| ときどき思い出し日記/2010年5月 |
| 某日 5月末日、新田次郎文学賞授賞式で、東京會舘へ。 会場入口には、太宰文学研究会さんから届いた大きな盛り花が、華やかです! 記帳を拝見すると、170名以上の方がご列席下さり、盛会でした。 ご来賓のみなさまがた、誠にありがとうございました。 ほとんど存じ上げている編集者さんたちで、リラックスした楽しいひととき。 窓から見える皇居の新緑も青々として、美しい宵でした。 伊藤桂一先生よりご挨拶、阿刀田高先生より選評、西木正明先生の乾杯のご挨拶を、頂きました。 正賞は、気象庁に勤務されていた新田先生にちなんで、温度計(左)・気圧(中)・湿度計(右)。 大きくて、立派なお品です。 ![]() 廊下の壁に、飾ろうと思います。 二次会は、近くのバー。 明日から衣替えですが、季節の先取りで、単衣の訪問着に袋帯をむすびました。 気持ちを引き締めて、書かなければなりません。 |
| 某日 午後は、三鷹へ。太宰さんのお墓参り。雨で静かでした。 夜は、国分寺の「若松屋」さんへ。うなぎとお鮨を頂きました。 今までは、「東鮨」という店名でしたが、「若松屋」さんへ。 先代のご主人は、三鷹で、晩年の太宰が愛して通った、うなぎの「若松屋」を経営。 そこで、元の店名に戻されたのでした。 ![]() ![]() 今、私は、月刊誌「パンプキン」にて、連載エッセイ「太宰治紀行」を書いています。 太宰の生涯を、子ども時代から順に追いながら、 彼が書いた自伝的な小説を引用して、太宰の生涯を考え、描くものです。 太宰にゆかりの場所の写真も、たくさん掲載しています。 今度の〆切は、戦後の太宰の短編「メリイクリスマス」を取りあげます。 敗戦後、疎開先の津軽から東京に戻ってきたばかりの太宰の虚無、新しい時代への興奮 数々の戦死者への思いがこめられている優れた小説です。 この小説の舞台は、「若松屋」さんなので、 太宰好みのうなぎの蒲焼き、ご主人、お店を、写真撮影させて頂きました。 今日も、本当に美味しかったです! 中央線の国分寺駅です。ぜひお出かけください。 |
| 某日 本日5月29日、映画「RAILWAYS」の公開です! 私の郷里、島根県の出雲地方で、ロケ撮影した作品。 映画「ALWAYS」の制作スタッフ、中井貴一さん、高島礼子さんなどのご出演です。 中井さん扮する主人公が、島根県の私鉄・一畑(いちばた)電鉄の運転手になる物語。 一畑電鉄! 私も、子どものころに乗りました。 休日に、遊園地「一畑パーク」に遊びに行ったり、 小学生の夏休みは、松江の宍道湖畔の「ホテル一畑」に、半日、行って、 妹とプールで遊び、ホテルのレストランでランチを頂くのが楽しみでした。 (今はプールはなくなり、温泉スパになったようです) 公開中に、映画館に見に行きます! 全国で上映されています。劇場情報 |
| 某日 今日は、夜8時から10時まで英語学校へ。個人レッスン。 1日、ずっと仕事をした後なので、頭が疲れていて、いつものように頭と舌が回りませんでした。 へとへとに疲れているときも、食事をしながらでも、あらゆる状況で話せることが大切ですね。 今日は、1つ疑問がとけました。 カナダやイギリスで、翌日の予定をたずねる時などに、 未来進行形(Will you be 〜ing...?)で、質問をされることが、時々、ありました。 これは丁寧表現だったのですね! これから覚えて使います。 たしかに、Will you 〜? (あなたは〜しますか?)では 直接的すぎて、相手の予定や私生活に踏みこむ印象があります。 Will you be 〜ing...? のほうが、婉曲的で、大人のマナーを感じますね。 |
