日記 2003年3月
[意外]
2003年3月31日(月)
ぶたもらった
妻の友人に神戸で会社勤めをしているひとがいる。彼女はいつもきれいな服を着て電車に乗り、仕事帰りには「コンサート」へ行ったり「演劇鑑賞」をしたりして毎日忙しい。年に2回は有給休暇を使って旅行。同僚の結婚式はもちろんハワイ。などという現代オーエルの代表みたいなひとだ。パワフル。
そんな彼女とお茶をのんでいる時、彼女は「この前本屋で『中世の残酷処刑』の本を買ったのね」といきなり言った。処刑。しかも残酷。およそ彼女とは縁のない単語が出てきたので妻はたまげた。うろたえる妻に友人は「あらわたし結構好きなのよそういうの」とこともなげに言い、妻はぼうぜんとうなずくしかない。
しかもその本を買ったのがデート中だったそうで「それ以来恋人の様子がおかしいの。こう、怯えてるっていうか。なんでかしら?」とため息をついてから優雅にティーをのんだ。
彼女ってわからない。

[昭和の遺物]
2003年3月30日(日)
組み立てるとこのひとが出来あがるしくみ
夫が行きたいところがあると言うのでついて行ったら着いたところは今にも家屋ごと崩れそうなおんぼろの「ラジコンショップ」だった。夫が真剣にわけのわからない部品を物色しているあいだ妻は「プラモデル」を見て時間を潰す。さすが古いだけあって骨董寸前の「プラモデル」がたくさんあった。なんか「人物」の「プラモデル」まである。妻は「ヘルメットを持って遠くを見ているもみあげのすごいおじさん」が描かれている箱が大変気に入り、300円のそれを夫に買ってもらった。帰って開けたら1974年製と書かれてあった。妻まだ生まれてない。

[まずい]
2003年3月29日(土)
お金なんかちょっとでファーファ!
夫とスーパーへ行くと夫の食べたいものと妻の食べたいものを適当にかごに放りこんでいくのでたいてい無秩序な献立になる。そして今日も。
「簡単なものが良いね」などと発言したばっかりに夫が見つけたのは「じゃがいもを加えるだけでできる!簡単ハンバーググラタン」だった。じゃがいもを茹でて皿の底に敷き、レトルトのハンバーグを並べ上にホワイトソースをかけて焼いて出来あがり。
夫婦で食べるや否や無言。

[不発]
2003年3月28日(金)
ブーフーウー
スーパーにて「切ってもぶたかまぼこ」2割引で発見。切っても切っても「ぶた」だ。素敵。
愉快なお弁当に反応の薄い夫でもこれくらいならなんとか。迷わず購入。賞味期限も迫っているので残りは妻が食べればよろしい。
しかしその夜会社から帰った夫が「明日は仕事の都合でお弁当いらなくなりました」と言ったので「ぶたかまぼこ」は出番なし決定となった。

[だいじだよ]
2003年3月27日(木)
水やる
テレビでニュースなどをみているとコマーシャルが。オルガンの曲に合わせてこどもたちが「お金はだいじだよー」と無邪気にうたっていた。
そういえば昔。「ファーファ」という柔軟材のコマーシャルで白い「くま」のぬいぐるみが「お金なんかちょっとでふーわふわ!」と言っているのを見た夫が「あんなにかわいい『こぐま』のくせに金のことを言うなんて…」と嘆いていたことを思い出した。ちょっと傷ついているようにも見えた。夫なりのメルヘンが打ち砕かれたのかもしれない。
それに似たかんじだった。

[お疲れ]
2003年3月26日(水)
ひげのひと
夫が陽気に「ただいまー」と言いながら帰ってきて玄関で靴を脱ぎ、かばんから「お弁当箱」と「水筒」を取り出して台所へ置き、3歩ばかり歩いてからかばんの中をのぞき込み大声を上げたのでどうしたことかと思ったら「会社に『お弁当箱』を忘れてきたっ」と叫んだ。
妻は今しがた夫が流しに置いた「お弁当箱」を見て何を言っているのかわからず唖然とし、夫の顔を見た。夫は「実は『お弁当箱』を会社に忘れてなんかいないことを忘れ、たった今自ら台所に置いたことをも忘れていた」というややこしいことを即座に思い出し、瞬間「うわあ!」と言って頭を抱えた。たぶん恥ずかしかったのだろうと思う。

