日記 2002年12月
[先取り]
2002年12月31日(火)
明ける前に「よいお年を」とか言いたかった
うへんおへんと咳をして寝込む大晦日。こんなはずじゃなかった。夫とふたりでウフフと笑っておそばをすすったりする予定がだいなし。夫は「まかせておけ!」と元気に実家に行き、「黒豆」や「ちらし寿司」や「お刺身」や「かずのこ」などといった義母さまが作ったおいしいごはんをたくさん貰って帰って来た。妻は喜び、そのおめでたい料理を全部食べてしまった。まだ大晦日なのにだ。
そして真夜中。「夢の宝くじはずれる」という「初がっかり」で新年スタート。

[今年のお弁当終了]
2002年12月30日(月)
とても小さいおでん用カメラ
てっきりお正月休みだと思っていたのに夫出勤。慌ててお弁当をこしらえたは良いが材料が材料だっただけに出来上がりはあんまりおいしそうには見えなかった。苦し紛れに入れた残りものの「小指の先ほどの大きさのブロッコリー」がまた泣けた。小さすぎて彩りにもならない。ごめんなさい。
[デジタルカメラ勉強中]
2002年12月29日(日)
楽しい
携帯電話のカメラのぼやけた写真がわりと気に入っている妻。しかも気軽。しかしあまりにあまりな写真がたくさん撮れたりするので夫に「もうちょっと良いカメラがついている携帯電話を買ってください」と頼む。なにかわからないけれどもなにかが30万のやつが良い。今のよりも画像がきれい。すると夫は「いっそ『おでん用』にデジカメを買ってしまいましょう」と気前良く言い、かくして「おでん用」のデジタルカメラを手に入れた妻なのだった。ありがとう。とても良い。特に「おでん用」というのが良い。

[頭寒足熱]
2002年12月28日(土)おいしい紅茶と金魚のごはん

珍しく夫の足ほうが冷たいので愛をもってして妻のささやかな足のぬくもりを与えたりそれをまた奪ったりする寝る間際。しかし妻のぬくもりもささやかすぎたのでしまいにはどちらの足も冷たくなった。もう暖を取る手段なし。夫は冷たい足でしばらく考えていたが急に「ホラでも『頭寒足熱』と言うし、足が冷たいほうが健康に良いのだよ」とその四文字熟語とさっぱり真逆のひらめきを述べ、妙に納得してほがらかに眠ってしまった。真逆なのに。

[ノーカイ]
2002年12月27日(金)
よく育て
「今日は会社のノーカイだから」と夫に言われて「そうですか」と答えたのだけれども、ハテ「JA」になんのご用かしらとずっと思っていて、カレンダーに「夫タカマルノーカイ」と書きながら夫と話しているうちに夫が言っているのは「納会」だとわかった。しかも「JA」は「農協」だった。勘違いしていたものすら違っていた。言わなくて良かった。仕事納め。


[忘年会]
2002年12月26日(木)
これはエースコック
夫忘年会でごはんいらず。妻は咳がこほこほと出るので早めがかんじんとかぜ薬をのみ、得意の「安静」をしていたら夫がものすごい酒くささでもって帰宅。夫はベッドの中にいる妻にあいさつをしに寝室までやってきて、ひとりごきげんで歌をうたっていたが唐突にぐにゃりと曲がり、そのまま寝てしまった。妻はその突然さにびっくりした。さすがだ。
起こして服を着替えさせようかニッコリ笑って朝までそのままにするか考えたがのんきに考えているうちに3時間も過ぎてしまったのであきらめて妻だけ起きて台所に行き「にゅうめん」を作ってひとりで食べた。

[おとな]
2002年12月25日(水)
「プレゼントまわし」でもらった。なんの動物だこれは?
恒例となりつつある友人らを招いてのクリスマスパーティイン我が家。
プレゼント交換の予算はひとり1500円。妻は「紅茶の缶」を。夫は写真の「木のおもちゃ」をもらう。一方妻が用意したプレゼントは「ぞうのぬいぐるみ」で、夫は「外国のお菓子」。
こういう時、昔の妻たちならば「いかにくだらない使えないものを1500円分買うか」に全力を注いだものだった(太鼓とかまごの手とか)。もうみんな大人だ。我々も成長したねと4人でしみじみとお茶をすすり、昔を懐かしんだり恥じたり憧れたりした。そのあとみんなで「黒ひげ危機一髪」をして楽しく遊んだ。

