
| 日記 2004年4月 |
| [やさぐれてない] 2004年4月29日(木) ![]() テレビでは空港にひとがたくさんいて、「出国ラッシュ」みたいなニュースをやっている。トランクを抱えた小学生がピース。妻だって1回しか飛行機に乗ったことがないのに(しかも去年)。乗ったことがないのにだ。あの小学生は行って帰って合計2回か。もう妻を越すか。越しますか。 世は「ゴールデンウイーク」といえどもお休みは土日だけというまったく「普通ウイーク」のかわいそうな夫を持つ妻は、お弁当をこしらえながらハンと鼻をならして「せいぜい思い出と引き換えに金銭をばらまいてゆくが良いよ」とテレビに向かって言った。夫が「わあ。妻がやさぐれている」と怯えている。 |
| [気まぐれない] 2004年4月28日(水) ![]() 「今日の晩ごはんはスパゲティがいいな」と言って夫は仕事に出かけて行ったので、妻は日がな一日パスタに思いを馳せている。夜になってようやく「和風パスタにしよう」と決め、必要な食材を揃えて2人ぶんのパスタをはかりに乗せて待っていると夫から帰宅の電話。「ねえ今日はなにスパゲティにするの?」と聞くので妻はもったいぶってフフと笑い、「本日は『妻の気まぐれ風スパゲティ』ですよっ」と言った。すると電話口の夫は「気まぐれ風…」と呟き、ちょっと考えたあと「『気まぐれ風』ってどんなの?たとえばパスタを結んでたりとか?」と言った。それを聞いた妻は夫の思いもよらない気まぐれぶりに動揺し、「…あるいはそうかも」とかなんとかなおも思わせぶりに答えて電話をじんと切ったが妻はそんな「気まぐれぶり」は持ち合わせておらず、結局普通のスパゲティを作るしかなかった。 |
| [謝らない] 2004年4月26日(月) ![]() 風の強い夜。新聞の集金。我が家は今月より新聞をかえたのでやってきた集金人さんも初めて。「こんばんは」とにこやかにあいさつ。しかし集金人の丸い顔をした年輩の女性はなぜかものすごく緊張しており、妻の差し出したお金を数える手もおぼつかない。腰も引き気味。なぜだ。妻はなんとなく心細くなって集金人さんの横でぽつんと立っておつりを待っていると、集金人さんは「実はわたしね、高所恐怖症で今ものすごくこわいのよ」と言い、さらに「あーだめだ。だめだめ」と呟いた。本当にだめみたいだった。24階に住んでいる妻はそんな彼女を見て意味もなく申し訳なくなり、なんだかわからないままに「はっ。すいません気をつけます」とかなんとか言って謝った。そして妻がぺこぺこ頭を下げている間じゅう、集金のひとは「じぶんの高所恐怖症の詳細」(真下を見るとだめだね。非常階段とかこわいね。あなた非常階段使ったことありますか?あれは真下が丸見えね)をいきいきと語り、「この次は26階に集金なのよ」とすごく重大なことを教えてくれるような口ぶりで話し、「それじゃあ」と言って帰って行った。 ところでなんで妻が謝っているのか。 |
| [撮らない] 2004年4月25日(日) ![]() 夫の両親が揃って還暦を迎えたのでいっちょお祝いでもしましょうと義兄が「六甲山で『ジンギスカン』を食べようプラン」を練り、実行。6人でぞろぞろと出発。今回は「みんなでお酒がのめるように」車ではなく電車で。しかし思ったよりも「六甲山」のジンギスカン屋さんは遠く。電車を降りてバスに乗り。ケーブルカーに乗り。ロープウェイを2台乗り換えてようやく到着。このお酒にかける意気込みよ。ここまで根性を出してお酒がのみたいかはともかくとして。ケーブルカーもロープウェイも素敵だったしジンギスカンもおいしかった(妻は羊のお肉が苦手なので笑顔でウインナばっかり食べていた)。そして夫の両親が喜んでいるのがなによりだった。 それにしてもカメラ。 タカマル一家は本当にカメラが好きで、この日は6人全員がなにがしかのカメラを持っていた。持ち過ぎだ。そしてみんなたくさん撮るので必然的に「カメラを構えた人物の写真」を撮る羽目になり、もちろん撮られる相手もこちらを撮っているわけで、結果撃ち合いのようにすべての写真が「カメラを構えた人物の写真」になった。これじゃあ顔も見えない。 |