| 某日 日本ペンクラブの年次総会。 正午より、執行部会、理事会、総会に出席して、夜は懇親会と、一日、東京會舘にいました。 いつもはスーツですが、珍しく着物で出席したところ、 委員会活動で親しい会員の人たちから言われました。 「松本さんによく似た人がいるけど、感じが違うし、誰かな〜と思ったら、松本さんだった!」 十数年前は、逆に、年中、ほとんどの外出は和服だったので たまに洋服を着ていると、 「よく似た人がいるけど、感じが違うし、誰かな〜と思ったら」と言われたのです。 装いによって、人の印象は、大きく変わりますね。 ふだんは髪も着付けも自分でしていますが、今日の髪は、美容院でセットして頂きました。 ![]() |
| 某日 オークスのレース日。 JRA(日本中央競馬会)より、ご招待を頂いて、生まれて初めて競馬観戦に府中競馬場へ行きました! 実は若いころも、毎年、観戦のご招待を頂いていましたが、今年、初めて、出席いたしました。 「オークス」は牝馬のレースということで、各界の女性を招待して観戦会、という催しだそうです。 府中競馬場のビル最上階の貴賓室に案内されると、 そこには、著名な女優さんとテレビキャスター、タレントさん、女性の作家の方々……。 華やかな雰囲気です。 私は、美女編集者のHさんと来ていたので、 さっそく2人で、貴賓室のテラスへ。眼下は、鮮やかな緑の芝生。 ![]() 席には、競馬新聞が置いてあります。 初めて読むので、データの見方がまったくわからず、JRAの方に、質問して、詳しく教えて頂きました。 馬券の買い方もわらないので、単勝、複勝、枠連など、色々な買い方も、丁寧に教えて頂きました。 せっかくなので、競馬新聞の膨大なデータをよく分析して 試しに、第5レース、1着の馬を予想する単勝で、ラガーアンバーを買うと、なんと当たりです。 ゴール前を疾走する馬たちの地響きと勢いに、圧倒されつつ、感激! ふたたび競馬新聞、複数紙をよく分析して、第6レースは、手がたく、複勝で買ったところ、 また1着と3着が当たり! 理事長さんなど役員の方々のご挨拶があり、そしてランチを頂いて、 午後は、みなさんと、パドック見学。 馬が美しい! 筋肉が素晴らしい! 馬を見守る馬主の方々(皆さん、オーダースーツに中折れ帽)の鋭く真剣な目が印象的です。 騎手の方々の、細くて美しい体も! そして、いよいよオークス、第11レース。 競馬専門紙をよく検討して、単勝は、17番のアババネで購入。 結果は、ニュースにもなりましたように、映像の判定審議で、見事、アババネが1着。 結局、この日に買った3レースとも、1着の馬を当てました! ビギナーズ・ラックでしょう。 ただし、かけた資金は、私と編集者のHさんと共同で、最初のレースに500円(笑)。 しかも、その払い戻し金を元手にして、以後のレースの馬券を買ったので、 かかった全費用も、500円(笑)。利益は、2人の往復の電車代。 (2人とも、慎重で、堅実な性格だということが、よ〜くわかりました) とにかく、初めての競馬は、魅力的な各界の女性の方々とともに、レースを拝見して、 馬は美しく、新緑もきれいで、実にスリリングで、楽しい一日でした。 競馬新聞の読み方を教わり、奥が深い世界だとわかったことが、大きな収穫でした。 |
| 某日 しばらく忙しくてジムを休んでいたのですが、久しいぶりにヨガをしました! 最高の気分でした。 英語版の経歴サイトに、『恋の蛍』の英文紹介、イタリア語版の小説集の紹介を書いて掲載しました。 |
| 某日 2時間の英語学校。 英語と米語の違いなど。 食べ物、自動車関係、服、髪など、アメリカとイギリスでは違いがたくさんあり、とにかく暗記です。 そんな中で、おかしかったことがありました! ズボンは、米語でpants、英語でtrousers。 これはよく知られていますね。(日本語の「ズボン」は仏語由来) ところで、半ズボンは、米語でshort pants、 英語でshorts(ショーツ)、なのだそうです。 