[短気]
2003年3月25日(木)
昼ごはん
夕方のスーパーのレジは長蛇の列。そうね。晩ごはん時だものね。
妻はべつだん急いでいるわけではないのでのんびりと待つ。妻の前にはおじいさん。手に「お惣菜」と「ねぎ」を持っている。やっとおじいさんの番になった時、店員さんは小さく「あっ」と言い、「すいませんレジが壊れました」と頭を下げた。おじいさんは烈火のごとく怒りだし、「いつまで待たすかーっ」と「ねぎ」を振り回した。「ねぎ」が妻の顔に当たった。痛い。

[お休みぼけ]
2003年3月24日(月)
コケコパスタ
うっかり寝坊。素早く起きてお弁当を作って朝ごはんを用意して夫を送り出さないと夫が遅刻してしまう。妻は軽く動揺しながら夫のおなかをギュウと押す。この3連休で休み慣れた夫はがばりと跳ね起き、時計と妻を交互に見て「なあに?」と言った。なあにじゃないよ。朝だよ。

[すこやか]
2003年3月23日(日)
サトコさん
おととい買って来た「足もみ機」が存外気持ち良く、夫と妻はもうとりこだ。足裏にぼごぼごと刺激。ふきらはぎをギューと揉んでもらって幸せ。健康家族。「一日15分以上使用しないでください」という説明書を読みながら延々やっている。守れるものか。
「足もみ機」から離れ、満足してお茶などをのんでいると今度は夫が「足もみ機」を使用。気持ち良さそうにしている夫を見るうちに妻もまたしたくなり、「ぼくの番だよ」「ぼく始めたばかりだよ」と言う夫に「交代しましょう」とか「じゃあ片足づつ」とかしくこくまとわりついて奪い合い。
そんな3連休のおわり。

[祝おう]
2003年3月22日(土)
竹
夫、友人の結婚式の2次会へ。いつもよりもちょっと素敵な服を着込んだ夫は「『ビンゴ』で良いもの当ててくるよっ」と2次会ならではの意気込みを語り、「『足もみ機』が当たったらどうしようね!」と格好良く言って出かけて行った。
数時間後夫はウフフと笑いながら「シャキっと冷やしてリフレッシュ!ミニアイマスク(税抜300円)」を手に帰って来た。

[モミモミ]
2003年3月21日(金)
追いやられる椅子
突然健康に目覚めた妻は「足もみ機」が欲しくなって夫とともに電機屋さんへ。電機屋さんにはさまざまな種類の「足もみ機」が。靴を脱いで真剣に足を揉まれていると店員さんがやってきて「これはこうなのです」とか説明してくれた。妻は「あのう、ふくらはぎまでもを強く揉んでくれるようなものはありますか」と聞くと店員さんは「そういうのはちょっとないですね」と言って去って行った。しかし諦めきれずに順番に試していくと「そういうの」は実はあった。店員さんひどい。
喜び勇んで「そういうの」を購入し、抱えて帰って来た夫と妻は箱から「足もみ機」をがっさと取り出して居間の真ん中にでんと置いた。たちまち老夫婦の部屋みたいになった。

[機敏な妻]
2003年3月20日(木)
猿
妻はいつも夫からの「カエルコール」があってから晩ごはんのしたくをはじめるのだけれども、今日は「今から電車に乗ります」という電話のあとうっかり眠ってしまい、ハッと起きたら夫帰宅寸前で妻大慌て。誰にも見せたことがないような素早さでもってそのへんの片付けおよび晩ごはんのしたくをした。そしてなに食わぬ顔で夫に「おかえり」を言った。

[おみやげ]
2003年3月19日(水)
ホットケーキアンパンマン
昨日たくさんお酒を飲んだのは夫なのに。一滴たりともお酒を摂取していない妻の頭が痛いのはどういうことだ。なにごとだ。
ヨレヨレしている妻の横で夫は「ぼくの息?ねえぼくの息?」とか「一心同体なの?」とか心配していた。そして仕事帰りに「みかん」を買ってきてくれた。治った。

