「翠星石、こんなところでうたた寝かい?」
翠星石は優しい声に目をさました。目の前にあるのは彼女の微笑み。
木陰は夕焼け色に染まっていた。…夢をみていたような気がする。
「もうすぐ夜になる。露に濡れてしまうよ」
「…夢をみていたです」
「へえ、どんな夢?」
寝ぼけ眼の翠星石の話を、蒼星石はいつも優しく聞いてくれる。
「なんでもないです。…もう忘れてしまいました」
「ふーん。つまらないな」
その優しさがなんだか怖くて、翠星石はわざとそっけなく言った。
本当は憶えてる。忘れたいくらいに。それはひどく悲しい夢だった。
「人形も、夢をみるのね」
のりの言葉に、翠星石は振り返る。
そこは桜田家のリビングで、のりは洗濯物をたたみながら、
そばでうたた寝をしている雛苺を優しく見つめながら言った。
翠星石はお手伝いをしていた手が止まる。
「ヒナちゃんってよく寝言言うもの。ほら」
翠星石が近づくと、雛苺のささやきが聞こえた。「うにゅ〜…なの…」
「おろかな人間ですう。これは寝言ではなく意地汚いチビの口癖みたいなものですう」
「あら、のりの言うことは本当よ」
真紅がドアの前まで来ていた。
「真紅ちゃん、お茶淹れましょうか?」(みごとな奴隷体質です…)
「いただくわ。私達もそうだし、どのドールも夢を見ている。
だって皆「眠っている」のですもの。
眠りの時間の中で、私達は目に見えないものを見る。
それは願望であったり…怖れであったり、そういう持ち主が作り出したヴィジョンが
「夢」なのだわ。観念が存在する限り「夢」も存在する。
それらはモザイクのように折り重なって、編み上げられて世界を形作るのだわ」
そこまで言って真紅はゆっくりお茶を飲む。
「???」
のりと翠星石は二人で首をかしげている。
「とにかく、この世には、ありとあらゆる夢が存在する。
そこかしこで語られる、寓話のように」
夢なんて、見なきゃよかった。
見れなかったらよかった。
だって薔薇乙女(わたしたち)の時間は無限で、いつも幸せでいられるはずだった。
夢は知らせる。
もう、遊びの時間は終わりだと。
「約束の時間」がもうそこまで来ているのだと。
<それが アリスゲーム よ>
<私達の 宿命>
はっ、と翠星石は辺りを見回した。
のびている雛苺とジュン。涙を流す蒼星石。真紅はじっと、翠星石を見つめている。
「…あ…」
私が見たのは。
「翠星石、これは貴方の夢なのね?」
夢見たものは、こんな…
「この悪夢は、貴方が望んだものなのだわ」
違う、違う。わたしはただ
「蒼星石と、真紅たちと、一緒にいたかっ…」
「アリスゲームの終わりを望んだのね。というより、始まりを恐れたのね。
自分の作り出した夢の中で永遠に、閉ざされた空間で、守りたかったのね」
「…」
「貴方は夢の庭師だもの。これができるのは貴方だけ」
「…だって、ここなら安全です。水銀燈も近寄れないし、ここで遊んでいれば、
悪いことも、怖いこともないです。
…ここにいたら、アリスゲームを始めなくても、いいのです」
「私は責めないわ。貴方のしたいようにすればいい。貴方は夢の庭師。
このフィールドは貴方のもの。
貴方が私達を解放しないなら、私にはどうしようもないわ」
「…」
諦めたような、突き放したような真紅は、棒立ちで涙を流す蒼星石の傍らに立ち、
ゆっくり姉妹の髪を梳く。その様子に、翠星石は胸を突かれる。
「確かにここにいたらアリスゲームは始まらない。
でも、ゲームに敗れて散ったこの子はどこに帰ればいいのかしら」
「……」
「ずっとここで、涙を流しているのかしら。でも、私にはどうしようもないもの」
「…」翠星石のドレスの裾をつかむ手が震えている。
そして、吐き出すように言葉を紡いだ。
「だって、だって…ずっと、怖い夢ばかり見て…アリスゲームが始まる前も、
ずっと…悪い予感ばかりで。だから、守りたくて…でも…蒼星石は、
泣いてるです…わかるです…私が闘うことを、拒んでいるから…」
辺りを包んでいた闇はだんだんと晴れていき、おだやかな風が吹く。
「…怖いけど…闘わなくては、いけないのですね…
でなきゃ、蒼星石は、帰れないのですね…」
翠星石は精一杯の笑顔を見せた。
蒼星石は、一人で闘うことを決めた。
(「君と僕は同じじゃない」回想)
翠星石も、闘わなくては、いけない。
それは…
闘うことは、生きること。そうでしょう?