このページの最終更新日2011/06/20


リスニング・ルーム

〜ブログ「緑の覚書」から〜

(元の記事を一部編集してあります。)

昔のレコードの聴き方
オスカー・フリートのマーラー
オーディオ趣味の栄枯盛衰+オーディオ岡目八目
クラシック三昧
オーディオ模様替えの余波
時空を超えて
理想のリスニング・スタイル
エアチェック復活
オーディオとオカルトの関係

昔のレコードの聴き方05/07/06

(これはSPからの復刻版LPの写真です。)

昔のSP時代の録音を聴いた事のある人は、恐らく「大したこと無いなあ」というような印象をもたれたことがおありでしょう。私の知人でも昔の歌手より今の歌手の方がレベルが高いと信じている人がいます。私もそんな印象を持つことが度重なるので、何故なのか疑問に思ってきました。そこでいろいろ思い巡らして一応の仮説めいた結論に達しました。

まず演奏スタイルについてです。今日ではメディアや交通手段の発達で、演奏スタイルが世界中で似通ってくる傾向が強く、地域や個人の差が減っています。ところがSPの時代は世界各地に散らばった指導者によって異なる教育が行われ、相互の交流も今日のように日常的には行われていませんでした。メディアは技術的な制約が強く、また広く流通するような段階にはなっていませんでした。そのため演奏スタイルには人によって様々な違いがありました。今の人が聴くと違和感を持つ一つの原因になっていると思われます。

そうした中でも、やはりその時代の空気を反映する共通点も存在したようです。それは声楽や弦楽器の極端なポルタメントで代表されるような、甘さを強調した演奏が多いことで、ピアノの場合でもパデレフスキーのショパンのように甘美な演奏が好まれたようです。今の人にとってはまことに違和感があり、むしろ素人の演奏のような印象をうけるかもしれません。

更に最も肝心でありながら殆んど意識されていないのが録音条件です。LPレコード時代やCD時代の録音はライブでもセッションでも、テープ録音からミキシングを経てマスタリングされています。マクロフォンの性能も非常に良くなって、間接音を充分に採録できるようになり、しかもステレオ化によって臨場感が著しく向上しています。翻ってSP時代では「ラッパ吹き込み」録音の時代は言うに及ばず、電気録音になってからでもマイクロフォンの数も少なくその殆んどが直接音の収録に使われ、ホールトーンなどの間接音はまるで採れていません。

ここでちょっと参考までに付け加えますと、西洋音楽の標準的な唱法では声は体中から出ています。ですからマイクロフオンを置く場所によってどこから出ている声を採るのかが変わります。遠く離すとこの影響は減り、同時に間接音が入るようになります。近いマイクロフォンで採る場合は、マクロフォンの指向性や周波数特性を調整して、望ましい音が採れる様に細工します。どちらもマイクロフォンの性能が良くないとできないことです。

私は間接音の効果を確かめるために、ソプラノ・ソロの古いSP録音をオーディオ装置で再生しながら、別室の離れた所に置いたマイクロフォンで録音して比べてみました。その結果驚くほど臨場感が増し、声に艶が出ただけでなく音程の安定感まで向上しました。勿論モノーラルでの実験です。つまり間接音は音楽の演奏にとって非常に重要な要素だということが証明されたわけです。

昔の電気蓄音機は今のオーディオ装置と違って、レコードに入っている音に残響を付け加えて、自然な音楽にすることを重要な役割にしていたようです。電気式でない大型のラッパ式蓄音機を、ヨーロッパの石造りの大き目の部屋において聴く場合も、長い残響が付き音楽が再現されると考えられます。木造建築ではなかなかそうは行きません。ですから木造の家で今のオーディオ装置を使って、SPレコードやその復刻盤を聴くのは正しくないということになるでしょう。

単なる仮説にすぎませんので間違っているかも知れませんが、厳しいご批判を覚悟で記事にしてみました。ご意見を頂ければ大変うれしいです。

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オスカー・フリートのマーラー06/04/05

(写真はウイキペディア「オスカー・フリート」から転載)

先ほど暫らく振りで「昔のレコードを聴こう!」のサイトをお訪ねしましたら、オスカー・フリートのマーラーが公開されているのを見つけました。04/10/22公開となっていますから長い間気がつかなかったことになりますね。交響曲2番「復活」です。

早速聴かせて頂きました。最終楽章の正に天国に遊ぶ至福の時の流れ・・・・。これがマーラー直伝の演奏なのだと知って、これまで聴いていたマーラーは一体なんだったのかと考えないではいられませんでした。聴き終わって暫らく余韻に浸っていたい気持ちよりも、早く皆様にご紹介したい気持ちのほうが強くて急いで投稿させていただきます。

