平成大不況は大ウソ
〜すべては、金持ちをより金持ちにする
ために仕組まれたことだった〜(後編)

 今回は、前回に引き続き平成大不況の真相を究明していきます。金持ちの最終目的は、新奴隷制度の樹立です。それを阻止することが急務なのです。
 1999年5月1日
 前編へ移動

第五章 「競争原理」、「機会の平等」のウソ
 市場原理主義者がよく使う言葉として、「競争原理」、「機会の平等」がある。「今までの日本は、結果の平等の社会だった。それを機会の平等の社会に変えていかなければならない。競争原理を社会に浸透させることで、活力ある社会が生み出される」と市場原理主義者は主張する。

 格好良く感じる言葉であるが、だまされてはいけない。実は、市場原理主義者は、「機会の平等」を否定する政策を主張しているからである。もし、「機会の平等」を完全に保証するなら、少なくとも、国公立大学・高校の授業料を完全に無料にすべきだろう。貧乏人でも金持ちでも平等に学べるシステムこそ、「機会の平等」だからである。しかし、教育の無料化を訴える市場原理主義者は、皆無である。

 公教育の無料化は「機会の平等」のために必要不可欠であるが、競争原理・市場原理を強調し、「『健全で創造的な競争社会』の構築」を提言する経済戦略会議の答申である「日本経済再生への戦略」(1999年2月26日発表)では、そのことが触れられていない。そこで提言されているのは、義務教育への複数校選択制導入を柱とする「教育への競争原理導入」である(下段注1)。しかし、「教育への競争原理導入」は、公教育の退廃(偏差値が高い子供が行く学校と偏差値が普通の子供が行く学校、そして偏差値が低い子供が行く学校との三極分化が発生しかねない。三極分化が発生した場合、偏差値が低い子供が行く学校が荒廃する可能性がある)と「機会の平等」の形骸化を招きかねないものである (下段注2)。

下段注1
4.創造的な人材を育成する教育改革

 日本経済の将来を決めるのは、究極的には教育のあり方である。個々人の自己責任と自助努力をベースとする健全で創造的な競争社会を構築していくためには、まず家庭における教育のあり方が重要であるが、学校における教育に関しては、日本の教育は画一的かつ知識詰め込み型という性格を有しているため、独創的な人材を輩出できないと言われている。独創的で多様な人材を生み出すための抜本的な教育改革が必要になっている。そのためには、政府が画一的な教育理念とそこから生まれる規制を押しつけるのでなく、教育現場にできる限り自律性を持たせること、教師間、学校間に適切な競争原理を導入して、それぞれが創意工夫を競い合う環境をつくることが必要である。

(1) 画一的で競争のない義務教育に複数校選択制を導入し、生徒が自らの適性に応じた学校を選択できる自由を与える。それによって、学校間の競争促進を図るとともに、多様な人材を輩出できるよう各学校毎の多様な教育カリキュラムを認める。

(2) 大学における教育・研究に競争原理を導入し、活性化を図る。そのため、各大学における教育・研究に対する客観的な評価を行う強力な第三者評価機関を設立する。

(3) 大学の研究・教育に係る政府予算は、原則として第三者評価機関の評価に基づき配分する。評価によって資源配分が決まるようになれば、インセンティブが働き、大学の活性化に結びつく。最近の大学審議会の答申では、評価に基づく資源配分は明確な形では制度化されていない。

(4) シリコンバレーにおけるような世界的ベンチャー企業が日本に輩出しない理由の一つは、国立大学の硬直性にある。国立大学教員の身分を拘束の強い国家公務員から解放し、兼業や産学共同研究の自由度を飛躍的に高める。国立大学については、独立行政法人化をはじめ将来の民営化も視野に入れて段階的に制度改革を進める。

(5) 生涯教育を推進するため、地域住民に開かれた「コミュニティ・カレッジ」の創設を推進する。
経済戦略会議が、1999年2月26日に発表した「日本経済再生への戦略」(経済戦略会答申)より

下段注2・・ロナルド・ドーア氏も、こうした動きに対し、警鐘を鳴らしている。以下枠内の論評を御覧頂きたい。
 「学校の先生は聖職だ。教育労働者とはけしからぬ」−日教組を目の敵にした自民党文教族の昔の主張だった。その同じ自民党が牛耳る中央教育審議会が、いま、聖職どころか、教育の売り手だ、と公教育にまで市場の原理を貫徹しようとしている。

 学区制を−消費者(つまり家庭・生徒・その親)から学校を選択する自由を奪っている学区制を−廃止しようという。サッチャー元英首相を真似る動きはもう限度にきていたかと思っていたが、そうでもないらしい。日教組の『教育評論』一月号で、岩手県の書記長が書いている。
 「サッチャー政権下では、公立学校の選択の自由が実施され、全国学力テストの公表とあいまって、学校間のすさまじい競争が起こり、保護者・子供はいわゆるいい学校≠ノ殺到して、学校側から保護者・子供を選別するといった逆選別を受け、不評な学校へは振るい落とされた子供たちが集められる」
 まさにその通りだ。出来る子が行く「教育学校」と落ちこぼれがいく「いじめ・暴力学校」への二極分化を加速するのは、単なる学力による学校側の選別ではなく、階級的要素も大いに入ってくる。中流家庭の専業主婦の教育ママは、一生懸命に各学校の情報をあさり、遠いところの学校でも車で子供を送り迎えできるが、妻が働いて、車もない労働者の家庭の子とはおのずと条件が違う。

 十五歳での高校入学までは、十二歳の時の学力テストで、最も才能のある児童の二%弱が付属や私立の中高一貫校に吸い上げられる以外には、一般的にクラスの能力別編成を避けるという、いままでの教育方針には切実な問題があることは確か。学級の三分の一は、先生の教えることはすでに塾で分かっているから、つまらない。三分の一は分からないから、つまらない。先生は大変なのに違いない。 しかし、解決方法として「悪平等」を退けて、日本国に効率的に奉仕できる頭脳の育成ばかりを考えた末、落ちこぼれを切り捨てるのは、社会連帯意識を害し、さぞ住みにくい社会に導く道ではないだろうか。また、最近の文部省学習指導要領のように、教育内容を三割減らして「総合学習時間」で「生きる能力」をいうのも、解決にはなりそうもない。やはり、子供の先天的能力に優劣があるということを素直に認めながら、機会均等ばかりでなく、それぞれの児童の個人としての尊厳を認める工夫を探さなければならない。
1998年12月24日付中日新聞より