| [起きてない] 2004年4月21日(水) ![]() 夫が時差ぼけている。 「時差ぼけ」というのは普段規則正しい生活を送っているひとがなりやすいそうなので、いつもわりかし不規則な夫はだいじょうぶだろうと思っていたのだけれどそれでもなんだか眠そう。かわいそう。 そんな本日の夫の寝言は「ねむい。ねむいよう」だった。今寝てるのにだ。 夫に心から同情し、なんとかしたいのはやまやまだけれども「睡眠」という解決策をすでに実行している今。妻に出来ることはなにもない。 |
| [のめない] 2004年4月19日(月) 突然思い立ってコーヒーをのむ練習を始める。牛乳をたくさん入れて甘くしたやつならばのめるけれども、少量のミルクのみのいわゆる「きちんとしたコーヒー」が妻は苦手なのだった。「ブラック」だなんてもはや苦行。しかしながら。なにかのみたいけれども「お酒でもお茶でも甘いものでもない」気分になることがあるのだ。そんな時、夫のように無糖のコーヒーがのめたらどんなにか素晴らしいだろう。 そこで本日夫の実家で義母に「紅茶いれましょうね」と言われた際、「いいえわたくしもコーヒーをいただきますっ」と返事をしてみた。するとこちらがびっくりするくらい驚かれ、コーヒーをのんでいる間じゅう「だ。だいじょうぶ?」とか「紅茶ものむ?」とか思いきり心配される始末。どんな顔してコーヒーをのんでいたか容易に想像できる。きっともう。般若のような顔。 妻の目標は「ドーナツ屋さん」で「アメリカン・コーヒー」と「ドーナツ」を頼んで優雅に過ごし、コーヒーを「おかわり」すること。 妻は子どもの頃、コーヒーというものはおとなになったら自然とのめるようになるものだと思っていた。まさか28歳にもなって練習するようなことではないとも思っていた。しかも「ドーナツ屋さん」の「アメリカン・コーヒーおかわり」に憧れるなんてばかばかしい理由で。 |
| [足りない] 2004年4月17日(土) ![]() 夫がアメリカから帰ってきた。おかえりおかえり!嬉しくて玄関口でがばりと抱きつこうとするも、夫が開口一番「ト。トイレ」と行って走って行ってしまったので肩すかし。ああん。「感動的な再会」は「排尿」の前にもろくも崩れ去ったのだった。 それから夫は「おみやげおみやげ!」と言って居間じゅうにトランクの中身を散らばした。夫が買ってきてくれたのは主にアメリカのスーパーマーケットで売っている「着せ替え人形」とか「メイド・イン・チャイナ」と書いてある「メモ帖」とか「先端に無意味にふさふさがついているペン」とか「クレヨン」とか「犬の本」とかそういうの。お願いしていた「歯ブラシ」も3本。ちゃんと「歯磨き粉」もあった。妻はとても嬉しい。荷物になるのにありがとうありがとう。それらのパッケージの文字を読んだり裏返したりして楽しみながら「それで、お義母さんたちのおみやげは?」と聞くと夫は少し考えてから「あっ」と言って黙った。 スーパーでの買い物に夢中になりすぎて忘れていたみたいだった。まさか「着せ替え人形」をおみやげにするわけにもいかず。 |