[飲み会帰りの夫]
2003年3月18日(火)
プイーてされた
真夜中に玄関がバーンと開いてがちゃーんと鍵を置く音がしたと思ったら「ヘーイ」と言いながら騒々しく夫が帰って来た。おかえり酔っ払い。夫は自覚しているのかいないのか「酔っ払いはパジャマに着替えます!」とかじぶんの行動を逐一説明。その様子を微笑んで見ている妻に向かって夫は「ねえねえ、酔っ払いにして欲しいことある?」と言った。別になかった。すると夫は脈絡なく「じゃあ『エービーシー』の歌うたってよ」と逆に妻に要求。なぜだ。仕方なく妻は「エービーシーディー」とうたい始めたが最後の「ブイダブルエックスワイゼット…」の節がわからず言いよどむと夫はげらげらと笑い、「やっぱりわからないんだ!ぼくもわからないよ!」と叫んでそのままばったり倒れて寝た。大騒ぎだった。

[受信専用]
2003年3月17日(月)
犬寝る
夫が「いよいよだ」と言って見せてくれたのは家の電話の請求書だった。今までも毎月の通話料は「57円です」とか「8円です」とかどこに何分かけたのかわからないような金額だったけれども、今月は「0円」だった。本当だ。いよいよだ。

[またまた股旅]
2003年3月13日(木)〜16日(日)
橋を渡る
祖母は82歳。愛媛県の田舎でひとり暮らしをている。
耳は遠いが元気。去年の末に会いに行ったことなどすっかり忘れて寂しい寂しいと言うので今回は母と夫と3人で四国上陸。ついでに九州にも連れて行ってあげます。ばあちゃん待ってて。

うどんですせっかくの四国なので香川で寄り道。
お気に入りのお店でうどんを食べる。とても丁寧に作られている上品で上等なうどん。母も感激。
神戸から5時間で祖母のうちに到着。「おばあちゃん。夫さまを連れてきたよ」と言うと祖母は照れていた。照れまくっていた。
明日は九州。早起きなので早々に眠る。
船に乗る午前4時起床。祖母、母、夫、妻の4人でぞろぞろ出発。朝一番の船に乗る。
船は楽しい。妻はひとりで入ってはいけないところに入ったり甲板にて美しい朝焼けを眺めたり客室で大の字になって眠る夫をカメラにおさめたりして船の旅を楽しむ。
約2時間半後、別府港到着。妻は中学校の修学旅行以来の九州なので興奮。どこもかしこもまうまうと湯けむりが上がっている。まさに火の国。山のかたちも全然ちがう。

お茶をのんだ湯布院に行く。ツアーのバスが行き交い、人力車は走る。とても観光地。
いろんなお店を見てまわっていると、道路の端に小さな「さるぼぼ」が落ちていた。飛騨高山の名産がなぜここに。きっと飛騨に行ったことのあるひとが湯布院に来て落として行ったにちがいない。こんな遠く離れた場所で地面に落ちるなんて。運命とは。
拾った「さるぼぼ」を踏まれないようにガードレールの上に置きお別れを言った。どうか強く生きて欲しい。

阿蘇山枯れた草がぼうぼうと生えている山を登って下って車は阿蘇山へ向かう。ふと見ると山頂付近から煙が。さっきまではなかったのに。噴火だ。
あーあってなった案の定「ロープウェイ」はたった今運休になったばかりのようだった。赤い溶岩や、穴や、煙を見たかった。うなだれる妻の隣でどこかのこどもが「ロープウェイ」に乗りたいと言って泣き叫んでいる。母親らしきひとがどんなになだめても泣き止まない。妻は彼女の悲壮な泣き顔を見ながら、この子の悲しみに比べると妻のがっかり度なんて知れたものだと思った。
おみやげ物屋に「溶岩」のかけらが売られていた。買いません。
危険馬草千里には馬がいた。大きな馬が全部で5頭。
1頭だけおでこに「かみます。危険です」と書いた丸い札をつけている馬がいた。なにかの勲章みたいに。でも不人気。
母が乗ろうと言うが妻はスカートだったのだった。馬にまたがろうものならぱんつ丸見え。渋っていると話を聞いていた馬屋のおじさんが「下半身にタオルをかけてあげるよ」と言ったがその姿をちょっと想像してやめた。妻は写真係。

夫、馬に乗る結局祖母と母、夫が馬に乗る。5分間コース。係のひとに引かれて馬はぽこりぽこりとのんびり歩く。のどかでよろしい。
祖母は係のひとに「わたしは82歳じゃが、馬に乗った最年長ではあるまいか?」と聞いていた。しかし係のひとは「この前98歳のおばあちゃんが乗ったよ」とこともなげに言い、祖母はがっかりしていた。実にいろんな「がっかり」があるものだ。

