第5章 欧米における外部評価
前章では,わが国自治体における外部評価の事例を取り上げたが,ニュー・パブリック・マネジメント
(以下「NPM」という。)の発祥地である欧米において,外部評価はどのように取り組まれているかを取り上げてみたい。
1 イギリスのベスト・バリュー
イギリスのブレア政権が2000年から自治体の評価システムとして本格導入した「ベスト・バリュー」は,一口に言うと,「地方自治体の業績を評価・監視して,効率性とともにサービスの質的な向上を目指す政策」である。基本的なフレームワークは,図表5−1のとおりである。
図表5−1ベスト・バリューのフレームワーク

具体的には,@地域の課題を設定し,その達成手段を考える。A4〜5年サイクルの戦略的な業績計画を作成する。Bサービスを実施し,目標と手段,他との比較,市民意見の聴取などにより評価する。C毎年の業績計画,具体的な目標値を公表し,点検する。D政府や市民からのテストを受ける。E監査・点検によりフォローアップする。F失敗に関しては政府が介入する。という流れで実施される。このシステムでは,外部の監査機関(Audit
Commission)が独立した監査を行って結果が正確であることを保証すること,自治体の重大な失敗や不作為があれば,中央政府が迅速に是正に介入することによって,実効性を強制的に担保していることが特徴である。
例えば,ロンドンのニューハムで,白人以外の少数民族が住民の52%を占めている地域性から,階層制の根強い社会で生き残るために教育を重点課題としている。具体的には,教育分野には「9つの学校で,13歳の生徒のうち,英語の成績で全国平均の63%を下回る弱点が見られた」という問題点に対し,これを「2002年に77%に向上させる」ことを目標に,「良い教師を招くこと」を具体的な事業として,このベスト・バリュー・パフォーマンスプランに盛り込んでいる。「計画―実施―評価」が一体となっていて,問題点の所在,目的や目標,成果が分かりやすいものである。
しかし,2000年秋にヒアリング調査を実施したが,評価の分かりやすさと市民に関心の高さは別の問題で,納税通知書にこのプランの要約を入れて市民に送付しているが反応は皆無ということである。だからこそ住民満足度調査など各種住民参加制度を活用している。
また,ニューハムでは,リスニングデイというイベントがあり,議員と上級の管理職が一緒に街頭を回り,直接住民から意見を聴取している。毎回テーマを決め,住民の意見を身近な問題まで掘り下げて聴いている。直接まちの実権をもった議員,幹部がアンケート用紙をもって市民から生の声を聞き,この結果は,日々の仕事にフィードバックしている。住民調査やこのリスニングデイの結果は,分野のプライオリティを決めるのに影響が大きいということである
。
NPMの発祥地であるイギリスにおいてさえ,評価に対する市民の関心は高くないのである。むしろ市民の関心が低いからこそ,住民満足調査,地域需要分析,市民パネル
,市民陪審
,市民集会,フォーラムなどの参加手法が重層的に用いられている。往々にして,関心の強い市民の声が強調されて,サイレント・マジョリティということを忘れてしまうことがある。市民のニーズや声を行政活動に反映していくには,消極的な情報公開という手段ではなく,積極的に市民にアプローチをしていることを端的に示した事例である。
2 強固な市民社会を支える市民参加
イギリスのブレア政権のバックボーンとなっているアンソニー・ギデンズの「第三の道」では,アクティブな市民社会の再生を重要な課題としている。そして,地域社会に見られる関係の希薄化や犯罪の多発化などを世界的な傾向と指摘し,「政府と市民社会は,お互いに助け合い,お互いを監視し合うという意味での協力関係を築くべきである。コミュニティという問題意識は,単なる抽象的なスローガンではなく,第三の道の政治の拠りどころなのである。」
と強調する。高い信頼性を有しなが
ら相互依存関係が緊密であり,高度な自己組織化能力をもった“強固な市民社会”の構築を社会的な目標としている。
こうした考え方を背景に,イギリスでは様々な住民参加の形態が開発され,自治体においても積極的に取り入れられている(図表5−2参照)。これらは,定型的な調査法,不定型フィードバック法,参加的手法,評議的手法,インターネットを活用した民主的手法など,実に多様であり,かつ深化していることが特徴である
。
ベスト・バリューも,こうした強固な市民社会の構築を目指した動きと密接に関係し,「質の充実」という市民の満足と,サービスの効率化の両方を追及した政策と言える。また,中央政府は,「現代化に成功する自治体について,明確な見解をもっている。それは地域と直接結びついた議会があり,住民参加を積極的に促進する自治体である」
という方針を示し,民主主義の主体として市民に参加の機会を積極的に提供すること進めている。

アンソニー・ギデンズ(佐和隆光訳)「第三の道」1999年日本経済新聞社,139頁
組織が自らの手で自らの構造を作り変えようとする力をいう。
自治体国際化協会「CLAIR REPORT第192号
英国の新しい市民参加手法─市民パネル,市民陪審を中心として─ 」2000年,18-25頁
竹下 譲・横田光雄・稲沢克裕・松井真理子「イギリスの政治行政システム」2002年ぎょうせい,292頁
3 米国のベンチマークと業績報告
(1) オレゴン州のベンチマークス
オレゴン州のベンチマークスは,住民生活に直結した社会的な指標(ベンチマークス)を選び目標値を設定し,その達成度を評価することによって改善につなげていくものである。州政府内,政府間,さら
に,住民とのコミュニケーションの手段として活用しようとする評価手法である。
同州は1980年代にこの手法を取り入れ,知事と市民の代表からなるプログレスボード(独立委員会)を設置し,市民との協働作業により目標設定や評価,改善を行う独自のベンチマークス評価を構築した。これは州の戦略計画と一体の数値目標を,30回近いタウンミーティング,郵送によるアンケート調査,面接による意識調査や専門家の評価などを経て,州と市民が設定していることが特徴である。
この評価手法は,社会,経済,環境,教育などの諸分野の状況を指標で捉え,成果に焦点をあて,結果志向を継続することで,何がまちにとって重要か,有効かを明確にすることができる。また,指標の達成度を測ることで,問題を発見し,改善への方策を探ることができる。個々の事業ではなく,全体の最適な状態を目指すため,政策目標の管理に有効な手法である。
さらに,成果が一目瞭然で,優先的・重点的になすべきことが容易に判断できる。評価そのものとともに,プロセス(問題発見―分析―改善)を今後の行政運営に活用できる科学的管理手法として優れている。