[ごちそう]
2002年12月24日(火)
クリスマスといえばこれだ。我が家はカレーだったけれど
昨日までの3連休にたくさん遊び、クリスマスのごちそうも食べた我々夫婦だったので「今日はカレーにしましょう」という夫の発案にうなずく妻。そうねそろそろ平常運行。しかし仕事から帰ってきた夫の手には「ケーキ」と「ワイン」と「妻へのプレゼント」が。とても嬉しかったが妻はばか正直に見事にカレー「だけ」しか用意していなかったため軽く動揺した。それらを並べると「普通」だか「とくべつ」だかわからないおかしな食卓に。夫にがばりと抱きついてお礼を言ってごまかしたが変なものは変だった。メリークリスマス。

[学ぼう]
2002年12月23日(月)
映すやつ
夫とプラネタリウムを見る。今日やっていたプログラムは「アイヌの神話」だった。聞けば「遊んで暮らす6人の娘」を見かねた神様が、6人を「えいや」と星にしてしまったらしい。名は「すばる」。あと「とてもよく働く3人の若者」もごほうびに星にしてあげたそうだ。名は「オリオン」。
「ふたつの星座は夜空でも追いかけあいっこをしているのですよ」と物語はほんわかと終わってしまったが、妻は「働いても怠けてもどのみち星にはなれるのか」と思い、夫は「生きているうちから星にされてしまったのかそれとも死んだあとか」とそれぞれに思った。教訓はあったかもしれない。

[縫いましょう]
2002年12月22日(日)
クリスマスプレゼントのラジコン。もう大人なのに。本物持ってるのに。
一時雨。激しい雨。
荒れた外側に気付かず夫婦が部屋でボーヨーとしているうちにベランダに干していた洗濯物はすごいことに。発見した時にはすべての洗濯物から雨したたる。妻は茶色くなって夫とともにバケツリレー方式で洗濯物を風呂場へ移動。ああせっかく。そのあと洗面所から「ぼろのタオル」を持ってきて床にぽちぽちと落ちた雨しずくを拭いていたら今度はそれを見た夫が茶色くなった。「…昨日そのタオルで顔を拭きました」
ぞうきんでした。

[あーあーあ]
2002年12月21日(土)
大掃除をしなくては
寝室にて洗濯物をたたんでいると夫がやってきてぼうぜんと突っ立っているので「どうしたの」と聞くと夫は「今、コーヒーをこぼして浴びました」と染みのついたトレーナーをビヨと引っ張りながら言った。どうやら見せにきてくれたようだった。妻はいったいどう答えれば良いのか、そして夫は妻になんと言ってほしいのかわらず困った。とりあえず同情を込めて「あーあーあ」と言ってみたら夫は満足げにうなずいてまた居間に戻って行った。「あーあーあ」で正解だったようだった。

[がんばれ]
2002年12月20日(金)
刺す虫がくちびるを守る
夫のリクエストにおこたえして今日は「キムチ鍋」をします。「野菜」と「ぶた肉」と「くずきり」を鍋に入れて終わり。調理終わり。
仕上げに景気良く「キムチ」をひと瓶投入。煮立った頃鍋のふたをあければそこはなんというか地獄。オレンジの。ぼごぼごと煮えたぎるさまも。「赤いね」と言いながら夫婦で完食。その直後から妻のおなかからぐるぐるぐるぐるぐるぐるとものすごい音が。戦っている。胃が戦っている。どうか負けないで欲しい。

[お願い]
2002年12月19日(木)
夫の東京みやげ。妻の四国みやげはポン・ジュース
今日のポストに入っていたものは、思いきりマンション名を間違えている「ヤフービービー」のダイレクト・メールと「ピザ」の広告と「電気使用量のお知らせ」と夕刊。
お金がらみ以外で、妻に用事のあるひとは今日もいないようだった。てんでつまらない。かといって、先日のようにポストに「だいこんの葉」を1枚ひらりと入れられていても。へんに勘繰ってそのへたへたの葉っぱを眺めて奥に隠されているであろうメッセージをなんとか読み取ろうと葉っぱ片手に立ち尽くしたりするのでとにかく妻に用事のあるひとは野菜はなしで。