ペンション泊まるのはペンション。全員ペンション初体験。
いろんな「ペンション村」があり、それぞれに「のんびり村」などの名前がついている。通りかかった「ペンション村」を見つけた夫が「ほら、『ガンバロー村』だってさ」と言うので見ると「バンガロー村」だった。惜しかった。
そして妻たちの予約していたペンション村の名前は「メルヘン村」だった。
メルヘン・・・。

まるで説教部屋だ泊まるペンションの部屋はすべて「アルプスの少女ハイジ」の登場人物の名前がつけられていた。祖母と母の部屋は「ロッテンマイヤー(口うるさい教育係)」だった。微妙。夫と妻の部屋は「アルム」。なぜか地名だ。
「デーテ(ハイジのおばさん)」や「チネッテ(召使)」「ゼーゼマン(クララの父)」など、知名度のやや低い登場人物の名前の部屋が多かった。こだわりなのかしら。しかしどこを探しても「ハイジ」がないのでペンションのひとに聞いてみると、「ハイジ」という名前の部屋は昔3階の屋根裏にあったらしかった。しかし「消防法」により3階は使ってはいけないことになり、あわれ「ハイジ」部屋は使用不可となってしまったらしい。主人公なのに。メルヘンな中でえらく現実的な理由だ。

霧濃いペンションではおいしい料理を頂き、露天風呂につかり、朝は焼きたてのパンを食べ、メルヘン満喫。「まるで外国じゃのう」と喜んでいた祖母が出発する段になって「もうここに住むよ」とか「別荘を買う」とか言い出したのでなんとかなだめすかす。しかし気に入ってなにより。
翌日は雨。霧がすごい。真っ白な中をどんどん進んで「岡城祉」に行く。母と祖母たっての希望。「荒城の月」の舞台となったところ。まったく荒れ果ててまさに荒城だ。

昔ここに城がありました祖母は城が好きなので喜び、「まっこと良いぜ(すごく良いです)」と言いながら歩き回ってそのへんにしゃがみこみ、生えている草花をちぎって口に入れた。ばあちゃんやめて。必死で止めると「だいじょうぶ。辛くないぜ」と言った。そういう問題じゃない。

すごい名前だ別府に戻って「地獄めぐり」をする。このへんにはなんだかたくさん地獄があるらしい。一番最初に通りかかった「坊主地獄」へ入ることに。なんともうすらわびしい。「天然坊主地獄」だなんて名前がもう。
聞けばその昔ここに寺があり、突然地面が爆発。寺の住職もろともはじけ飛んだのが名前の由来だそうだ。まさに地獄。泥がぼこぼこと沸きあがるさまも坊主の頭に似ている。おまけに強烈な硫黄のにおい。妻は耐えられない。すごい顔して見学。

温泉たまごもできるうってかわってこちらは「海地獄」。鮮やかな水色がとてもきれい。硫黄のにおいもさほど。妻は元気になる。
スピーカーからは延々と説明が流れている。「効能はリウマチ、肩こりなどです」と言っているのでてっきり入れるのかと勘違い。思いやりをもって祖母に「入ると良いよ」とすすめたが説明を続けて聞いていると「温度は98度です」と言った。あやうく鬼孫になるところだった。

なんとも売店には「地獄プリン」があった。「地獄」に続く言葉として「プリン」は陽気すぎるのではないか。なんだかへんだ。しかし大人気。買って食べてみると普通のプリンだった。「地獄プリン」をおいしく食べた。
「地獄プリン」の横には「極楽まんじゅう」も売られていた。もうなにがなんだかというかんじだ。

温泉たまご「温泉たまご」も買う。「海地獄」で茹でられたたまご。
「海地獄」は深さが200メートルあるという。夫がたまごの殻をむきながら「茹でるときにうっかり落としたたまごの1個や2個は『海地獄』の底に沈んでいるね」と言ったのでみんなではるか地下に沈む茹で過ぎのたまごのことを思った。

幸薄そうな時間がきたので九州行脚はここまで。別府港にて四国行きの船を待つ。
待合所に「プリクラ」があったので旅の記念にと4人で撮る。祖母はなんだなんだという顔をしていたがまんなかに立たされ「笑って!」と笑顔を強要されるとしっかり笑った。素直。出来あがったシール状の写真を見せ、財布にぺたりと貼ってあげると祖母はたいそう驚き「これは何ね?」と聞くので「プリクラというのよ」と教えると「それは日本語でいうとなんなの?」と難しいことを言うのだった。夫と共に考え込んでいると今まで黙っていた母が突然「和訳すると『印刷同好会』よ」と言った。余計わからない。
祖母は「帰ったら辞書引いてみる」と真顔で言っていた。たぶん載ってない。
そんなこんなで無事祖母の家に到着。