 また、「機会の平等」を実現させるなら、相続税の最高税率を今まで以上に上げなければいけない。その理由を以下に示そう。

 相続する財産が多ければ、新しく事業を興す(おこす)にしても何にしても、有利である。また、資産を元手に大きな利益を得ることも出来る。さらに、資産が莫大ならば、働かずして豪遊することも可能だ。これらは明らかに「機会の平等」に反することだ。こうしたことを避けるためには、相続税の最高税率を上げなければいけない。そして、これは「機会の平等」に忠実な政策でもあり、「努力した人が報われる公正な税制改革」でもある。なぜなら、相続税率のアップは、「持てる者」と「持たざる者」の格差を縮小し、対等の条件での競争に近づかせるからだ。また、相続する財産には本人の努力や能力と関係がないことも重要で考慮されなければならない。しかし、競争原理・市場原理を強調し、「『健全で創造的な競争社会』の構築」を提言する経済戦略会議の答申である「日本経済再生への戦略」(1999年2月26日発表)では、そのことが触れられていない。そこで提言されているのは、「よりフラットな直接税の体系を目指した」相続税の減税である(下段注)。

下段注
3.努力した人が報われる公正な税制改革

 「健全で創造的な競争社会」を創るうえで、我が国の税制は決して万全とは言えない。税の体系を中立化、簡素化し、国民が広く社会の費用を負担する制度にするとともに、努力した者が報いられるための税制改革を提言する。

(1) 税のインセンティブ・システムとしての有効性を高めるため、よりフラットな直接税の体系を目指すこととする。抜本的な所得税減税を行うとともに、法人税、相続税などの直接税の減税を引き続き行う。

(2) その際、節税目的の「法人成り」をなくすため、所得税の最高税率が法人税の実効税率を上回らないようにする。

(3) また、税の体系を中立化・簡素化し、課税ベースを拡大する。所得税の課税最低限の引き下げや赤字法人課税に取り組むとともに、租税特別措置や軽減税率を見直す。

(4) 長期的には、直間比率の是正は不可欠である。消費税の増税は高齢化社会の到来などに対処するために、やがて不可避になるが、そこに至るまでの期間に徹底的な公的部門のスリム化、効率化による歳出削減が必要である。また、インボイス方式の導入、簡易課税の廃止などにより、消費税体系の簡素化と捕捉率の向上を図る。

(5) 株式非上場企業の事業承継に伴う株式譲渡に対する相続税を、企業規模を勘案しつつ、早急にかつ相当程度軽減する。現在の税制では、好業績の企業ほど株式評価が高く、承継時の納税額が高くなるが、未上場株の場合、株式の一部を売却することによって納税することができないため、事業承継が困難になることが多い。現在、このことが中小企業にとっては大きな問題になっており、また、起業意欲を減殺していることに鑑み、早急に税軽減措置をとるべきである。

(6) 寄付金に対する免税措置を大幅に拡大する。国家に税金として納め、それによって公共財を供給するだけでなく、個人個人が必要とみなす公共財を寄付金によって供給する自由を認めるべきである。

(7) 課税の適正化を図るため、納税者番号制度を早急に導入するとともに、学校法人や宗教法人などに対する課税等の執行体制の整備を行う。

(8) 特別会計制度を財政制度改革全体の中で見直し、歴史的役割を終えたものについては制度を廃止するか、大幅な縮小をめざす。
経済戦略会議が、1999年2月26日に発表した「日本経済再生への戦略」(経済戦略会答申)より

 相続税が高いというのはよく言われる話だが、それは、金持ちに限った話である。貧乏人の場合は、そうではない。相続税の基礎控除額は、「5000万円+法定相続人の数×1000万円」となっている。例えば、配偶者(夫もしくは妻)と子供二人が遺産を相続するなら、8000万円までは非課税なのである。むしろ、低く感じるぐらいだ。(金持ちからしてみれば)高率の相続税は、平和で安全、平等な日本社会を形成することに大きく貢献してきた。その良き伝統を破壊することは許されない。相続税の「フラット」化が行われれば、貧富の格差が増大する。そして、英米のような階級社会が造られるのである。

 ここまで読んで頂ければ、金持ち優遇論者である市場原理主義者が、「競争原理」・「機会の平等」を唱える理由が見えてくるはずである。「結果の平等」を重んじる日本の良き伝統がいつまでも居座っていることは、金持ちの利益にならないからである。市場原理主義者は、「結果の平等」を重んじる日本の良き習慣を叩き潰す手段として、「機会の平等」を唱えているだけなのである。しかも、市場原理主義者の主張は矛盾に満ちている。市場原理主義者の主張が「機会の平等」を阻害しているのは、明らかなのである。

追補(2000年6月13日)・・野口悠紀雄氏(東京大学教授)は「市場の活用」を主張する一人(下段注1)であるが、相続税の最高税率の引き上げを主張(下段注2)している。これは筋道が通った考え方である。本来、「機会の平等」を唱える者はすべてこうした主張をすべきなのである。そうでなければ、主張が矛盾したものになってしまうからだ。

下段注1・・「経済構造の改革にあたって基本的なことは、『市場の活用』である。これまで政府によって管理され、抑圧されてきた市場機能を最大限に活用することである。」(『日本経済再生の戦略』 野口悠紀雄氏著、1999年10月25日発行、中央公論新社)

