| 脳死移植と読売新聞 |
| 今回は、臓器移植法改変案を支持する読売新聞に対する私の批判を紹介します。どうぞ、御覧下さい。 2004年8月25日 |
まず、脳死状態を人間の死とすることは、日本の伝統や文化にはないものであることを確認しておきたい。そして、読売新聞は、「社説」で日本の伝統や文化を守れと繰り返し主張してきた。2003年1月14日には「よって立つ国家と文化を確認し、その上で他の国と他文化を尊重する態度を養うことが大切だ」と書き、続いて、2004年6月18日には「私たちの生活の根底にある日本の伝統・文化への理解を深める必要がある」と念を押している。日本の伝統や文化を守らなければいけないのなら、脳死状態を人間の死とすることはあり得ない。ましてや、「他国がやっているから」などという論議は問題外となる。自国の文化を第一に考えなければならないからだ。
読売新聞の主張とは裏腹に、脳死状態における臓器提供希望者は非常に少ない。内閣府が2002年7月に行った世論調査によると、ドナーカード所持率は9.0%だった。しかも、この中には何も書いていない人や脳死状態における臓器提供を希望しない人(ドナーカードには拒否の意思表示を書き込むこともできる)も含まれるから、この分を差し引くと、脳死状態における臓器提供希望者の割合は4.9%となった(下段注)。ドナーカードは全国至る所で入手することができ、「臓器を提供してもいい」と本気で考えているならば、入手することは困難なことではない。むしろ、容易である。つまり、結論は冒頭に記した通りで、大多数の人々は脳死状態における臓器提供を希望していない。日本の伝統や文化、あるいは、読売新聞が常々主張する「日本人としてのアイデンティティー」(例えば2003年8月3日付の「社説」)を考えれば、当然の結果であると言えるだろう。「温かく血も通った自分の体から臓器を取り出されることは忍びない」と考えるのが、日本人としてごく自然な感覚であると言える。 読売新聞が言う「半数近く」の「善意」など存在しないのである。もし、本当の「善意」があるのだとしたら、「善意」を持つ人たちは、どうして全国至る所で入手できるドナーカードで脳死状態における臓器提供の意思表示をしないのだろうか。 下段注・・四国新聞が香川県で2003年夏に行った調査においても、ほぼ同様の結果が出ている。ドナーカードを所持しているのは5.6%で、その内、何も記入していない人は43.2%であった。
日本国内では、脳死状態における臓器提供を希望しない人が大多数であり、これは日本の伝統や文化、あるいは「日本人としてのアイデンティティー」によるものだ。この状態を覆すことは読売新聞が嫌う「日本の伝統や文化の否定」になりかねない。また、他国の臓器移植が伝統や文化、アイデンティティーに立脚しているものであるならば、日本としてどうこうできるものではない。そうした国が日本人の海外移植を受け入れるかどうかは、その国の内政問題だ。
生きるためならば、何をしてもいいというものではないだろう。今般の改変案は本人の意思表示がなくても脳死状態における臓器摘出を可能とするもので、一種のトリックであり正当な手段とは言い難い。だからこそ、当の読売新聞も、「臓器提供の際には、本人の文書による明確な意思確認と、遺族の同意が大前提でなければならない」(1997年4月23日付「社説」)と言っていたのではないだろうか。 |
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