「幻の子ども像」は本屋さんにはありません。 坂本鉄平事務所より直接お送りします
青木 悦の本
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今、子育て中の親や同世代の学校の先生たち、保育士さんたちと話していて、とても気になることがありました。本書の中にもそういう点をいくつかとりあげていますが、あまりにも「まわりの眼」を気にするというところです。いつも気をつかっていて、「まわり」を不快にさせないように、気配りばかりしている人が多いというところです。
そういう人とたくさん語り合ってきて、気配りは必ずしも「まわり」を大切にしているわけじゃない、むしろ浮いてしまわないように、「自分」を大切にしようとして行われているのではないかと思い至りました。そして、大切にするのは「自分」がキズつかないためであって、自分の意見を持っている人は逆に少ないことも知りました。つまり「まわり」から浮いてしまって「いじめ」られるかもしれないということをとても恐れているということです。そのために「自分」を抑え、「まわり」に合わせて生きることが、上手に生きることと思っている人がいるようです。
あわせて10冊以上ご注文の場合、1冊あたり1300円(税込・送料なし)になります。
山形新聞 2007年10月14日付「読書」欄で紹介されました。書評してくださったのは、鶴岡市の詩人、万里小路譲さんです。ほんとうに深く読んでいただき、ありがとうございました。
(「おわりに」より)
三十年余りこの時代の教育と子どもを見守ってきた著者の、親と子の事件をめぐってここ四年間に書かれたエッセー集である。「まぼろしの子ども像」が教育理念をむしばんでいると指摘した「アスファルトのたんぽぽ」(一九九五年)以来、一貫して「いじめ」の仕組みを解明しようとしてきた著者による、さらなる「まぼろし」論と言える。
親・教員・保育士たちと話していて気になることは、かれらが「まわりの眼」を気にすることだという。しかし、気配りは必ずしも「まわり」を大切にしているのではなく、キズつかないように「自分」を大切にしようとして行われている、と著者は述べる。つまり、本来他者に向けられるべき配慮・気遣いが、自分へと向けられている。矛盾は、ここにある。自分を大切にすることは自分を抑えて「まわり」合わせて生きていくこと、という二律背反。ここには他者も自己もいない。
「いい大学」「いい高校」「いい中学」に向かって子どもが歩かされることに触れて、(受験の過熱はその子どもとしての『時間』をそっくり奪うから、重大な子どもへの権利の侵害)なのだと著者は論じる。すなわち、(受験競争とスポーツ競争の2本の線のみまっすぐに走らせて)(子どもに一切『余計なこと』を考えるな、迷うな、と言ってきたのではなかったか)。ここにも、個としての人はいない。
子どものまわりには親や教員だけでなく「みんな」という「まわり」も張りついている。親が学校、教員が教育委員会、教育委員会が文科省、という「まわり」に見張られているのと同様、子どもたちはつねに不思議な力に監視されている。つまり、大人にとっても子どもにとっても、「まわり」とは組織やひとのほかに、実体のない雰囲気のなかに巣くった二層構造のまぼろしである。
この国の社会を維持している力は、空虚で空洞なこの「まわり」というまぼろしである可能性がある。(考えること、迷うこと)を奪い「まわり」を気にするよう個人に仕向ける力学こそ目に見えない社会の病根である、と本書は伝えている。
なぜそんなに「まわり」を気にするの?
「幻の子ども像」 この本は わが子にイラついたとき 開いてください
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なんて潔い本だろう! 本書を手にした時の第一印象だ。クリーム一色の地に「幻の子ども像」と黒ゴシックで書かれた表紙。今風の子育て書にありがちなイラストや漫画も一切ない。母親たちの子育ての悩みが淡々と並べられ、総計百九十にの質問に著者が答えていくQ&Aの形式に終始している。
著者の回答も実に潔い。「そんな心配、あまり意味がないです」とさらりと随所で言い切っている。母親たちの悩みに迎合はしない。しかし、けっして突き放しているのではない。むしろ、「子どもとは」「母親とは」「家族とは」と、人々が勝手に作り上げた幻想に惑わされることを戒めているのである。
同時に、「幻想」から解放されるのは簡単なことではないことも、著者は見抜いている。子どもが思い通りにならない時、自分が母親として至らないと思う時、理想の子ども像や子育て像の幻に縋(すが)っているのではないかと気づくだけで良いとも言ってくれている。
「全然心配いりません」「余計な心配です」と答えつつも、表面的な悩みの奥底にある真の問題へと目を転じるようにいざなってくれている。結果的に、より深い悩みに出会うこともあろう。しかし、乗り越えるべき問題に正面から悩んでこそ、自分や家族を見つめ、子どもと一緒に生きていけるのだと気づく。子どもと真摯(しんし)に向き合う力もそこから湧き出るのではないだろうか。
凛(りん)としていて、子育てに悩む母親の心を抱きしめんばかりの優しさを湛(たた)えた著者の姿勢は、目の前のはかない命を守る優しさであり、そのためには世の不条理と闘おうとする強さである。昨今の子育て論には客観性や科学を装いながらも、個人的主義主張の域を出ていないものが少なくない。それをただ哂(わら)うだけでなく、時として家族政策等の政治に流用されていく危険性を平易な言葉で示唆(しさ)している。
母親たちの悩みに寄り添いながら、人生哲学、社会問題へと視野を広げさせようとする著者の言葉には、人生の先輩として後輩の女性たちに向けた限りない愛が感じられる。母親たちに胸を張って推薦できる本に出会えたと思う。
書評 福音館書店「母の友」2006年4月号
評者 恵泉女学園大学・大学院教授 大日向雅美先生