下段注2・・「『相続税は非常に高率で過酷だ』という意見がまったくの誤解であることです。 『相続税で七割(相続税の最高税率)とられる。非常に過酷な税だ。現行の相続税では事業も継承できない』と政治家やマスコミがあおり、世論にしてしまっている。しかし、七割の税率が適用される人は、年間に数人と言ってよい。一般の人には相続税はほとんど縁がない。」「相続税が非常に高率であれば、だれもがリバースモーゲッジ(住宅等の資産を担保にして、老後の生活のための資金の融資を受け、死後、その資産を売却して返却する仕組みのこと。中根注)を利用して自分で消費しようと考えるに違いない。リバースモーゲッジは公的年金の一部を代替するので、そういう社会なら、少なくとも資産を持つ人に公的年金は必要ない。公的年金について、資産の多少によって給付額を決めるような査定をしないのはおかしなことだと思うのですが、まったく議論されていません。相続税が高くなったら、日本の社会は一変します。さらに言えば、日本の将来、高齢化社会を乗りきる最大の政策は、相続税率をほぼ一〇〇%に上げるということですね(笑)。これは本当に真面目に考えるべき話です。」(『中央公論』平成12年5月号、中央公論新社刊。精神科医の和田秀樹氏との対談にて)

追補(2005年6月1日)
竹中平蔵氏、堺屋太一氏ら「機会の平等」を唱える市場原理主義者が重用されるようになってからかなりの年月が経つ。しかし、「機会の平等」に反するかのように国立大学の授業料はどんどん値上げされている。市場原理主義者の「機会の平等」論が口先だけのものであったことが証明されたと言ってよい。
年度 国立大学の年間授業料
1997 469,200
1999 478,800
2001 496,800
2003 520,800

第六章 「痛みを伴う改革」のウソ
 「痛みを伴う改革」も、市場原理主義者・構造改革論者が頻繁に使う言葉である。何か格好がよい響きがあるが、それも間違いである。痛むのは貧乏人だけである。そして、その陰で、金持ちは自分たちの取り分を増やすのである。消費税率の引き上げやリストラと称する解雇や賃下げで、貧乏人は痛みつけられている。しかし、その陰で、法人税の引き下げや所得税の最高税率の引き下げ、有価証券取引税の撤廃が行われ、金持ちは今まで以上に取り分を増やそうとしているのである。痛むのは貧乏人だけなのである。

 それを象徴しているのが、銀行への公的資金注入(政府が日本銀行や民間金融機関から金を借り、その金で銀行の株式・債券を購入。他にローン形式もある)である。バブル時代、銀行は不動産業界と結託、超過剰融資でやりたい放題の地上げの原因を造った。裏社会とも結託した不動産業者の地上げは苛烈だった。銀行とて、そのことを知らぬはずがあるまい。貧乏人は、地上げで痛めつけられた。その銀行に、公的資金を注ぎ込んでいるのだから、常軌を逸しているとしか言いようがない。そして、市場原理主義者・構造改革論者は、銀行への公的資金投入を批判するどころか、逆に要求した(下段注1、2、3)。このことで、市場原理主義者・構造改革論者が単なる金持ち優遇論者であることがわかる。「痛みを伴う改革」は、たとえて言うならば、貧乏人の切りつけ、その生き血を金持ちが吸うようなものである。貧乏人が「痛みを伴う改革」を支持することは、自殺行為なのである。

下段注1(上段は市場原理主義者の「小さな政府」論、中段は市場原理主義者の銀行への公的資金投入論、下段は私の批判である)

中谷巌氏

「求められる『改革の理念』とはいかなるものか。筆者は『革新をもたらす個人をこれまでの権威主義的な組織や既存の秩序の呪縛から開放する』ということでなければならないと考える。日本社会では(日本だけではなく多くの伝統社会ではそうだが)、秩序を乱す行動は多くの場合、忌み嫌われる。しかし、革新とは秩序に対する反乱にほかならないから、秩序を乱す行動が忌み嫌われ、社会的に糾弾される状況下では、革新は生まれない。」(1997年11月11日付日本経済新聞)

「日本の構造改革、不良債権処理を遅らせている大きな要因は、日本人の護送船団的発想だ。護送船団的発想とは、競争を『弱肉強食』と言って忌み嫌い、なるべくなら全員が落ちこぼれないように共存共栄を図っていこうという、いわば母性的、平等主義的発想である。」(中谷巌氏著、日本経済「混沌」からの出発、日本経済新聞社、1998年6月22日1版1刷発行)

「官と民は協調するのではなく、どちらかと言えば敵対した関係になければならない。敵対と言うと、ちょっと強い言葉に過ぎるかもしれないが、市場主義のもとでは、市場参加者は官が定めたルールにのっとって、すべての情報をマーケットの参加者に対して開示し、そして、資源配分にかかわる意思決定はマーケットの参加者にゆだねるということが必要になる。これが市場主義のエッセンスである。」(中谷巌氏著、日本経済「混沌」からの出発、日本経済新聞社、1998年6月22日1版1刷発行)



中谷巌氏

(聞き手)−−公的資金の投入を決める前に、減資などを通じて経営責任を問うべきだとする声がある。
(中谷氏)「なぜ金融機関に公的資金を投入するのかという素朴な疑問も分かるが、責任や倫理の問題と、金融システムが全滅する問題は区別しなければならない」

(中略)

(聞き手)−−どのように公的資金を投入するのか。
(中谷氏)「資本注入に向け数十兆円規模の枠を用意する必要がある。十三兆円では到底足りない。現在実施されている金融監督庁の調査の結果に基づき、政府が実質的な強制力を持ち、一括して投入すべきだ。強制するには法律上の詰めが必要となるが、だからといって小出しにしたり、金融機関の申請を待っていてはだめだ。自己申請では経営責任を問われるのを嫌い、だれも手を挙げない」(1998年10月6日付日本経済新聞)



私の批判→銀行への公的資金注入は中谷氏が忌み嫌う「護送船団」そのものである。中谷氏が公的資金注入を主張するのは矛盾に満ちている。また、「秩序に対する反乱」である革新の重要性を主張する中谷氏が「金融の秩序」を維持することを主張したのは、実に皮肉な現象であった。