そう聞いて、私が、 「ショーツshortsは、和製英語では、レイディス・アンダーウエアだから、 イギリスで買い物をするときに、間違えないようにしなくては」 と、自分の学習のために、ひとりごとのように言ったところ(英語で)、 突然、若いイギリス人男性の先生が、ハッとして、耳まで、真っ赤になったのです! 「どうしたの?」と聞いたら、 彼は、先日、ユニクロへ行って、「ショーツ、クダサイ」と、女性店員さんに言ったのだそうです。 イギリス語で、「半ズボン」です。 日本に来たら、東京は暑くて、彼は、半ズボンが必要になったのです。 先生がユニクロでの会話を再現してくれました。 女性店員さん、「もう一度、言ってください」 イギリス人先生、「ハイ。ショーツ、クダサイ」 店員さん、「それは、何ですか?」 イギリス人先生、「ミジカイ、ズボン、デス」 彼は、和製英語のことは知らないまま、無事に、半ズボンを買えたのでした。 外国の男性客を「へんな人」扱いしなかった女性店員さんの賢明さ、機転に、感動しました。 プロフェッショナルな接客態度、仕事ぶりですね。 でも、初めて知った先生は、しばらく赤面していました(カワイイですね)。 私も、以前、パリの薬局や、ブルターニュの郵便局で、変なフランス語を話してしまい、 あとで知って、恥ずかしくて身もだえした経験があります。 でも、そうして、色々な間違いを経験しながら、外国語を学習していくのですね! ジオスは破産宣告となり、経営母体が変わりましたが、 私の通っている教室では、授業も、先生も、とくに変わらず、安堵しました。 夜、週に一度、韓国ドラマ「彼女はラブハンター」を見ています。 好きな女優オム・ジョンファさん、そして肉体派美男子のオ・ジホさんのラブコメで、 最初は、気分転換に、軽く、楽しんでいました。 しかし、後半になるにつれて、人間の生き方、人を愛すること、許すこと、家族への愛と犠牲について、 深い台詞が出てきて、楽しみになりました。 |
| 某日 日曜日は、蓼科の家から、長野県と山梨県へ、お墓参りツアー。 長野県諏訪市へ、新田次郎先生のお墓参り。 新田次郎文学受賞のご報告をさせて頂きました。 墓碑に、「春風や 次郎の夢の まだつづく 新田次郎」とあります。 ![]() そして、『恋の蛍 山崎富栄と太宰治』に登場するお二人、古田晁さんと石原初太郎先生のお墓参りです。 長野県塩尻市へ、まず古田晁さんの生家とお墓へ行きました。 古田さんは、筑摩書房の創業者であり、太宰に、最後の長編『人間失格』を書かせた編集者です。 太宰の葬儀では、弔辞を泣きながら読んでいます。 その場面と弔辞を、小説『恋の蛍』に、書きました。 弔辞の原稿を所蔵している古田さんの生家「古田晁記念館」へ行き、色々とご説明をして頂きました。 そして、近くにある古田家のお墓に、お花をお供えして、お参りしました。 太宰は、自殺する前日の昭和23年6月12日に、 当時、古田さんが寄寓していた埼玉県大宮の宇治病院へ、一人で訪ねて行きます。 ちなみに、そのころ、富栄さんは、既に太宰さんから自殺決行を知らされていたようで、 『恋の蛍』に書いたように、富栄さんは、6月11日に、 生まれ育ったお茶の水本郷へ、実家のビルの見納めに行っています。 太宰は6月12日に大宮へ行きますが、古田さんは、塩尻の生家に戻っていて、不在でした。 太宰は、古田さんに会えずに帰京。 なぜでしょうか、太宰は、妻子のいる自宅には帰りませんでした。 そして、富栄さんの下宿に行って、泊まります。 翌6月13日、家族と版元3社、知人宛に、遺書を5通書いて、太宰さんは自殺します。 自殺を考えている人は、止めてくれる人を、心の底で、常に求めていると言われます。 その相手が、古田さんだったかもしれません。 太宰が、もし死ぬ前日に古田さんに会えていたら……。 自殺心中癖のある太宰さんは、それまでに4回も自死を試みていて、 しかも、結核の末期でしたので、 遅かれ、早かれ、いずれは、亡くなられていたかもしれませんが、 少なくとも、6月13日には、死ななかったのではないか、 死は、もうすこし先に延びたのではないか、と思い、残念です。 