| [聞かない] 2004年4月16日(金) ![]() 友人の甥っ子の「コーちゃん」に会った。まだ1歳も半なのに「和菓子」と「干しぶどう」を好む渋い男の子。 おとなが幼児に好かれようと思うあまりついつい出がちな、「甲高い声」だとか「赤ちゃん言葉」などの「ばぶばぶ感」を出さないようにつとめて冷静かつ友好的に「コーちゃん」に「こんにちは」とあいさつ。「お好きだと伺ったものですから」と言って用意していた「ようかん」と「干しぶどう」を差し出すと「コーちゃん」はニーと笑って「ありがと」と言った。うわあ。かわいいねあなた。普段子どもに接する機会が皆無の妻は内心でれんでれんになっていたのだけれども、その様子を横で見ていた友人の母が「ねえコーちゃん、このひとは『おばちゃん』?それとも『お姉さん』?」というとんでもない質問をした。うわあなんてこと聞くのあなたっ。しかし「コーちゃん」は妻をちらっと見、ものすごく照れながらキャッと言ってたーと走って行ってしまった。あぶないところだった。 |
| [股旅日記] 2004年4月11日(日)〜14日(水) ![]() 夫も長期出張ということだしここらで四国にひとりで住む祖母の様子でも見てこようと母と出かける。 妻の祖母は「おなか減ったじゃろう」と言いながら「刺し身」と「栗まんじゅう」を同時に食卓に出したり、そしてそれを同時に食べたり、「家の鍵がなくなった」と言って家に入れなくなったり、石を放り投げてガラスを割って家に入ったり、そして実は「家の鍵」はちゃんとかばんの中に入っていたり、要するにわりと無茶苦茶なのでたまには見ないと心配。 |
いつも同じ道で行くのはつまらないので今回は「岡山ブルーライン」という海沿いの道を通って瀬戸大橋から四国に渡ることにする。海はべた凪。桜がきれい。妻は散りかけの桜を好む。「岡山ブルーライン」の途中にある「道の駅」にはちょっと考えられないくらいのひとが居た。桜を見に来たひとなのか。ややもみくちゃ。 |
「道の駅」には「パン菓子」が売られていた。お米をふくらまして甘くしただけのお菓子。「米なのに『パン』とはおかしなかんじだね」と母と感想を述べ合う。いちごを買って食べながらドライブ。「岡山ブルーライン」のカーブの前には「スピード落として三三七拍子」という看板が立っていた。「おや」と思ってカーブを曲がるとちゃんと「三三七拍子」になるように道路にささやかな起伏が施されていたので愉快な気分で「そーれ」と言ってべこべこべこと車を走らる。 今まで「三三七拍子」や「三三三一拍子」になる道路の起伏は通ったことはあれど、きちんと事前に宣言しているところはなかった。宣言する意味はあまりないけれども。なんか良いと思う。 |
岡山県にある「竹久夢二」の生家を訪ねる。美人画を描いていてもどこかしら愛敬があってモダンで間抜けで、童画に至っては斬新としか言いようがない「竹久夢ニ」の隙のある絵が妻は好きだったので見ることができてとても嬉しかった。「竹久夢ニ」の青年時代の写真も展示されてた。見ると東京の街中でしゃがみ込んで頭を抱えた写真だとか、窓辺でギターを弾いている写真だとか、なんというか若さ大爆発ナルシスト風味で愉快なものばかりだった。明治時代の「沢田研二」というかんじ。妻は「竹久夢ニ」がもっと好きになった。 大満足で岡山をあとにする。 |
おなかがすいたので香川県に渡って気に入りのお店でうどん。残念ながら夕方だったのでさすがにうどんのこしは弱め。それでもおいしくいただいてお会計している時に横の厨房では大きな包丁を持ったお店のひとが正確な手つきでとんとんとうどんを切り、ぐらぐらと茹でていた。ああ。できればそれを食べたかったよ。 とかなんとか言いつつ祖母の家に到着。 祖母は「焼いたもち」をおかずに「ごはん」を食べていた。ばあちゃん。相変わらずで。 |
翌日から本当は船でもって九州は別府に祖母を遊びに連れて行く予定だったのだけれども祖母がいつもより元気がなかったので温泉三昧は疲れるだろうと思い、急遽変更。「石鎚山」にドライブに行くことにする。「石鎚山」は西日本で一番高い標高1900メートルの山。1500メートルのところまで車で行けるのだ。しかし祖母の家から「石鎚山」のふもとまで細い山道を対向車の大きなトラックに怯えながら3時間以上もうねうねと走ることになってしまい、たぶん別府に行くより疲れた。 |
