カジノ推進座談会への批判

 今回は、猪瀬直樹氏のメールマガジン「日本国の研究」に掲載されたカジノ推進座談会への私の批判を紹介します。どうぞ、御覧下さい。
 2002年8月14日



【2002年3月04日発行の猪瀬氏のメールマガジン「日本国の研究」第142号より】

猪瀬(猪瀬直樹・日本カジノ学会理事。中根注) エンターテインメントで消費を活性化しなければなりません。そこでカジノの話になるわけです。いまGDP500兆円のうち、300兆円が消費です。その300兆円の消費が1割でも伸びたら330兆円になって、GDPも530兆円になります。そうしたら6%成長ですよ。これはうま過ぎる話だけど、そのくらい考えていい。要するに消費が増えれば景気がよくなるわけで、景気回復といっても公共事業じゃ伸びないんだから、みんながお金を使うような場所をつくればいいんです。

この話には明確な根拠がない。ただ猪瀬氏の希望を述べているに過ぎない。これでは猪瀬氏が厳しく批判する道路公団の希望的需要予測と同じである。猪瀬氏が道路公団に向けているような厳しさがカジノ問題に関してはまったく見られない。所詮は猪瀬氏も身内や自分自身に対して甘い人間であるのかもしれない。猪瀬氏は、「なにか大きなプロジェクトをするときは、需要予測が大事です」「甘い需要予測でプロジェクトを始めたら、民間企業であれば倒産してしまいます」(2002年7月19日、日本外国特派員協会の報道昼食会における発言)と言う自らの発言をカジノ問題に関してもよく噛(か)みしめるべきである。

【2002年3月04日発行の猪瀬氏のメールマガジン「日本国の研究」第142号より】

平沢(平沢勝栄・衆議院議員。中根注) カジノはいまグローバリゼーションの流れのなかで、世界各国ほとんどの国がやっている。

「世界各国ほとんどの国がやっている」からカジノが正しいということにはならない。むしろ、カジノがないという日本の独自性を誇るべきことである。また、そんなにグローバリゼーションの潮流が大事なら、死刑廃止の世界の潮流に鑑(かんが)み、直ちに死刑を廃止するべきではないか。この死刑廃止問題に限っては、世界的潮流が大好きな日本の国会議員や知識人が日本の独自性を主張している。まったく不思議な話だ。ちなみに平沢氏は、その著書『警察官僚が見た「日本の警察」』(講談社、1999年3月14日第1刷発行)で、「イギリスでは…」という表現を多用(平沢氏はイギリスの日本大使館に勤務していた)、日本はイギリスを見習えという主張を展開しているが、そのイギリスは既に死刑制度を廃止している。

【2002年3月04日発行の猪瀬氏のメールマガジン「日本国の研究」第142号より】

平沢 カジノというとややマイナスイメージで見る人が多いけれども、これは一つの高尚な趣味で、レジャーでありスポーツなんです。

どうして金銭を賭(か)けるカジノが「高尚な趣味で、レジャーでありスポーツ」なのか。どんなすばらしいものでも金銭を賭けてしまっては金欲と本能に支配された単なる賭博になってしまう。例えば、麻雀(マージャン)というゲームはとても奥が深い上に面白い「高尚な趣味」だが、金銭を賭けてしまっては単なる賭博にすぎない。どうしてこうしたことを言うのかと言うと、金銭を賭けてしまうと、ゲームを楽しむことやゲームで遊ぶことより金を儲(もう)けることが優先されてしまう。それはレジャーやスポーツではなくギャンブルである。カジノを「高尚な趣味で、レジャーでありスポーツ」にしたいのなら、金銭を賭けることを禁止するべきである。

【2002年3月04日配信の猪瀬氏のメールマガジン「日本国の研究」第142号より】

平沢 いま日本で国内に1400兆円という個人金融資産があるわけで、皆さんお金は持っているんです。ところが使うところがないんです。物はもう持っているから、買うものがない。しかもその人たちのなかには、高齢者が多いんです。