下段注2(上段は市場原理主義者の「小さな政府」論、中段は市場原理主義者の銀行への公的資金投入論、下段は私の批判である)

竹中平蔵氏

「最悪のシナリオを避け、危機をこれ以上拡大させないためには、今の痛みを受け入れ、経済を覆う無気力の根源(規制・保護と政府介入)を絶つという覚悟がいる。」(1998年9月21日付日本経済新聞)



竹中平蔵氏

「金融システムの健全化については大胆かつ速やかに公的資金を投入する意思を政府が表明すべきだ。法制度上難しい面はあるが、強制注入が必要だ。」(1998年10月14日の経済戦略会議の第六回会合後のコメント)

「日本の金融機関は全体として債務超過に陥っている可能性があり、強制的な資本注入が必要。経営がどうしようもなく悪く存続できない銀行は特別公的管理(一時国有化)に移し、存続可能な銀行には強制注入していく。政府が日本債権信用銀行に取った措置はいい前例となる。」(1999年1月9日付日本経済新聞)



私の批判→銀行への公的資金注入は「規制・保護と政府介入」以外の何物でもない。竹中氏の発言は矛盾に満ちている。金融機関に対する「規制・保護と政府介入」が許されるなら、当然、他業種に対する「規制・保護と政府介入」も認められるべきである。

下段注3(上段は市場原理主義者の「小さな政府」論、中段は市場原理主義者の銀行への公的資金投入論、下段は私の批判である)

香西泰(ゆたか)氏

「(欧州やアジアでアングロサクソン流の市場主義への反発が出ていることについて)確かに欧州主要国はほとんどが社会民主系の政権となり、マレーシアのマハティール首相が市場主義の行き過ぎに反発するなどの動きが出ている。しかし日本は市場原理がもっと機能するように構造改革を進めるべきだし、グローバル化の流れにも積極的に応じることが、長い目で見て日本経済の新たな発展につながる。」(1999年1月9日付日本経済新聞)

「日本は普通の先進国になる。個人や市民社会が重要な役割を果たす、成熟した先進国だ。そこでは自己責任や自立という普遍的な価値を持たざるを得ない。市場原理も同じだろう」「(市場万能主義への批判について)絵にかいたような市場原理主義者は米国でも少ない。市場原理の活用があくまで基本だが、金融については節度ある規制を考えなければならない」(1999年3月24日付日本経済新聞)



香西泰氏

「銀行は今や大手、中堅ともほぼ全行が傷を負っている。このままでは自己資本比率を上げるため資産圧縮に走るほかなく、貸し渋りが加速する。短期に危機を打破するには、破たん(破綻)前の金融機関に公的資金を投入し、計画的に金融システムを強化するしかない」「(銀行経営者の責任について)厳し過ぎると各行とも萎縮し、融資先に影響が出かねない。経営責任や株主責任は一律ではなく責任の程度によって考えるべきだ。大手米銀シティコープが経営不振に陥った時も経営陣は残った。後悔した人に、安い報酬で働かせた方がふさわしい場合もある」(1998年10月7日付日本経済新聞)



私の批判→銀行経営者を擁護する発言(文を素直に読めば、そういう解釈となる)は、香西氏が言う「自己責任や自立」に反している。銀行に対して「自己責任や自立」を要求するべきである。もちろん、銀行に対する公的資金の注入は、「自己責任や自立という普遍的な価値」に反している。また、金融のみならず、経済全体に対して「節度ある規制」を考えるべきである。

第七章 プラザ合意の真相
 バブル経済が1985年9月のプラザ合意(ニューヨークのプラザ・ホテルで合意されたためその名がある)から始まったこと(日本はこのプラザ合意以降、プラザ合意の精神に沿った内需拡大を目的に、公定歩合の引き下げを繰り返し行い、自らバブル経済の泥沼を造り出していった)は、よく知られている。しかし、問題はバブル経済崩壊後のことである。バブル経済が崩壊することは自明の理である。当然、その後のことも話し合われたはずである。その後のこととは、バブル経済崩壊後の不況を利用した構造改革・市場原理主義政策のことである。金持ちのための構造改革、市場原理主義政策を行うことを目的にバブル経済は意図的に造り上げられたと私はみている。私はプラザ合意前後に以下の事項が合意されたとみている。

【1】公定歩合を段階的に引き下げる。(日本銀行は、1986年1月30日に公定歩合を5%から4.5%に引き下げた。以来、87年2月に2.5%に引き下げるまで、計7回の引き下げを行った。)
この超金融緩和策により、だぶついた金が不動産市場や株式市場になだれ込んだ(特に、金融業界の不動産業界への超過剰融資はひどかった)。超高騰状態となったのは、そのためである。株価や土地の値上がり率が貸出金利の率よりも大きく上回っている場合に、公定歩合を引き下げると、差益が増大するため、株や土地に資金がなだれ込む。

【2】バブル経済は、いずれは崩壊する。そして、その後に長い不況が訪れる。それを利用して、金持ちのための構造改革、市場原理主義政策を強行する。
これがバブル経済を発生させた日米の真の目的なのである。金持ちがより金持ちになるために、バブル経済も平成大不況も造り上げられたのである。

注・・日本の優秀な大蔵官僚は、バブル経済の発生とその崩壊を予測できなかったのだろうか。そんなことはあり得ない、と私は思う。大蔵官僚は頭脳明晰であり、優秀である。バブル経済の発生とその崩壊は予測していたはずである。

補足(2003年7月11日)
プラザ合意には以下の文言がある。

1.保護主義に抵抗、並びに外国製品及びサービスに対する日本の国内市場の一層の開放のため(1985年)7月30日に発表した行動計画の着実な実施。
2.強力な規制緩和措置の実施による民間活力の充分な活力。
3.円レートに適切な注意を払いつつ、金融政策を弾力的に運営。
4.円が日本経済の潜在力を十分反映するよう、金融・資本市場の自由化及び円の国際化の強力な実施。
5.財政政策は、引き続き、国の財政赤字の削減と、民間活力を発揮させるような環境づくりという二つの目標に焦点を合わせてゆく。その枠組みの中で、地方団体が個々の実状を勘案して1985年度中に追加投資を行おうとする場合には、所要の許可が適切に与えられよう。
6.内需刺激努力は、消費者金融及び住宅金融市場拡大措置により民間消費及び投資の増大に焦点を合わせる。

