よーの場合

Case of Yoko

ファースト・コンタクト
First contact

 平成14年、春。
 当時よーこは某百貨店で販売員として働いていた。
土・日曜日はたいてい仕事、帰宅するのはいつも夜の9時を回っていた。
そんな、ある日のこと。仕事から戻ったよーこに、「こんな話がきてるんやけど・・・」と母が差し出したのは、見合い写真と釣書が入った封筒。

 「ちょっと遠いんやけど。淡路の人やって」と、母。
 「淡路やったら遠くないやん。○○ちゃん(友人)も淡路やで」

 そう言いながら釣書を見たよーこは驚いた。

 「淡路って、淡路島? 阪急の淡路じゃなくて?!」

 大阪に生まれて32年、初めての淡路島との接点だった。

父母の想い
Thought of parents

 本当のことを言うと、よーこが見合いをする気になったのは、結婚がしたかったからというわけではなく、「何事も経験」という気持ちからだった。
 そんな軽い理由で淡路に住む人とお見合いをすることとなったわけだが。父は、30歳を過ぎた娘がやっと片付くことに喜び、淡路から玉ねぎが送られてくることを想像していたに違いない。
 母は、広島の小さな島から大阪に出てきたこともあって、内心よーこが島に行くことを喜んでいたのではないかと思う。
 見合いをすることを承知しただけのよーこの心とはうらはらに、父母の想いは結婚へと突き進んでいったのであった。

第一歩
First step

 見合いの後はメールや電話で連絡を取り合い、よーこが淡路の地を踏むこととなったのは5月のことである。
 ふたりが結婚できるかどうかは、大阪の中でもマチナカ育ちのよーこが電車もない淡路で生活できるかどうかにかかっていた。
 よーこは緊張しながらも、初めて訪れる地に期待で胸を膨らませながら、洲本行きのバスに乗り込んだ。が、明石海峡大橋を渡る直前のトンネルを抜けると暗雲が立ち込めていた。文字通り、前を走る車の姿も見えないほどの豪雨だったのである。

Iターン
"I"Turn

 あまりの天候の悪さにやや不安を感じたものの、雨はすぐに止み、よーこは淡路に好印象を受けた。
 そしてよーこは両親の思惑通り、出会って1年足らずのもんどと結婚して、今に至っている。
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