猪瀬 65歳以上の平均貯蓄額が2700万円ですからね。

平沢 この人たちに、お金を使うレジャーの場所として、カジノを与えればいいんです。しかもカジノをやることによって、税収も増えますし、地域の振興にもなります。雇用効果も出てくるし、観光客の誘致にもなる。

カジノが出来たら高齢者がそこに大量の金を注ぎ込むという保証がどこにあるのか。綿密な調査結果があるならそれを示すべきだ。もし、綿密な調査結果がないのなら、猪瀬氏が厳しく批判する道路公団の需要予測よりもひどい。そもそも高齢者が金を使わないのは社会保障が貧弱で自分で金を溜(た)め込んでおかなければ、豊かな生活が送れないからである。つまり溜め込んでいる金は生活資金であり、自由資金ではないということだ。平沢氏は溜め込んでいる金は自由資金であるという前提で話をしている。そこが根本的な間違いである。このことは株式投資についても当てはまる。「日本人は株式に金を投資しない。これはおかしい」という論調が多くあるが、溜め込んでいる金は老後の生活費の足しにしようというものであり、そう簡単に株式に投資できるものではない。社会保障が貧弱であるため、株式で大損をすれば老後の生活が苦しくなるからだ。

【2002年3月04日配信の猪瀬氏のメールマガジン「日本国の研究」第142号より】

平沢 だいいち日本はカジノを禁止していると言ってるけれど、現実には、いっぱいやっているわけです。いまこの時点でも、おそらく都内では夜になれば、やっているところはいっぱいあります。警視庁は手入れしようと莫大な手間暇かけているけれども、なかなかできない。

これは平沢氏がかつて所属した警察組織(平沢氏は、元警察庁保安課長、元岡山県警察本部長、元警察庁長官官房審議官)の問題だ。違法カジノが横行し、さらにはその売上金が暴力団にも流れている(後述)のであれば、もっと大々的な摘発と予防策を講じるべきだ。そのための人員や装備が不足するなら、堂々と予算の増額を求めればよい。

【2002年3月04日配信の猪瀬氏のメールマガジン「日本国の研究」第142号より】

猪瀬 いま国連加盟の185カ国・地域のうち124カ国・地域が合法化されています。ということは日本でカジノができないというのは、ある意味で輸入規制みたいになってしまうわけなんです。

死刑廃止や路面電車の復活など、いいものはどんどん「輸入」すればいいが悪いものは「輸入」しない方がよい。「輸入規制」は大いに結構なことである。世界の多くの国でやっているから正しいと言わんばかりの論理はいかがなものか。なお、室伏哲郎氏(日本カジノ学会理事長)によると、「G8でもロシアを含む日本以外のすべての先進国は、当然カジノを合法化しています」(下段注1)とのことだが、その論法を借りればG8の中で未だに死刑を執行し続けているのは日本とアメリカだけである(下段注2)し、ヨーロッパを中心に多くの国々が続々と死刑廃止を宣言、今では死刑を執行し続けている国の方が少ない。グローバリゼーションや世界の趨勢(すうせい)がそんなに大事なら、カジノ合法化より重大な人権問題を抱える死刑制度の廃止こそ優先されるべきである。

下段注1・・室伏氏の著書『カジノ新ビジネスが日本を救う』(史輝出版、2002年3月23日第1版第1刷発行)より。

下段注2・・イギリス、イタリア、カナダ、ドイツ、フランスは死刑制度を完全に廃止。ロシアはプーチン大統領が死刑執行を拒否。

【2002年3月11日配信の猪瀬氏のメールマガジン「日本国の研究」第145号より】

平沢 (違法カジノの売上金が)アンダーグラウンドで流れて暴力団の資金源になって、警察もこれを取り締まろうと必死になっているけれども、はかばかしくない。私も経験しましたが、手入れする日に限って、もぬけの殻なんです。結局、情報が漏れている。カジノを手入れしようとすると、最低50人くらいの警察官を動員しなきゃいけない。このなかの誰かが漏らしているんです。その意味では、警察官と暴力団の癒着という問題も起こってくる。いまこれだけピッキングだなんだと犯罪が頻発していて、警察官が足りないときなのに、莫大な警察官のロスにもなっているわけです。昔のイギリスも同じような状態で、それじゃあ表に出そうということで、それまで非合法だったカジノを、「ゲーミング法」というものをつくって合法化したんです。