(2) ニューヨークの業績報告
ニューヨークは,米国ではじめて業績評価(Performance measurement)を実施した都市としても知られている
。1994年に当選した前市長のジュリアーニは,犯罪防止や福祉,産業,観光,ITなど数多くの改革を行い,ニューヨークのイメージを一新した。彼は,毎年度,市の機関の業績を評価し,当該年度の事業実績と翌年度の計画目標を示す市長経営報告(Mayer’s
report)を出している。この報告は,部局別報告,部局別及び全市的指標,要約の3部で構成されている。年度途中の暫定版と年度終了後3か月程度で出される確定版がある。
部局別報告では,各部局・機関ごとの,
(1)政策目標と事業目標,(2)重点項目と達成内容,(3)予算重点項目,財政計画,(4)部局の事業目標に関する長期傾向及び関連指標,から構成されている。
例えば,人的資源局では,「政策目標=すべての公的扶助受給者を,彼らに就労と自立の準備をさせるような(中略)労働その他に参加させる。」など,政策目標の下にいくつかの事業目標を掲げ,多くが目標値を設定したいわば業績評価である(目標の事例は図表5-4のとおり)。

重点項目は,概況と実施政策の目標を指標で示し,主と定量的に記述している。予算重点項目は,支出実績や職員数を示し,部局の事業目標に関する長期傾向及び関連指標は,グラフや図表を多用してビジュアルに表現している。わが国の自治体のように,単に評価調書を公表するだけではなく,分かりやすく市民に説明することを前提とした評価と業績報告書となっている
。
また,ニューヨークは,NPOによる評価方式の開発も有名である。ニューヨーク市基金(Fund for the City of New
York)は,民間非営利組織であるが,街路清掃業務でスコアカード方式という評価方式を開発した。これは,訓練を受けた評価者が,無作為に選ばれた市道を実地調査し,写真をとりながら評価するもので,ごみが全く落ちていない状態を最高点に7段階で採点する。例えば,「きれいさの基準に達した道路を80%以上にする」という目標に,どの程度達成できているかを測定し,地区ごとにまとめた評価結果は,住民組織であるコミュニティ委員会に報告され,測定値が落ちた地域は清掃局と討議する機会も与えられるというものである
。
自治体国際化協会「CLAIR REPORT第201号 米国の地方団体・州・連邦政府における行政評価」2000年,4頁
東京都「ジュリアーニ市政下のニューヨーク」2001年,81-98頁参照。
自治体国際化協会「CLAIR
REPORT第201号米国の地方団体,州,連邦における行政評価」2000年,19-24頁。
4 わが国自治体への適用可能性
ベスト・バリューは,市民に分かりやすい評価事例であり,強制的な外部監査と多様な住民参加手法とあいまって強固な市民社会をつくるという第三の道の社会目標を実現するものである。一方,アメリカのニューヨークの事例は,説明責任と協働という伝統の強さを感じさせる事例である。
ベスト・バリューは,極めてシンプルでかつ課題,解決の手段や時期を明らかにした具体的な戦略計画とセットで市民に提示されること,指標をつかって他の自治体と比較できる分かりやすさなどの特徴をもっている。併せて,多様な市民参加の手法を駆使している。住民自治の伝統の強いイギリスでさえ,市民が参加しての評価は難しい。一歩踏み出して市民の意思を汲み取ることを重視しているのである。
また,ニューヨークの例は,評価を年次報告という形で市民に説明している。しかも,年2回であり,説明責任の具体的な実践事例として参考になる。さらに,NPOによる評価手法の開発は,地域の非営利なシンクタンクが多数存在することや市民性によることが大きい事例と言えよう。
住民自治の長い伝統と歴史をもつイギリス,そして市民ネットワークの強いアメリカは,わが国とは歴史も市民性もかなり相違がある。直接同じ手法を導入できるかは疑問が残る。しかし,両者から得られる教訓は少なくない。
まず両者に共通することは,市民に分かりやすく徹底して説明責任を果たしている点である。わが国の情報公開は,神奈川県など先駆的な自治体から始まったが,まだ消極的な情報公開に留まる自治体も多い。ようやく財政白書などで積極的な情報提供を進める自治体を散見するようになったが,両者の分かりやすさはすぐに実践できる点である。次に,待ちの姿勢ではなく,攻めの姿勢に貫かれた市民の声の集約は,行政と市民のコミュニケーションの基本である。
わが国に広くNPOの評価を導入することは,NPOの成長の熟度からまだまだ困難が大きい。しかし,評価能力のあるNPOが少ないからこそ,能力を高めるよう市民に積極的な支援が必要ではないであろうか。市民と対等な関係に立ってはじめてパートナーシップであり,協働である。評価能力を備えた市民の養成という意味を含んだ外部評価,参加型評価のあり方も検討に値する事項である。
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