評価でも,評価の視点が多数盛られている。例えば,札幌市の事業評価では,対象・意図・手段や投入量,成果指標・活動指標などの基本事項以外に,事業の必要性等の検証,導入時の必要性等,事業導入後の社会背景の変化,市民ニーズの把握,他の主体による事業実現の可能性,コスト改善の余地のほか,実に12項目に及ぶ。目標管理型の評価は,目標と達成度の検証と分析が主であるはずである。しかし,多数の評価の視点を盛り込みすぎて評価が散漫になっているのではないだろうか。
2000年の秋,イギリスのベスト・バリューについて3つの自治体(Newham,Essex,Brantree)をヒアリング調査
した。ベスト・バリューは,わが国の自治体のように評価調書記入主体の評価ではない。業績評価は,目標管理が主体である。わが国の自治体で盛り込まれている「公共関与の妥当性」,「必要性」,「公正性」「公正性」「緊急性」など視点は,ベスト・バリューにおいても実に多様である。しかし,これは政策形成の過程であらゆる角度から議論するポイントであり,業績評価そのものに盛り込んでいるものではない。政策形成過程で徹底的に議論すべき視点を,事後評価ですべて済ませようというは無理がある
。
拙著「ベスト・バリューの真髄に触れて―英国の挑戦に学ぶ(平成12年度札幌市海外派遣研修報告書)」2000年 http://village.infoweb.ne.jp/~fwhz3669/england/index2.htm
(3)体系的な評価手法の未成熟
多くの自治体の評価は,行政活動の最小単位である事務事業からスタートしている。事務の効率性や職員の意識改革の面では成果があったが,大局的に判断材料を提供するまでにはいたっていない。事務事業のみを目の前にして,いわば「木を見て,森を見ず」では,大きな政策目標にとってその事務事業が必要か,目標達成に貢献しているのかなどを評価する材料は乏しい。行政活動を広く見渡して,判断ができる情報を得ることで,体系的な行政評価が可能となる。
三菱総合研究所の調査
によると,都道府県では,施策,政策レベルまで評価を実施しているところは,試行中を含むとそれぞれ63.9%,36.2%となっているが,市と区では,施策,政策レベルの評価を実施している自治体が,13.8%,4.1%と低率に留まっており,体系的な評価に取り組んでいる自治体はまだまだ少ないのが実態である。
株式会社三菱総合研究所「地方自治体における行政評価への取り組みに関する実態調査2002年調査結果」
3 組織文化・風土の側面
田辺正は,「行政評価は,全員参加の政策・事業改革,行政革新,政治革新,社会革新である」
と述べている。参加によってモチベーションを高めながら,行政活動の成果を高めようという点では,行政評価の核心を捉えたひとつの見方である。また,デビット・オズボーンは,官僚制を捉えて,「職員は,高度に規制された機械の歯車である。職員の仕事は機能別に分けられ,その内容は事細かに決められる。詳細な規則と手続きは,職員の行動を決定付け,管理職の仕事はその行動がとられているかを確認することとなる」
と指摘する。
地方分権の論議が盛んであるが,組織内でも,業績・成果による統制は,行政資源の活用に対する裁量を広げる庁内分権が前提になる。これらは,「させる」という従来の官僚システムから脱し,「任せる」という自己革新のシステムを組み込んでいこうという考え方である。業績評価型の行政評価は,これら権限委譲などと密接に関係を有している。
田辺正「行政評価理論入門」2000年文化書房博文社。
(1) 文化戦略の欠如
オズボーンは,
自己革新のシステムを構築する具体的な戦略として,行政の細胞にあるDNAを,改革のDNAに変化させる5つの戦略を示している。長い間,繰り返してきた日常的な仕事の中に,ただ痛みを伴う変革を命じても,それは実現が不可能である。変革は「改宗」のようなものである。「信じるもの」を見つければ,人の行動様式はおのずと変わってくる。それには,公共部門のDNAを変えるための文化戦略が重要であると説いている。
この戦略は,明確な目標を定めることが第一歩であり,そして,目標を達成した職員を評価し,主体的に参加させることからはじめる。また,古いパラダイムからの転換には,従来の方法では,解決することができない問題や説明できない現実などを見せつけること,さらには,改善への優れたアイデアを迅速に実行に移して成功体験を積み重ねることなどを提示している。まず体験させる,そして,「させる」統制から「まかせる」統制へシステムを変えることでモチベーションを高め,職員の意識も否応なく変化するとしている。行政評価も,道具として取り入れるだけではなく,こうした文化戦略がなければ機能することは難しいと述べている
。