HMVの「クラシック・ニュース」のページにはSP盤22面と書いてありますが、「昔のレコード・・・」の記事のようにレコード番号がPolidor/Germany B20324/35だとすると12面という勘定になり喰い違っているのが不思議です。まあとにかく一度聴いてみていただければ、下手な駄文を長々と書くよりもいいのではないでしょうか。お聴きになった方はご感想を書いて戴けると嬉しいです。

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オーディオ趣味の栄枯盛衰06/05/05+オーディオ岡目八目06/06/10

(写真はDENONのPCM録音によるLPです。表裏とも演奏者のHelmuth Rillingです。)

世間は大型連休で賑わっているようですね。サンデー毎日の身分ではいつもと変わりない筈なんですが、そこは矢張り世間様につられて出掛けたくなるもんです。という訳で今日妻と街をを見学して回りました。

HARD OFFに寄ったら、楽器やブランド品のバッグなどに混じって、オーディオ機器がかなりの面積を占めていました。AV機器もありましたが、むしろ純オーディオのアイテムが多いようでした。小生はオーディオ・マニアではありませんが、ハイファイ時代から趣味の一つにしてきましたので、興味を惹かれてつい長い時間眺めてしまいました。結構状態のよさそうな品物が並んでいたように感じました。

それにしても、趣味としてのオーディオが世の中であまり流行らなくなって、かなりの年月がたちます。家までの道すがらそんなことをぼんやり考えていましたがやがて、「どういう訳でこういうことになったのか」について考えてみようと思い立ちました。

オーディオといえば、かつては若者から年配者まで、またしがない勤め人からお金持ちの趣味人まで、幅広い層が参加する奥の深い趣味の世界をつくっていました。私自身はといえば所帯をを持った頃から仕事に追われて趣味どころではなくなり、いつも外から覗き込むだけの状態を続けていました。あるとき気がついてみたら、世間ではいつの間にかオーディオがマイナーな趣味の地位に転落してしまっていたのです。まことに寂しく残念な気持ちでいっぱいです。松風の音を収録して再現することに懸命な努力をしている人のことなど、マニアックな昔話を探したら際限がないでしょう。どこにそんなに人々を夢中にさせた秘密があったのでしょうか。

太平洋戦争中には情報統制が厳しく行われ、敵性音楽の禁止、海外放送の受信の禁止、小説や映画や音楽の検閲などで人々は自由を束縛されていました。第二次世界大戦が終わり演劇や音楽の検閲がなくなり、(GHQの検閲はありましたが、)、更には映画やラジオといった当時のメディアが大衆に解放されました。小生などの年代にはよく言う「ラジオ少年」が沢山現れて、海外の放送を受信したりアマチュア無線に凝ったりラジオやアンプを製作したりするのが流行しました。電蓄(電気蓄音機)のアンプの出力段は2A3のシングルが音が良いとされていました。スピーカーのフィールドは電磁石でした。

東京通信工業(今のソニー、通称:東通工)から出た「テープコーダー」なるものを公民館から借りてきて試したりしていました。和紙に磁性体を塗ったテープで、なぜか裏返しに巻き取るようになっていました。声はまるで原音とは似ても似つかないものに変ってしまうのでした。小学校時代の音楽の先生がお金持ちで、お宅をお訪ねするとアメリカ製の45回転盤の自動プレーヤーがあって、「フィガロの結婚」を聴かせてもらったのを思い出します。上から組みレコードが順に落ちてくる仕掛けに感心したものでした。やがてNHKが中波の第1放送と第2放送の2波を使ってステレオの試験放送を始めました。家のラジオと叔父の所から借りてきたラジオを使って聴きましたが、左右が不揃いなのであまり感心しませんでした。

(コブラ型ピックアップの載った電気蓄音機〜可搬式プレーヤーの写真は見当たりませんでした。)


「ラジオ技術」や「無線と実験」といった月刊誌が人気を呼んでいました。記事は製作に関するものが主体で読者の投稿が幅を利かせていました。小生は貧乏でしたので自分の小遣いでは作れず、もっぱら学校の校内放送用や講堂のPA用の機材を作ることに専念していました。運動会でグラウンドに置いたミキシング・アンプから放送室のアンプまで600オームの非平衡伝送ラインを引いたりしました。ビクターのコブラ型ピックアップを載せた可搬式のレコードプレーヤー(いまのDJ用機材のイメージに近いもの)が活躍していました。全て78回転盤でした。テレビジョンの試験放送が始まったのもこの頃でした。

