読書録 1998.05
1998年3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月

『重箱のすみ』金井美恵子(講談社・1998)ISBN4-4-06-209084-8
いろんなメディアに書かれたエッセイや批評を集めたもの。題名にある、重箱のすみっこをほじくるようなみみっちいことをする必要はありません。豪華七段重ねの特注のお重をいただいて、さてどこからいただこうかと嬉しく迷うような。考えてみればあたしはこの人によって「読むことの快楽」を吹き込まれ続けている、そんな気がする。この人の小説の、ちょっとしつこいよじれたような文体や精緻な情景描写を辿っていく心地よさだけでなく、エッセイや批評で、繰り返し繰り返し語られる、読むこと/視ることへの快楽をかきたてる小説や映画、それらへの期待と愛情、それらを損なうものへの辛辣なまなざしが、常にあたしを誘ってやまないのだ。(1998.05.27)
『絶対音感』最相葉月(小学館・1998)ISBN4-09-379217-8
絶対音感てのは例の、音名から音をイメージできたり音から音名がいえたりするやつ。この本は絶対音感と呼ばれるものの正体を、歴史的概観や多くのサンプルによって解き明かそうと試みている。
もちろん、音の高さに何らかのラベルをつけ、ラベルから音の高さを、音の高さからラベルを想起できる能力なわけだから、センサーとしての耳の良さと記憶力の良さは資質として必要だし、ラベル自体は西洋音楽の体系にのっとったラベルなのだから、後天的な、訓練やら何やらで実用化されるのだ、というのも当然のことだ。世界には1オクターブを12にわける音楽体系ばかりではない。いわゆる絶対音感教育は、音のセンサーとしての人間の耳に西洋音楽体系のタガをはめることなわけである。
何人かあたしの周囲にもいた。便利だとか、どうやら記憶力と相関があるようだ、とか、不便なときもあるらしい、とかも知っていたが、こちらにはない能力に、とりたててコンプレックスは持たなかった。音楽のプロとなるとそうもいかないらしい。どうやら『お受験』による弊害(といってもいいのかな)は音楽の分野にも及んでいるようなのだ。西洋音楽の緻密で複雑な体系を学ぶのに、あまりに便利なツールなのだな、この絶対音感というやつ。
あたしも、Aの音一個だけは記憶している。アマチュア・オーケストラなんぞ何年かやっていれば、このくらいは大抵の人が持つだろう。但し、あたしの場合は、日本のオーケストラで広く音合わせに用いられている442ヘルツのAである。なので、NHKの時報に用いられる440ヘルツのAだと微妙に低くて気持ち悪い、という(苦笑)、小さい頃から440ヘルツを基準に絶対音感教育された人とは逆の現象が起きるんである。まあ、ヨーロッパのオーケストラなんかでは445ヘルツが普通らしい。Aも時代につれどんどん高くなっているようだし。
後半はあの五嶋みどりの母がどのように娘や息子を音楽家として教育しているか、という話になっている。全体を通じ、絶対音感の正体そのものがテーマというより、絶対音感を解き明かすことを縦糸に、音楽家と音楽と音楽教育との関係が描き出されていく、という趣向のようだ。(1998.05.21)
『トムとバンザイ TOM & his dog BANZAI』金沢靖(新潮社・1998)ISBN4-10-422801-X
写真集です。トムはLA生まれのプロ・ダンサー。バンザイは彼の愛犬の名前。猫はほっといても自分の世界が確立している生き物ですが、犬というのはやはり、人間との関りの中で生きている部分の多い生き物のような気がします。この写真集ではトムとバンザイの親密な関係が捉えられ、その中でフレンチブルのバンザイの魅力が描き出されている、それによってトムも光るという、羨ましい光景が展開されています。逞しいボディがあらわなヌードの写真もあるけど、バンザイを見つめるトムの瞳は少年のようだ。やっぱ犬と少年てセットなんだなあ。(1998.05.10)
『みんなでつまむスペインの喜び・タパス』おおつきちひろ(写真・長嶺輝明)(文化出版局・1998)ISBN4-579-20573-1
すいませえん。また食べ物ネタです。また文化出版局にしてやられてしまいました。長嶺さんにやられた、という気もしますが。マイ・ブーム、イタリアの次はスペインか。赤ワインとオリーブのあるところならどこでもいいのか。こういう、つまみだかおかずだかわかんないようなのが何種類もあるところで、ずーっと腰据えて呑んでいたいなあ。ぼ〜。(1998.05.10)
『辺境・近境』村上春樹(新潮社・1998)ISBN4-10-353408-7
久々の春樹さんの新刊。ノモンハンもメキシコのハードな旅も、旅というものの本質を感じさせて凄かったんですが、どうも食いしん坊のあたしの頭に強烈に作用したのは、讃岐うどん食べ歩きの旅だったりします。いやはや。香川県の過激なうどん事情については、断片的には知っていたつもりだったんですが、まさかこれほどとわ(笑)。日清製粉は、香川県向けには特別の配合をした小麦粉を出荷している、普通の強力粉では香川県の人が納得せず、クレームになるから、だって。○に香の字が入った袋なんだそうです。村上さんはあいかわらず淡々とした、いや、ちょっと困ったような顔で(ってわかるのか?)うどん屋さんを巡っています。いろいろなお店が紹介されていますが、「ネギがない」と文句をいった客が「裏の畑から自分で取ってこい」といわれた、という伝説のある『中村』、あたしは初心者のくせにこのディープな店に行ってみたくってしょうがない。足の便を考えるとやはりここはバイク・ツーリングですかね。うずうず。安西画伯の絵柄も、いい味を出しています。
さて、ここからは読書録ではなく、単なるうどん話になってしまうんですが、インターネット上でグルメなホームページを主催しているさとなおさんというひとが、香川県にうどんを食いにいって、2泊3日で14軒食べ歩いた記録を公開していらっしゃいます。村上さんが書いているお店もほぼカバーされているようです。さとなおさんがすっかりうどん食いの人になってしまい、ご自宅で讃岐を思いながら食うのが、カトキチの冷凍さぬきうどん。これには我が意を得たりと思いましたね。うちでも冷凍庫に常備しています。かなり気合い入れて讃岐してますよ。カトキチ偉い。といってもあたしは実際に香川県でモノホン食っていないので説得力にちょっと欠けますが。具やお出しがセットになっているのもあるけど、うどんだけの製品もあって、うちではそれをヒガシマルの粉末のうどん出しで食う。先日、オフライン・ミーティングで初めて会った女の子と、このカトキチのうどん+ヒガシマルのうどん出しで意見の一致を見たのも楽しい出来事でした。カトキチのさぬきうどんは通信販売もあるそうです。詳細はカトキチのホームページへ。てこりゃ本当に読書録じゃないわね。(1998.05.10)


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