023 おこめの話
引っ越しは例によって大変な騒ぎだった。移動距離は短いがなんせ本の山である。その上、運送会社の営業が例によっていい加減で、女性の一人暮らしなら1.5トンで大丈夫ですなどとぬかすのである。とにかくいっぺん見積もりに来いといったらしぶしぶやって来たけどろくに見やしない。なんとかして安い見積もりを出してこの案件をゲットしようという頭しかないのだ。本棚からは目を逸らしている。いいのかそれで。こっちとしては、見積もりしに来て値段つけたんだかんね、後で泣き入れてきたって、そんときゃもー知らんけんね状態である。蓋を開けてみたらほーら案の定、段ボールの多さに現場の人間が泣きを入れてきちゃって。いや、まあ、ここまではあまり関係のない話。

で引っ越しのどさくさが終わってみるとだね、世の中では米不足ということが起こっていた。世に名高い平成の米騒動である。うかつだった。引っ越し直前には5キロ袋がもう尽きるところだったんだ。気がつくと、行きつけのスーパーにはもうない。あっちのスーパー、こっちのスーパー、どこに行ってもない。完全に出遅れた状態。あんた海外にでも行ってたの?状態。とりたてて米食にこだわる食習慣がないので、お米がないならスパゲチを食べればいいでしょう、てなもんではあるのだが、やっぱ全然ないってのは不安だし、ミーハーなものでトレンドのタイ米てえのを食べてみたかったのだ。日本でも苦労して長粒種を育てている農家がある。当然値段が高い。百貨店で、300gくらいの袋で1000円近くする。この機会に本場もののタイ米を安く仕入れようと思うのは、あたしとしては当然だ。で、一番近い米屋に行ってみたのだ。もちろん、その米屋には今まで全く足を踏み入れたことがなかったんだけども。

行ってみたら、あるある。おこめ。国産ササニシキ。おこめ券使えます。なーんだ。あるところにはあるんじゃん。ほらほら。ちゃんと抱き合わせ用のタイ米もついている。ふーん。これがタイ米かあ。棚に並んだお米をみていると、米屋のおばさんがこっちに眼鏡を光らせた。

「あのお、このお米なんですけど…」
「お売りできませんっ」
軽いジャブで始めるつもりがいきなりこれである。ううむ。ちょっと下手に出てみよう。
「あの、この抱き合わせ用のタイ米だけでもいいんですけどぉ(下手どころか喧嘩売ってるような気も…)」
「いーえっ、できませんっ。今こういうご時勢なんで、うちは昔からのお客さんにしか売らないことにしたんですっ」
切り口上で一息にいうと、米屋のおばさんは鼻息を荒くした。何度も口にしたのでもううんざりというところか。でも、もうちょっと食い下がってみる。なんたって目の前にブツはあるんだもんな。
「あの、でもぉ、この辺に引っ越して来たばっかりなんでぇ…(うそ。引っ越しはしたが300メートルしか動いてない。同じご町内だ)」
「よそに引っ越して行くお客さんにはね、3ヶ月分くらい余分に持たせて出してます。うちではそうしてますっ」
完敗である。ああ、ああ、あんたとこは偉いよ。すごすごと米屋を出ながら次第に怒りが沸き起こってくる。なんで米屋にあそこまで偉そうにされないといけないのだ。抱き合わせを恥じる気持ちはないのか。この情勢は一過性のものではないのか。これが済んでからあの米屋はいったいどうするつもりなのだ。今あるお客さんだけで十分だとでも?ああもうあたしは金輪際米屋では米を買わないぞ。何があっても買わないぞ。絶対に買わないぞ。断固として買わないぞ。だてに十何年も都市生活者やってるわけじゃないんだぞ。一生スーパーで買うぞスーパーで。いや、スーパーもどっか米屋から買ってるんだろうけどさ。

結局郷里の母に泣きついた。「お米ないのよ」「ああ、そうだってねえ」「…」「送ろうか?」「ある?」「あるよ、普通に。『あきたこまち』、5キロでいい?」「あの、タイ米食べてみたいんだけど」「あるある。こっちじゃ誰もこんなもの食わないよ。欲しけりゃ買って送るよ」ほーら、あるんじゃん。首都圏だけじゃん米不足なんて。

つわけで美味しく頂きましたよ『あきたこまち』とタイ米。特にタイ米はココナッツミルクで炊いてカレーに添えたり、チャーハンにしたり、鶏と炊き込んでニョクマムのソースをかけたりと、うちでは大活躍だった。

そうこうしている間に騒ぎも終わり、まずいだの臭いだのいわれていたタイ米はもう手に入らない。おいしいのに。あたしはタイ料理屋でタイ米を400グラム700円で分けてもらうたびにあのときのことを思い出すのである。短気なわりに執念深いのである。この次は米屋のおばさんと喧嘩しても負けないぞ。今度はこっちもおばさんだからな。

(1999.03.23)


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