うどんです翌日も雨。祖母にお別れを告げる。祖母は「みんな帰っちゃったらまっこと寂しくなるぜ」と言って泣いている。なぐさめようとしたら実は泣き真似だった。ばあちゃん。また来る。

「しまなみ海道」を通って帰ろうと思っていたが霧で景色も見えない。予定を変更してまた香川。そのへんのセルフうどん店に入る。行きのうどん屋さんとはまたちがって乱暴でおいしかった。
こうしてたくさん食べて全員太って帰ってきた。

[また]
2003年3月12日(水)
枯れないでね
明日から祖母のいる四国に母を連れて行くことになった夫と妻。ここのところ旅づいている。飛騨、群馬ときて次は四国です。実際行きすぎだ。しかもすべて妻が自発的に行きたがったものではなく、誘われる時点ですでに行き先が決まっている。こんなに続くことも滅多にないのでこの状態を楽しむのも悪くない。四国に行ったらおいしい「うどん」を食べよう。そう思っていると母から電話。なぜか四国から船で九州にも渡ることになっていた。大行脚。
帰りは週明けです。

[日曜大工]
2003年3月11日(火)
塗る夫
マンションの玄関は光が入らず暗い。そこで「靴箱」の色を塗りかえることに。日曜大工。夫の出番。
夫と妻ははりきってホームセンターに行き、必要な道具を買って勢い良く帰って来た。テンションは高め。
しかしながら「渋めだね」「くすんだ色だね」と選んで買った「ミスティブルー」という色のペンキは、実は渋くもくすんでもなく、とてつもなく明るい水色になることが塗った後にわかった。塗ったあとにわかってもどうしようもない。予想に反して「公園のすべり台」のように陽気なかんじになってしまった「靴箱」の前で夫は落胆し、しわしわとしぼんでいった。

[夫ウイーク]
2003年3月10日(月)
床に落ちてた
なんと今週は夫休暇ウイークなので1週間会社に行かなくて良い。まるごと妻のもの。あんなことやこんなことをしようと計画。まずは大掃除。それからなにかを買ったりどこかに行ったり思うままに眠ったりしよう。そうしましょう。そしてずいぶんな量の計画書が出来上がった。
夫も妻も1週間でなにもかもできてしまうと信じているのだ。

[笛吹けど]
2003年3月9日(日)
こんにちはー
この前妻の父が「鳥笛」を作ったという話をきいた。なんでも「鳥笛を鳴らせば鳥たちは仲間だと思うのだ」そうだ。「ひとつあげようー」と言うので楽しみにしていたら父が自室から持ってきたそれは木の切れ端に「ねじ」をぐるぐるとねじこんだだけのものだった。笛なのか。これを笛と呼んでも良いのか。
それでも「ねじ」を回すと木と「ねじ」がこすれて「きちょきょ」と鳴るのでなるほど鳥の声。喜んでもらって帰る。
そしてさっきから夫が窓を開け放ちベランダに出て「きちょきょ」「きちょきょ」と「鳥笛」を鳴らしているが鳥は無反応。無関心。

[ランランラン]
2003年3月8日(土)
もらいもの。大事にする。
夫と夕飯の材料を買いにスーパーへ向かう。夫婦の休日。人生は素敵。
靴をはいて玄関を出た途端、夫がスキップをしはじめた。なんとも楽しげな移動方法。妻もやる。いいおとながふたりでスキップ。妻はこの浮かれた模様を同じマンションに住むひとに見られたりしたらと思うと気が気でなく、「足は軽快なのに真顔」というおかしな状態になった。
角を曲がる時が特にスリルあった。

[原因からフォローまで]
2003年3月7日(金)
シールつきが嬉しいのはなぜだ
夫は寝相は良い。とくべつ暴れたり妻を蹴ったりはしない。でも寝返りをよくする。しかも同じ場所でぐるぐると高速回転。しだいに布団は夫のほうに巻きこまれていき、ついには妻の布団はなくなる。寒い。夫は明け方ふっと目を覚まし、妻が布団なしでふるえて眠っているのを発見。「風邪をひくよ」と優しく布団をかけてくれる。感謝すれば良いのかいまいちわからない妻だった。