[行脚]
2002年12月16日(月)〜18日(水)
失敗した
母と四国。荷物を積み込んでさあ行きましょうというところで妻は「道中で聴くCD」を忘れたことに気付いてその旨を告げたのだけれど、母は「わたしが歌ってあげるからだいじょうぶ」とキッパリ言い放ち、よくわからないけれどもすごい自信だったので歌は母に任せることにして出発。
橋を渡る。途中でふらりと寄ったうどん屋で「天ぷらぶっかけうどん」を食べる。お店が悪かったのか残念ながら不味。香川の隣だからといって横着して徳島でうどんを食べるのはもうやめる。母と悪態をつきながら5時間かけて祖母の家に。結局母の歌声を聴くことなく到着。

横は海。地図の端っこを走る祖母の家はそれはもうぼろで寒い。あまりに寒いので「こたつ」に平行になるように敷布団を1枚敷いてそれを横に使って母とふたりで寝、こたつに足を入れ身体の上に布団を何枚も重ねて眠る。「みのむし」のようで楽しげだけれども寝心地は見たまんま。異文化。そんな母子の姿を見た祖母は「イナゲじゃのう」(変ですね)と言い、孫である妻はその方言がたいへん気に入ったのだった。
老人の夜は早い。
猫たたずむ朝6時に町の中央に位置するスピーカーから大音量で流れる音楽で起床。目覚ましいらず。
孝行するべく「どこに行きたいですか」と聞くと祖母は「奥道後」の「ジャングル風呂」に行きたいと言う。行ってみると建物の中にやしの木がドコドコと生えていて、小さなお風呂が点々とある寂れた空間だった。昔はハイカラだったのかもしれない。でもイナゲだ。しかしお湯はちゃんとした温泉だった。祖母は露天風呂につかりながら「まっこと良いぜ」(すごく良いです)を連発。それはまことに良かった。ジャングルくんだりまで来た甲斐もあるというもの。

なぜかいたモアイ次の日祖母に別れを告げ、来た時とは別の橋を渡って本州に帰る。ところが橋の上で車の燃料切れのランプが点灯。「ガソリンが足りん」と言うとそれまで饒舌だった母は無口に。ふたりで茶色くなって60キロ先のサービスエリアまで低燃費走行。
やっとの思いで辿りついたサービスエリアでガソリンを入れてもらった途端母は元気になり、その後の帰り道は「働きあり」の話をずっとしていた。「『働きあり』の中でも働かない『あり』がいるんですって」とかなんとか聞きながら行脚おわり。
[それでは行ってきます]
2002年12月15日(日)
持ってゆく
突然明日から母とふたり2泊3日で四国へ。運転手は妻だ。車掌さんは母だ。親孝行だ。
四国にはおばあちゃんが居る。まとめて孝行。

[好きだ]
2002年12月15日(日)
ビームが出ます
「銀行の休日手数料105円」よりも「ひもじい思い」をすることを選んでしまった愚かな夫と妻なので、財布の中には60円。ポケットに60円をちゃりちゃりと入れて夫の両親たちと「ワイナリー」へ行く。「ワイナリー」だなんて。所持金60円の我々には無縁の場所へ。
ぶどう畑をぞろぞろと歩きながら、夫と妻はとてもしあわせ。売店でワインの試飲をしていたのでたくさん飲む。おいしいワインを見つけ「いいね」「おいしいね」「すいません60円分ください」などと真顔でやっていたら見かねた義母が買ってくれた。義母さん好きだ。

[親しい]
2002年12月14日(土)
神戸パンダ簡易トイレ
お店にて。
妻の横でごはんを食べている小さなこども連れ一家。さっきから大声で「えび!」「えび!」と叫んでいるお子さん。ちっとも「えび」以外のものを食べない騒々しい我が子に業を煮やした父親は「電話するよ!『うちに悪い子がいます』ってサンタさんの携!帯!に!電話するよ!」と言って怒った。小さな女の子はそれを聞いてうわんうわんと泣き出した。どうやらお父さんは「サンタさん」と懇意にしているらしかった。でも逆効果だった。

[やったからできた]
2002年12月13日(金)
おいしい
去年は25日を過ぎてから慌ててギコギコと印刷していた年賀状だけれども「去年はやらなかったから出来なかっただけなのだ」と当たり前のことを夫は格好良く言い、パソコンであっというまに年賀状を作ってしまった。素敵。今年はやったから出来たのだ。しかし印刷する段になってプリンタは「インク切れました」と言って途中で止まった。プリンタから「はがき」を引っぱり出すと3分の2だけ印刷された年賀状。
「あけま
 おめで
 ござい」
と書かれてあった。意味がまったく通じない。