「石鎚山」には2色の桜が並んで咲いていた。鮮やかな桃色のほうの桜はあまり見ることがないので妻にはとても珍しく。そしてとてもきれい。母を桜の前に立たせて写真を撮ろうとすると母は「ちょっとお待ち」と言って桜の幹を両腕でがっとつかみ、わさわさわさと桜を揺すって花びらを散らし、速やかにポーズを決め、「さあ撮るのは今よっ」と妻に指示を出した。その甲斐あって「桜吹雪の中で美しくただずむ母」のいかさま写真が撮れたのだった。さすが母だった。 |
この日はとても暑かった。車の中にも太陽の光はさんさんさんと降り注いで祖母や母や妻の無防備な顔やら腕やらをじりじりと照らし、祖母の家に帰り着くころには全員をほどよく焼いた。妻、4月にして早美白の道はあきらめ。日光に元気と美白を奪われ、くたくたになって就寝。 |
祖母の家はおんぼろで、押入れのふとんなどねずみがかじった跡があるという言い方を上品にすれば「野趣あふれる」家なのだけれども、近所の小さな電機店がいろいろ売りつけていくおかげでハイテク電化製品が無意味にたくさんある。ひとり暮らしなのに「テレビ」はすでに4台(しかもハイビジョンテレビ)、台所には「IHクッキングヒーター」。「冷蔵庫」は2台。「ビデオ」は3台。ちなみに「電子レンジ」と「ハロゲンヒーター」を使うともれなくブレーカーが落ちる。今回はなぜか「ミニコンポ」が増えていた。妻は去年祖母に素敵な「ラジカセ」をプレゼントしたばかりなのに、電機店のおじさんが「これはもう使えない」とかなんとかうそをついて買わせたのだ。おのれ。おやじ。 祖母に新しい「ミニコンポ」の操作方法を教えながら、近所の電機店のおやじに向かって呪いをかけておいた。許すまじ。 |
翌日。「IHクッキングヒーター」対応の「やかん」が欲しいと祖母が言うので近所の大きな電機店に買い物に。しかしそこには「やかん」は置いていなかった。お店のひとに「『やかん』はどこに行けばありましょう」と聞くと「『フジ』に行けばあると思いますよ」と親切に教えてくれたが妻は「フジ」がなんなのかすらもわからない。 |
どうにかこうにか「フジ」に辿りつき(『フジ』は大きなショッピング・センターだった)、無事に「やかん」と「洗面器」を買うことができた。買い物は楽しいなあ。 |
翌日は帰る日。帰る前に祖父の墓参りをしようとまたも細い山道をうねうねと登る。もう慣れた。しかし明け方まで残っていた雨で山の中は深い霧。祖父のお墓にあいさつをしたあとで幻想的な風景を楽しむ。が。下を見ると適度な湿度に誘われてどこからともなく出てきた「あおみみず」という全長40cmはあろう巨大な「みみず」が地面のいたるところにおり、いち早く発見した妻は声もなくすごい顔して車に非難。なんだあれは。なんだあれは! 打ちのめされてしなしなになった妻と母は祖母に別れを告げ、いざ出発。ばあちゃん。次までどうか元気で。 |
海でより道。「伊予灘」を眺めながら持参したいちごを食べる。透きとおっていて静かな波打ち際で、最初は貝殻を探してウフフと笑っていた母と妻。うすらべったい手頃な石を見つけた瞬間から「飛び石選手権」に早変わり。一生懸命水面と平行に石を投げ、石が跳ねるように海を飛ぶようにがんばったけれども母も妻もちっとも上手く投げることができず、しまいに「遠くに石を放り投げられたほうが勝ち」という野蛮なルールに。掛け声も勇ましく数十個の石をどぼんぼどんと投げ、すっかり満足した母と妻は肩をだるんだるんにして車に乗って帰って今回の旅おわり。 |