古田さんの生家を見学した後は、ランチは、 古田さんがよく食べに行った中央線「小野駅」近くの食堂「タイガー」(大正14年創業)にて。 戦前から戦後の古田さんは、中央線の夜行で、東京から帰郷すると、まずは「タイガー」で食事。 古田家でお客様や法事があると、タイガーで仕出し料理を出されたそうです。 そして午後は、中央高速で、山梨県甲府市へ。石原初太郎先生とくらさんの墓参。 太宰の妻・石原美知子さんの御両親です。 石原初太郎先生は、私の教理の島根県で、14年間、学校長を務められ 妻のくらさん(兵庫県出身)とともに、島根県に暮らしました。 太宰の妻となる石原美知子さんは、そのときに、島根で生まれ、育っています。 くらさんは、太宰を実の息子のように可愛がった方です。 太宰は、義母のくらさんから島根の話を聞いて、島根を舞台にした小説「葉桜と魔笛」を書いています。 一日かがりで、説『恋の蛍』に出てくる人々のお墓参りをさせて頂いて、 しみじみとした思いが、胸に広がりました。 夕食は、大学生の甥っ子と、インド・ネパール料理のレストランへ。 週末の中央高速往復630キロ運転のお墓参りツアー。 道中の新緑と、南アルプスや八ヶ岳などの山々が、きれいでした。 |
| 某日 蓼科の家へ行きました。 結婚記念日です。 蓼科東急リゾートホテルのフランス料理レストランへ、初めて行ってみました。 夕食を頂いて、11周年のお祝いをしました。蓼科牛のステーキがすばらしいお味でした。 蓼科の山は桜が咲いていて、やっと芽吹いてきたところでした。寒くて、暖房は必需品です。 家の前には、スミレが群れなして咲いています。 でも、ラズベリーの木々は、まだ芽も出ていません。 朝は、春を告げる鳥たちの声が、うっすらと緑の霞のように芽吹いたカラマツの森に、響きます。 日暮れ時は、鹿が、4頭、姿をあらわしました。 そして、夜、初めて見る大きな動物が道路にいると思ったら、なんと、カモシカでした! |
| 某日 実家の父が、毎年恒例のスケッチ旅行から帰国しました。 夜、成田エクスプレスの着く東京駅にお迎えに行きました。 今年は、フランスのブルターニュ地方へ行き、10日間、スケッチと水彩画を描いていたそうです。 毎日、外で絵を描いていたためか、 とても日に焼けて、無精ひげ、服もよれよれ、 土ぼこりのハンチング帽(今思えばフランスで買ったのか?)をかぶった変なおじさんが、 私に手をふっているけれど、あの人はだれかしら?……と思ったら、父でした(笑) ブルターニュ地方が気に入ったようで、楽しかった!とニコニコしていました。 デジカメの写真を見せてもらったところ、 あの空の色、あの海の色、夕暮れどきの微妙な水の色合い! まさにブルターニュです。 コレットが傑作小説「青い麦」に書いた、あの海の色! 私は、ブルターニュ地方が大好きです。また行ってみたい憧れの土地です。 ブルターニュは、「英国の」という意味の「ブリティッシュ」の元の言葉「ブルトン」を フランス語読みにした地名です。 フランスのなかで、唯一、英国由来のケルト族の言語(ブルトン語)が今も残り、 ブルターニュでは、ブルトン語が、フランス語とともに、公用語として正式に使われています。 この春の新刊小説集『春の小夜』(角川書店)のなかの「夜ごとの美女」は ブルターニュ地方を舞台にしました。 それくらい、大好きなのです。 ブルターニュは、『赤毛のアン』に登場するアーサー王伝説の舞台の1つでもあります。 (『赤毛のアンに隠されたシェイクスピア』(集英社)には、ブルターニュで撮った写真も掲載しています)。 ちなみに、アンもマシュー、マリラも、ケルト族の末裔です。 さて、父とパートナーと3人で、東京大丸のレストランで急いで夕食をとり、 夜十時、父は東京駅発の寝台列車サンライズ出雲号で、出雲に帰りました。 