[いつ直るの]
2003年3月6日(木)
友人に名前をつけてもらったら「ニャー彦」だって。ニャー彦…
冷蔵庫の話。
2日前に電気屋さんのひとがやって来て冷蔵庫をくまなく調べてくれた。曰く「コンプレッサーがだめだ」。そうですか。では修理を。すると彼は「新しい部品が要るのでメーカーさんのほうに修理依頼をしておきます。明後日参ります」と言って帰って行った。
そして今日「メーカーさん」はやって来た。「メーカーさん」は我が家の冷蔵庫をまたくまなく調べ、「ああコンプレッサーですね!」と言い、「では明日新しい部品を持って参ります」と電気屋さんのひととまるで同じことを言っておじぎして帰って行った。なにしに来たんだろう。特にあとのほうの君。

[インスタント]
2003年3月5日(水)
ニューカマー。でも名前忘れた
群馬に行った際、コンビニで噂の「ぺヤングソースやきそば」と「どん兵衛」を買って帰ってきた。関西では見かけない「ぺヤング」。喜んで食べてみる。なんだろう。あの肉はなんだろう。妻には無理だった。口数が少なくなっただけだった。

「どん兵衛」は関西と関東で味がちがう。さっそく夫と食べ比べ。
おつゆの色もずいぶんちがうので夫に目隠し。「じゃあ交互に食してもらいます」と言って夫にどんぶりを渡す。夫はだしをすすりながら「これは関東だ」とか「あっ。これは関西よ」とか妻が次々と差し出すどんぶりに判定を下していたが残念ながら妻が渡したのは全部関西の「どん兵衛」でした。
そんな愉快な有給休暇の午後でした。

[からっぽ]
2003年3月4日(火)
「モンダミン」に顔を描いた夫だ
今日は寒い。
壊れてしまった冷蔵庫は扉のついたただの箱なので、妻は冷蔵庫の中のものをなにもかも捨てた。「塩鮭」を捨て。「牛乳」を捨て。「野菜ジュース」を捨て。「ひき肉」を捨て。短いつきあいだった「カスピ海ヨーグルト」にもお別れを告げた。さらば。
旅の前だったので在庫がさほどない。せめてもの救い。しかしそれでもわりとあった。「もち」とか。「餃子」とか。作業が終わると冷蔵庫はきれいになった。あるのは「味噌」。のみ。
そして妻は「キャンプだホイ」をうたいながらボウルに水をはり、そこに缶ビールを2本沈めてベランダに出しておいた。冷えると良い。

[冷蔵庫]
2003年3月3日(月)
おとなが乗るとばねがすごいことになるよ
旅のおみやげやなにやらを整理する妻です。これは母に。これは友人に。
ひといきついて冷蔵庫を開けるとかすかな異臭。なんというか。古い冷蔵庫のにおい。そして常温。常温?缶ビールを触るとぬるい。製氷箱をあけると水ジョバー。冷凍庫はすごいことに。こちこちであるはずの「ごはん」がまるで普通だ。
妻は冷蔵庫の中のものをすべて確認してから思った。間違いなく壊れているよ。

[また股旅]
2003年2月28日(金)〜3月2日(日)
行きます
夫の自慢の青い車で午後3時出発。かしこいカーのナビゲーションの中のお姉さんが言うには「目的地までおよそ8時間36分かかる」そうです。かかりすぎだ。しかも目的は「車の工場見学」。妻はどうせなら「パン工場」とか「ビール工場」とか「チョコレート工場」とかを見学したい。なにかもらえるかもしれない。
「帰りに雪だるまを作ろうね」と言う夫の言葉だけが心のよりどころの旅だ。

梅ソフト走り走って4時間。夫がつけた温度計(夫の車にはなんでもついている)を見ていると外の気温はどんどん下がり、妻の期待は高まる。このへんで雪山が見えても良いのだけど。まだかしら。でももう外は暗い。
途中のサービスエリアで休憩。「梅ソフトクリーム」を食べる。レストランで頼むと「ソフトクリームスタンド」に立てられた「梅ソフト」がうやうやしく運ばれてきた。昭和の遺物。スタンドを作ってまでしてコーンを使わなければいけない理由はどこにもない。カップに入れたら良い。
そして「梅ソフト」はとんでもなくすっぱかった。ほとんど夫に食べてもらう。こんなの「菓子」じゃない。