従来のインクリメンタリズムによる政策立案者の一般的な行動様式は「@政策立案を始めるのは,理想の目標に近づくためではなく,現実の差し迫った弊害を除去するためである。A政策立案にあたっては,所属機関と対等集団の利益の観点からこれを行い,その他の集団の利益のことまで考慮にいれようとはしない。B目的と手段を峻別せず,初めから両者をワンセットにした政策案を立案する。C政策案の探求は,現行業務の実施方法に僅かな修正を加えただけの政策案から始める。D政策案の探求は,実現可能と思われる2〜3の選択肢を見出した所でとどめ,この範囲から最善と思われるものを選択することで満足する。E当面の課題を一挙に解決しようとせず,政策の修正・変更を繰り返しながら漸進的にこれを解決しようとする。」
と言われる。今もなお行政は,このインクリメンタリズムによる根強い習性を保っている。
右肩上がりの成長が続く時代には,このインクリメンタリズムは機能的で民主的な統制手段と言えたかもしれない。しかし,今や時代は右肩下がりである。資源の制約はますます厳しくなっていく。多様なニーズを有した市民との合意形成を図りながら,行政サービスを進めなければならない。政策の修正・変更を繰り返しながら漸進的にこれを解決しようという手法は,今後も機能する面はあるにしても,思い切ってゼロベースで再検討すべきことも生じている。急激な変化を嫌い,前例踏襲を基本とする行政に根づいた文化は,行政評価の浸透を阻む要因になっている。
デビット・オズボーンほか「脱官僚主義〜欧米の行政に革命を起こしたリインベンションとは何か」2001年PHP,36-37頁。
西尾勝「行政学(新版)」2002年有斐閣,255-256頁。
(2) 過剰な期待感と限界の交錯
行政評価には,次のような弱点が指摘されている。「@測定された改善効果のうちどれだけが公共プログラムによって引き起こされたものかは明らかにしない。A直接測定されない成果がある。B評価情報は,意思決定するときの,一部の情報を提供するに過ぎない。C成果指標値の収集には意外とコストがかかる」
という簡便さゆえの弱点が顕著である。行政評価を導入すれば,何でも解決できるという“打ち出の小槌“のような期待と,こうした弱点を抱えた現実の狭間で,その真髄が理解されないままブームとして広がっている。
また,複雑な評価調書を設計し,書類作成の作業と化している現実もある。行政評価は,明確な目標を設定し,その達成度を測定し,評価の結果を活用しながら次の改善につなげるため議論し,また,市民に分かりやすく公開して,コミュニケーションツールとして活用するというシステムである。それが,発祥地とは似て非なる日本独特の評価へ変容し,さらに問題を複雑化している。評価の目的を明確にして,目的に沿った評価システムを構築してこそ,行政評価は,機能を発揮できるのである。
龍慶昭・佐々木亮「戦略策定の理論と技法」2001年多賀出版,169-170頁
4 評価の信頼向上には市民参加が不可欠
わが国の行政評価について,様々な問題点を指摘したが,評価を機能させる要素としては何が必要であろうか。問題点の表裏の関係から,改善へのキーワードとしては,「計画の戦略化」「下部組織への具体的な権限委譲」「評価の目的の明確化」「人材育成」「評価視点の絞込み」「体系的な評価の確立」「組織文化の変革」などが浮かび上がる。これらの改善には,行政内部での努力で取り組める課題は数多くある。
しかし,評価活動は,内部のみで完結するものではない。例えば,評価の前提として必要な「計画の戦略化」であるが,とりわけ厳しい財政事情の中で事業の重点化を図ろうする場合を想定してみよう。例えば,Aという施策目的のために,B事業は止めて,C事業を選択し,投資を集中して実施しようと計画するとき,B事業の評価結果は中止の重要な判断材料になる。利害関係者や市民の合意形成なくして出された評価結果は,果たして市民の信頼が得られるだろうか。B事業の評価は,次の改善や廃止,計画などに連続しているのである。
また,行政評価は目標管理型の評価であるが,その目標は行政単独のものではない。目標によっては,市民とともに協働しなければ実現できないものも少なくない。したがって,市民の意見が反映された目標でなければ,協働につなげることは難しいであろう。目標は,市民の望んでいることであるのか,水準として妥当なのかなどは,行政が単独で設定・評価できることではなく,市民とのコミュニケーションがあって可能になるのである。
行政は誰のためかに存在するのかと言えば,社会のため,市民のためであり,自治体には,社会の課題を解決する使命が課されている。市民の信頼を得られない評価では,市民に対する説明を果たしたことにもなり得ない。公共を担う主体として,市民も評価に参加することによって,評価の信頼性を高めることができる。行政評価は,制度,技術,組織の文化・風土の面で今後も改善を進めていくだけではなく,市民の参加をどのように担保していくかも重要な課題である。市民参加を進めることは,「成果を感じることができない」と言われている多くの自治体の行政評価を機能的にするための方策でもある。
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