やがてLPレコードが出回り始めましたがまだモノーラルの時代で、ステレオは各種の方式が競合していて普及には程遠い状態でした。オーディオがハイファイと呼ばれていたその時代には、お金がなかったことも手伝って、全て手作りするのが若者の常識でした。キットなども色々出ていて、赤井のテープ・デッキのキットなども有名でした。小生などはホーン型のツイーターまで手製でした。アルミ線が手にはいらず銅線だったので効率が上がらず苦労しました。それでもヴェートーヴェンの8番の10インチLPを買ってきて音を出したときなどは大変感激したものです。

(蛇足ですが、LPレコードが出現した条件の一つにテープ録音の技術がありました。テープ録音は第二次世界大戦中にドイツで完成し、ヒトラーの演説が各地から流されて連合国側が振り回されたと聞いています。それまでは放送用の録音は円板録音機によって行われていました。昭和天皇の終戦の詔勅も円板録音でした。スクラッチ・ノイズがあるので生放送との識別は容易でした。)

しばらくしてステレオLPの時代がやってきました。テープデッキは全てオープンリールでした。この頃からオーディオ装置が家庭にはいりはじめました。手作りが全盛時代を迎える一方で、時あたかも高度経済成長時代にはいり、高級なオーディオシステムがもてはやされ、「オーディオ評論家」なる先生方が現れました。「音楽の友」誌にも新譜の記事にオーディオ評論家の先生方の名前が載るようになりました。巷ではパワーと周波数特性ばかりが喧伝され、後にウサギ小屋と揶揄されることになる狭小住宅のリスニング・スペースを、およそ似つかわしくない化け物が占領している光景がよく見られるようになりました。音楽とオーディオが主客転倒しはじめて、摘み食いのような聴き方が広まっていきました。

一方では、生の音楽を聴ける機会の増加に伴いオーディオ・マニア以外の音楽愛好家も着実に増えていき、職場や学校を中心にして演奏活動に参加する人が増えました。また次第に良い演奏会場が東京を皮切りに各地に作られるようなりました。外国から有名な演奏家や演奏団体が頻繁に日本に訪れるようになりました。演奏家の生活もようやく安定し始めたかに見えました。

この頃から音楽とオーディオは目的と手段の関係を離れて、それぞれがわが道を行きはじめたのではないかと思います。20世紀にはいってから演奏家にとってレコードを出すことは演奏活動の重要な要素でした。このことは今日でも変りません。PCM録音やDSD録音など新しい方式が出るたびに少しでも生に近い音を求める演奏家の関心を集めます。但し、ベテランの人間の耳で初めて聴き分けられるような差しか無くなって来たため、録音方式への関心は昔ほど強くなくなりました。これは再生装置にも当てはまります。今日、iPodで勉強している音楽家が如何に多いことか。

(またまた蛇足になりますが、ディジタル録音が現れるための基礎になったのが、畑違いな映像の記録技術の発達でした。広帯域の信号を記録できるようになったのでディジタル録音が可能になったと言ってもいいでしょう。テレビの番組がテープで放送されるようになったのはそんなに昔のことではなく、それまではフィルムに頼っていたんですね。)

今日では聴衆の方も、なにも何百万円も出して立派なオーディオ装置を揃えなくても、一流の演奏を聴ける機会が随所に溢れています。と言うことは、昔の名演奏に関心のある人や一部の好事家にしか、必ずしも必要でなくなったのが高級なオーディオ装置なのだと思います。尤も演奏会ではめったに聴けない曲目や来日しない演奏家もCDなら聴けるわけですから、いいオーディオ装置の価値は今でも充分存在することは言うまでもありません。

そんな状態のところにバブルの崩壊と言う稀有な大波が押し寄せたのですから堪りません。オーディオ産業は一挙に衰退してしまいました。いま彼らの多くが食いつないでいるのは主にいわゆるAV(オーディオ・ヴィジュアル・・・お間違いなきよう。)の世界とカー・オーディオです。でも考えてみれば、オーディオの愛好と言うのは数ある趣味の一つに過ぎないわけで、それがひと頃ある一つの産業分野を潤していたこと自体、いかにも珍しい現象だったと言えるでしょう。そういう目で眺めてみると、廃れたのはあまたあった総合オーディオメーカーであって、いまでもオーディオ・マニア自体や得意分野に特化したメーカーは健在のようです。つまり流行り病のオーディオではなく、本当の趣味の世界がようやく訪れたのかも知れません。

ここまで書いてみたところで、つらつら読み返してみると、いかにも表面的な議論しかしていない感じがしてきました。他の趣味でもそうでしょうが、オーディオの楽しみは本人にしか分からないもので、どうやら分析したり解説したりは愚の骨頂だというのが結論のようですね。今回はオーディオ万歳と言うことにしておきましょう。