夫リフレッシュ晩ごはんは「ソースかつどん」を食べる。「当店オリジナルソース」を使っています。とのことだった。ウフフ。まずかった。

なぜかサービスエリアにあった「鉄棒」などで遊んでいるうちに時間はどんどん過ぎ、群馬に到着したのは午前2時。そのへんの宿で素泊まり。へとへとと眠る。ずいぶん遠いところに来たよ。テレビのCMも関西と違うよ。

スバルまんじゅう次の日。半分寝たまま「車工場」へ向かう。集合場所には50人も集まっていた。みんな夫と同じ車に乗っている。そして工場を見たがっている。酔狂。しかしその団体からすれば車工場にさほど興味のない妻のほうが異端なのだった。
ぞろぞろと工場を見学したあと、集合場所に戻って50人で雑談。みんながみんな自慢の車のボンネットをあけて他のひとの車を誉めたりたたえたりしていた。妻はなんにもわからないのでしばらく微笑んで立っていたが、わからないにもほどがあるのでひとり離れ、近くの古本屋まで行き「サザエさん第40巻」を買って車の中で読んでいた。群馬で読書。あっ。雨だ。

へんなパンダ車の団体は夕方解散。我々夫婦はそのまま雪求め長野へ。
妻運転。雨はしだいに強まりまるで嵐のよう。あげく霧までも出はじめたものだから動揺。前が見えない。助けてもらおうと助手席を見ると夫は疲れて眠り込んでいた。試練。
なんとかかんとか長野に到着。

アルプス次の日は晴れていた。起きてびっくり雪がない。遠くにはアルプスの山々。とてもきれい。でも遠い。妻は「あの山の向こうに飛騨高山があるのよ」とか「凍った滝もあるの」とか2週間前に体験してきた知識を夫に披露。

夫湯あがり近くの「浅間温泉」に行く。通りかかった外湯につかり、ここへきて初めて旅を満喫。女湯では全裸でデジタルカメラを持ったご婦人がぱちぱちと温泉を撮っていた。撮りまくっていた。妻のボインが写っていないか心配だ。
雪のかけらそれにしても雪がない。なんだか長野に裏切られた気分になる。日陰に残っているわずかな雪を探し、見つけると走っていってあさましくそれを踏んだりする。未練。

ささやかな張り紙長野ではおそばを食べた。関西とちがって「ねぎ」が「白ねぎ」だ。「なると」も入っていた。見事な「の」の字だった。

食後。はじまったばかりらしい「白樺高原・生牛乳ソフトクリーム」を食べる。ものすごくおいしかった。でも「生牛乳」ってなんだろう。
夫に頼んで「生牛乳ソフトクリーム」と書かれてある「のぼり」の前で、ニッコリ笑う妻の写真を撮ってもらった。あとで見てみると「生牛」の部分が入っておらず、「乳ソフト」とだけ写っていた。なんかいやだった。

ひげもあるサービスエリアの裏手の林にまとまった雪発見。固い固い雪だったが夫と妻は喜び、さっそく「雪だるま」を作る。ただの雪だったのに丸めてふたつに重ねると生命が宿るのはなんでだろう。案の定夫はじぶんが作った「雪だるま」に情がうつったようだった。

ふたつ作ってうさぎにした。別れがつらい。

1本だけ売れたいた帰りのサービスエリアで「柿ドリンク」を見つけた。もちろんのまなかった。
なんだか「サービスエリアめぐり」みたいになってきた。名古屋あたりで「サザエさんういろう」を買う。母のためにバットくらいの長さの巨大「ふ菓子」も買う。義姉へは「信州限定」の「カール」を。
どこへ旅行してきたのかてんでわからないおみやげになった。

白樺の木高速道路のそばに建っている「ラブホテル」が「ホテル風が運んだ物語 南の風 風力3」という名前だった。長すぎだ。「風」も多すぎだ。妻は運転中だったので、忘れないように夫にそのホテルの名前をメモに書いてもらった。そんな頭の悪そうなことをしながら無事帰宅。

懐かしいベッドに入る。夫が眠りに落ちる前に「あの雪だるまはまだ林の中で並んでいるんだね」と言ったので、ふたりではるか遠くで寄り添っている「雪だるま」のことを考えながら眠った。

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