クマりんの中国旅行記 西安(1)

 北京から飛行機で西安へ。

 
 今回の旅行は、その日によって一緒に移動するツアー・メンバーが変わる形態だったので、西安に着いてすぐに夕食の卓を囲んだ皆さんとは、そのときが初顔合わせだった。

 このメンバーで西安を廻ったのだが、なんとも個性的な方々だった。
おかげで楽しく過ごせた、ような気がする、かもしれない(・・・ううむ)。

 一部を紹介すると、次のとおり。

マスコミ関係にお勤めの旦那さまと、薬剤師の奥さま。
 50歳前後かと思われるお二人で、このお二人とは北京から西安、上海までずっとご一緒させていただいた。話しを聞いていると、どうも生活レベルがクマりん夫婦とは雲泥の差なので、我々(というかクマりんの夫)は密かに”ブルジョワ夫妻”と命名した。

高齢のおばあさんと、息子さん。
 おばあさんが「もう中国は20回くらい来てるかしらね」という中国旅行のツワモノ。「昔はねー、招待所に泊まったのよ。」って、何年前ですか?

50歳代くらいのご夫婦。
 旦那さんが「いやあ、俺、酒は医者に止められてるんだよね〜」と言いつつ紹興酒を飲んでいた>それは酒ではないのか?
 この旦那さん、いや、おやじさんが、どうも誰かを連想させるんだけど・・・と思ったら、それは”フーテンの寅さん”でした。
 ということで我々(というかクマりんの夫)は”寅さん”と呼ぶことに決定。

50歳代くらいの男性の二人づれ
 このお二人は兄弟とか親戚とか言うわけではなく、単なるお友達らしいのだが、他のツアー・メンバーのうち少なからぬ人数の方々が、心の中で「・・・むさ苦しい男が二人・・・どういう・・・?」と要らぬ疑問を抱いていたことを記しておこう。
 えー、男性が二人で旅行しただけで要らぬ詮索されるのは気の毒ですが、それにしても、どういうご関係なんですかね?>やっぱり気になるのよ、これが。


兵馬俑坑

 楽しい(?)夕食を終え、一夜明かした次の日、西安の観光の手始めは兵馬俑坑でした。
 上記で紹介した皆さんたちと一緒にバスに揺られながら、西安の市街地から郊外へ向かいます。
 発掘現場はすっかり整備されて博物館になっていました。

 

 体育館みたいなつくりの建物で発掘現場を覆い、雨風から保護しているということらしいです。中に入ると次の写真のような光景が待っていました。



 広い・・・。>いったいクマりんは中国で何度広いと言ったことか。

 これらの人形や馬は、そもそもはもっと色鮮やかだったのに、空気に触れたことで色あせてしまったそう。
 そんなわけで、今は発掘は中止しているとのことでした。上の写真で言うと、手前が掘り終わった箇所、奥のほうが未発掘の部分と、掘り出したものの修理作業を行う場所でした。



 兵隊に混じって、馬もいました。どうやら馬車を引くための馬らしいです。
 別の建物では、修理を終えた四頭だての馬車が展示されていて見ごたえがありました。



 こちらは修理作業を待つ馬や兵隊さんたち。
 ここまで紹介してきたのが1号坑で、他に2号坑、3号坑、4号坑までありました。ただし、4号坑はまったく手が付けられおらず、ただのだだっぴろい広場のようでした。「この下に、たくさんの兵馬が埋まっているのか」と、しばし感慨に浸る・・・。

 一番知られているのが1号坑でしょうが、2号坑だか3号坑だったかも面白かったです。




 上の写真の箇所は、軍議(作戦会議)を開いているところを表しているらしいです。このお隣には”鹿角遺跡”という箇所がありました。(ほら、昔は占いも重要な決定要因だったから。)

 なんか臨場感あるわー。

 本物を見ることが出来て、良かった(/_<。)

◎ 物売りがすごかった
 中国のお店では、どこへ行っても店員さんが放っておいてくれなくて、だいぶ辟易した。「ちょっと見たいだけなんだよーう」と思っても後ろにくっついてきて離れない。>買う気が失せるって。
 もっとすごかったのが、観光地の路上にいる物売りの人たち。手に手に商品を持って「センエン!センエン!」(←千円?)などと言いながら寄ってくる。「要らないよーう」と思いながら必死に避ける。気の弱い人なら餌食になってしまうに違いない。
 兵馬俑坑を出たところで遭遇した物売りの人たちもすごかった。出口を出て駐車場へ向かって歩いていると、物売りの人たちがわらわらと道に出てきて、歩いても歩いても向こうからやって来るのは、さながら上から落ちてくるブロックを避けまくるゲームでもしているかのようだった。ああ、もう、要らないってば!


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