| 産経新聞社説「えひめ丸」 |
| 今回は、ハワイ沖で沈没した「えひめ丸」問題について記した産経新聞の「主張」への私の批判を紹介します。どうぞ、御覧下さい。 2001年11月28日 |
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※ ここからは、枠内の文章が2001年10月20日付の産経新聞に掲載された「主張」、枠外の文章が私の批判である。
海軍の司令官、作戦部長、大統領、駐日大使が犠牲者の家族たちに謝罪したのは当然である。「えひめ丸」沈没事故の原因は原子力潜水艦「グリーンビル」側にあり、しかも、極めて重大な過失があったからだ。
「えひめ丸」沈没事故の原因が「グリーンビル」側にあり、しかも、極めて重大な過失があったことを考えれば、「複雑な手間と経費」をかけるのは当然である。また、日本国民が「えひめ丸」沈没事故に対して大きな抗議の意思表示をしたのも当然である。「えひめ丸」沈没事故の原因は「グリーンビル」側にあり、しかも、極めて重大な過失があったからだ。それを情緒的と片付けることはできない。
前述したように、アメリカが「えひめ丸」の引き揚げと行方不明者の発見と収容に尽力したのは当然である。それがどうして「甘え」なのか。そもそも、「甘い判断」と「慢心」で事故を引き起こしたのは原潜「グリーンビル」の方である。問われるべきは米海軍の「甘さ」の方である。さらに、交通事故の解決について、「妥当な解決の方法論」としているが、これにも同調することはできない。現在の交通事故の大部分は政府による自動車至上主義政策(運転免許配布政策と歩行者・自転車軽視政策。下段注)により起きているのである。それを「事故は必ず存在する」とか「社会生活を営む上でのリスク」と位置付けることはできない。交通事故は恣意(しい。自分勝手な考え)的に生産されていることを忘れてはならない。また、構造的(安全な歩道の確保など)にも人為的(運転免許の適正な交付など)にも最善の方策が尽くされようとも、「社会生活を営む上でのリスク」であるとか「妥当な解決の方法論」などと言うべきではない。そうした言い方は交通事故の被害者やその家族を深く傷つけるものである。我々はいかなる状況下でも交通事故の根絶を目指すべきである。 下段注・・非従来型暴走族(ゼロヨン暴走族、ドリフト暴走族、ローリング暴走族、高速道路暴走族)や飲酒運転者、歩道・横断歩道に駐車する者(繁華街ではよく見かける)、渋滞時に平然と横断歩道を塞ぐ(ふさぐ)運転者(土休日の繁華街ではよく見かける)、横断歩道で客待ちをするタクシー(繁華街ではよく見かける)の運転者に運転免許を「配布」しているという事実や、横断歩道や歩道の安全が確保されていない事実がある。詳細は「自動車社会を根本的に見直す会」を参照されたい。
事故の原因は原潜「グリーンビル」の側にあり、しかも極めて悪質な事故だった。それゆえ、アメリカに過大な要求をしてもよいはずだ。そもそも、いつも日本に対し経済問題や軍事問題で過大な要求ばかりしているのはアメリカの方ではないか。「過大な要求を控える」べきなのはアメリカの方である。産経新聞はアメリカに対して「過大な要求を控えるべきだ」と言うべきである。 |
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