| [頼まない] 2004年4月10日(土) ![]() 夫から国際電話。なにこの「ひさしぶり感」。 「9日の朝」に飛行機に乗り、10時間以上飛んで飛行機から降りたらまだ「9日の朝」だったという、「4月9日」を2回も体験した夫はなんとなく納得いかないみたいだった。 「おみやげはなにが良い?」と夫が聞くので妻は待ってましたとばかりに間髪入れず「歯ブラシっ」と答えると夫は「…そう」とだけ言った。もっと「香水」とか「マカダミアナッツ・チョコレート」とかのほうが良かったか。でも欲しいじゃない。派手な柄で、「ビトウィーン波間」みたいな妻の見たこともないアメリカの「歯ブラシ」。行ったひとしか買えない「歯ブラシ」。 |
| [寂しがらない] 2004年4月9日(金) ![]() 早朝。ヨレヨレ起きて仕事道具で荷物いっぱいの夫を車で空港までお見送り。ああ。さようなら。ああ。名残惜しい。ああ。飛んで行っちゃった。あーあ。 実家。母の機関銃のようなお話にお付き合い。なにかの話を一生懸命しながら次第に興奮してきた母が勢いあまって「下っ端」と「ペーペー」というまったく同じ意味の言葉を独自にアレンジし、「下っペ」と言っていたのが愉快だった。焦りすぎだと思う。 |
| [用意しない] 2004年4月8日(木) ![]() 明日からの夫の出張に必要であろうすさまじい量の下着とくつしたをご用意。 妻は一度も海外に行ったことがないのでほかになにを準備すれば良いのかわからない。「時差が14時間」ということでまず動揺し、「気温が低いそうだ」というので困り果て、「ホテルに浴衣はあるのか」とか「ひょっとしてバスローブ?」とか「バスローブ姿の夫」を想像して日本での夫とのギャップにやや青ざめたりとか。した。なにしろ日本中どこを探しても夫はいないのだ。すごいことだ。 「あのう。シャンプーやリンスは持って行かないのですか」と聞いた妻に、海外出張何度目かの夫は余裕をもって「辺境の地に行くわけじゃないんだから」と言ってハッハと笑ったが、そんな夫が「懐中電灯」までかばんに詰めているのはなぜだろう。 |
| [いない] 2004年4月7日(水) ![]() 夫は9日からアメリカに出張なのだった。 帰ってこれるのは来週末。妻は10日間も夫の晩ごはんの用意やお風呂の準備や洗濯や。つまり「主婦のつとめのもろもろ」をする必要がなくなり、夫あって初めて存在しうる妻としてはその価値をなくすのであった。主婦業長期休暇。ひとりで居てもつまらないので妻も同じ日から実家に帰ることに。実家は実家で娘としての妻に用事があるみたいなので(主に運転手として)ちょうどよろしい。 そんなわけでしばらく家を留守にするための手続きとしてまずは冷蔵庫の食料の食べ尽くしを。もちろん買い足したりしないので最近は微妙におかしな晩ごはんの日々。 |
| [やきもきしない] 2004年4月6日(火) ずいぶん前に夫といっしょにスーパーに出かけて行って「妻はこれ」「じゃあぼくはこれ」とそれぞれ選んで買ったアイスクリーム。妻は帰ってすぐ食べたが夫のぶんはすっかり忘れ去られた存在としていまだ冷凍庫の中。一日に何度も冷蔵庫を開ける身の妻としては。どうしてアイスのことを忘れられるのかが謎。ああん。やきもきしたまま数日を過ごしたのち、誘惑に負けてとうとう本日おやつにぺろっと食べてしまった。とてもおいしかった。しかし思い出すのが得意な夫は「そういえばアイスあったよね!」などと3週間後に平気で言ったりするので油断ならない。こうなったら同じアイスを買ってなにくわぬ顔をするしかない。そんな完全犯罪を目論みつつ向かったスーパーに件のアイスが売ってなかったりしたら。もう。 |