猪瀬 それが1968年のことだった。

平沢氏は一部の警察官と裏社会の頻繁な癒着を公言している。もし、これが事実ならとんでもないことであり、カジノ合法化の論議以前に警察組織の一斉点検と改革が絶対に必要である。仮にカジノが合法化されたとしても違法組織との癒着に身を染めた警察官は、また別の裏社会と癒着するだけのことである。カジノが合法化されたところで悪い警察官が減るわけではない。さらに驚くべきことは、常日頃、官僚に厳しい批判を繰り返す猪瀬氏が平沢氏が公言したこのひどい不正に対して何も文句を言わないことである。猪瀬氏の仲間内に対する行き過ぎた甘さが露呈していると言える。猪瀬氏も、そして猪瀬氏の仲間も、仲間内で楽しくやっていこうという考えの持ち主かもしれない。しかし、それでは困るのだ。たとえ仲間内であっても批判するべき所はきちんと批判すべきである。それをしなれければ、猪瀬氏も、猪瀬氏が批判する官僚組織と大差がないということになる。

【2002年3月11日配信の猪瀬氏のメールマガジン「日本国の研究」第145号より】

平沢 日本はこれから高齢化社会になって、裕福な高齢者が増えてくるんだけれども、彼らが楽しめる娯楽がないんです。これからはやっぱり、そういう人たちに対する娯楽を提供することが必要です。

娯楽はいくらでもある。囲碁や将棋、音楽、読書、映画、テレビゲームやボードゲーム、麻雀(もちろん、金を賭けない純粋なもの)、スポーツ、自然散策等々。娯楽がないなどという発想は間違ったものである。カジノ合法化に偏り過ぎて視野が狭くなっているのではないか。また、十分な年齢を重ねても、なお、自分の楽しみを持てないということは、それこそ平沢氏が後の文章で強調する「自己責任」の問題である。

【2002年3月11日配信の猪瀬氏のメールマガジン「日本国の研究」第145号より】

室伏(室伏哲郎・日本カジノ学会理事長。中根注)  むしろそれはケアですよね。

「それ」がカジノを指すのであれば、見当違いも甚(はなは)だしいと言わなければならない。客から金を剥(は)ぎ取るカジノが「ケア」であるはずがない。

【2002年3月11日配信の猪瀬氏のメールマガジン「日本国の研究」第145号より】

猪瀬 そんなカジノが各地方にあれば、地方分権の根拠にもなるし、お金も地方ごとで使えると。ゲートボールじゃ、しようがないよと。

ゲートボール愛好者を不快にさせることを軽々しく言うべきではない。ゲートボールこそ「高尚な趣味」である。カジノ賭博(とばく)など問題にならない。猪瀬氏には発言によく注意してもらいたい。

【2002年3月11日配信の猪瀬氏のメールマガジン「日本国の研究」第145号より】

平沢 カジノが日本の税収や景気波及効果の点でプラスだというのは、誰もが一致するんです。問題はカジノは悪で、「これで生活が破綻するんじゃないか」「サラ金に走るんじゃないか」といった議論が、必ず起こってくることです。かなり前ですけど、沖縄にカジノをということでテレビで議論がおこなわれました。このとき財界の人は誘致したいと言ったんだけど、それに対して反対派から、ものすごい嫌がらせがありました。

