いじめと犯罪を混同するべきではない

 今回は、私から文部政務次官・森田健作氏への要請文(一部改変)を御紹介致します。その趣旨は、「いじめと犯罪を混同しないで頂きたい」というものであります。特に、マスコミはいじめと犯罪を混同しすぎています。まずは、関連資料から御覧下さい。
 1999年6月24日

関連資料
中日新聞(大河内清輝さんが住んでいた愛知県では、圧倒的な購読率を誇っている)の報道
1994年11月27日 愛知県西尾市の中学生、大河内清輝さんが自殺。顔を水中に突っ込まれる。毎日のように殴る、蹴るの暴行を受ける。百万円以上を脅し取られる。自殺したその日も四万円恐喝される。→明らかな犯罪行為であるのに、中日新聞は、いじめ自殺と報道。
1994年12月9日 福岡県田川市の中学生が同級生13人から130万円脅し取られる。→いじめと報道。
1994年12月14日 三重県松阪市の中学生が同級生6人から26万円脅し取られる。殴る、蹴るの暴行を受ける。→いじめと報道。
1994年12月14日 福島県喜多方市の高校生が同級生のリンチを受ける。リンチの内容・・髪を燃やす。手にたばこの火を押し付ける。二時間にわたり、交互に殴る、蹴る。→いじめと報道。



1999年3月12日

文部政務次官森田健作様へ

今日は次官にお願いがございまして筆をとった次第です。「いじめ」と「犯罪」を厳正に区別して頂きたいのです。「集団で無視をする」、「みんなで悪口を言う」といった事例は確かに「いじめ」であり、当事者同士で話し合うなど、教育現場や家庭で解決するべきことでしょう。しかし、「殴る、蹴る」、「現金やゲームソフトを脅し取る」といった事例は明らかに犯罪であり、警察とも十分に連携して解決すべきことですし、「暴行」や「恐喝」を「いじめ」として扱うべきではありません。

ところが、マスコミは、今も昔も、「暴行」や「恐喝」までも「いじめ」として扱っています。1994年11月27日、愛知県西尾市に住む中学生、大河内清輝さんが衝撃的な自殺をしたときもそうでした。マスコミは大河内君が度重なる「いじめ」に耐え切れずに自殺したと報じました。しかし、これは大きな間違いでした。大河内君は度重なる「いじめ」に耐え切れずに自殺したのではないのです。加害者集団による度重なる「犯罪行為」に耐え切れず、自殺をしてしまったのです。報道では、「いじめっ子」「いじめ加害者」とされた少年たちがした行為は、想像を絶するひどさでした。「毎日のように殴る、蹴る」、「百万円以上を脅し取る」、「顔を川に突っ込む」。ひどい話です。さらに驚くべきことには、自殺したその日も、四万円を恐喝していたのです。これが「いじめ」でしょうか。「犯罪」以外の何者でもありません。

最初は「いじめ」だったものが「犯罪」にまで発展すると、もはや、教育現場や家庭で解決することは不可能です。警察が乗り出さない限り、事件の根本的な解決はありません。警察庁や、各県警と緊密な連携を取り、犯罪被害を受けたならば、すぐに警察に告発できる体制を構築すべきです。そういった体制ができていたならば、大河内君も死なずに済んだかもしれないのです。私が住む愛知県で注目すべき事例がありました。大河内君と同じように、「暴行」や「恐喝」を受けていた中学生が、警察の青少年担当者に相談したことをきっかけに警察が動き、事件が解決したことがありました。愛知県警は胸を張りましたが、県教育委員会は「事前に学校に相談してほしかった」とこぼしました。しかし、この事件は教育現場では解決できるものではありません。教育現場には限界があります。だからこそ、警察庁や各県警と十分に連携して、問題を解決して頂きたいのです。体制の不備が原因で不幸な犠牲者が出ることは許されません。

拙文に最後までお付き合い頂きありがとうございます。「いじめ」「犯罪」問題の解決のため、これからもがんばって下さい。それでは失礼致します。



トップページ 研究報告