本土神社 狛犬

 狛犬(こまいぬ)

  英語:imperial guardian lionsは、普通、本殿正面の左右に1対で置かれています。しかし、本土神社では2対あります。

 英語では、ライオンと言っているが、狛犬は、獣神をイメージ(想像)し、犬に似た実在しない想像上の獣の像です。
 このような想像上のものを具現化する目的は、恐れさせる、驚かせる異質感で感覚を日常から、非日常へ移行させる神社独特の演出でしょう。

写真1 写真2

  本土神社の狛犬で、最初に目に入る1対は、少し古そうです。耳の形が猫のようで、目が大きく丸く、豚鼻なのが特徴です。まるでブルドッグのような印象です。ただ座って門番をしている図という感じです。

写真3 写真4
 
 奥にある新しい大きな狛犬は、雄ライオンの意識をもって創られたような勇壮な狛犬です。
 向かって右側の像は「阿形(あぎょう)」で、口は開いています。そして、左足で毬を押さえています。
 向かって左側の像は「吽形(うんぎょう)」で、口を閉じています。そして右足の下に子供の狛犬を擁しています。まるで、この狛犬が子連れの夫婦のような印象を受けます。

 獅子狛犬研究家たちは、阿吽の獅子狛犬は、両者とも雄だから、夫婦として狛犬をとらえるのは誤りだという記述があるのをみると、明らかに新しく創られた本土神社の狛犬に少しケチを付けられたみたいな気分を受けます。
 
 阿吽(あうん)とは、吐く息と吸う息を表し、サンスクリット語(梵語)から来ています。
 仏教の呪文の扱いでは、阿は口を開いて最初に出す音だから「万物の根元」を表し、吽は口を閉ざして出す最後の音だから「一切が帰着する知徳」とか「万物の終わり」とかいい、阿吽を「宇宙の始まりと終わり」と位置づける概念を表す一つの文化です。

 つまり、あなたが、この阿吽の狛犬の間に立ったとき、あなたが宇宙の始まりと終わりの間に位置し、生まれ来たもので、死に行くものであるという回答を見せる演出だということになります。

 それだけで、不安を抱え、森羅万象の神に頼る・願い来る人たちに、阿吽という究極の考えを示すことで、神の回答を気づかせる演出なのかもしれません。

 しかし、普通、狛犬は、神社の守り神と言われます。神社を守りながら神の回答を示すという二つの役を担っているといえそうです。
 門番を見れば主がわかると言われますが、森羅万象に神がいると考える神道的な見方では、猿田彦神という主の代わりではなく、門番である獣神の考えそのものが阿吽なのでしょう。

  ここまで思索して、やっと少し現代神社を理解できたような気がしますが、ちょっと待ってください。今記載した阿吽の考えは仏教概念で神道の考えではありません。
 ここに神仏習合とか神仏混淆の歴史の一つの結果である考えを、昭和の初めに奉納された狛犬に位置づけるのは少し無理なような気がしますが、どうなんでしょう。
 他の神社が持っているので、氏子が寂しがって、本土神社にも持たせたのでしょう。

 話を狛犬に戻しますが、人類は意外と狛犬のような守り神を大切にしています。例えば、ギリシャ神話のケルベロスは、地獄の番犬、中国の カイチ(獬豸)は、伝説上の動物(キリン)、そして、沖縄などのシーサーは、伝説の獣の像で、狛犬ににています。

 そして、大御所である、エジプトやギリシャ世界の スフィンクス (Sphinx) は、ライオンの身体と人間の顔を持った神聖な存在あるいは怪物です。

 いずれも、その姿からその威光を示し(おどかし)、何かを守る役目を果たしているようです。人類はそういうもので守られた自分たちを他に示し、自己のアイデンティティを示していたのでしょう。

 写真・文 officenishio

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