[ご無用]
2002年12月12日(木)
今年も良かった
夫の仕事の帰りに待ち合わせてデート。「ルミナリエ」を見たあとごはんを食べる。
店の中央には「囲炉裏」、店員さんの服は「作務衣」という和な居酒屋で本日の感想などを述べ合っているとお店に入ってきたのはスーツ姿の外国人。40代半ばの英国風紳士(ハンサム)。紳士はひとりで我々の隣の席に座り、メニューを手に取ったは良いが真顔。ページをめくったり眺めたり閉じたりまた開いたりしている。毛筆で書かれたそのメニュー。果たして読めるのか否か。「帆立」とか「冷奴」とか「天狗舞」とか。気になってこっそり見守る夫と妻。すると紳士は片手を挙げて店員さんを呼び、メニューを見ながら「ンート。ナマチュートエダマメ」と言った。
心配無用だった。

[サービス]
2002年12月11日(水)
妻のカメラバッグ。わかりやすい
スーパーのレジでぼんやり財布の中を覗きこんでいる妻に向かって店員さんは「『ごぼう』はどうなさいますか?」と言った。妻はハテと思いながらも「『きんぴらごぼう』にしようと思います」と素直に答えたのだけれど、店員さんは「ごぼう」を持ったままポカンと口を開けて妻を見た。妻もなにが起こったのかわからずポカンと口を開けて店員さんを見た。ふたりで見詰め合ってばかみたいだった。
だって妻は知らなかったのだ。そのスーパーが「だいこん」や「ごぼう」などの長い野菜を持ちかえりやすいように半分に切ってくれるだなんて。

[マダム]
2002年12月10日(火)
サンタ・ブーツ。重くてちぎれそう
年末の宝くじのニュースを見た夫とふたり。「うちでもぜひ買いましょう」と盛り上がる。3億円当たったらなにをするかという夫の問いに「母とボラボラ島に行きます」と妻即答。夫は現在心底愛している車を妻にくれ、新しい車を買うと言う。車への愛情も3億円の前ではもろい。宝くじを買わなくとも夢は見れる。
夫は白熱し「お手伝いさんを雇おう」と言って寸劇まで披露。「ちょっとそこのティッシュを取ってくださる?ブー」(『お手伝いさん』に鼻までティッシュを持ってきてもらい優雅に鼻をかむ演技)「その余ったティッシュの箱はもういらないから捨てて頂戴な」
そんな夫のひとり芝居を見ながらいくらお金持ちでもそんなことはしないと思う。

[こつはつかんだ]
2002年12月9日(月)
おいしそうな写真でお楽しみください
「さんま」半額。
恥ずかしながら「はらわた」の怖い妻は生の「さんま」を焼いたことがなく。まな板に乗った2尾の「さんま」を眺めたりつついたりしてひとり過ごすが夫が帰ってくる時間は迫るわけ。仕方なく義母に教わったとおり「塩」でごしごしと洗う。「さんま」のおなかは張りがあってなんだかぷにぷにとしていて銀色に光る。つらい。つらい。「さんま」の顔もこわい。勢い余った妻はあろうことか「さんま」を握り締めてしまい、そして「さんま」のおなかのあたりから「はらわた」は飛び出す。その感触。台所の惨状。またたくましくなってしまった妻なのだ。

[日記]
2002年12月8日(日)
ブー
愛する夫が「スバルのなんとかかんとか」という要するに車の集いに出かけると言う。午前5時にむりやり起きると外は雨。妻が「魔法びん」にあたたかい紅茶を入れている横で夫は笑顔で「ツナとチーズをのせて焼いたパン」と「ヨーグルト」を食べ、分厚いコートをきっちり着こんで「ぼくがんばるよ!」と言ってはりきって玄関から出ていった。がんばれ。


[こんど電話でもするよ]
2002年12月7日(土)
おいしい
携帯電話のメールのやりとりは便利だけれど味気ないねと常々思っている妻なので、友人に宛てて手書きのファクスなど。

「こんにちは。最近なにしてますか。わたしは朝ごはんを作ったり晩ごはんを作ったりお弁当を作ったりしているよ。つまり作ってばかりいるよ。そしてそれを食べたりもしているよ。あなたもケーキを作ってばかりいま」