猪瀬 PTA的な反発がある。日教組だとか、そういうあたりから。

室伏 現実に僕が講演に行くと、抗議に来るのはカジノを勉強していないPTAと共産党の一部です。

「PTAと共産党の一部」は室伏氏の講演に抗議に行くなどという無駄な行動はやめた方がよい。そんなことをしたところで室伏氏の信念が変わるはずがない。そんな暇があるのなら、カジノ反対の全国的なネットワークを構築することに力を入れるべきである。

【2002年3月11日配信の猪瀬氏のメールマガジン「日本国の研究」第145号より】

猪瀬 サッカーくじのときも、そういうPTA的な反対はあったわけです。サッカーという健全スポーツに、何でそういうものを持ち込むんだと。それでも最終的には通った。

通ったから正しいと言うわけではない。「サッカーという健全スポーツ」に賭博の要素を入れるべきではないと言う反対派の主張には十分な理があった。それに対する賛成派の主張は「スポーツ振興のために収益を使うのだからよい」というもので、スポーツ振興のためなら何をしてもいいと言わんばかりの浅ましさだった。

【2002年3月18日配信の猪瀬氏のメールマガジン「日本国の研究」第148号より】

平沢 カジノの合法化にあたって大切なのは、自己責任ということなのです。外国の場合、基本的に自己責任でしょう。たとえばナイアガラの滝でも危険な所まで行って落ちたら、それはもう本人の責任になる。「柵がないのが悪いんだ」にはならない。ところが日本では、「危険だ」と書いてある場所でも、近づいて何かあったら、「お上が悪い」となる。だから日本は規制が過剰になって、お上が何でもお世話をすることになるわけです。しかしカジノの場合、基本的な規則をつくったら、それ以上は必要ない。だいいち私は、どんな制度でもつくれば、必ず一部のめり込む者は出てくると思いますよ。

猪瀬 パチンコだって、毎日パチンコやってる人がいるんだから、それを言ったらきりがないんだよね。

平沢氏は「自己責任」という言葉がかなり気に入っているようで、すべてをそれで片付ける傾向がある。平沢氏の著書『警察官僚が見た「日本の警察」』(講談社、1999年3月14日第1刷発行)では、かつてのサラ金地獄問題についても書かれているが、そこでも借り手側の「自己責任」が示されている(下段注)。しかし、サラ金地獄問題の一番の責任は無為無策と怠慢を繰り返してきた行政にあった。行政当局はサラ金地獄が大きな問題になるまで、ずっと法外な上限金利(数次にわたり引き下げが行われたが現在でも上限金利は異常に高い)を放置したり、金融業者の強引な取り立てを黙認してきたのである。パチンコに関しても同様である。パチンコのギャンブル化を押し進めたり、賭博場と化したパチンコ店が全国至る所にあるという状況を現出させた行政当局の責任は非常に重い。また、平沢氏の思考で問題なのは、自己責任を強調する一方、自分の責任に対しては認識が非常に甘いということだ。平沢氏はパチンコを所管する警察庁保安課長だった時、パチンコ店へのCR機(貸玉を現金ではなくプリペイド・カードで行う台)導入戦略(パチンコ店の金の流れをクリーンにするというのが目的とされていた)の中心人物だった。パチンコ店へのCR機の大量導入という改革の結果、大量の偽造カードが発生し、その利益が裏社会に大量に流れたのだが、その責任を軽く感じているようで、その著書『警察官僚が見た「日本の警察」』ではさらりと書かれているだけである。平沢氏は自己責任を強調する前に自らの責任をよく考えるべきである。

下段注・・平沢氏は『警察官僚が見た「日本の警察」』で次のように書いている。「その頃のサラ金に問題があったことは事実だが、一部借り手にもいろいろ問題があったことも事実だ。ただサラ金が悪い、悪いという風潮を作り上げるマスコミなどの責任も大きかったといわなければならない」。平沢氏のこの論法で問題なのはサラ金業者の暴走を許してきた行政の責任がまったく示されていないこと、サラ金問題を追及したマスコミを悪く書いているところである。なお、現在のマスコミのほとんどは広告を通じてサラ金に取り込まれ、何の役にも立っていない。だから、超低金利状態の今、サラ金(消費者金融)業者が20%を超える高金利で顧客に貸し付けている異常事態に対して何も言わない。