ここで注意したいのは、「民間」は国民全体を指すものではなく、金持ちを指しているということである。「民間」が「活力」を得ること、それは「金持ち」が「活力」を得ることと同義である。「内需拡大」も同じことだ。もとより、権力機構は国民全体の需要の拡大など考えていない。だからこそ、株や不動産にばかり資金が流入し、下層階級にはいきわたらなかったのである。「民間活力」「内需拡大」の美名のもとに株や不動産に際限なく資金を投下させ、偽りの好景気を造り出す。これがバブル経済の真相である。

第八章 橋本失政のウソ
 橋本龍太郎前内閣総理大臣が不況を悪化させたと思い込んでいる人が多いようである。確かに、その通りである。しかし、不況を悪化させることこそが橋本氏の責務だったのである。当時、金持ちをより金持ちにする政策(構造改革・市場原理主義政策)は、まだ完成していなかった。ここで景気が回復してしまうと、金持ちをより金持ちにする政策(構造改革・市場原理主義政策)が道半ばで終わってしまう。金持ちにとって、それはまずい。不況を造り上げたことが、無駄になってしまう。そこで、金持ち優遇派である橋本氏に消費税率引き上げを強行させ不況を長引かせた、と私は見ている。そのおかげで時間的余裕が生じ、銀行への際限なき公的資金注入・所得税最高税率の引き下げ・法人税引き下げといった金持ちのための構造改革ができたのである。橋本氏を責めるのはたやすい。しかし、その裏にある真実を探らなくては、何もわからないのである。不況が長引いたことで金持ちは将来の得を約束されたのである。

第九章 現代に甦(よみがえ)る女工哀史の恐怖
 まずは、第一章からの引用を御覧頂きたい。

改正労働基準法施行・・女子の深夜勤務を禁じた保護規定を撤廃し、男女平等に。また、時間外・休日労働を制限する規定(第六十四条の二=第三十六条の協定による場合においても、一週間について六時間、一年について百五十時間を超えて時間外労働をさせ、または休日に労働させてはならないという規定。時間外・休日労働は、合わせて百五十時間まで)も撤廃。

第三十六条=使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出た場合においては、第三十二条から第三十二条の五まで若しくは第四十条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この条において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて(原文のまま。中根注)労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。但し、坑内労働その他命令で定める健康上特に有害な業務の労働時間の延長は、一日について二時間を超えてはならない。

労働面でも、恐るべき改悪が実施された。改正労働基準法の施行である。女子の深夜勤務を禁じた保護規定を撤廃し、男女平等にするという。また、時間外・休日労働を制限する規定も撤廃された。この改悪は、改正男女雇用機会均等法とワンセットにして実施されており、そのため、いいことのように思っている人もいる。しかし、それは大きな間違いである。改正労働基準法施行の本当の狙いは、「男からも、女からも、平等に搾取すること」なのである。搾取を規制する規定(一部の例外を除いて、深夜勤務禁止・残業の制限)を撤廃することが、それを証明している。そもそも、男であれ、女であれ、深夜勤務や残業を減らしていこうとするのが、本筋である。今回の改正は、本筋に反するものであり、絶対に容認できない。改正男女雇用機会均等法が目指すものは、「搾取の男女平等」である。そして、これは、現代に『女工哀史』を復活させようとする恐るべき策謀であり、「新奴隷制度」への第一歩なのである。

 ここからはさらに問題を掘り下げ、危険な労働改悪を明らかにしていく。先に記した改正労働基準法施行を柱とする労働改悪の一覧を御覧頂こう。

【1】 改正労働基準法施行・・女子の深夜勤務を禁じた保護規定を撤廃し、男女平等に。また、時間外・休日労働を制限する規定も撤廃。

【2】 労働基準法改悪・・裁量労働制の対象を大幅に拡大。現在、適用可能であるのは専門性が強い十一業種(新商品・新技術の研究開発等、情報処理システムの分析・設計、取材・編集、デザイナー、プロデューサー・ディレクター、コピーライター、弁護士、公認会計士、一級建築士、不動産鑑定士、弁理士)であるが、これをホワイトカラー業務(事業の運営に関する事項についての企画・立案・調査・分析)にまで拡大する。2000年4月より施行。

【3】 労働者派遣法の改悪・・現在、適用対象業務は26業務(ソフトウエア開発、機械設計、事務用機器操作、秘書、取引文書作成など)に制限されているが、これを、港湾、建設、警備、そして、当面の間の製造業を除くすべての業務を派遣労働の対象として自由化しようとするものである。(1999年6月30日、参議院本会議で可決・成立。)

【4】 職業安定法の改悪・・職業紹介事業の原則自由化。(1999年6月30日、参議院本会議で可決・成立。)

 【1】の改正労働基準法施行については、先に記した通りである。【2】の裁量労働制の拡大は、実に恐ろしい。これは明らかに奴隷的ただ働きにつながるものである。裁量労働制に賛成する識者は、二重三重のセーフティ・ネット(安全網)が張られているから、ただ働きが増える等の懸念は杞憂であるとしている。しかし、それは間違いである。裁量労働制賛成論者の主張が間違っていることを、賛成論者の論文を引用しながら明らかにしていく。出典は『日本の論点'99』(文藝春秋、1998年11月10日発行)の中の「論点32」、論者は荒川春氏である。

 「労働基準法改正案は、裁量労働制の適用範囲を『事業の運営に関する事項についての企画・立案・調査・分析の業務』、いわゆるホワイトカラー業務に拡大することとしている。この場合、第一には、ホワイトカラーであれば誰でもよいわけではなく、限定された業務の中で、裁量労働たりうる範囲となる。また、それを決めるのは新しく設置する労使委員会の全員一致の決議、すなわち関係者が全く対等の立場で裁量労働制を作り、運用するものであって、使用者が独自にできるようにはなっていない。」