父のベッドつきの気持ちよさそうな個室を見ていると、 私も寝台個室を予約して出雲に帰ってみたいな……と思いました。 都内から出雲は、飛行機のほうが早くて安いので、いつも飛行機ですが、 寝台個室の旅、憧れます。ツインベッドの個室もあるようです。 (愛犬はケージに入れて乗れるのでしょうか?) 東海道線を通り、京都から岡山へ、そして終着駅の出雲へ。 ブルターニュのスケッチ画をもとにして、これから油絵を色々と描いて、 夏には、日本橋で、ブルターニュのグループ展覧会を開くそうで、楽しそうな老父が印象的でした。 |
| 某日 モンゴメリファンクラブ「バターカップス」の会報発送で、Mさんのお宅へ。 玄関前に、バターカップス、おだまき、レンゲが咲いて、いつもながらにすてきです。 あたりの家々の庭にも、大輪のバラ、モッコウパラが咲いて、甘い香り。 私は、昨年開催の「イギリス物語紀行ツアー」の写真アルバムを作り、 A4に200枚近く両面印刷をして、会報に同封させて頂きました。 (『赤毛のアン』の作者のモンゴメリさんは新婚旅行でイギリスを2ヶ月旅して、 このツアーと同じ場所をたくさん訪れています。 また『赤毛のアン』には英詩も引用されるので、イギリスとは関係が深いのです!) 去年は、『恋の蛍』の原稿書きで徹夜続きの状態で、あまりにも忙しくて、 2009年7月に行ったイギリス物語紀行ツアーの写真の整理ができず、 今ごろ、やっと、イギリスツアーで撮った写真46枚と、その説明文を、サイトにアップしました。 今年のイギリスツアーも、同じ場所を旅します。ロンドンでは、去年よりも充実の観光です。 参加〆切は、今月5月31日です。 どうぞお早めにお申し込みください! 写真は、英国の美しい田園として知られるコッツウォルズの村「ブロード・ウェイ」 この通りに、宿泊する創業五百年の歴史的な名ホテル「リゴン・アームズ」が面しています。 ![]() ![]() ロンドンでのお買い物。古風な花柄のリバティ・プリントで知られるリバティ本店へ(自由散策) ![]() |
| 某日 4月末からの連休中は、太宰の取材で、青森へ旅行に行っていました! ![]() 弘前城のお堀にて 太宰の紀行集『津軽』にちなんで、津軽半島一周をしたり、弘前、五所川原、鰺ヶ沢、深浦も訪れました。 青森県へ行くのは、6度目ですが、今までは飛行機でした。 このたびは、初めて東北自動車道を通って、行きました。 往復1900キロ、パートナーと交代で運転をしました。 飛行機では、羽田から、1時間くらいで、あっという間ですが、 車では、東京、埼玉、群馬、栃木、福島、宮城、岩手、秋田、青森と、少しずつ北上して行きます。 太宰は、東北本線で、東京〜青森間を、中学生のころから、しばしば往復しています。 その道中、少しずつ季節や植生が違っているのが、実感できて、車で行って、本当に良かったです。 東京では桜はとうに散っていますが、仙台は散り始め、盛岡で満開、弘前では9分咲き、 青森の岩木山の桜並木はまだつぼみ、と、桜の移り変わりも、興味深いものでした。 なかでも弘前城の桜まつりが、きれいで、青森弁が聞こえて、風土色豊かで、心に残りました。 往復の道中で宿泊した仙台の牛タン、盛岡の冷麺も、思い出の一つです。 旅から帰ると、東京は初夏の陽気。 (青森では、セーターを2枚重ねて、ハーフコートを着て、マフラーを巻いていました) 都内は陽気がいいので、大掃除をしました。 冬物の服と寝具の片づけ、暖房器具のお掃除と片づけ、カーテンのお洗濯、 衣類の入れ替え、照明器具の付け替え、折りたたみ式網戸の工事の採寸と、 毎日、家の用事をして、すっきり、きれいに片づいて、気分も晴れ晴れとしました。 |
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