『魔界転生』

20030504新宿グランドオデオン

「石川賢版『魔界転生』が持ってる痛快さの爪のアカでも飲みやがれ!」ってのが結論。

勿論、個人的石川賢3大傑作(残りの2つは「桃太郎地獄変」と「爆末伝」)と比べるのは分が悪すぎるかもしれないけれど。

映画秘宝誌での殺陣の迫力について絶賛に期待して出かけたのだが、全体的印象は、間延び、のひとこと。

本格時代劇っぽい重厚さをねらってだとは思うが、言葉の、間を、空けて、ゆっくり、と、しゃべ、るのは、だれる。
特に序盤、世界設定もキャラ同士の相互関係も理解する前では。

天草四郎役の窪塚氏はそのなかで唯一、いつもの口を大きく開けた寝ぼけ口調なので、間延び感は彼だけはないといえばないのだが。
何考えれるか分からない奴というキャラクタを自らの存在感で表現する、という、悪く言えば個性だけの人なので、2面性のある、ホントはいいひとが魔に堕ちたキャラ(だと台詞で説明してるが)には全然見えないのが話の説得力を欠く結果に、、、現代的な異常さを醸しているのは、四郎っぽくていいと思うのだが。

もちろん、古田新太や麻生久美子の、本格時代劇どころか歌舞伎ワールドまで逝ってしまった感のあるろうろうとしたしゃべりまでいけば、妙な異化作用が出て、本作の本来のコンセプトであるところのなんでもありの異常設定+本格時代劇らしい迫力あっていいんだけれど。

原作を持ち上げる気はあんまない(わたしは石川賢版>>>超えられない壁>>>原作と考えてるので)のだけれど、説明キャラである森宋意軒を排した分だけ、異常設定ぶりが弱くなって、ただの本格時代劇(NHK大河っぽいというか)になっちゃった気が。
佐藤浩市の十兵衛は超能力とかがない日常世界の武将としてなら、かっこいいんだが、本作には普通の人すぎると思う。

そんな、本格時代劇映画という土台だけがしっかりして、何も載っていない状態で、土台だけでも観ようとすると、武将の社会的位置づけとか、歴史の重みとか、市井の人々の時代を超えた生き様とかいった時代物ならではの何かが、全く見えてこないので、時代劇であること以外に何もない話、になってる。

伝わってくるストーリィは、原作版の度胸の座った奴とその仲間たちが強い転生衆にトンチ他で勝つ話でもなければ、怪物である転生衆と、その転生衆にさえ「化け物か!」と恐れられる十兵衛との殴り合いという石川賢版でもなく、単に原作のエピソードを、敵の強さという一番大事なものをバッサリ削るかたちでダイジェスト化(城破壊シーンとか気合いが入ってる割に意味不明なシーンがあるので、ひょっとすると当初予定を何かの理由で路線変更してこうなっちゃったのかもしれないけれど)。
結果、どちらかというと変なのが出てきた、が、気が付くといなくなってるので、次、というお化け屋敷型ホラーのような展開に。
ラストもホラー落ちだし。

たしかに殺陣シーンは大仰な音楽と、やたら大きなチャンバラ音のせいもあり、迫力がある。
が、こっちが強いとか、必死に勝ったとか、そういう、殺陣のストーリィ上における意味付け、あるいはこの戦いにキャラクターが背負ってるものが全然見えないので、なんか、すごいことはすごいんだけれど、だからといって映画の面白さにはなんら寄与していない。


(小)