ここまで書いてさすがに「なんだこりゃ」と思った。でも書き上げて送った。

[似たような]
2002年12月6日(金)
茶の心
友人と買い物に行く約束を。コートを着こんでマフラーをぐるぐると巻いたときにその友人からキャンセルの電話。残念だけれどもお熱なら仕方がない。「ご自愛ください」と言って切る。じゃあひとりで行きましょうと仕上げに洗面所で髪を整えたのだけれども、妻が鼻歌まじりにうっかり髪につけたそれは「ヘアワックス」でなく「素肌やわらかクリーム」だったので、それはもうえらいことになった。
それから妻はぬとぬとの髪のまま無言でマフラーをぐるぐるととってコートを脱いで服も脱いで「朝風呂」と洒落こんだ。

[無意識に]
2002年12月5日(木)
妻の部屋。カメラとフレッドさん。
眠る前。妻が冷たい足をしていると優しい夫はいつも「やあかわいそうに」と言ってあたたかいじぶんの足を自ら犠牲にして妻の足をあたためてくれる。ぬくもる。夫婦の愛も深まる。
そして今日も冷たい妻の足。夫は先にピヨピヨ言いながら眠ってしまった。いつものように夫の足で暖をとらせてもらおうと「ちょっと失礼します」と小声で呟きピトと足をくっつけると熟睡していた夫は「いやん!」と叫んで妻の足を蹴った。蹴りました。蹴りましたよ。

[夜中に鍋]
2002年12月4日(水)
愛用土鍋
「かに」は茹でられて。食べられて。みそ舐められて。ダシとられて。甲羅に酒盛られて。それを飲まれて。挙句洗って干されて「かにグラタンの皿」になったりまでするので幸せなのか不毛なのかいまいちわからないと常々思っている「かに座」の妻なのだけれども。目の前にいるおなかをすかせた夫が「かに」を飛び散らかせながら「かにスプーン」でもって一心不乱に「かに」を食べているさまを見ると「かに」になるのも別段悪くないと思うから不思議だ。
夫は「かに」を食べると無言になる。が、ごくたまに「メー」と鳴く。たぶんおいしいのだと思う。

[うそつき]
2002年12月3日(火)
さすがにもらえない
もう師走。
みんなが走ると言うのなら妻も走りたいのでまずは軽快になるべく髪を切りに行く。気分だけばっさりやって頂いてお金を払うと美容師さんは「来年のカレンダーかスケジュール帳をあげます」と言う。妻は予定を持たないけれど、スケジュール帳をもらった。どうもありがとう。お礼を言って帰りかけたら優しい美容師さんは「じゃあカレンダーも。だんなさんにあげてください」と差し出すのであった。しかしこんなカレンダーなんです。と広げて見せてくれたのは警察署に貼ってありそうな犬のイラストの描かれたすさまじいカレンダーだったので、たっぷり2秒それを凝視してから「わあ素敵でも夫はカレンダーを使わないのです」と早口で丁重に断った。妻は嘘をふたつもついた。

[だった]
2002年12月2日(月)
フレッドさん
となり駅の銀行におつかいに行って帰ってくると「貼るカイロ」がなくなっていた。腰の痛い昨日の妻は腰に「貼るカイロ」をふたつも貼り付けていたのだった。それがないのだった。家を出る時は確かにあったので「となり駅」もしくは「電車」、「そのへん」で落としてきたのだった。
椅子に座って記入してきた通帳をぼんやりと見ながら「妻の服の隙間から静かにすべり落ち『ざさ』と小さな音を立てて地面に落ちた瞬間の『貼るカイロ』」だとか、「妻のうしろをてくてくと歩いていたひとがなにか落ちたので妻に声をかけようとしたが『貼るカイロ』だったものだから逡巡」とか、いろいろ想像するのだった。つまりは恥ずかしいのだった。

[歩こう]
2002年12月1日(日)
ひとつくらいあっても良いじゃないか
夫が「車のアレをナニ」したいと言うので近所の丘までいっしょに行く。せっかくなので手作りお弁当など持参したいところだけれど、ふつか酔いの身にはコンビニのサンドイッチでよろしい。
夫が車のドアの内側をばりばりと開けてアレをナニしている間退屈な妻は素敵な風景でもおさめようとカメラ片手にひとり林の中。「どんぐり」の帽子がたくさん落ちていたので妻の興味は「素敵な風景」から「どんぐり」に移り、「どんぐり」を探すため下ばかり見て歩いたが肝心の「どんぐり」はひとつもなかった。「どんぐり」も「素敵な風景」も「落ちんとする夕日」もなにもかも得られないまま地面だけ見て日が暮れた。カメラのシャッターも押さぬまま。

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