【2002年3月18日配信の猪瀬氏のメールマガジン「日本国の研究」第148号より】

平沢 国民の世論は、いまだんだん変わってきています。かつて小さな子どもを車の中に置いたまま若い親がパチンコに夢中になって、子どもを熱射病などで死なせた場合、マスコミは「パチンコが悪い」と書いた。放ったらかしておいた親は悪くないと。警察も気の毒だということで、なかなか逮捕までいかなかった。ところがいまは同じようなケースが起こったとき警察は、「親が悪い」と、親を逮捕するようになりました。だから考え方を自己責任の方向に警察も変えてきたし、マスコミも変化してきています。社会全体がこの問題について、変わりつつあることは事実です。

「親がパチンコに夢中になって、子どもを熱射病などで死なせた場合」、ただ単に親だけが悪いということにはならない。本来、パチンコ店は娯楽場であるはずなのに、今では完全な賭博場になっている。しかも、全国津々浦々どこに行ってもパチンコ店は無秩序に存在している。それを押し進めてきたのは誰か? 他ならぬ警察とパチンコ店ではないか。警察とパチンコ店が結託して娯楽場を賭博場に変化させ、賢くない人々をそれにのめり込ませる。ギャンブルだから金欲むき出しで熱くなり、目の前の台以外には他に何も考えなくなる人もいる。中には子供をほったらかしてのめり込む親もいる。確かに親も悪いが、のめり込ませた側にも大いに責任はある。特にパチンコの賭博化を推進した警察の責任は重い。パチンコの異常事態を是正し、本来の娯楽に戻さなければならない。そうすれば悲劇は確実に減少するはずである。また、政治の本道は弱い人たちや賢くない人たちを助けることである。平沢氏は「自己責任」を理由にそれを放棄している。これではいけない。

【2002年3月18日配信の猪瀬氏のメールマガジン「日本国の研究」第148号より】

猪瀬 僕が政府税制調査会でカジノについて問題提起したとき、石弘光会長が、「おっ、ギャンブル課税ですね」と言いました。「違います。カジノ・ゲーミング法です」と訂正しましたが、つまり財務省あたりはまだ、ギャンブル課税という言葉なんです。役所の認識としてね。そうじゃなくゲーミング法で、「ゲームの法律です」としていかなければならない。言葉がまず大事ですね。

室伏 それはハンセン病に対する感覚と似ていますね。ハンセン病である、らい病の予防法がつくられたのが1907年(明治40年)ですが、その後、特効薬ができたり、事情が変わってきているのに、法律だけはずっと残されてきた。この法律のためにハンセン病に対する誤解や偏見が、なかなか消えなかったんです。それと同じ構図が、カジノにあるわけです。そこへいま言われたゲーミング法をつくれば、状況はかなり変わってきます。

ギャンブル(gamble)もゲーミング(gaming)も「賭け事」を意味する英語であるし、カジノが合法化されたとしても課税をしないわけではない。つまり、「ギャンブル課税」も「カジノ・ゲーミング法」も意味は同じである。猪瀬氏は言葉を言い換えることで人々の感覚を変えようとしていることになり、ほめられた手法とは言えない。また、室伏氏はハンセン病の人達とカジノを一緒にしているが、これはとんでもないことである。激しい差別を受け苦しんできたハンセン病の人達とカジノを同列に論ずることはおかしい。カジノが合法化されてこなかったことでハンセン病の人達と同じくらい苦しんだ人がいるとでも言うのだろうか。室伏氏は大層このたとえが気に入っているらしく、その著書『カジノ新ビジネスが日本を救う』(史輝出版、2002年3月23日第1版第1刷発行)でも同じことを言っているが、ハンセン病の人達に失礼だとは思わなかったのだろうか。