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クラシック三昧07/05/04

今、FMを聴いています。NHK−FMの「今日は一日クラシック三昧」です。7時
のニュースで中断のあとも7時20分から後半が始まるようです。

先ほどまで井上勢津さんという方が音楽療法を巡る話をされていました。その
なかでハダンゲル・フィドルの演奏家による生の演奏を聴くことができました。ハ
ダンゲルフィドルはノルウエーの民族楽器でノルウエーで出会ってから強い関
心をもってきました。ホームページにも紹介させてもらっています。

いままでこの
「今日は一日○○三昧」は、そんなシリーズがあることも知らなか
ったので全く不意打ちでした。始めから聴けなかったのが残念です。これからも
っと番組表をウオッチしようと決めました。

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オーディオ模様替えの余波07/09/10

この夏の暑さには参りました。書斎をリスニングルームにしていたのですが、エアコンが旧型であまり効かない上にうるさい音をだすのでとうとう我慢できなくなりました。そこでオーディオ一式を思い切って寝室に移すという暴挙に出ました。その結果、汗だくでオーディオの設定をやり直す羽目になりました。

一段落して気になりだしたのがヘッドホーン(ホームページの記事にでてくるソニーのMDR-F1)です。数年間に亘って吸わせ続けた汗と皮脂でパッドがボロボロになってしまいました。このパッドの表面は東レのエクセーヌというものだそうですが伸びきって今にも千切れそうですし、中身の発泡材(ウレタンか何かでしょうか?)も腰が無くなってぺしゃんこになってしまいました。

元々あまり気に入らなかったヘッドホーンなので買い換えたくなり、世の中の情勢を探りに掛かりましたが、あれこれ思案した挙句に結局「もっったいない」ので修理して使うことにしました。「たかがイヤーパッドじゃないか」とおっしゃる方はソニーさんをご存じない。もし修理に出したらたっぷり技術料をお支払いする羽目になります。そこでネット通販のSOUND CITYさんから純正のパッドだけを買いました。

今日、品物が来たので早速修理に掛かりました。普通のヘッドホーンの場合は本体の溝に嵌め込む作業をするわけですが、MDR-F1のパッドは既に合成樹脂製のリングの溝に嵌った状態で一体化された交換部品として供給されていますので、このリング部分をを本体に嵌め込むことになります。メーカーでは4箇所のスナップ(と呼ぶのかどうか知りませんが本体の突起と噛み合う下駄の歯のような部分)に接着剤を着けて嵌めこんであるようですが、やってみると接着剤なんか全く不要で、気持ちのいいクリック音を立てて嵌りこみ全くガタつきません。実に簡単でした。

上の写真には取り外した古いほうのパッドも写してあります。裏返しにしてある方にはリングが見えています。これで小生の寿命までもってくれるといいのですがねえ。使う前には必ず顔を洗うことにしましょうかね。

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時空を超えて07/09/14

私たちの合唱団では来年のカヴァレリア・ルスティカーナの練習の最中です。合唱団で作ったパート練習用のCDを利用していますが、オケやソリストとフルコーラスのなかでの練習は欠かせません。そのための自宅練習用の音源として、DVDでは兎角映像重視のものが多いので、この際CDを買いました。

1960年の録音であの時代のマイクロフォンを思い起こさせる如何にも華やかな音がします。舞台の隅々まで明瞭に録れていて練習が楽になりました。

演奏の方ですが、トゥリオ・セラフィンという最盛期のイタリアオペラ界に君臨した大御所の指揮は、今日の感覚からすると芝居がかった大げさなものですが、スコアを片手にこのCDで練習していると気がつかないうちに彼のペースに引き込まれてしまい、いかにも自分が1960年のローマの舞台に立っているような気持ちにさせられるから不思議です。

ジュリエッタ・シミオナートやマリオ・デル・モナコなど往年の大ソリストたちの奥行きのある歌唱が聴きもので、練習が楽しくなりました。テンポ・ルバートが激しいので指揮を見ないで歌うのが難しい箇所もありますが、そこは勘を働かせて補っています。

このCDはお奨めです。

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理想のリスニング・スタイル07/09/20

今朝からのヴァイオリンの練習に疲れたので、いまカヴァレリア・ルスティカーナのCDを聴いています。なんと寝室です。多分珍しいのではないかと自負(?)しています。昔から何でも寝たままで届くのが夢でしたので、今は積年の想いが叶って天国です。

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エアチェック復活07/10/02

(NHK横浜の円海山FM放送所)