 まず、第一に労使委員会は対等ではなく、使用者が支配するものとなる。なぜなら、既に、多数の労働組合が資本家優遇論者に成り下がっているからである。そうでないなら、リストラと称する解雇や賃下げがまかり通るはずがない。三井造船労組は、99年度の一年間に限って、組合員の賃金を平均8%削減することに同意した。当初、会社側の要求は10%だったのだが、それが圧縮されて8%になった。まるで労組の手柄のように思えるが、そうではないと私はみている。最初から8%にする予定だったのではないか。労組に花を持たせるいつもの手口であったのではないだろうか。この事例のように、経営者との協調路線を採る労働組合が多すぎる。「ある大手機械メーカーの労務担当役員は『うちは組合を大事にしている。我々の言い分を従業員に徹底してくれるからね』と言っている。」という記事(1998年10月18日付日本経済新聞)もあったぐらいだ。こうした現状であるから、労使は対等ではないのである。労組や労働界に対し、納得できない事例は、もう一つある。元総評(日本労働組合総評議会)議長の黒川武氏に勲一等瑞宝章を授与することが決まったことだ。階級制度の象徴である勲章を労働運動の元指導者がもらうことには、疑問を感じる。労組や労働界は、階級制度に明確に反対するべきではないだろうか。本題に戻ろう。組合がない会社はどうなるのだろうか。労使委員会で絶対反対を貫けるだろうか。絶対反対を貫いても、危害(解雇、賃下げ、いじめ)が及ばないことを誰が保証するのだろうか。そして、組合があろうとなかろうと、裁量労働の基準は、一番能力がある者なのである。一番能力がある者が一日にこなす仕事量が絶対の基準になることは間違いない。それゆえ、能力のない者はただ働きを強いられる。裁量労働制導入の目的は人件費削減である。一番能力がある者を基準にしてしまえば、金持ちの取り分が自動的に増えるしくみである。しかも、能力主義をふりかざすことで、労働者を抑え込める。「能力がないおまえが悪い。努力を怠ったおまえが悪い」と言われると反論ができないからである。実に巧みなシステムである。能力主義は、金持ちが私腹を肥やすための仕掛けなのである。

 「第二には、裁量労働制の実施にあたっては、前述の労使委員会において適切な制度の構築や、適正な運用(例えば健康や福祉を確保する措置や苦情を処理する措置など)まで同じく構成する全員の決議によって決定される。」

 先にも述べた通り、労使委員会を支配するのは使用者である。荒川氏の論調は、机上の空論でしかない。全員一致が原則の労使委員会の仕組みは共産主義的なものである。何の裏も無しに、金持ちがそんなものを導入することはあり得ない。

 「第三には、制度の適用について本人の同意も実施上の用件になる。労働者の了解なくしては裁量労働制の実行はありえないものになっている。」

 一労働者が労使委員会の決定に抗し切れるだろうか。絶対拒否を貫いても、危害(解雇、賃下げ、いじめ)が及ばないことを誰が保証するのだろうか。もし、裁量労働制を拒否すれば、「能力がないからだ」とか「努力をしたくないからだ」といった陰口を叩かれかねない。そういった陰湿ないじめが起こらないことを保証できる者は誰もいない。裁量労働制は、新奴隷制度実現のための方策であることは明らかなのである。

 【3】の労働者派遣法の改悪も恐ろしい。これは、新奴隷制度の根幹を成すものである。派遣元と派遣先の両方で二重に搾取をすることが本当の狙いなのだ。これを奴隷的制度と言わずして何と言うのか。1998年11月に自由法曹団労働法制対策本部が発表した「労働者派遣法改正案についての意見」が本質を示している。

 「法改正により、派遣労働を原則自由化しようとするのは、対象業務の規制を取り払って、すべての業務で正規常用労働者を低賃金で無権利の派遣労働者に置き換え、極限まで利潤を追求する意図からにほかならない。正規常用雇用から無権利な不安定雇用に労働者を追いやり、人間らしい労働と生活を奪うこうした法改悪は到底容認できない。」

 この見解は極端だ、と思われる方もいるかもしれない。しかし、金持ちがなぜ労働法制改悪を望んでいるのか、それをよく考えて頂きたい。人件費の抑制と労働市場の流動化が目的であることは、金持ちも認めている。人件費の抑制とは賃下げであり、労働市場の流動化とは(労働者の)権利基盤の弱体化を意味している。すべては、搾取の強化のためなのである。金持ちが新奴隷制度の樹立をたくらむのも、それが金持ちの私腹を肥やすことになるからである。強欲こそが金持ちのすべてなのである。本来、奴隷制度につながりかねない派遣労働者制度は全廃すべきなのである。

 【4】の職業安定法の改悪で職業紹介事業の原則自由化、も恐ろしい。現行法制では、職業紹介を国の独占事業とし、民間は例外扱いになっている。これは当然のことなのである。民間に職業紹介を際限なく許可すれば、人身売買や二重搾取、奴隷制度が生じるかもしれないからである。「いくらなんでもそれはないだろう」と思われる方もいるかもしれない。私もそう思いたい。しかし、今、経済学の主流は、十九世紀型古典派経済学に先祖帰りしてしまったのである。それに呼応して社会制度や労働制度が先祖帰りすることは、不思議ではないのである。そもそも、少しでも奴隷制度につながる恐れのある制度は、採用すべきではない。民間が善であるとは限らない。バブル時代に、大暴れしたのは他ならぬ「民間人」である。特に、裏社会とも結託した不動産業者の地上げは苛烈だった。裏社会の人間であっても、何の裏付けもなく、「自発的」に執拗(しつよう)な嫌がらせをすることはないのである。さらに言えば、史上最大の金融事件と言われたイトマン事件である。これらの例からも明らかなように、民間人が善であると言い切ることは到底できず、民間にすべてを任せればよいという考え方は危険そのものとしか言いようがない。民間紹介会社が大暴れしないという保証はどこにもない。結論に移ろう。本来、なされるべきことは、国による無料職業紹介の大幅な拡充なのである。我々貧乏人は、二重搾取制度を形成しようとする策謀を許してはならない。