【2002年3月18日配信の猪瀬氏のメールマガジン「日本国の研究」第148号より】

室伏 ところで僕がヘンだと思うのは、警察庁の外郭団体である保通協(保安電子通信技術協会)の存在です。なにしろ、あそこの検査を通らないとパチンコ台が販売できないんだから。

平沢 確かにあれはおかしい。私は、あれをぶっ潰すか、競争相手をつくれと言っている。

保通協が存在できるのは警察が違法であるパチンコにおける換金行為(下段注)を黙認しているからである。つまり、違法行為を見逃す代わりに警察利権を確保するという構図だ。時代劇にありがちな持ちつ持たれつの癒着の構図であり、パチンコにおける換金行為を一掃しない限り、本質的な解決にはならない。また、平沢氏は「あれ(保通協)をぶっ潰すか、競争相手をつくれ」と言っているが、どうして警察庁在籍時代にそれをしなかったのか。警察庁在籍時代の方が改革は容易だったのではないか。

下段注・・パチンコ店と同じ換金システム(店外換金方式)を用いたカジノは容赦なく摘発されている。

【2002年3月18日配信の猪瀬氏のメールマガジン「日本国の研究」第148号より】

猪瀬 現状の問題は、保通協のような警察利権団体がいっぱいできていることと、公営ギャンブルは自転車振興会や船舶振興会が、25%全部を持っていくことだね。それでヘンな財団法人、社団法人をいっぱいつくった。そういうものを潰していくうえでも、ゲーミング法に一元化するのが、いちばんいいんですよね。

「保通協のような警察利権団体がいっぱいできていること」は、警察がパチンコにおける違法換金行為を見逃していることに対する見返りであり、パチンコにおける違法換金行為そのものをなくさない限り、警察利権団体はなくならない。公営ギャンブルに関しては、特殊法人方式をやめさせ、国または自治体の直轄事業として行うべきである。

【2002年3月18日配信の猪瀬氏のメールマガジン「日本国の研究」第148号より】

猪瀬 保通協は、警察の天下りでしょう。

平沢 完全に上から下まで全部天下り。

猪瀬 ああいうのをつくらしちゃまずいよなあ。民間的な検査で自由検査にするべきだ。

保通協が警察の天下り機関として存在し得るのはパチンコにおける違法換金行為を認めているからに他ならない。つまり、パチンコにおける違法換金行為そのものをなくさなければパチンコ業界と警察の癒着が終ることはない。

【2002年3月18日配信の猪瀬氏のメールマガジン「日本国の研究」第148号より】

平沢 私は必ずしも警察の応援団じゃない。警察の批判も、じゃんじゃんやります。保通協のは警察庁元長官だけど、ほとんど仕事してない。それで2000万円ぐらいもらっているはずです。しかし、これは警察だけじゃない。こんなのが他省庁にはいくらでもあるわけだ。

平沢氏は随分と大きなことを言っているが、平沢氏が警察庁在籍時代にしたことはパチンコ改革と言う名の改悪であり、改善ではなかった。平沢氏はパチンコ店へのCR機(貸玉を現金ではなくプリペイド・カードで行う台)導入戦略(パチンコ店の金の流れをクリーンにするというのが目的とされていた)の中心人物(平沢氏は当時、パチンコを所管する警察庁保安課長だった)で、その結果、悲惨な事態が起こった。大量の偽造カードが発生し、その利益が裏社会に大量に流れた。さらに、CR機に限っては強烈なギャンブル性を認めた(「CR大工の源さん」や「CRモンスターハウス」がその代表格。下段注1・2)ためにパチンコのギャンブル化がより一層進行し、その強烈なギャンブル性ゆえ、パチンコ依存症の人々が急増した(大勝の素晴らしい記憶が脳裏に焼き付き、再びその体験をしたいがために病みつきになってしまうのである。大敗による損失を取り返すためずるずると病み付きになることも多い)。パチンコ店の金の流れをクリーンにするという目的は正しかったが、その方法が大間違いだったということだ。特にパチンコのギャンブル化をより推進したのはひどかった。平沢氏はその著書『警察官僚が見た「日本の警察」』(講談社、1999年3月14日第1刷発行)で、その大失敗についてまるで他人事のようにさらりと書いているが、とんでもないことである。責任をもっと痛感すべきだし、この一件で平沢氏に改革能力がないことが鮮明になった。平沢氏がカジノ問題に深入りすれば、CR機導入戦略と同様、大失敗を喫することは十分あり得る。また、平沢氏は利権団体や天下りに批判的なことを言っているが、平沢氏が中心となって行われたCR機導入戦略では平沢氏の発言とは裏腹に警察の利権拡大(警察の関連団体である「たいよう共済」がカード会社に出資。下段注3)と天下りの強化(警察官僚がカード会社に天下り。下段注4)がなされている。平沢氏はこの事実をどう考えているのか。