| [起きない] 2004年4月5日(月) ![]() 我がが家のミッフィの目覚ましは毎朝毎朝腹立たしいほどに元気に「朝ですよ〜。良い子はひとりで起きられるんですって!」と叫んで朝を告げる。起き抜けからいまいましいことこの上なし。 しかし本日はミッフィ電池切れなのか歯切れも悪く、とても低いおどろおどろした声でもって「あーさですもー…よぉぃおはひとりでぇ起ぎらえぅ」と言って止まった。びっくりして一発で目が覚めた。刺激的な朝だった。 |
| [注意しない] 2004年4月4日(日) ![]() もくもくと繁ってこんもりとした愛らしい姿を愛でるために一株だけ苗を購入して育てていたのにも関わらず、予想に反して空へ空へとニョロニョロ伸びておまけに花まで咲いてしまった「ブロッコリー」をデジタルカメラにおさめようとカメラのモニターを見ながら勢い良くしゃがんだらその下には低いテーブルがあった。無防備な妻のおしりはそのテーブルの角にごっと音を立ててぶつかり、その瞬間妻は「だっ」と言ってびょんと跳ね、それから床にひざまずいてもんどりうった。痛い。 そんな経緯の末、妻の左のおしりにはテーブルの角のかたちの青あざができたのでした。おしまい。 |
| [うっかりしない] 2004年4月2日(金) 夫の具合が悪くなったのは前夜においしく食べた「かつおのたたき」のせいではないかと妻は勝手ににらみ、一生懸命インターネットで調べる胃腸のあれこれ。妻担う夫の健康。この日見たお医者のサイトには「相談掲示板」というのがあって、胃腸に関する心配ごとがあればお気軽に。と書いてあった。興味深く読んでいると、 「昨日『もんじゃ焼き』を食べに行ったのですが、ふと気がつくと自分用の『へら』が無くなっていました。どこを探しても見当たらないのでひょっとしてうっかり食べてしまったのでしょうか?」 という相談事があったのでびっくりした。いくら小さいとはいえ。「もんじゃ焼き」の「へら」を「うっかり」食べちゃうことなんてあるのか。そして「うっかり」食べちゃったあとも平気なのか。あげく掲示板で「食べちゃったのでしょうか?」と相談されてもどうか。案の定お医者は困り果てており。 |
| [縮まない] 2004年4月1日(木) 朝。起き抜けの夫の顔が茶色いなあと思って見ていたら夫は突然ケーと吐き、どかーんと体温を3℃も上げた。びっくり仰天したのは妻。前夜まで不調のかけらもなかったのになぜだ。慌てて干からびてしわしわになった夫を病院に連れて行き点滴を打ってもらったのは昨日のこと。その甲斐あって本日は吐き気もおさまり発熱のみになった。良かった。おなかにやさしい食事を作りながら、「今夫の身体の中にはひとかけらの食べ物も入ってないね」と言うと夫はふらりと立ち上がってメジャーでウエストを測定。「5センチも減りました」と言ってニッと笑った。ちょっと嬉しかったみたいだった。 |
| [ごあいさつ] 2004年4月1日(木) ![]() 「おでん」をほったらかしにしたままただただ生きていると夫が「ねえ『おでん』はリニューアルしないの?」と言った。不変を好む無難で平凡で保守的な妻は「フフ」と笑ってうやむやにしたまま過ごしていたのだけれど、とうとう夫が白い紙とペンを持ってきて「どんなデザインにする?」と言った。世の中は流れてゆく。 そして妻がうんうんと唸りながら描いた落書きみたいな案を元に、夫は「おでん」を格好良くしてくれた。どうもありがとう。しかし格好つけたのは外見だけで、内容はなにひとつ変わってない。「すごい見かけだおし」というのが第一印象。 そんなわけで細々と日記再開。 更新停止中、たくさんのメールや掲示板の書き込みをいただきました。とても嬉しかったです。これからも「おでん」をよろしくお願いいたします。 |
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