 労働法制改悪の目的は、新奴隷制度の樹立である。そして、このまま事態が金持ちの思惑通り進めば、日本において新奴隷制度が樹立される。そうなれば、貧乏人は壊滅的打撃を受けることになる。だが、かすかながらも望みはある。それは、新奴隷制度樹立に至るまでの手順が民主的に行われるからだ。それゆえ、新奴隷制度を阻止することは可能である。労働法制改悪や金持ちのための構造改革に賛成する者には不信任を突きつけるべきである。貧乏人が労働法制改悪や金持ちのための構造改革を支持することは、自殺行為である。我々貧乏人は、新奴隷制度を阻止しなければいけない。

最終章 二十一世紀は「知性・理性・品性」の時代
 最後に、『女工哀史(細井和喜蔵氏著、岩波書店、原本は1925年刊行)』、『職工事情(上)<農商務省商工局工務課工場調査掛(かかり)著、犬丸義一氏校訂、岩波書店、原本は1903年刊行、調査は1900年に行われた>』、『日本之下層社会(横山源之助氏著、岩波書店、原本は1899年刊行)』の一部を読んで頂く。これを読んで頂ければ、野放しの資本主義が危険なものであることを理解して頂けるはずである。

『職工事情(上)<農商務省商工局工務課工場調査掛(かかり)著、犬丸義一氏校訂、岩波書店、原本は1903年刊行、調査は1900年に行われた>』

 綿糸紡績職工事情 第二章 労働時間、休憩時間および休日

 紡績工場においては昼夜交代の執業方法により、その労働時間は十一時間または十一時間半(休憩時間を除く)なるを通例とす。而(しか)して職工の男女を問わず年齢の長幼にかかわらずことごとく同一に労働せしむるは言を俟(ま)たず。

 始業および終業の時刻については、昼業部は午前六時に始めて午後六時に終わり、夜業部は午後六時に始めて翌日翌日午前六時に終るを通例とす。ただし時季により多少の変更ありとす。また業務の都合により居残り執業せしむること多し。通例二、三時間なれども夜業部の職工欠席多き時の如きは、昼業職工の一部をして翌朝まで継続執業せしむることなきにあらず。加之(しかのみならず)業務繁忙の場合には昼夜交代に際して、夜業者をして六時間位居残り掃除せしめ、昼業者をして六時間位早出掃除せしめ、結局十八時間を通し労働せしむることあり。

 休憩時間については各職工に食事時間(昼業部にあって正午三十分とし夜業部にあっては夜半三十分とす)三十分、および午前午後に十五分ずつを与うるを通例とす。これ各工場の工場規則の明示する処(ところ)なり。しかれども実際の状況を按(あん)ずれば、ややその趣を異にせるを見る。即(すなわ)ち休憩時間中といえども機械の運転を中止せざるが故(ゆえ)に、職工の全部が同時に休憩をなすにあらずして、交代して休憩をなすなり。故に賃業給の職工にあってはひたすら労働工程を多くして賃金の額を増加することを務むるがために、彼らの食堂兼控所において徐(おもむろ)に食事または休憩をなすもの少なく、その規定時間の半ばに達せざるに、己にその受け持ち場に帰るものあり。また日給者といえども往々監督者の督責奨励により、またはその意を迎え休憩時間中執業するを常とす。これによってこれを観れば、休憩時間なるものは、その名存してその実なきものというべし。

 昼夜交代は一週間ごとにこれを行うものと、十日ごとにこれを行うものとあり。この二法一般に行わるるも、稀に十四日あるいは十五日の長きにわたるものあり。

 今、紡績工場の執業の次第を示すがために左に二、三工場における執業時間の規定を掲げん。

 甲の工場

 昼業の部
午前六時十分より六時十五分まで (五分間) 入場
同 六時十五分より六時二十分まで (五分間) 器械注油その他準備
同 六時二十分より七時四十五分まで (一時二十五分) 執業
同 七時四十五分より八時まで (十五分間) 朝食
同 八時より十二時まで (四時間) 執業
同 十二時より午後零時十五分まで (十五分) 昼食
午後零時十五分より六時まで (五時四十五分) 執業
同 六時より六時五分まで (五分間) 掃除
同 六時五分 退場

 夜業の部
午後五時五十五分より六時まで (五分間) 入場
同 六時より六時五分まで (五分間) 器械注油その他準備
同 六時五分より十二時まで (五時五十五分) 執業
同 十二時より零時十五分まで (十五分) 夜食
同 八時より十二時まで (四時間) 執業
同 十二時より午後零時十五分まで (十五分) 昼食
午前零時十五分より六時十五分まで (六時間) 執業
同 六時十五分より六時二十分まで (五分間) 掃除
同 六時五分 退場

 乙工場

 昼業の部
午前六時 入場
同 六時五分 始業
同 六時五分より同九時まで 執業
同 九時より同三十分まで 各番十五分ずつ休憩
同 九時十五分または三十分より午前十一時三十分までまたは正午まで 執業
同 十一時三十分より十二時三十分まで 各番三十分ずつ食事
十二時または十二時三十分より午後三時まで 執業
午後三時より三時三十分まで 各番十五分ずつ休憩
同 三時三十分より五時五十五分まで 執業
同 五時五十五分 止動
同 六時 退場

 夜業の部
午後六時 入場
 以下午後午前の差あるのみにて昼業と同じ。



 綿糸紡績職工事情 第三章 徹夜業

けだし(「思うに」という意味。中根注)徹夜業(現代で言うところの深夜勤務のこと。中根注)は一般職工の堪えがたき所なるを以て、夜業には欠勤者多く、操業上必要なる人員を欠く場合多し。ここにおいてか昼業を終えて帰らんとする職工中につき居残りを命じ、ついに翌朝に至るまで二十四時間の立業に従事せしむること往々これあり。甚だしきに至りては、なおこの工女をして翌日の昼業に従事せしめ、通して三十六時間に及ぶことまた稀にこれなしとせず。婦女少年者にして安(いずくん)ぞ永くかかる不規律なる労働に堪ゆべけんや。久しからずして不治の疾病に陥るもの固(もと)よりそこなり。此(かく)の如きは重役ら上級者のおそらくは夢視せざるところなるべしといえども、下級監督者らが会社に対し忠実を装うと自己の手腕を衒わん(てらわん。衒うとは、誇り見せびらかすの意。中根注)がため、かかる無謀の挙に出ずるは蔽(おお)うべからざる事実なりとす。