下段注1・・さらにCR機に限っては、5&15(スタートチャッカーの賞球数が5個、大当たり時に開放されるアタッカーの賞球数が15個)という賞球数が認められた。従来の規定では大当たり時に開放されるアタッカーの賞球数が15個の場合、スタートチャッカーの賞球数が7個以上必要とされていた。

下段注2・・ギャンブルをする人は一般的により過激な対象を好む傾向がある。パチンコ店でもギャンブル性の強い台が好まれるし、競馬においてもギャンブル性の弱い複勝馬券はあまり買われない。

下段注3・・『2003 第83版 帝国データバンク会社年鑑』(2002年9月印刷、2002年10月発行)によると、日本レジャーカードシステム株式会社の大口株主は以下の通り。三菱商事(11920株)、NTTデータ(6360株)、たいよう共済(3600株)。

下段注4・・1991年3月1日、元・東北管区警察局長が日本レジャーカードシステム株式会社の取締役副社長に就任。1993年3月16日、元・四国管区警察局長が日本ゲームカード株式会社の常務取締役に就任。

【2002年3月25日配信の猪瀬氏のメールマガジン「日本国の研究」第151号より】

猪瀬 せいぜい使うお金が10万円限定とか、そういう上限設定したミニカジノがあってもいいんじゃないの?

室伏 それはいいじゃないですか。

「10万円」を「せいぜい」「ミニ」と言うあたりが猪瀬氏の一般からかけ離れた金銭感覚を物語っている。こうした金銭感覚を持つ上層階級がカジノ問題を語っているということは覚えておく必要がある。

【2002年3月25日配信の猪瀬氏のメールマガジン「日本国の研究」第151号より】

猪瀬 雇用問題も大きいですね。雇用がどのくらい増えるか。

平沢 もちろん付随的に観光客も来るでしょう。だからカジノ自体じゃなくて、ホテルとか、それに伴う飲食、それからタクシーとか、そういった付随的なところね。これは相当大きいと思うよ。

室伏 しかも10万人雇えば、24時間営業だから、8時間3交替で、30万人の雇用創出になる。

これは希望的観測を述べているだけで確証ではない。もし猪瀬氏と対立している人がこうした論法を使えば猪瀬氏の厳しい反論を受けるだろうが、仲間内だけに何の反論もなく、和(なご)やかに座談会は進んでいる。

【2002年3月25日配信の猪瀬氏のメールマガジン「日本国の研究」第151号より】

猪瀬 複合的に雇用が増えるから、たぶん何十万人の雇用が生まれる。

「たぶん」では困るのだ。明確な根拠を示すべきだ。猪瀬氏が厳しく批判する本四架橋や東京湾アクアラインは「たぶん」たくさんの人が利用するだろうという感覚で造られた。つまり、猪瀬氏の感覚も本四架橋や東京湾アクアラインの担当者と大差ないと言うことだ。