オーディオを寝室に移してから「疲れると聴きながら休憩する」というパターンが増えました。しかし「次は何を聴こうかなあ」と考えたときに、手持ちのレパートリーが偏っていてどれもしっくり来ないことがあります。そんなときに私が頼るのがFM放送です。FM放送ではあまり聴く機会の少ない曲や演奏家のものが放送されています。またコンサートの録音や生の放送もあります。

世間ではFM離れが進み、カーラジオでしかFMを聴いたことがないという方も増えていると聞き及びますが、実はFM放送の音楽番組は非常に優れた機材を使って流されていて、一般のCDプレーヤーなどは足元にも及ばない情報量を持っています。放送されている音域の上限が15キロヘルツで、CDの20キロヘルツより低いのですが、それを補って余りある音質です。(もちろんこれは電界強度が充分あり妨害の少ない条件の良い場所での話ですが。)まして30歳を越えた方々にとっては15キロヘルツは可聴範囲の上限をほぼカバーしていて殆んど遜色ない値です。

残念なことに番組はこちらの時間の都合に合わせてはくれないので、いままでは有効に活用できていませんでした。昔はいわゆるエアチェック(ラジオを録音)をして、カセットテープで保存した時期もありました。最近ではMDに入れたりしてみましたが、やはり情報量が格段に少なく物足りません。つらつら思い巡らした挙句、ONKYOのSE-U33というUSB DIGITAL AUDIO PROCESSORが手元にあったのを思い出しました。現行のモデルより2代前のものですがこれを使ってパソコンに録音しようと決め、長いUSBケーブルを買ってきました。

早速、Sound Engine Freeを使って「ベスト・オブ・クラシック」を録ってみました。1時間半を超える長い番組で1GB近いPCMファイルになってしまいました。これではハードディスクに溜め込めないのでCDRを2枚使って保存することにしました。この作業に結構時間が掛かるのでしょっちゅうやれることではないでしょうね。出来上がったCDを聴いて見ると、チューナーとCDプレーヤーのラインケーブルの音色が違うのがそのまま分かる程度の上々の出来映えです。

まあ、道楽と実益(?)を兼ねて時々はエアチェックすることになりそうです。

後日談:PCで編集したりCDRに焼いたりするのが面倒だったのですが、最近になってICレコーダーを買い込んでタイマー予約録音を始めました。レコーダーのチューナーがSN比が悪くて今ひとつ気に入らないので、オーディオ用のチューナーからラインケーブルでつないで録音しています。8GのmicroSDHCカードを使っていますが、すぐに一杯になりますのでPCMモードで録るのは特に必要なものだけにしています。

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オーディオとオカルトの関係08/08/11

最近まで、このブログの「次の間」のPRリンクに「M's system」なるものがでていました。自分のブログに勝手に入ってくるこの手のPRはあまりいい気分のしないものですね。そのことはこの際脇におくとして、この「M's system」なるもののPRのしかたをみると「波動」という言葉を操りながら、意味不明の説明に終始していて殆んどオカルトの世界です。これはスピーカー・システムの一種のようなのですが、品物としての具体的説明が不足していて、買う側に対する「知らしむべからず。拠らしむべし。」という態度が見えみえです。

この例はちょっと極端な例ですが、似たような神秘めかした宣伝は昔からオーディオの世界にはびこっています。たとえば各種のケーブルなどは典型的な例ですね。何しろ、研究が非常に難しい聴覚というものに頼って判定するしか決め手が無い世界ですから、何とでも言いくるめることが出来ます。ということでオーディオとオカルトには近縁関係があるような気がします。実際、オーディオに関わったことのある方々は例外なく「〜を変えると音が変った。」という経験をしておられるようです。聴覚に関わる実験には心理学や精神物理学の世界が大きく立ちはだかっています。逆に素人でも色々な工夫をして独りで悦にいることが出来ます。オーディオの面白味の一つに、こういった「新発見」の楽しみがあることは否定できません。

そこまでは人様に余り迷惑を掛けずにやれるので結構なことだろうと思います。ところが事が商売となるとそうはいきません。オーディオとは無関係ですが知る人ぞ知る「D眼鏡」の眉唾商売に限りなく近づく恐れがあります。下手をすると詐欺行為になりかねません。では買う側としてはどうすればいいのでしょうか。まず「理屈」についてある程度の勉強をすることは「オカルト」を嗅ぎ分ける基礎になります。次に他人の意見に左右されない判定が出来るまで自分の聴覚を鍛えることです。くれぐれも詐欺まがいの商売に載せられないよう気をつけましょう。

(この写真は本文の内容とは直接の関係はありません。)

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