『女工哀史(細井和喜蔵氏著、岩波書店、原本は1925年刊行)』(なお、岩波文庫編集部が、本文を現代仮名づかいによる表記に改め、漢字語の一部を平仮名に変えている)


 第六 工場における女工の虐使

 佐賀県から来ておった西原イクさんという女工が夜業の折り居眠りした廉(かど。理由の意。中根注)で懲罰を課せられ、頭が埋まるほど篠巻(細い竹を束ねたもの。ここでは木管を束ねたものの意=中根注)を持って立たされた。主任は無責任にも彼女に直立を命じておきながら自分は休憩に出てしまってなかなか帰らないのであった。おイクさんは正直にも重たい篠巻を持って言はれるままに服刑しておったが、その手は自然とたれ下るより他に道はなかった。するとそこへ休憩時間を倍も過ごした主任が帰って来て、「なんやお前、そんな横着な持ち方して!」と叱るが早いか彼女の頬(ほお)を一つ殴った。

 それでなくてさへいいほど疲れている彼女は、したたか殴られた勢いに体がひょろついて、思わず持った篠巻を取り落としたのである。するとその二、三本は主任の足へあたった。一本でも落ちればかなり重みがあるうえ、木管の両端は金属で巻いてあるから相当に痛い。

 主任は怒った。そしていきなり彼女を衝(つ)き飛ばしたのであった。

 その刹那おそろしい惨劇が起こった。おイクさんが衝き飛ばされた処は恰度(ちょうど)機械の廻し根だったので、魔のような歯車はたちまち彼女を咬(か)み殺して了(しま)った。併(しか)し乍(なが)ら表向きはいつまでも、誰の前ででも、彼女自身の過失によって惨死を遂げたのだと伝えられた。



 第六 工場における女工の虐使

 東京の某工場ではいかにしても夏期、平月よりも二、三倍高まる欠勤率(人体の熱と機械の熱と太陽の熱とが一緒になるがゆえ、工場内がひどく暑くなるからである。中根注)を最小限に引下げるため女工には皆勤者で自社宣伝のモス(モスリンの略。「モスリン=muslin」とは、薄地の平織りの綿布のこと。なお、平織りとは、縦糸と横糸を交互に1本ずつ交差させる最も基本的な織り方。中根注)風呂敷一枚、精勤者には同じく自家広告用の三尺手拭一本を呉れておきながら、彼女の精勤はひとえに「部屋長」の鞭撻(べんたつ)にありとなし、部屋長たる者に銀時計、反物等を与えているのである。それ故に部屋長は部屋の工が病気であろうが用があろうが頓着(とんちゃく)せず、無理に引きずり出さねばおかないのだ。そうして工場へ出たが最後、矢でも鉄砲でも帰さない。



附録 女工小唄 筆者(=細井和喜蔵氏)蒐集(しゅうしゅう)

会社づとめは監獄づとめ 金(かね)の鎖がないばかり。

女工々々と軽蔑するな 女工は会社の千両箱。

紡績職工が人間なれば 電信柱に花が咲く。

四つとせ、
夜も寝ないで夜業する 長い寿命も短こなる 皆さんあわれと思わんせ、

五つとせ、
いつかお国の二親に 辛い工場の物語り 共に泣いたり泣かせたり、

十一とせ、
月星ながめて目に涙 あの星あたりは親の側(そば) 飛んでいきたいあそこまで、

十二とせ、
十二時間がその間 煉瓦造りのその中で 辛いつとめをせにゃならん、

『日本之下層社会(横山源之助氏著、岩波書店、原本は1899年刊行)』(なお、岩波文庫編集部が、本文を現代仮名づかい・新字体による表記に改め、漢字語の一部を平仮名に変えている)


第3編 手工業の現状
第一章 桐生・足利地方の織物工場
第二 桐生・足利地方の工女

労働時間は如何(いかん)と見るに、一定の時間を示すを得ずといえども、先ず(まず)朝未明より夜の十時までは通例なるが如し、家(織屋=織物工場のこと。中根注)によりてはあるいは十一時まで夜業せしむるところあり、あるいは四時ごろより起きて働かしむるところあれども、その間休息することを得るは飲食時間のほかなし。夏七、八月頃に至れば、午後一時より二時ごろまで休息せしむるのみ。

 いかがだろうか。野放しの資本主義が危険なものであることを理解して頂けたことと思う。さて、先にも述べた通り、新奴隷制度への移行は、民主的手続きに則(のっと)って行われる。それゆえ、我々貧乏人が新奴隷制度を阻止することは、十分可能である。労働法制改悪や金持ちのための構造改革に賛成する者には不信任を突きつけるべきである。そもそも、金持ちのための政治がまかり通るのは、貧乏人が「愚か」だからである。「衆愚」から脱しない限り、正しい未来は訪れない。二十一世紀の世界がどうなるのかを決めるのは、我々貧乏人である。誤った判断をすれば、「暗黒、強欲、奴隷、搾取」の時代になるが、正しい判断をすれば、「知性・理性・品性」が生かされる時代になるのである。野放しの資本主義を阻止するには、多くの人々が「知性・理性・品性」を持ち合わせなければならないということである。なお、私が考える「知性・理性・品性」とは、正しい知識に基づいて物事の本質を知ること、私利私欲にかられないこと、「清貧」の生き方をすることである。野放しの資本主義を阻止するためには、こうした考え方が最も必要である、と私は固く信じている。

トップページ 研究報告 前編へ移動