【2002年3月25日配信の猪瀬氏のメールマガジン「日本国の研究」第151号より】

猪瀬 いま考えるとリゾート法なんて、箱をつくるだけの法律だったんだ。ソフトは何にもなかったからね。特殊法人でつくったグリーンピアにしても、あんなのも売却するっていったって、ソフトがないから地元は買わない。ああいうところにはカジノを入れてくしかないでしょうね。そのうちに県立大学とか、ああいうのも潰れていきますから、施設はいっぱいある。公設民営だって、いくらでもできる。

リゾート法(正式名称は総合保養地域整備法)の問題点は「ソフト」の有無ではなく、美しい自然環境を官民一体となって破壊しようとするところにあった。また、猪瀬氏はリゾート法によりできた施設や県立大学等の跡地にどんどんカジノを導入したいようだが、その経営が成功するという保証がどこにあるのか。公設民営方式が失敗したら誰が責任をとるのか。猪瀬氏が責任をとってくれるのか。猪瀬氏の論法の問題点は最初に「カジノありき」と言うところにある。「甘い需要予測でプロジェクトを始めたら、民間企業であれば倒産してしまいます」(2002年7月19日、日本外国特派員協会の報道昼食会における発言)という猪瀬氏の発言はカジノ問題にこそ当てはまる。この座談会での議論は「甘い需要予測」に終始しているとしか思えない。

【2002年3月25日配信の猪瀬氏のメールマガジン「日本国の研究」第151号より】

平沢 ただ一つ言えることは、どんなことでもメリット・デメリットあるんでね。カジノだってそうで、それはデメリットありますよ。だけど、メリットのほうがはるかに大きいというだけのことだ。

物事をメリットとデメリットだけで考えるのは、政治家として正しい感覚とは言えない。政治家というものは国民すべての幸福を考えるべきで、だからこそ、メリットよりもデメリットの方に比重を置いて思考するべきである。カジノ合法化の代表的なデメリットであるカジノ依存症問題に対して平沢氏は自己責任論で片付けている(先述)が、これは政治家の責務を放棄しているに等しい。

【2002年3月25日配信の猪瀬氏のメールマガジン「日本国の研究」第151号より】

室伏 やっぱりポジティブ・シンキングでいかなきゃ、全部駄目になってしまいます。

室伏氏のカジノ構想の一番の問題点はポジティブ・シンキング(positive thinking、前向きな考え方)が強すぎることである。典型的な例が室伏氏の常套(じょうとう)文句である「カジノの経済効果は30兆円」である。その算出方法の絶対条件となっているのが「日本のものつくり貿易が世界の輸出量の7.3%を占めているから、日本がものつくり貿易と同じくらい国際観光に力を入れれば世界の国際観光の7.3%を占めることができる。よって外国人観光客がカジノで金を使う」というもの(下段注)だが、この考え方は単純・短絡的すぎる。ものつくり貿易と国際観光は異質のものであり同列で論ずることはできないし、世界の国際観光の7.3%を占めるために国際観光に力を入れるとなると莫大な資金が必要となる。一体どこにそんな金があるのか。さらに室伏氏はその著書『カジノ新ビジネスが日本を救う』(史輝出版、2002年3月23日第1版第1刷発行)で、東京・台場に6棟9000室のカジノホテルが建てられ、それらがみな活況を呈するとしているが、そんなにうまくいくものなのか。室伏氏の構想はすべてが希望的観測に満ちた壮大なものであり、そこからは精密・正確な需要予測がまったく感じられない。

下段注・・「日本のものつくり貿易は、世界の輸出量のうち7・3%を占めています。もし日本が、ものつくり貿易と同じくらい国際観光に力を入れるとすると、国際観光の7・3%を確保できる。すると5〜6兆円になります。日本の力からすれば、決して荒唐無稽じゃないんです。ラスベガスでは、カジノ本体の3・5〜4倍が全体の売上高になっています。オーストラリアの場合は、8倍ぐらい。だから3・5〜8倍くらいだとして、30兆円ぐらいの売上げになるわけです。アメリカの文献を探してみると、理論的に計算されています。」『遊技通信』2002年3月号(遊技通信社発行)より



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