「幻の子ども像」は本屋さんにはありません。 坂本鉄平事務所より直接お送りします
青木 悦の本
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子どもを包みこんでいかれない社会とはどんな社会なのだろう?
子どもを包みこんでいかれないということは、老人も障害者も、日本で暮らす他の民族も、そして女も、弱い立場の者はみんな、はじきとばされてしまう社会ではないだろうか?
私はまた、子育てしながら働くひとりの女として、自分の問題として事件にこだわり続ける旅に出ていた。
子育てに正解≠求めてさまよう人がいます。
失敗した≠ニ、自分を責める人がいます。
そういう人に、誰にでも当てはまる正しい子育て≠ネんて存在しないこと、
あるのはただ子どもといっしょに悩み、泣き、喜ぶ----
子どもと共に生きることだけではないかというメッセージを伝えたいと思います。
「いじめとは何? 」と、わからなくてわからなくて実態をたどり続けたものです。「調べる」のではなく、ひとりのおとなとして、ひとりの親として、さがしつづけたというのが実感です。
何をさがしたのか、それは、「子ども」でした。子どもという存在、子どもの時間、子どもの場所、それは厳然とあるし、なければならい。それがないために子どもたちは生命を実感することもむずかしくなっているということでした。子どもが大切にされない社会をつくづく知りました。しかも多くのおとなが「子どもを大切にしている」と思いこんでいること、そのためにますます子どもは発見されにくくなっていることも知りました。
子どもが大切にされないということは、生命が大切にされないということではないでしょうか。小さな生命が自らそれを断っていく社会は、どう考えてもおかしいのです
今、子育て中の親たちと話していて、とても気になることがありました。
それは、あまりにも「まわりの眼」を気にするというところです。いつも気をつかっていて、「まわり」を不快にさせないように、気配りばかりしている人が多いというところです。
そういう人とたくさん語り合ってきて、気配りは必ずしも「まわり」を大切にしているわけじゃない、むしろ浮いてしまわないように、「自分」を大切にしようとして行われているのではないかと思い至りました。そして、大切にするのは「自分」がキズつかないためであって、自分の意見を持っている人は逆に少ないことも知りました。つまり、「まわり」から浮いてしまって「いじめ」られるかもしれないということをとても恐れているということです。そのために「自分」を抑え、「まわり」に合わせて生きることが、上手に生きることと思っている人がいるようです。 (「おわりに」より)
★本の体裁はQ&A形式ですが、「A」の部分は決して「答え」「正解」ではなく、あくまで青木悦の意見です。
★講座や講演会の後に出た質問に青木が応えたものを、一般化してまとめたのがこの本です。
Q149 夫の両親と同居し、仲良し家族のふりをしています。子どもにも「いい子」を要求しています
Q127 子どもがどうしてもかわいいと思えません。どうすればいい母親になれるでしょうか。
Q117 中学生の娘が「争いをさけるために『無視』という形でがまんしてるんだ」と言うのですが
Q55 ほめて育てろと言いいますが、私は怒ってばかり。どうやったらほめることができるのでしょう?
Q54 親に叩かれて育った私は、「やさしくする」ということがどういうことか分かりません。
Q12 自分の子どもがシカトされているんじゃないかと思ったとき、親として何ができるのでしょうか
家庭を選んで生まれてくることのできない子どもが暴力にさらされ、他の子どもたちにその暴力を広げ、成人してまた暴力で人を支配することにならないように、まず励まし、暴力を受けていることを認識し、それを憎む力、批判力を身につけさせるのが教育ではないのか。
虐待は哀しんでいてはいけない。怒らなければならないできごとだ。人がひとを支配し、支配される関係、このつながりのなかに暴力は生きつづけ、いつもその犠牲は女、子ども、老人、病人……。最大の暴力である戦争を、戦後きちんと反省し、位置づけ、謝り、責任をとってこなかったことが、結局はその後の「いじめ」を生み、問題がひとつも片づかないうちに次の戦争を平気で準備する痛点を持たない人たちに対し、一人では無力でも多くの人と共に「ノー」と言っていきたい。
人と「うまく」つき あうためには、
まわりの人の言うことすべてを受け入れて、「ノー」と言わない、
誰にも本当のことを言わずに「上手に」つきあおうとします。
学校でも家庭でも、お友だちがたくさんいて、明るい人間のふりをします。
私の目の前には、
「孤独な、なかよし」がひとりずつ立っている……
そういういまの若者たちの姿が浮かんできます。
(「第二章 時代の流れを追って」より)
私…
先生、ここにいる先生方にお願いがあります。
私は、私たちは、ほんとうの友だちが欲しいのです。
チクったり、チクられたりではない、
ほんとうの友だちが欲しいのです。
学校を、ほんとうの友だちの作れるところにしてください。
お願いです……」
少年たちの置かれたところ、野宿せざるをえなくなった人たちの置かれたところ、両方を考えていくと、私の目の前には荒涼とした現代という時代の断面が浮かんできたのです。と同時に、私はこの取材を「殺された側」つまり「浮浪者」といわれて差別され、排除されてきた人たちの側から続けることになったため、横浜の寿町といういわゆるドヤ街に住む人たちと知り合いになりました。そしてその人たちから、人間と人間の信頼、人間と人間のやさしさを知らされました。それは、私がいつの間にかどこかに置き忘れていたことでした。
そして事件は、その置き忘れていたところからしぼり出すように生まれた事件だと思いいたりました。人間と人間の間のやさしさを失った時代、人が人を追い落としたり、いじめたりする時代、そういう時代が産み出した事件を追っていて、その「被害者」に近い所に住む人たちから、あらためて人と人のやさしさを教えられたのが、私にとってのこの一年だったのです。
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発行 けやき出版
「何気ないことばの裏にある差出人の気持ちをさぐりながら、いま子育て中の女性たちが抱える問題の深さに、あらためて背筋を伸ばしていく思いがありました 」 (「はじめに」より)
子育て中の若いお母さんと青木悦との往復書簡が一冊の本になりました。届いた21通の手紙に、青木悦が心をこめて返事を書いたもので、悩める若いお母さんの肩の荷が少しでも軽くなればいいなと思っています。
● 仕事は続けたいが、子どもにさみしい思いをさせることに罪悪感……
● 専業主婦でいることは肩身が狭い
● 「ひとりっ子」は、可哀想ですか?
● 子どものゲームをやめさせたい
● どこまでが「しつけ」なんでしょうか
● 「いい子」の私をやめたい
● 子どもの将来設計で、夫と意見が合いません
● 学校の保護者会に行くのが憂うつです
● 「お母さんがそんなだから……」と幼稚園の先生に言われて
● いま、思うこと いま子育て中の人たちへ――「いじめ」について